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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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014 ミルズの森

   †


 禁域より下り、ラムシング村を抜けて宿場町に挟まる森を、ミルズの森(ブッシュ)と呼ぶ。


 陽光を遮るほと生い茂った樹冠は、この時期雪帽子を残している。そのため地上は昼間でも薄暗い。樹木から揮発した精油成分(フィトンチッド)の影響で見渡す限り青霞む光景は空に沈んだようで、ミルズの森は獣の息すら吸う妖気に満ちていた。


 涸れ川道から土手に外れた木陰で、三頭のウマが繋がれて、そのそばで三人が火を囲んで憩っていた。


「ムーングロウの野郎、遅えな……。光モールスは確かだったんだろうな」


「ああ。ご先代によれば『標的ハ待子(マチコ)ヘ。勢子(セゴ)待機サレタシ』だ。それきり音沙汰なし」


「倅が倅なら、先代もたかが知れてら。第一、状況終了で伝令が来る手筈だったろうが。狼煙が足りねえか? フクロウ野郎も隠居ジジイも何やってんだ。いけ好かねえ」


「終わったら翼を折ってやれ。俺が許す」


「ともあれ、今にでも標的が宿場町に引き返すかもしれない。ご先代の手まで煩わせるのは作戦要綱で厳しく禁じられているし。ここで目を光らせて、耳を澄ませておかないことにはね」


 三人は思い思いに項垂れて、溜め息をついた。携帯糧食をかじる。獣脂の臭いとハチミツの甘ったるさに奥歯を噛み締める。


「ああ、かゆいかゆいかゆい……」


 離れたところにもう一人、毛布に包まる男がいた。樹の根元にできた窪みに身を埋めて、ガタガタと震えている。


 四人の役目は標的を追い詰めること。後は崖道に陣取った仲間が標的を仕留めるという段取りだった。


 ウマを駆り、橇に鞭をくれる標的を追うだけの仕事。それだけではやり甲斐がないので、仕留められるなら仕留めても構わなかった。


 だが、先陣を切るウマの鼻面に、標的がランプを命中させたのが分かれ目だった。


 火炎瓶と化したランプの炎はウマたちを恐慌状態へ導き、標的を取り逃がす。直撃を受けた一頭はおかげで死んでしまった。


 そのウマの騎手が、この毛布の男である。


 ウマから投げ出されて頭を打ち、一時は意識を失っていた。だが、目を覚ましてからというもの、人が変わったようにうわ言を繰り返し、ずっとかゆみに悩まされている。


 愛馬がノミかダニでも飼っていたか、喪失感がそうさせるのか、病的なまでにかゆみを訴え、その内、本人は参って倒れてしまった。


 寒冷地の吸血虫は苛烈である。毛布の中で、男は全身をボリボリと掻きむしっている。


 かゆい、かゆい……。一晩中聞かされた三人も参っていた。


「も、もう限界だ」毛布の男が三人に先んじた。「ひもじい。食いたい」


 火を囲う三人は互いを見合わせて、各々戸惑った。食欲があるのは結構だが、男の情緒はどこかずれているように感じた。


 一人が焚火から離れて、携帯糧食の包装を剥く。震える毛布の目に留まるよう、間近で差し出す。


「はいどうぞ。一人で食べられる?」


 糧食ではなく、腕を掴まれた。食糧を分け与えようとした男は軽々と引き倒され、毛布を跳ねのけた男が覆い被さる。男は狂乱していた。組み伏せた相手の首を噛み千切る。噴出する血をじゅるじゅると、一心不乱に貪る。


「おい! イカれちまったのか、てめえ!」


 もう一人が助けに出る。「行くな! 様子がおかしい!」残りの一人が引き留めるのも聞かず、剣を抜いた男が、血を貪る男の肩を強引に掴む。


 振り払われただけで、掴んだ剣ごと腕が飛んだ。


 妖気の静寂な森に、悲鳴が轟く。肘より先から流れるおびただしい血を押さえ、激痛を抱いて男は倒れた。


 まずい。残された一人は既に背中を向けて逃げていた。何だ、いきなり何が起こっている。逃げろ。どこに? 任務は? 知るか。ウマが怯えている。使えない。この足で? どこまで? 思考に追われるまま、男はひたすらにその場から逃げ去ろうとした。


 剣が項を貫き口から出て、幹に縫い止められた。


 腕を失った男の悲鳴を伴奏に、新たな眷属が血の宴に耽る。


 この場の誰も(つい)ぞ、吸血鬼の仕業だと思い至らず、護身用の銀器を握ることもなかった。何の前触れもなく仲間が吸血鬼になるとは思いもよらず、全滅してしまった。


 いや、ほんの小さな前触れならあった。小さすぎて誰の目にも留まらなかったのだ。


 眷属の手の甲に噛みついていた、ほんの小さなかさぶた。赤いダニが溶けて、男の身体に馴染んでゆく。


 夜明け前の出来事であった。


   †


「うーん、ないねえ」


 禁域の廃聖堂、顔の欠けたピエタ像の膝元で、ミキ・ソーマは片胡坐に頬杖をついて溜め息をついた。


 エリーが露術を使った。殺し屋の一味の証言が真実だとすれば、エリーは間違いなく触媒を所持していたはずだ。救助時の所持品にそれらしい物が見当たらない以上、禁域で落としたと考えるのが妥当だ。


 しかし、昨夜のエリーの行動範囲に、それらしい物品は見当たらない。


 探し方を考え直すため、全ての始まりとなった廃聖堂で小休止を取っている。


(少なくとも、崖上で交戦していた時点では所持していたはずだよね)


 滑落の過程で落としたなら、廃聖堂周辺が疑わしい。あるいはアルデンスの遺体があった周辺も候補に入るが、どちらもハズレだった。


 崖の途中とか? まさか。抜けた天井を仰いだときだった。


 聖母像の頭上に、青葉のついたマツの枝がかかっていた。ふと、それを摘まみ、ミキはためつすがめつ観察する。


 断面は粗く、折れてまだ新しい。


 エリーの滑落に巻きこまれたのだろう。霧が深いせいでここからはよく見えないが、崖肌にマツが根づいているのは昨晩目にしている。こんなところにも生えるもんなんだ~へえ~。と、呑気な感想が浮かんだことを覚えている。


 途中で触媒を枝に引っかけた可能性は大いにある。


「……登攀(クライミング)かあ」


 露術を酷使することになりそうだ。ミキは大きく伸びをして、水面に浮かべた楯に飛び乗った。


 間欠泉の如く水が噴射し、霧の彼方へ消えて行く。


   †

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