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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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018 横取りされちゃ迷惑なんだよ

 熱にうなされたヘーゼルのために、冷水に浸したタオルを絞る。エリーとイーリャで手分けして額を冷やし、全身の汗を拭いていく内に、ヘーゼルの寝息は穏やかになった。


 タオルの交換の合間に、枕元の横を見る。ナイトチェストの上に銀細工が供えられていた。


 ウマの意匠を緻密な草花模様で囲って彫ったそれは、狗人の護符だという。ライトールと出会ったとき、骨細工の間にきらめく物が揺れるのを、エリーは目にしていた。


 多分、それだろう。ライトールがヘーゼルの快気を願って置いて出たのだ。


 ライトールには手荒い歓迎を受けたエリーだが、この護符は先の仕打ちにそぐわないほど繊細だ。


 ヘーゼルの尖った耳が、ぴくりと動いた。


「ダメです。まだ寝ていませんと」


 焦るイーリャの声で、エリーは物思いから引き戻された。


 不調を押してヘーゼルが上体を起こすのを、やんわりと押し戻そうとしている。ふらつく額から濡れタオルが落ちた。頭が重いのだろう。ヘーゼルは額を支えて俯いた。吐息も熱っぽい。


「気がついて良かった」エリーもヘーゼルの肩に手を添える。「ヘーゼル、急に倒れたんだよ。もの凄い熱。まだ休んでなきゃ……」


 ヘーゼルは、看病する二人の手に手を重ねる。


「助け……呼ばれた……遠吠え、聞こえ……」


 意識が朦朧としていた。熱にうなされて夢と現実の区別がついていないのか。エリーとイーリャの手を押し返せないのは、衰弱か優しさか。困りながらも、二人はヘーゼルに寝ているように言い聞かせる。


「ライトール……森で、吸血鬼と……」


 エリーとイーリャは目を合わせた。


 ライトールは捕虜の追跡に向かった。であるなら、殺し屋一味の潜伏が疑われるミルズの森方面に向かうのは自然である。


 何より、病に倒れて今の今までヘーゼルは意識を失っていた。ライトールが去り際に一声かけていたとしても、今のように現在地まで言い当てられるとは考えにくい。


 吸血鬼とも言った。


「アルフレッド、あんたまた何かやったの?」


【違えに決まってんだろバカが。ちったあ頭使え。ここ来たの昼間だぞ。森だか山だか知らねえが、そう簡単に方々(ほうぼう)手を回せりゃ苦労しねえよ】


「違うなら……」やっぱり、妄想?


 起きていられず、くずおれるヘーゼルを咄嗟に支え、エリーは寝かしつける。だが、ヘーゼルは「急がねえと……ライトール……」とうわ言を絶やさない。


 嫌な予感がした。ヘーゼルが熱にうなされた涙目で、エリーの袖を引く。


「猟銃の、悪ガキ……!」


 驚きで目を見開くエリー。兄弟の無邪気な笑顔、歳相応に照れ臭がる様子、発った一瞬の交流が脳裏に溢れる。


 外で警鐘が鳴った。乱れ打ち、カンカンとでたらめに鳴り響く。「規定にない点鐘パターンです」イーリャが窓を開き、屋敷前の広場を見下ろす。


「何事ですか!」


 響き渡る声が、広場に集まった者たちの耳目を集める。


「コシノフのご息女か! 火急故非礼を許せ!」


 物見櫓に登って鐘を点いていたのは、狗人だった。櫓の下には気の立った狗人たちが集結し、点鐘を止めようとする村人たちと静かに睨み合っていた。


「お嬢様!」村人から声が上がる。「こいつら勝手に警鐘を!」


「森に煙が上がってんでさ!」


 イーリャが地上から顔を上げる。ミルズの森から、確かに細く白煙が昇っている。至急消火に……焦りを抑え、軽はずみな指示を呑む。


「必ず指示は出します! 後になさい! ……スプリグリ族の方々! 客人であるあなた方が当村の警鐘を鳴らすほどの事態とは、いかなるものでしょう!」


「スプリグリが長、バルケティルの(そく)ライトールと息女ラライが祖霊に襲われている! 貴村の者も共にあると遠吠えにあった! 露術使いに救助を願いたい!」


 どくん、とエリーの血(アルフレッド)の動悸が胸を打った。イーリャが更に問う。


「祖霊の数は!」


「一体! 他三体を討ったとも!」


 確認できるだけで四体も……。広場の村人たちに、イーリャに緊張が走る。


「私が参じます! お客人方は案内を! 院長先生、後をお頼み願います」


 部屋を飛び出すイーリャ。「キャスパー、ウマを持ちなさい!」の声が吹き抜けに響く。


 訳もわからないままエリーも立つ。ヘーゼルの手を握る一方、足は外に出ようとする。言うことを聞かない。アルフレッドが裏から勝手に動かしている。エリーは抵抗した。


「待って待って! アルフレッド、どうしたのよ!」


【邪魔すんな! オレたちも行くんだよ! 大人しく言うこと聞け!】


「私が走るから! あんたが勝手すると階段踏み外すわ!」


 心底意外そうなアルフレッドだったが主導権を明け渡した。エリーはヘーゼルに「任せて」と言い残す。ヘーゼルは険しい表情をふっと和らげ、再び眠りについた。


 ベア院長に一礼し、イーリャを追うが、部屋を出てすぐ背中に当たった。「痛っ、すみません」「いえ……」よろめくイーリャを支える。イーリャの向こうが騒がしかった。


「ええい放せ! わしが成敗してくれる!」


 今朝顔を合わせた老人が血相を変えて暴れるのを、ロバートが取り押さえている。


 体格で遥かに勝るロバートだが、老人も腕に覚えがあるらしく手こずっていた。しかし、若い頃ならともかく今は老いている。なまじ体捌きが様になっているおかげで、怪我をさせずに引き止めるための手加減に、ロバートは苦慮しているようだった。


「祖霊だろうが吸血鬼だろうが、このわしが蹴散らしてやる! 銀を寄越せ! 銀を!」


 ロバートがこちらに気づいて通路を空けた。顎をしゃくって、構わず行けと暗に伝えてきた。


 イーリャの後に続いて階段を降りつつ、アルフレッドに訊く。


「それで、祖霊って何?」


血穢(けつえ)だ!】説明になってないってば!


「吸血鬼化した動物の総称です」自分へ訊かれたと勘違いして、イーリャが答える。「森の中に吸血鬼がいる……ヘーゼルはライトールの危機を正確に察知していました」


「イーリャさんが向かうのはわかります。アルフレッド、どうしてあんたまで」


【真っ昼間から騒ぐ向こう見ずだぞ! 倍々ゲームで食い扶持なんざ、あっと言う間に尽きちまう! 横取りされちゃ迷惑なんだよ!】


「こんなときまで食べ物の心配な訳!?」


「エリー様は屋敷でお待ちください」


 振り返らず、イーリャが玄関を跳ね開ける。エリーが食い下がる。


「どうしてですか?」


「教官からの命令です。エリー様の妊娠はまだ不安定な疑いがあります。流産の心配がある方を、荒事に巻きこめません」


【いいや、行け!】血が命じる。【今朝の体たらくを見たろ! こいつこそ荒事に向いてねえ!】


「だったらせめて、ベア先生も一緒に」


「院長先生は最後の守りです。歯痒いですが、屋敷内の治安も怪しい今、先生を動かす訳には参りません」


【テメエが行け! 後はオレが蹴散らしてやる!】


 どうする。内外の声に挟まれたエリーは頭を回転させた。話は終わったとばかりにイーリャはウマを待つ構えで、村人たちに指示を下していく。


「残る吸血鬼は最低でも一体。私が先行して討伐し、最低限の安全を確保します。討伐後、森狩りを挙行します。吸血鬼を排除しつつ、消火にかかれるように準備を整えなさい。足りない物資は当家より放出いたします……」


 村人が慌ただしく行き交う中、血管の中ではアルフレッドが【行け行け】と怒鳴って煩わしい。


 考えろ、考えろ。エリーは煩わしいものを全て意識から遮断し、集中した。


 ライトールの救助なら狗人たちも同伴するはずだ。人手を集めて吸血鬼に対処して良いのか。アルフレッドは倍々ゲームと言った。駆けつけた仲間が敵に回ると、取り返しがつかなくなる。


 あのアルフレッドが助けに行きたがっている。それがこいつにとって得だからなのは充分わかった。私も、あの兄弟を助けに行きたい。利害が一致している。何を迷っているの、私。


 考えが迷走する。記憶を失った心細さ。知らない罪を裁かれる理不尽。殺せない世相で殺される恐怖。行動はおろか意思さえままならない身体。護律協会の監視、駆除へのカウトダウン。村人の疑念に満ちた視線。居座り続ける追手たち。村人たちを信じたいのに疑ってしまう自分自身の弱さ。


 エリーを守ってくれたヘーゼルは、無理がたたって倒れてしまった。


 イーリャは公平さをこじらせて、死に急いでいる。


 エリーを助けるため、谷底に跳んだアルデンスは、勇敢なだけじゃない。死ぬのが怖かったに決まっている。


 優しい人たちばかりが我慢している。エリーと、エリーの味方ばかり、我慢を強いられている。


 ミキさん……こうなるとミキさんにも何かあって欲しい。えーと……あ、禁酒してる!


   †


 大くしゃみ。ミキはせっかくの拾い物を落としかけた。間一髪で持ち直し、ホッと胸を撫で下ろす。


 渓谷の崖肌に生えた灌木に、千切れたミサンガが引っかかっていた。


 白髪を編んだもので、銀の留め金があしらわれている。何かの紋章も刻まれているようだが、銀が黒ずんでいる上に年季が入っているようで、意匠は定かではない。


 磨けば光るだろうか。ミキは楯を足場に水の噴射の力を借りて、崖道へ上る。


 ラムシング村へ帰ろう。


   †


 何でアルフレッドばっかり偉そうなの。何でそんなやつに、理不尽なんかにばかり従わなきゃいけないの。


 人を助けたいとか、自分を守りたいとか、私がやりたいようにやって、何がいけないの。


 その問いが浮かんだ瞬間、エリーの頭を締める何かが、ふと解けたようだった。じわりと湯が脳の隅々に染み渡るような開放感。酒を伴わない酩酊に似た浮遊感で、頭の中が澄み渡っていく。


 ……そっか。私、嫌ってほど、たくさん我慢してきたんだ。


 それは、エリーにとっては天啓であり、アルフレッドにとっては計算外の始まりだった。

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【嬉しみの舞】

文字数とPV数がリメイク前を超えました。読んでくださってありがとうございます。

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