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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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009 バーンズ夫妻の証言 5/5:恩人憎し、仇敵優し

 一区切りついたと思ったら、やっと経験豊富な女衆が戻って来た。


 軽食を持ってな。


 キャスパーに言われたから、二人に作ってやってたんだと。


 厨房は厨房で湯沸かしで大忙しだったから騒ぎも聞こえなかったし、邪魔しちゃ悪いって気が働いて食堂の連中も探しには行けなかったんだろうな。


 アルデンスさんとエレクトラさんは、女衆にスペイを任せて、一息入れようとしてたと思う。


 俺はスペイが心配で、二人からちょっと目を離していて、その間のことはあまりわからないんだ。


 スペイが持ち直してきたんで、二人に礼を言おうと姿を探した。


 二人はキャスパーと何か話していたみたいだった。


 何を話していたか知らんが、アルデンスさんが血相変えてエレクトラさんの手を引いて食堂を飛び出した。


 まだ食事に手もつけていないのにだぞ。キャスパーも引き留めようとしたが、アルデンスさん血相変えてな、あのキャスパーをたじろがせていた。


 さすがに気になってな。


 スペイが心細そうに俺の袖を引いてきたんだが、すぐ戻ると約束して二人を追った。


 キャスパーに何事か訊くと、「もう発つそうで」ってよ。これ以上は構っていられないと、屋敷の指揮に戻っちまった。


 代わりに俺が追いかけて説得したんだが、二人とも足を止めてくれない。引っ張られていたはずのエレクトラさんまで、歩調を合わせてな。


 意味がわからないだろ。


 たった今到着して、泊まらせてくれって言った舌の根が乾かない内にだぞ。


 それなのに二人とも、旅支度もまだ解く前だったっていうのに、そのまま踵を返すんだ。


「最後まで妻の面倒を見てくれないか」とお願いしたときだ。さっきの陣痛の仕組みを話してくれたのは。


「そんなに長居はできない」


 いつになるかもわからない出産まで面倒を見きれない。これで話は終わりとばかりに二人は玄関を跳ね開けちまった。


「おい待て、発つったってどこへ行く気なんだ」


 ラムシング村の立地は極端なのは、もう説明したな。


 もうちょっと詳しく言うと、禁域のある渓谷の方か、宿場町に繋がる森の方か、道は二方向にしか伸びていないんだ。


 当然、禁域方面なんて誰も通す訳にはいかない。どん詰まりなんだよ。


 じゃあ宿場町に行くのかって、二人が来た道を引き返すだけじゃないか。


 じゃあ二人は何でわざわざこの村に来た?


 戻るくらいなら最初から素直に宿場町で泊まっていれば良かった、って話に戻っちまう。


 嫌な予感は当たったよ。


 渓谷の方に行くって言って聞かないんだ。


 止めたとも。だが頑として耳を貸しちゃくれない。


「せめて理由を教えてくれ。明日の朝じゃダメか」


 引き留めるために手を変え品を変え質問攻めにしたが、結果はもう知っているだろう。


 遂にはアルデンスさん、剣を抜くことを仄めかしてな。


「止めるならまずあなたを斬ります。その後、あなたの奥方も、子ども諸共」


(「そんなまさか」エリーが絶句する)


 実際目の当たりにした俺だって、未だに信じられない。


 無茶苦茶だ。助けてくれた人とは思えなかった。


 だが誓って、事実そう言ったんだ。


 玄関先にいたのが俺だけで良かったよ。


 さすがに今のは、誰にも聞かせられない。


 剣を抜くと言っても、まだ柄に手をかけているだけだから、腕尽くで取り押さえてやろうかとも考えた。


 だが、アルデンスさんは俺の考えを読んだみたいに、いちいち間合いから外れやがる。


 エレクトラさんに至っては、脅し文句に同調して、真っ先にナイフを抜いてきやがった。


 例の魂の抜けた、深刻な面持ちでな。


(「私が……」)


 あまり気に病まないでくれ。もう過ぎたことだし、あの後、エレクトラさんたちの身に起きたことと比べれば……。


 ただ、俺が驚いたってことを伝えたかったんだ。


 脅迫するアルデンスさんの方が、剣を抜いてない分だけまだ人の心を残しているって、何の冗談かって。


 いくら何でもこりゃまずい、ってのはわかってくれるよな。


 仮にも将来のご領主様の邸宅で、しかも妊婦や新生児が集まる今の時期に刃傷沙汰は、さすがに見過ごせない。


 これでも俺は領地が成った暁に騎士爵を叙勲する。村の安全を守ることは俺の責務なんだ。


 恩人憎し、仇敵優し……って感じだ。もう心が追いつけない。


 ここで騒げば確実に俺は斬られるし、騒ぎを聞きつけて助けが来る頃には、二人で禁域を強行突破するのは目に見えている。


 ここで頑固に引き留めたって、二人が余計に罪を重ねるだけだった。


 だから、苦し紛れだったんだ。


 二人を村から追い出すという名目で、渓谷の崖道を通ってもらうことにしたのは。


 そもそも、禁域ったって、村人は当たり前のようにそばを通っている。


 近寄るなったって、子ども向けの説教みたいな感覚なんだ。


 確かによそ者を通すのはバツが悪い。


 だが、実害なんてこれまで何もなかった。度胸試しで入った奴なんてごろごろいる。


 実際拍子抜けなくらい何もない場所なのに、よそ者だからって意地張って追い返す理由って、真剣に考えて何なんだよ。


 考えている内にドツボにはまっちまった。


 もう、二人の好きなようにやらせるのが一番だと、本気で思っちまった。


 皮肉なもんだ。剣をチラつかせたアルデンスさんは、その瞬間恩人から無法者に早変わり。それを追い出せば俺の顔も立つし、二人も出立できるときた。


 思い返せば、上手いこと担がれたんだな。


 道すがら、どうして引き留めたのかって尋ねられた。


 無理もない。大地震から地図の更新も間に合ってねえんだ。地図通りの道が残っていると勘違いして迷いこむなんて話は、連邦中にごまんとある。


 地形が変わっていることを教えてやった。最終警告のつもりで、引き返すか尋ねた。さっきのことは忘れるともな。


 勘違いがあったなら、考え直してくれる。この期に及んでそう思っていた。


 けど、ただ俺の頑なな態度に理解を示してくれただけ。二人の決意は固かった。


 何がそこまでさせるのかわからなかったが、訊いてもだんまりだ。


 口を割るまで先に行かせないでみようかと考えたが、アルデンスさんの手はずっと剣にかかっていて隙がない。


 関所は上手い具合にイーリャお嬢様お一人だったから、一芝居打って村に帰した。


 エレクトラさんとアルデンスさんには、近くの藪に隠れてやりすごしてもらったんだ。


(イーリャが慌ててベア院長に泣きつく一幕があった。


「し、仕方なかったんです院長先生」


 ベア院長は「うろたえるんじゃないよ、ガキが」と一喝。


 イーリャは縮こまった)


 ベア婆さん、お叱りなら後でまとめて俺が受ける。


 それで関所を開けて二人を通した後、関所の電話でヘーゼルに話をつけた。


 後の心配は要らないと思いこんでいたんだが……。


   †


「あのとき、イーリャお嬢様にホラを吹かなければ、そのまま引き返させることもできた」


 ロバートが後悔を滲ませる。


「そうしなかったのは、二人の必死さが……いや、俺が個人的な恩義を返したいあまりに、先走ってしまったせいだ。俺が軽率だったばかりに、アルデンスさんは……エレクトラさんまで記憶を失くして、吸血鬼の器になっちまった。この上、身重だったとは……。こんな過ち、一生かけても償えるとは思えん。思えんが、どうか、これだけは言わせてくれ」


 すまなかった。


 エリーをじっと見つめるロバートは、償いを受け入れた罪人の面構えでエリーからの沙汰を待っていた。


 スペイの“手当て”の手が、夫の冷えた手に重ねられている。


 背中に負う陽光が、エリーに重く注がれている。

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