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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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019 稀代の大悪女

「いいえ、私、行きます」


「エリー様!」


「ただし!」イーリャの叱責を跳ねのける。「アルフレッドが二度と露術の勉強を邪魔しないなら、です」


 血が騒ぐ。


【ンだとテメエ、もういっぺん言ってみろ!】


 エリーは握り拳を、夢で見た血の鏡に見立てて怒鳴りつける。


「ええ、ええ! お望みなら何度でも言ってあげるわ! 目障りな祖霊をそんなに倒しに行きたいなら、もう私たちの邪魔をするなって言ったのよ!」


【ふざけてんのか!】


「こっちは大真面目よ! ……イーリャさん、この際はっきり言っておきます。私はあなたを内通者じゃないかと疑っています。ロバートさんも、キャスパーさんも、ライトールだって怪しいもんだわ」


 だから私は、こう考えたんですよ。


 この騒動のどさくさに紛れて、全員勝手にくたばってしまえば良い、って。


 エリーの告白に、イーリャが絶句する。【こんなときに悪女ごっこかよ! 悪女気取りじゃいらんねえつってたろうが! どの面下げてほざいてんだよ!】アルフレッドが怒鳴る。


「黙りなさい」エリーは毅然と応える。「礼儀がなっていないだけなら良いわ」悪戯っ子たちのように。「でもね、反省もしない、聞き分けもない。自分の損得ばっかりで、私たちの足を引っ張るばかりのおふざけ野郎に、通してやる筋なんて持ち合わせてないの! だから私が悪女になるのは、あんたにだけ! 筋を通す価値もない、くだらない、ちっぽけなあんたにだけ! そう決めた! 誰にも、特にあんたには絶対に文句を言わせない! 言わせてたまるもんですか!」


 血の気が引くのは、アルフレッドが委縮したからだろうか。イーリャも、広場に集った面々も、吹き抜け廊下(ギャラリー)で揉めていたロバートと老人も、一様にエリーの豹変に魅入っていた。


「言ったでしょう。大真面目よ。それに、あんたが言わせたのよ。私は稀代の大悪女だって」


 あのエチュードは、エリーの堰をわずかに崩して、大胆にさせていた。だからエリーは、とびきりの悪人面で、イーリャに言い放つ。


「敵かもしれない奴を助けに行く? 自分で行くと言っておいて何だけれど、本当はお断りよ。ご褒美の一つでもなきゃ、やってらんないわ」


【テメエ、言ってること無茶苦茶だぞ!】


「本心が滅茶苦茶で何がいけないのよ!」


 等身大の娘だったエリーが、一転して不敵さを漂わせている。静かな豹変にイーリャは、僅かに後ずさる。


(この方、ここまではっきり物を言うような人でしたっけ……)


 イーリャの疑問は、奇しくもアルフレッドの懸念を代弁するものだった。


 現状、エリーの体内には三種の主体がある。エリー自身、胎児、そしてアルフレッド。それぞれが独自に考え、感じ、生きている主体であった。


 そしてこれらは、お互いに内分泌(ホルモン)を絶え間なく押し付け合っている。


 傲慢なアルフレッドはエリーの弱気から、慎重なエリーはアルフレッドの不遜さから。内分泌代謝が直ちに性格へ影響を与えるとは限らないが、チョウの羽ばたきの如く徐々に影響を及ぼしていくのは避けられない。


 アルフレッドはエリーに宿ると決めた時点で、内分泌のカクテルが起こす不確定要素を恐れてきた。自身の内分泌を操作して相殺することもできたが、血の消耗に対して得られる成果が予測不能であるために見送ってきたのだが――。


 その懸念が、寄生から半日しか経たない内に、現実のものとなったのだ。


 おかしい。いくら何でも早すぎる。


【脳の損傷か……!】


 エリーの脳の損傷は治癒していない。アルフレッドの血が直接塞いでいる。中には断裂した神経細胞網を、胤族の擬態能力で代替している箇所もある。


 内分泌の相互作用は、最初から誰にも予測がつかない段階にあった。


 しかし、事情を知らないイーリャには、気にかけている余裕などない。


 イーリャにとっても、今の提案は悪くないものだった。流産のリスクはあるが、エリーの同行を許せばアルフレッドの妨害工作への牽制となる。口約束だけでは反故にされる恐れがある。脅迫を視野に入れて上手く扱えるだろうか。


 もし見込み通りに運べば、暗礁に乗り上げていた吸血鬼の力の抑制訓練が、再び動き出す。ただし、胎児の命を危険にさらすことにもなる。


 だが、そのときはエリーを駆除対象にする。それがミキ・ソーマから引き継いだ方針だ。万が一の事態の解決策が示されているのは、前向きな検討材料になり得る。


 要求を拒否すれば、胎児の安全は保障される。しかし、訓練再開の見通しは失ったままだ。エリーを取り巻く苦境は、種々の隠蔽や行動制限、それに伴う停滞をもたらしている。


 今この場で、変化を恐れるのは愚かだ。


「承知しました。アルフレッド・ヴァルケルが同意するのであれば、エリー様の同行を許しましょう」


 エリーは悪女の演技のまま、優雅に礼を言う。


【弱視女もかよ!】


「さあ、後はあなただけよ吸血鬼。あなたが『はい』と言わない限り、私は銀のペンダントを外してやらないし、日陰にだって入ってやらない。答えなさい。あなたは私の手を組むのかしら。それとも屋敷にこもって、村が荒らされるのを指を咥えて見ているのかしら。どっちでも良いわよ。実は私、あなたが悔し涙を流すところだって、とっても見てみたいんだもの!」


 エリーは高らかに嘲笑う。警鐘騒ぎで屋敷前に集まった群衆は、いつの間にか村の内外の別なくエリーに興味を掻っ攫われていた。その悪役じみた笑い声を耳にして、野次馬たちがたじろいだ。


 血管中からくぐもった声が聞こえた。アルフレッドの悔しがる姿が目に浮かぶような声だった。


 私が露術を覚えるかどうかは、資質にかかっている。村は現に危機に直面している。比べるまでもないでしょう?


【……テメエの言いたいことはよくわかった。もう知るか。勝手にしろよ】


「約束を破ったら殺されても良いと言いなさい!」


【勝手にしろ! 次は言わねえ!】


「口約束でも破ったら、わかってんでしょうね!」


【るせえなあ! とっとと行けよ!】


「あの、ウマをお持ちしたのですが……」


 キャスパーが気まずそうに声をかけてきた。引かれたケナガウマが待ちくたびれたように、全身の毛を振った。エリーは急に演技が恥ずかしくなり、肩を縮めて「すみません」と小さく謝った。


 イーリャが鞍に跨り、エリーに手を差し伸べた。


 震えている。やはり、イーリャは荒事に向いていない。ついて行くことにして正解だった。


「エリー様は私の前で、横乗りなさってください。しっかり肩に掴まって、揺れと弾みがお腹に響かないようにご注意ください」


 イーリャがケナガウマを駆る。「急ぎましょう! 案内を!」スプリグリ族の先導で、ライトールの窮地へと向かう。


「疑っているとは言いましたけど!」


 馬群の足音に掻き消えそうで、エリーは声を張り上げた。


「事実がわかるまで、お仕置きは保留しますから!」


 イーリャも、ロバートも、キャスパーも、ライトールも。疑わしいだけで内通者と決まった訳ではない。


 勝手にくたばれば良い? それでは、エリーを狙う殺し屋たちと同じではないか。


 犯した悪事を知らないまま、一方的に断罪してきた殺し屋。エリーは彼らとは違う。きちんと真相を暴いて裁く。それがエリーが好きになれる、エリーの姿だと信じた。


「私は違いますからね!」


 視力の弱さをウマに任せて、イーリャは強がりを口にする。


 ミルズの森の入り口で、二人の人影が手を振っていた。


「助けてくれ! 息子たちが吸血鬼に追われてる!」


 叫ぶ獣追いの男の後ろでこそこそ隠れるもう一人に、エリーには見覚えがあった。「ああー!」とエリーが驚き、指を差す。「どうしました?」イーリャの問いに「脱走犯!」と簡潔に答える。イーリャが眉をひそめた。そのまま素通りしようとするのを、エリーは悪戯っぽくにやけて、イーリャに耳打ちした。


 イーリャは目の色を変え、エリーとそっくりに、しかし目つきの分凶悪ににやけて、ウマの進路を変えた。


「そこのお二人、私と一緒に! あの二人を村へ連れて帰ってください!」


 先導役の狗人たちに断って二騎を連れ出し、一時的に群を離れる。


 助かったと安堵する獣追いに、エリーは声を張る。


「おじさーん! そいつー! 人殺(ひっとごっろ)しー!」


「覚悟ぉ!」


 鬼気迫るエリーの叫びと、それに追随するイーリャに、獣追いの男が気圧される。


(人殺しだと。命の恩人だぞ)


 だが、聞き捨てならない。獣追いが無意識に距離を置くと、恩人であるはずのその謎の中年はビクリと肩を震わせて「ちが、違うんだ!」とうろたえる。無理にでも獣追いの後ろに隠れようとする。


 縋る中年と、押し返す獣追い。二人の元にエリーたちのウマが全速力で迫る。


「散々手を焼かせて! お縄に着きなさい!」


「イーリャさん!」


 エリーは体勢を変えて、イーリャの首を支えにして、ウマの脇に大きく身体を傾けた。震えるほど拳を固める。


「反省しろこのバカー!」


 村の代表の娘であるイーリャの言葉と、掟破りの女の怒号。獣追いは恩人を引きはがす。


「待ってくれ俺はもう逃げ――」


 エリーが振り抜いた拳が、脱走捕虜の鼻面にめりこむ。エリーは拳をねじり、脱走捕虜を身体ごとすくい上げ、綺麗な弧を描いて吹っ飛ばした。寄り道した分を取り戻すように、二人を乗せたケナガウマは颯爽と去り、先導する群を追う。


 馬上でハイタッチする二人は、年頃のじゃじゃ馬娘のようだった。


「間が、悪……」


 心配した表情で駆け寄る獣追いに見守られながら、捕虜は意識を手放した。


「あんな楽しそうなお嬢様、いつ以来だ」


 去るウマを見送る中で垣間見た顔からは、いつもの気難しい表情が少し薄らいでいた。


 獣追いの呟きが、馬蹄の刻まれた雪道で、風にさらわれる。二頭の騎馬には救助を断り、代わりに吸血鬼を三体仕留めたこと、一体を取り逃がしたこと、他にまだ潜んでいるかもしれないこと、避難を優先して火の始末を後回しにしたことを告げ、村人たちの応援を呼ぶよう頼んだ。


 卒倒した命の恩人を肩に担ぎ、遠くなる騎馬の背をとろとろと追う。

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【余計な一言】

「おじさーん! そいつー! 人殺しー!」「覚悟ぉ!」

「やーい! お前ん家ー! おっばけ屋敷ー!」「カンタァ!」

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