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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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003 ラムシング村

 畦道を行く先々で、村人の挨拶に捕まった。ほとんどはイーリャに向けられたもので、村人たちは灰を撒く手を止め、手押し車を停め、ぞろぞろと被り物を取って頭を下げる。


 穏やかな敬意を浴びて、労いを返す道中。エリーは同行者二人の背に半身を隠しつつ、控え目に頭を下げ返した。仕事の手を止めた詫びを軽く述べるイーリャに合わせて、双方別れた。


 止めていた息を、エリーは吐いた。


 日中で表に出る心配がないとはいえ、アルフレッドを宿した身で人前に立つのは、気がどうにかなりそうだった。


 無遠慮な視線を感じる。


 なあ、あの子……。え、じゃあ噂の……? 二人って話じゃ……。ほらあの担がれてる方……。簀巻きじゃないか……。禁域の方から来て……。通り過ぎるだけって……。引き返したのか……。協会に捕まったんだろ……。イーリャ様がご一緒……。ソーマ先生は……。


 去れば、内輪話がひそひそと背中に刺さった。


「姉ちゃんと義兄さんなら、絶対漏らさねえ。誰か盗み見しやがったな」


 ヘーゼルが忌々しく吐き捨てる。ヘーゼルがここで一番心強い味方だ。耳まで真っ赤にして怒ってもらえて、悪い気はしない。


「い、いいよ、ヘーゼル。こういう予感はしてたから……」


 禁域は護律協会が封鎖している。その封鎖も村人に対しては大らかなようだが、よそ者に踏み荒らされるのは話が変わってくる。奇異の目を向けられて当然だ。


 そんなことよりも、エリーはヘーゼルに向けられる視線が気になった。


「バン!」


 エリーの心臓が跳ねた。


 突然、石垣の陰から少年が二人、猟銃をこちらに向けて撃つ真似をしたのだ。エリーは仰天して胸を押さえたくらいなのに、ヘーゼルたち村出身の二人はうんざりしていた。


「お客さんがいんだ。しょうもねえ悪戯(いたずら)かましてんじゃねえよ」


 心底白けた低体温な声で、ヘーゼルは少年たちを頭ごなしになじった。本気で怒られるより堪えるヤツだとエリーが睨んだ通り、悪戯小僧の無邪気さが見る見る冷めて、しどろもどろになった。


「二人とも、お客様に謝りなさい」イーリャが冷たく見下す。


「……ごめん」「めんなさい」


 良いだろう。ヘーゼルが鷹揚に頷いた。


 エリーも笑って許した。血生臭い誰かと違って、素直に謝れるなら可愛いものよね。気まずそうな二人に、しゃがんで笑顔を振る舞う。


「かっこいいね、その銃。これから猟かしら?」


 落ちこんだ子どもたちが、ぎこちなく緊張を解いていく。修律士二人の顔色を窺って、許しを得てから我先にと口を開いた。


「違う。獣追い」「森に近づけちゃいけないんだ」


 そう言えば、禁域から生き物を遠ざけるため、空砲を撃っているとヘーゼルから聞いていた。弾は要らない。ヘーゼルたちが平気なのも当然だ。


 トナカイはここにいても大丈夫なのかと思ったが、イーリャによれば「遊牧民の財産なので特例です」だそうだ。


 呼び唄で森からトナカイを引き上げた後なので、見回りに行くなら今頃なのだとも。


「じゃあ、森の番人さんたちだ。ご苦労様」


 少年たちが照れ臭そうにもじもじすると、誤魔化すようにヘーゼルの方に寄った。


「なあヘーゼル。動物いそうなとこ、また教えてくれよ」「探し方教えてよ」


「おう、また今度な」


 気さくに頭を撫でようと、ヘーゼルが手を伸ばす。


 それより先に、少年たちが大人の腕にさらわれた。


「こらっ! 何やってんだい!」


 母親だろうか。腕の中で二人は暴れた。


「うえっ。やめてくれよ、おっかあ」


「黙りな! こっちおいで!」


 少年たちの母親が、愛想笑いでへこへこしながら、二人の襟首を引きずって、石垣の向こう側へ行く。イーリャへの挨拶も忘れて、そそくさと。


 こらっ! 何やってんだい!


 明らかに、ヘーゼルに向けられた威嚇だった。


 畑に立つ男性――父親か。合流した母親が声を潜めつつ何か耳打ちしている。嫌な目が四つ、こちらを見ている。


 ヘーゼルは村人と気さくに接していた。なのに、その反応はずっとこんな調子で、よそよそしい。イーリャが尊敬を集めていたのに反して、ヘーゼルは腫れ物のように扱われている。


 当のヘーゼルは「母ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くんだぞー」と晴れやかへんにゃり顔で手を振るのだった。子ども二人は手を控えめに振り返したが、両親に手を引かれて背を向けてしまった。


 四人家族の去り際、隙を見て子どもたちは振り返り、隠れるように手を振ってくれた。


「……感じ悪い」親への怒りか子への笑顔か微妙な顔で、エリーは呟いた。


「まあ、そう言うなって。仕方ねえよ」


 ヘーゼルは心が広い。そのくせ、エリーの扱いが酷いと、人一倍腹を立ててくれる。


 こんな良い子なのに。エリーはこの村が好きになれるか不安になった。


 ヘーゼルの耳がピクリと動いて、不意に立ち止まる。「ウマが来てら」直後、イヌの遠吠えが三人の耳に届いた。ヘーゼルも共鳴して嬉しそうに遠吠えを返す。


 蹄が雪を蹴る音の方角を見ると、小高い丘からケナガウマを駆る狗人が、こちらへ向かって来ている。


「ああ、ライトールですか」イーリャが、エリーに向けたような嫉妬をこめていた。


 農閑期に滞在する遊牧民たち、その族長の(せがれ)だという。遠目にも毛艶の上等な毛皮をまとい、トナカイの角や骨の装飾が野性的ながら気品を漂わせている。


 雪煙を盛大に上げる馬脚の見事なこと。


 ライトールが手を振ると、ヘーゼルも手を振り返す。


 居場所がない訳ではない。エリーは心が温かくなった。


 それも束の間。


 ヘーゼルが卒倒した。


 遠吠えの余韻が不穏に揺らいだ途端のことだった。担いだ捕虜が投げ出され、グエと呻くのも耳に入らない。エリーは血が冷える思いに駆られてヘーゼルの名を叫び、イーリャも遅れて青褪める。二人で倒れたヘーゼルへ駆け寄り、名を繰り返しながら肩を揺らした。


 顔が赤く汗ばみ、浅く早い呼吸で苦しそうに目を閉じている。手を当てると、もの凄い熱だった。


「ライトール! 急ぎなさい!」


 言われる前から、とっくにウマは襲歩であった。


「何本に見えますか」


 逸る気を抑えて、イーリャがヘーゼルに一本指を見せる。ヘーゼルが首を横に振った。


「三つ」エリーたちが息を呑む。「食える……」


 これは……どっちだろう。会話が成立していないし、食欲は旺盛だし。


 あっと言う間にライトールが到着し、鞍から跳び下りた。


 助けて。声をかける前に、エリーはライトールに強く押し退けられた。雪解けの泥濘に尻もちをついて呆然としていると、ライトールの敵意に満ちた瞳に射すくめられてしまった。


「不埒者! 身重ですよ! 恥を知りなさい!」


 すぐさまイーリャが肩を持って立たせてくれた。「立てますか」「え、ええ。何ともないです」痛みよりも驚きが勝っていた。


 ライトールは気にする素振りも見せず、一言「すまん」と不愛想なまま。


 マズルが長く、耳が広い。イヌらしい顔つきがヘーゼルを案じるように耳を伏せ、肩を抱き起す。その気遣いある所作に、イーリャは溜め息をついて怒りを治めた。


「ヘーゼルを我が家へ送りなさい。着いたらキャスパーに任せてくださって結構です。私の命令だとお伝えください。私どもは後から追いますから、頼みますね」


「ああ」


 言葉少なに馬上へ戻る背中へ、エリーも「よろしくお願いします」と懇願した。


 ライトールが鼻を嗅ぎ、牙を剥いて馬上から見下ろした。


「何故貴様のような者がここにいる」


 胸を苦しくさせるほどの敵意がこめられていた。身体の奥底まで見透かされるかのような鋭さを浴びて、エリーは自身の胸を、心細く握りしめる。


 この人は、私の中身も、そいつが私の身体で何をしたかも、お見通しなんだ。


 ふいにライトールの視線が外れた。腕の中でうなされながら、ヘーゼルが牙を剥き、ライトールの腕に爪を立てていた。


「虐めんな……!」


 ライトールはヘーゼルの剣幕にうろたえた。「ん」と微かに頷いて、熱くなったヘーゼルの額を舌で舐め冷やしたが、鼻先を弱々しく押し返されていた。


 ライトールはエリーに一瞥をくれたあと、ウマの腹を拍車で突いて畦道を駆けて行く。


 騎馬の背中が小さくなっても、エリーは立ち尽くしていた。拒絶の針に縫い留められたように、その場から動けない。


 何故貴様のような者がここにいる


 イーリャが近くの村人を呼び、捕虜とエリーのために荷車を用意するまで、ライトールの言葉が耳に残響していた。

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【どうでも良いこぼれ話】

作中の獣人の耳はいわゆるケモ耳ですが、頭上からでなく側頭部、人間と同じ場所から生えています。

何故かというと、生物の鼓膜の位置が脳の底面あたりにあるらしく、よくあるイラストみたいにケモ耳が頭上にあると逆説的に脳みそが小っちゃいか、えげつないほど耳の穴が深いということになってしまうためです。

作者は「そうだったら何か嫌だな」となったので、獣人の記号から外すことにしました。


結果、ケモ耳ポーズの作中での立ち位置は「おめえ脳みそちっちぇえな!」とか「難聴野郎が! いっそ先祖に返りな!」とかいう侮辱になってしまいました。気をつけよう。


一方で、獣人当人たちはケモ耳の可愛さを知っているため、ケモ耳つき耳当てカチューシャのような装飾をばっちり発展させていたりします。気難しい民族だな、こいつら。

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