007 バーンズ夫妻の証言③:風来坊なら何を急ぐ
話に聞いてはいたが、お産ってのは壮絶なんだな。
普段は物静かな人が豹変して、地獄に堕とされたみたいに絶叫するんだ。
部屋の壁も床もお構いなしにぶち抜いちまうような悲鳴を、四方八方から聞かされ通しだ。
次の日会ったときにどんな顔したら良いか迷うくらいには別人な叫び声で……。
いや、当然お祝いする訳だけど、それはそれだろう?
とにかく、そんなだから俺もスペイも参っちまって、一階の食堂に一時避難したんだ。
勿論、スペイに肩を貸して、階段は俺が先に降りたとも。
やはりと言うか、食堂は俺たちと同じ理由で逃げてきた家族だらけだった。
同じ不安を抱えた者同士、話が弾んでな。
ベテランのお母さんから頼もしい教えを授かったり何なりして、賑やかだった。
話がたけなわな頃だったか。
キャスパーが突然、エレクトラさんとアルデンスさんを連れて来たのは。
「こちらは旅のお方です。部屋の手配は私めが。どなたか、ウマを厩舎に繋ぐのと、橇の入庫にご助力願います。ああ、どうも。それから誰か、彼らにお食事をご用意くださいませ。伏してお願い申し上げます」
旅人が協会や領主の屋敷を頼って、一晩泊めてもらうなんてことは珍しくない。
昨日の夜は修律院も空いていただろうから、二人も一番デカい屋敷を目指して来たってところだろう。
しかし、あのキャスパーが客人を押しつけて、さっさと行ってしまうなんてな。
そりゃそうだ。昨日の夜は出産が続いててんてこ舞いだったんだからな。
シーツの交換とか、お湯の供給一つにしたってタライの数と搬入場所の把握、湯沸かしの進捗、薪の管理……。
どれか一つでも狂えば途端に渋滞しちまう様相でな。
さしもの万能執事も陣頭指揮だけで手一杯だったんだろう。
こんな時期の夜にもなって、村の外から人が来るのは不自然だなんて、それこそ考える暇もなかったんだ。
(「何が不自然なんですか」エリーが尋ねる)
だってほら、まだ冬が明ける前じゃないか。
最寄りの宿場町からラムシング村を結ぶ道は一本。
それも、ミルズの森って深い森の中を通らないといけない。
夜の森に近寄りたがる奴なんて……そういないだろ。
それに、自分の住む村にこう言うのも何だが……たとえ用事があっても、一刻を争うような価値なんてない村なんだ。
それこそこの時期に外から来る客なんて出産を控えた妊婦とその家族くらいなんだが、エレクトラさんは見ての通りだろ?
急ぎでもない。臨月でもない。夜にもなって訪ねるくらいなら、手前の宿場町で一泊する。俺ならな。
(「どうして急ぎじゃないとわかったんですか?」エリーが尋ねる)
すまない。口下手で……話しながら整理させて欲しい……。
それで、旅人の男の方がこう切り出したんだ。
「夜分遅くにお騒がせしてすみません」
男の第一声にぞっとした。耳にキンキンくる裏声なんだ。
「私はアルデンス。ただのアルデンス。こちらはエレクトラ・ブラン。ただの旅人です。皆様にご迷惑をおかけするつもりはございません。ただ、ここで一夜を明かすことをお許しいただけるのなら、他に何も求めません。食事も結構です。明朝にはここを発ちます。それまでご厄介をかけます」
それだけ言うと、二人して食堂の隅に固まっちまった。
そう、旅人だって名乗ったのさ。だから急ぎじゃないと思った。
こうなると余計に訳がわからん。風来坊なら何を急ぐんだ。
百歩譲って、二人が商人ならまだ、村へ来た理由はわかる。
駆け出しで張り切って、農具か食料でも売りに来たか、工芸品でも買いつけに来た。
そんなところなら、あり得ない話でもない。
呆れた空回りだけどな。
実際、外套の下は年季の入った商人っぽい服装だったんだよ。
なのにその服も絶妙に似合わない。荷物も少ない。商談する気配なんか微塵もない。
そりゃもう、得体が知れなかった。
思わず指名手配書の束ぁ引っ掴んで、こっそり照らし合わせたな。
……ん、ああ。安心して欲しい。最新のとはいかないが、二人の人相書きはなかったよ。
ただ、そのときは参っちまった。
そういうの、スペイは放っておけない性質でな。
外の話に飢えてたってのもあって、ガンガン距離を縮めてさ。
「ようこそラムシング村へ、お二人さん。あたしスペイ・バーンズ」
もう唖然。肝が冷えた。
「旅人なんだってね? 旅の話、聞かせてくれない? 予定日近いからって仕事もするな。横になってろ。って、周りがうるさいのなんの。信じられる? 窮屈でたまんないっての。ねえ、どっから来たの? 旅の目的は? あ、二人は結婚してるの?」
アルデンスの方は質問攻めに不意を突かれた風だったな。何て言ってたか……。
†
もう、あんた。忘れちまったのかい。情けないね。
二人は先の大地震で生き別れになった家族を探しているって話だったじゃないさ。
何だか、ほら、国境の方だと地形が大きく変わったせいで故郷に帰れなくなったって人、多いって言うじゃない。
断崖絶壁で生き別れ、音信不通なんてざらにあるって話でしょ。
二人もそうで、方々の領地を巡っては住民台帳とか、難民名簿とにらめっこしているんだ。って。
†
ああ、そうだった。そういう話だった。
思い出したよ。あのときは俺、エレクトラさんが心配だったんだ。
不安になるくらい痩せていたってのもあるが、着いてからずっと心ここにあらずって感じでな。
俯いて呆然としてて、どこ見てるかもわからなかった。
疲れている、ってよりも心が擦り減っている風で。
ずっと隙間風みたいに鼻唄を口ずさんでるのが猶更いたたまれなかった。
スペイ、確か旅の話の前にアルデンスさん、妊婦の多さに驚いてなかったか?
やっぱりそうか。
で、説明したろ。お館様が産院として開放しているって。
すると……何て言や良いんだ。
エレクトラさんがこう、霊媒師に何か降りたみたいになってな。
「命の生まれる家。無垢な赤ちゃんの魂が、最初に訪れる家。きっと優しいご当主様に恵まれた、祝福された土地なのね……。うん、好きになれそう」
霧氷を連想させる笑みだった。
微笑みが余りに儚くて、次の瞬間には果てていそうでな。
†
「ちょっとあんた。妻が身重でひいひい言ってる隣で、よその女に色目遣ってたってのかい。良い度胸じゃないのさ」
スペイが空気をピリつかせた。
身に覚えのない話なので、エリーは気配を消すことに徹した。
(どうしよう。悪女っぽいエピソードじゃなきゃ良いんだけれど)
「ひいひい言ったのはその後で、そのときはわくわくしてたろう」
ロバートが呆れる。
「そういう問題じゃないのよ!」
「死相が浮かんでるんだから誰だって心配になるだろ!」
「喝っ!」
ベア院長の覇気が部屋を揺らした。
「話に集中しな」
†
面目ない……。
二人の旅の目的を聞いたところからだな。スペイ、話しても構わないな。
見ての通り、俺たち夫婦は、もうじき新しい命を授かる。
そんなときに一家離散の話を聞いたもんだから、スペイが感極まっちまったんだ。
アルデンスさん、困って俺に何か尋ねようとしてたな。
そしたら来たんだよ。
うずくまって泣いている内に、スペイに陣痛が。
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