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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
2.最初の朝餐

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026 暗中模索

 お互いに大前提を確認して、本題へ移る。


「もう結構です。それで、気になることが」とイーリャが、乾いた羽根ペンで文をしたためる真似をしながら言う。


 ミキは鷹揚に続きを促した。


「胎内に子どもが宿っているとしてです。崖から転落して無事なものでしょうか? その子、本当に人間ですか?」


 ミキが腕を組んでうなった。


「エリーさんが人間なんだから、人間のままだろうね。もし吸血鬼化しているなら、とっくに赤ちゃんが母体を食い尽くしているだろうし」


「胎児は母親の血液から栄養を補給していますよね。あの方の血液は吸血鬼です。危険では?」


「胎盤のおかげで血は混ざらずに栄養と老廃物のやり取りだけできるから、アルフレッドが無理に子宮を傷つけない限り心配いらないと思うよ」


「それでも人間の血ではなく、吸血鬼そのものですよ。例外的に突破できるかもしれません」


「調べようがないよ」


「仮定ばかりではキリがない、ということですか……」


「まあね。なら、楽観的な方に賭けたくなるのが人情というものさ」


「本当に暗中模索」イーリャは哀愁と共に呟いて「もう一つ」と気を取り直す。


「吸血鬼の表出を封じるために、私どもの祭服を貸与するのが、安全管理上合理的ではありませんか?」


 銀糸を縫った護律協会の祭服は、対吸血鬼用の鎧である。銀に触れた吸血鬼は焼け焦げる。その力は今のエリー、もといアルフレッドにも通用すると確認済みだと、イーリャは聞いている。


 本人に着せてしまえば万全のはずだった。


「殺し屋を一人、捕り逃がしたからね」ミキが釈明する。「いつ襲撃があるか読めないから、自衛力を残しておく必要があってね」


「でしたら、銀のアクセサリーを持たせましょう。吸血鬼を解放する際にご本人が外せるような物が良いですね」


「へえ、目の敵にしていた割に、真剣に考えてあげるんだ?」


「それはそれです。身を守る権利は、誰が何と言おうとあの方のものですもの。権利を自由意志の下に行使することこそ人類の尊厳の根幹なのですから、吸血鬼如きにみすみす踏みにじらせてたまるものですか」


「エリーさんじゃなくて、あくまで人の尊厳を守るつもり、ねえ」


「義務は変えられません。ですが、義務を全うする動機は、私の聖域です」


「君も難儀だねえ」


「いずれ公人の立場を継ぎますので。清濁併せ呑むのは初歩的な処世術です」


 ミキは頬杖をついて、まじまじと険のあるイーリャの顔を眺めた。


「気になることついでにアタシからも」


 イーリャは何の気なしに受け答えた。


「エリーさんは村側から来た訳だよね。どうやってそっちの関所、通ったんだろ?」


「言われてみれば……」


 羽根を顎に当てて、イーリャは思い出した。


 あの日の夜は村で出産が相次ぎ、交代の時間が過ぎても夜の当番が姿を現さず、イーリャは待ちぼうけを食らっていた。


 そこにロバート・バーンズが慌てた様子で詰所へ雪崩れて来た。


 妻のスペイが産気づいたが、助産師の手が足りない。とにかく来て欲しい。俺は代わりにここを見ているから、早く。


 全力疾走で息を上げたロバートを一人残して、イーリャはスペイの元へ急ぎ……結局取り越し苦労だった。


 ロバートはよそ者に助けられた恩から、彼らを手引きしたと聞く。


 イーリャが戻るまでの間、関所はロバートの思うがまま。今こうして思い返せば、完全に無防備だった。


 始末書もので済めば幸運である。


「……どうやったのでしょうね」


 素知らぬ顔でイーリャは誤魔化した。ミキも大して興味がなかった。


「ふーん……。ま、禁域のザル警備なんて今に始まったことじゃないもんね。あんまり気に病むことないよ。情勢が悪い」


 安堵する一方でイーリャは「ご自身を棚に上げたいから、私もお見逃しになるだけですよね」と毒づいた。「やーん。以心伝心」ミキはふざけて笑った。


 あっさり話題は元に戻った。


「しかし、銀のアクセサリーかあ……。協会本部の独占状態なんだよねえ」


 吸血鬼被害の矢面に立たされるのは護律協会だ。触媒に限らず、祭服に、武器に。護律官を守るため、銀の需要は天井知らずだった。


「市場にも吸血鬼避けで銀製品は出回っていますが、銀メッキの粗悪品ばかりと聞きます。確かに効果はありますが、護身用の消耗品にすぎません。使い続けるならやはり総銀造りが望ましいですね。チェーンも全部」


「わーお、贅沢」


 じゃあ教官の仮面は何なんですか。頭大あるアイマスクと口元にじゃらじゃらと垂らしたチェーンへ嫌味な視線を送るイーリャを、ミキは無視した。


「協会でも供給がひっ迫しているから節約志向なのに」


「おっしゃる通り、露術の触媒部分を除けば、今や革などで代用された装身具ばかりです。総銀造りは今や珍品の部類になります。何とか工面できないでしょうか……」


「ま、アタシが何とかするよ」


「銀細工の工房にでも(つて)があるのですか?」


「ふふん。もっと心強い人だよ」


 郷愁をまとって、何故だがミキは得意げに胸を張った。


   †


 卓上電話の受話器をチンと、ミキが置く。


 件の院長には、一行の到着までにバーンズ夫妻への事情説明と聴取をお願いしたという。


 院長の話になった途端、ミキがげんなりしていた。電話が爆発するんじゃないかってくらい、滅茶苦茶怒鳴られたらしい。どんな人なのだろうか。今から会うのが不安だ。


 行き先はコシノフ邸。修律院ではないのかとエリーが問う。ミキが答える。


「吸血鬼の問題と同じくらい、殺し屋たちの動向が気になるんだよね。ご夫婦なら昨夜の事情を多少なりとも知っているはずだから、まず話を聞きに行ってくれるかな」


 コシノフ邸は客間を産院代わりに開放している。院長ともそちらで落ち合う手筈だ。合流の後、速やかに修律院に移動する。吸血鬼対策は、護律協会のテリトリーで行う。


 コシノフ邸滞在中でも、吸血鬼に対しても全くの無策ではないと、イーリャがつけ加えた。


「幸い、我が家は銀食器を揃えております。メッキですがね。使用人を始め、屋敷でお手伝いくださる方々に持たせるよう手配いたしましたので、いざとなれば総出でお相手する所存です」


 お金持ちってすごい。イーリャが鼻を高くした。


 そしてミキは、見張り番の交代を待って、禁域の捜索へ行く手筈となった。


「待ってください。私たち、禁域を通り抜けるんですよね? イーリャさんとヘーゼルに不満はありませんけれど、殺し屋が潜んでいるかもしれないのに気を抜きすぎじゃ……」


「エリーさん、今、自分の中で獰猛な怪物飼ってる自覚ある? たった一晩で吸血鬼対策ができるほど用意周到なら、最初から対策して来るよ」


 ミキの言うことももっともだった。今のエリーの危険性は、記憶喪失前とは段違いなのだ。慎重になるべき局面を見極めて、急げる内は急がせる。ミキのその差配力が心強いだけに、やはり別行動は不安を拭いきれず、エリーはもどかしく思った。


 ともあれ方針が定まった。各々、防寒着と荷物(捕虜含む)のチェックを終えて、外へ出ようとしたとき見送るミキが三人を呼び止めた。


「いやあ、間一髪。肝心なことを忘れるところだったよ。イーリャ、君がエリーさんに露術を教えてあげてね」


「……何ですって?」


 後に師弟となる二人が、異口同音にした。

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