007 風来坊なら何を急ぐ
話に聞いてはいたが、お産ってのは壮絶なんだな。
普段は物静かな人が豹変したみたいに絶叫するんだ。部屋の壁も床もお構いなしに悲鳴がぶち抜いていく。次の日会ったときにどんな顔したら良いか迷うくらいには別人で……いや、当然お祝いする訳だけど、それはそれだろう?
とにかく、そんなだから俺もスペイも参っちまって、一階の食堂に一時避難さ。
勿論、スペイに肩を貸して、階段は俺が先に降りたとも。
やはりと言うか、俺たちと同じ気持ちの家族が食堂に集まっていた。
同じ不安を抱えた者同士、話が弾んでな。ベテランのお母さんから頼もしい教えを授かったり何なりして、賑やかだった。
話がたけなわな頃だったか。
エレクトラさんとアルデンスさんを連れて、キャスパーが突然来たのは。
「こちらは旅のお方です。部屋の手配は私めが。どなたか、ウマを厩舎に繋ぐのと、橇の入庫にご助力願います。ああ、どうも。それから誰か、彼らにお食事をご用意くださいませ。伏してお願い申し上げます」
旅人が協会や領主の屋敷を頼って、一晩泊めてもらうなんてことは珍しくない。昨日の夜は修律院も空いていただろうから、二人も一番デカい屋敷を目指して来たんだろう。
しかし、あのキャスパーが客人を押しつけて、さっさと行ってしまうなんてな。
当然だ。昨日の夜はてんてこ舞いだったんだ。シーツの交換とかお湯の供給とか、さしもの万能執事も陣頭指揮だけで手一杯だったんだろう。
こんな時期の夜にもなって、村の外から人が来るのは不自然だなんて、それこそ考える暇もなかったんだ。
まだ冬が明ける前だろう。最寄りの宿場町からラムシング村を結ぶ道は一本。それも深い森の中だぞ。無理に訪ねる価値のある村でもない。俺なら宿場町で一泊するところだ。
「夜分遅くにお騒がせしてすみません」
男の第一声にぞっとした。耳にキンキンくる裏声なんだ。
「私はアルデンス。ただのアルデンス。こちらはエレクトラ・ブラン。ただの旅人です。皆様にご迷惑をおかけするつもりはございません。ただ、ここで一夜を明かすことをお許しいただけるのなら、他に何も求めません。食事も結構です。明朝にはここを発ちます。それまでご厄介をかけます」
それだけ言うと、二人して食堂の隅に固まっちまった。
旅人だってよ。こうなると余計に訳がわからん。風来坊なら何を急ぐんだ。
百歩譲って、二人が商人ならまだ、村へ来た理由を察せる。駆け出しで張り切って、農具か食料でも売りに来たか、工芸品でも買いつけに来たってなら、あり得ない話でもない。
実際、外套の下は年季の入った商人っぽい服装だったんだよ。
なのにその服も絶妙に似合わない。荷物も少ない。商談もない。
そりゃもう、得体が知れなかった。思わず指名手配書の束ぁ引っ掴んで、こっそり照らし合わせたな。
……ん、ああ。安心して欲しい。最新のとはいかないが、二人の人相書きはなかったよ。
ただ、そのときは参っちまった。そういうの、スペイは放っておけない性質でな。外の話に飢えてたってのもあって、ガンガン距離を縮めてさ。
「ようこそラムシング村へ、お二人さん。あたしスペイ・バーンズ」
もう唖然。肝が冷えた。
「旅人なんだってね? 旅の話、聞かせてくれない? 予定日近いからって仕事もするな。横になってろ。って、周りがうるさいのなんの。信じられる? 窮屈でたまんないっての。ねえ、どっから来たの? 旅の目的は? あ、二人は結婚してるの?」
アルデンスの方は質問攻めに不意を突かれた風だったな。何て言ってたか……。
†
もう、あんた。忘れちまったのかい。情けないね。
二人は先の大地震で生き別れになった家族を探しているって話だったじゃないさ。
何だか、ほら、国境の方だと地形が大きく変わったせいで故郷に帰れなくなったって人、多いって言うじゃない。断崖絶壁で生き別れ、音信不通なんてざらにあるって話でしょ。
二人もそうで、方々の領地を巡っては住民台帳とか、難民名簿とにらめっこしているんだ。って。
†
ああ、そうだった。そういう話だった。
思い出したよ。あのときは俺、エレクトラさんが心配だったんだ。
不安になるくらい痩せていたってのもあるが、着いてからずっと心ここにあらずって感じでな。
俯いて呆然としてて、どこ見てるかもわからなかった。
疲れている、ってよりも心が擦り減っている風で。ずっと隙間風みたいに鼻唄を口ずさんでるのが猶更いたたまれなかった。
スペイ、確か旅の目的の話の前にアルデンスさん、妊婦の多さに驚いてなかったか? やっぱりそうか。で、説明したろ。産院として開放しているって。
すると……何て言や良いんだ。エレクトラさんがこう、霊媒師に何か降りたみたいになってな。
「命の生まれる家。無垢な赤ちゃんの魂が、最初に訪れる家。きっと優しいご当主様に恵まれた、祝福された土地なのね……。うん、好きになれそう」
霧氷を思い浮かべた。微笑みが余りに儚くて、次の瞬間には果てていそうでな。
†
「ちょっとあんた。妻が身重でひいひい言ってる隣で、よその女に色目遣ってたってのかい。良い度胸じゃないのさ」
身に覚えのない話なので、エリーは気配を消させてもらうことにした。どうしよう。悪女っぽいエピソードが補強されちゃった。
「ひいひい言ったのはその後で、そのときはわくわくしてたろう」
「そういう問題じゃないのよ!」
「死相が浮かんでるんだから誰だって心配になるだろ!」
「喝っ!」ベア院長の覇気が部屋を揺らした。「話に集中しな」
†
面目ない……。
二人の旅の目的を聞いたところからだな。スペイ、話しても構わないな。
見ての通り、俺たち夫婦は、もうじき新しい命を授かる。そんなときに一家離散の話を聞いたもんだから、スペイが感極まっちまったんだ。
アルデンスさん、困って俺に何か尋ねようとしてたな。
そしたら来たんだよ。うずくまって泣いている内に、スペイに陣痛が。
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