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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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006 初めての再会

 部屋に入ると、腰の曲がった老婆がエリーたちを値踏みするように睨み上げていた。


 フードからこぼれた髪束はまばら。雪焼けした肌に、樹皮のようなしわが深く刻まれている。銀糸を縫った白の祭服。ヘーゼルたちと違って金糸も混ざっている点はミキの物に近い。


 この人が、院長さん。


「エレクトラさん……? 何てこった、本当だったのか」


 その後ろで、偉丈夫が幽霊でも見たかのように驚愕して、椅子から立ち上がる。これまで見てきた村人も、さすが開拓者だけあってたくましかったが、この人は頭一つ抜けて体格が良い。


 その脇のベッドでは、お腹の張った妊婦が上体を起こして、手招きしていた。


「とにかく入っておいでよ。あまりよそ様にお聞かせできる話でもなし」


「……入りな」


 しわ枯れ声が顎をしゃくって、エリーたちは扉の中へ滑りこむ。


 油を塗った羊皮紙張りの半透明な窓から、陽光が床に落ちる部屋だった。洗いたての清潔なシーツの匂いが胸に清々しい。


 室内には三人。エリーはヘーゼルの姉の姿を探したが、ベッドの上の人しか見当たらない。


 思ったより小柄だ。


 姉だという話だったけれど、妹の間違いじゃないかと疑った。夫共々、荒くれ者一家だと勝手に想像していたけれど、この夫婦は至って普通だった。


 ヘーゼルにあったトラ縞模様も見当たらない。一見すると、二人とも人間だ。少なくともエリーの知る人狼(ライカンスロープ)っぽくない見た目をしている。


 入る部屋、間違えてないわよね。


「こっちに座りな」


 エリーは窓際の椅子に座らされた。陽光をうなじに負う席。ここならアルフレッドも迂闊に手が出せないだろう。


「嬢ちゃん」


 老婆に指招かれるままエリーが頭を下げると、即座に首に何かをかけられた。見ると革紐で結んだ銀のペンダントヘッドで、イーリャの物と同じ意匠が施されている。


「触媒だよ。肌に密着させな」


 二重のアルフレッド対策。老婆に従い、エリーは服の下にペンダントを仕舞った。


 金属質な冷感が心臓の上に鎮座する。心臓が一拍だけ、これまでになく穏やかな鼓動を打った。


 これが、露術という奇跡を起こす品。


 雫一滴操れるかも怪しいけれど、銀製でさえあればそれだけで心強かった。


「ありがとうございます。……えっと、おばあさん」


 若者たちがギョッとする一方で、おばあさん呼ばわりされた当の本人はふぇっふぇっと笑った。


「そうさね、お互い名乗らんとね」


 ぎこちない自己紹介から始まった。


 イーリャはエリーを紹介するに留まって、続いて老婆へ。ラムシング村修律院院長ベア・バーレイ。そして、夫妻へ。


「いや、どうして俺たちが」


 偉丈夫が口にしかけて、妊婦が強烈な肘鉄を食らわせた。「あんたバッカ……ほら、記憶!」ハッとした偉丈夫が恥じ入るように頭を深々と下げて詫びる。「ほら今度は挨拶!」あわあわする偉丈夫がじれったくて、妊婦が下がらせて代わりに名乗る。


「もう覚えちゃいないってわかっちゃいるけど、やっぱ何だか変な感じだね。あたしはスペイ・バーンズ。ヘーゼルの姉だよ。それからこっちのウドの大木はロバート。あたしの旦那」


 部屋は合っていたらしい。


「おい……」ロバートが不平を臭わせた。


「何だい。気を利かせたつもりで、蓋を開けてみりゃ災難に遭わせただけのボンクラが、ウドの大木じゃなかったら何だってんだい。騎士様が聞いて呆れるよ」


「お、お前だって恩返しには賛成だったじゃないか」


「ふん。あたし一人居残ったって別にどうってことなかったのにさ。こんなことなら、崖の向こう側まで送り届けてやりゃ良かったんだよ」


「陣痛であれだけ喚いておいてよく言えるな。涙浮かべて俺の裾、引き留めてたくせに」


「ああ!? もっぺん言ってみな!」


「俺がウドの大木なら、お前はサルナシの蔓だ」


 一触即発の気配に、エリーはうろたえる。


「夫婦喧嘩見てられるほど暇じゃないよ」


 ベア院長がもごもごしながらハッキリ言った。ドライベリーを食べている。


 夫婦はそっくりなほど顔を赤らめ、素直に矛を収めた。


「ごめんなさい」


 喧嘩の迫力に圧されて尻込みしていたが、エリーはやっと頭を下げることができた。


「私、どうして禁域を通ろうと思ったのかも覚えていません。けれど、お二人が決まりを破ってまで尽くしてくださったのに、こんな形でご迷惑をおかけしてしまって、本当に、ごめんなさい」


「謝罪聞きに来たんでもないよ」


 ベア院長のもごもごハッキリ。トウヒの実を食べている。「白湯」ベア院長はロバートにちょいちょいと指で催促し、湯飲みを用意させた。


 一服し、口を開く。


「そっちの事情はここにいる全員知ってる。その生っ(ちろ)い身体に吸血鬼が巣食ってるなんざ、未だに眉唾だがね。ともかく長居は無用。バーンズからお前さんが来たときの話を聞いたら、とっとと修律院に行くよ」


 ベア院長の向く先、バーンズ夫妻の方へ一行の視線が集まる。


 院長との面談を済ませた両者の表情には、既に覚悟が現れていた。


「俺たちが話したところで、役に立てるかわからないが……」


 ロバートが訥々と、昨夜の騒動を語る――。


   †


 今夜は満月じゃないか。


 スペイとは、そんな他愛ない話を交わしていた。そうでもしないと、雰囲気に呑まれてしまいそうでな。


 慌ただしい夜だった。右も左もいきむ声ばかり上がるんだ。そのときの状況を“雲送リ”で隠れた月の(よわい)に絡めて説明した気にならないと、新米夫婦にはきつかった。


「一晩で何人生まれるんだ……」


「本当。赤ちゃんが口裏合わせたみたいよね」


「だとしたら、今夜生まれた子たちは、生まれる前から親友同士なのかもな」


「じゃあ、この子はその子たちのボスだ」


 どうしてだ? と、まだ見ぬ俺たちの子を愛おしそうに撫でるスペイに訊くと、何て答えたと思う。


「主役は遅れて来るんだから」


 なんてな。軽口を叩けたのも最初の内だった。

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