006 バーンズ夫妻の証言 2/5:初めての再会
扉を開くと、隙間から腰の曲がった老婆が、エリーたちを値踏みするように睨み上げていた。
フードからこぼれた髪束はまばら。雪焼けした肌に、樹皮のようなしわが深く刻まれている。
銀糸と金糸を縫った白の祭服。ミキの物に近い装いだ。
(この人が、院長さん?)
扉が大きく開かれると、更に二人、室内にいた。
ベッドではお腹の張った妊婦が上体を起こしていて、その脇に偉丈夫が着席している。
偉丈夫の方がまるで幽霊でも見たかのように驚愕して、椅子から立ち上がる。
「エレクトラさん……? 何てこった、本当だったのか」
座っていても大きな人だと思っていたけれども、この人は天井に届きそうな背丈で、体格も良い。デカいの一言だ。
偉丈夫で隠れてしまった妊婦が、その背後からひょっこり顔を出し、エリーたちを手招きする。
「とにかく入っておいでよ。あまりよそ様にお聞かせできる話でもなし」
「……入りな」
しわ枯れ声が顎をしゃくって、エリーたちは扉の中へ滑りこむ。
油を塗った羊皮紙張りの半透明な窓から、陽光が床に落ちている。洗いたての清潔なシーツの匂いが胸に清々しい。
室内には三人。エリーはヘーゼルの姉の姿を探したが、近そうな歳の女性はベッドの上の人しか見当たらない。
思ったより小柄な女性だ。姉だという話だったけれど、妹の間違いじゃないだろうか。
ヘーゼルにあったトラ縞模様も見当たらない。エリーの知る人狼っぽくない見た目をしている。
夫共々、荒くれ者一家だと勝手に想像していたけれど、この夫婦は至って普通だ。
(入る部屋、間違えてないわよね)
エリーが困惑していると、しわ枯れた手が袖をむんずと掴んで引っ張ってきた。
「こっちに座りな」
エリーは強引に窓際の椅子へ座らされた。
陽光がうなじに当たっている。ここならアルフレッドも迂闊に手が出せない。
「嬢ちゃん」
力尽くで座らされるや、老婆がくいくいと指でエリーを招いてきた。招かれるままエリーが頭を下げると、目にも留まらぬ早業で首に何かをかけられた。
見ると革紐で結んだ銀のペンダントで、ヘッド部分にはイーリャの物と同じ意匠が施されている。
「触媒だよ。銀でできとる。肌に密着させな」
日光と銀で、二重のアルフレッド対策だ。エリーは服の下にペンダントを仕舞った。
金属質な冷感が心臓の上に鎮座する。心臓が一拍だけ、これまでになく穏やかな鼓動を打った。
(これが、露術の触媒……奇跡を起こす物)
雫一滴操れるかも怪しいけれども、銀でできているなら、たとえアルフレッドが表に出ても肌を焼いて止めてくれる。それが何より心強い。
「ありがとうございます。……えっと、おばあさん」
若者たちがギョッとする一方で、そう呼ばれた当の本人はふぇっふぇっと笑った。
「そうさね、お互い名乗らんとね」
ぎこちない自己紹介から始まった。
イーリャはエリーを紹介するに留まって、続いて老婆へ。ラムシング村修律院院長ベア・バーレイ。そして、夫妻へ。
「いや、どうして俺たちが」
偉丈夫が口にしかけて、妊婦が強烈な肘鉄を食らわせた。
「あんたバッカ……ほら、記憶!」
ハッとした偉丈夫が恥じ入るように頭を深々と下げて詫びる。
「ほら今度は挨拶!」
あわあわする偉丈夫がじれったく、妊婦が下がらせて代わりに名乗った。
「もう覚えちゃいないってわかっちゃいるけど、やっぱ何だか変な感じだね。あたしはスペイ・バーンズ。ヘーゼルの姉だよ。それからこっちのウドの大木はロバート。あたしの旦那」
「おい……」ロバートが不満を臭わせた。
「何だい。気を利かせたつもりで、蓋を開けてみりゃ災難に遭わせただけのボンクラが、ウドの大木じゃなかったら何だってんだい。騎士様が聞いて呆れるよ」
「お、お前だって恩返しには賛成だったじゃないか」
「ふん。あたし一人居残ったって別にどうってことなかったのにさ。こんなことなら、崖の向こう側まで送り届けてやりゃ良かったんだよ」
「陣痛であれだけ喚いておいてよく言えるな。涙浮かべて俺の袖摘まんでさ。引き留めてたろうが」
「ああ!? もっぺん言ってみな!」
「俺がウドの大木なら、お前はサルナシの蔓だ」
一触即発の気配に、エリーはうろたえる。
「夫婦喧嘩見てられるほど暇じゃないよ」
ベア院長がもごもごしながらハッキリ言った。ドライベリーを食べている。
夫婦は揃って顔を赤らめ、素直に矛を収めた。
「ごめんなさい」
喧嘩の迫力に圧されて尻込みしていたけれども、エリーはやっと頭を下げることができた。
「私、どうして禁域を通ろうと思ったのかも覚えていません。けれども、お二人が決まりを破ってまで尽くしてくださったのに、こんな形でご迷惑をおかけしてしまって、本当に、ごめんなさい」
「謝罪聞きに来たんでもないよ」
ベア院長のもごもごハッキリにぎくりとした。トウヒの実を食べている。
「白湯」
ベア院長はロバートにちょいちょいと指で催促し、湯飲みを用意させた。
一服し、ゆったり息をつく。
「そっちの事情はここにいる全員知ってる。その生っ白い身体に吸血鬼が巣食ってるなんざ、眉唾だがね。ともかく長話は好かんからね。バーンズからお前さんが来たときの話を聞いたら、とっとと修律院に行くよ」
バーンズ夫妻の方へ全員の視線が集まる。院長との面談を済ませた両者の表情には、既に覚悟が現れていた。
「俺たちが話したところで、役に立てるかわからないが……」
ロバートが訥々と、昨夜の騒動を語る――。
†
今夜は満月じゃないか。
スペイとは、そんな他愛ない話を交わしていた。
そうでもしないと、雰囲気に呑まれてしまいそうでな。
慌ただしい夜だった。右も左もいきむ声ばかり上がるんだ。
こう一斉に産気づかれると、新米夫婦の俺たちにはきつかった。
そのときの状況を“雲送リ”で隠れた月の齢に絡めて、説明した気にならないと、参ってしまいそうだったんだ。
「一晩で何人生まれるんだ……」
「本当。赤ちゃんが口裏合わせたみたいよね」
「だとしたら、今夜生まれた子たちは、生まれる前から親友同士なのかもな」
「じゃあ、この子はその子たちのボスだ」
「どうしてだ?」
まだ見ぬ俺たちの子を愛おしそうに撫でるスペイに訊くと、何て答えたと思う。
「主役は遅れて来るんだから」
なんてな。軽口を叩けたのも最初の内だった。




