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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
2.最初の朝餐

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022 首輪

 脱走者の簀巻きと血抜きを済ませ、気絶したイーリャを待機室に運んだ後。


 キッチンで一悶着あった。


「エリー、なあ、何で怒ってんの。自分、何かしたか。何で無視すんの。悪かったとこ言ってくれよお。わかんねえんだよお。機嫌直してくれよお」


 ヘーゼルに泣きつかれても、エリーは頬をぷくと膨らませて、つんと無視した。


 アルフレッドの意地悪ではない。正真正銘、今はエリーが表に出ている。


 何がどうして、今回の人質騒動が一件落着したのか。事実を整理して、エリーは愕然とし、間もなく焦げつくような怒りを覚えた。


 終わり良ければ(すべ)て良し。じゃないのよ。


 人様をだしにして、何勝手にギャンブルしとんじゃい。


 私の身体はチップか遊技台かってのよ。


 アルフレッドもヘーゼルも最低。信じらんない。今朝、私がどれだけ心配したかも知らないで。私の心配返してよ。無理なら肉団子返して。アルフレッドはさっさと出て行って。ミキさんはへらへらしないで。


「ご歓談中のところ、恐れ入るけれども」


 しばらくその様子を微笑ましそうに見守ったミキが一声。


「さっきの騒ぎはエリーさんを中心に回ってたから、イーリャへの釈明は任せたよ」


 ヘーゼルの身勝手がどうでも良くなるほどの衝撃が、エリーの脳天に直撃する。


 何で私が。反抗心も束の間だった。確かに、イーリャはエリーの尿を被り、その怒りが原因で脱走中の捕虜の人質となり、その捕虜もエリーを追う殺し屋の一味だし、何より演技とはいえ吸血鬼と化してヘーゼルに危害を加えたのは、イーリャからすればエリーなのである。


 イーリャさん、どうか悪夢だと思っていてください。私にとっても悪夢です。流されっ放しの自分が恨めしい。強くなりたい。しかし、いくら願っても朝の空に願い星はない。


 ドングリから抜いた渋だけ食ったような顔をしていると。


「勘違いならごめんだけれども」とミキが断りを入れて「まさか被害者だからって『私悪くないも~ん』とか開き直って、アタシたちの負うリスクは知らんぷりかい?」


「言われなくても立場は弁えてます……!」私そんなぶりっ子口調じゃない! エリーは歯ぎしりした。


「なら良いけれども」


 くつくつと笑うミキは、どう見ても愉しんでいる。この人はこの人でエリーの気も知らない。いよいよ尻を蹴ってやろうか。


「エーリーイー」


 お詫びを考えるのに邪魔なので、エリーは雑にヘーゼルを許した。さて、この難題をどうしようか。正直に打ち明けるのが一番にしても、頭を捻る時間が欲しい。


 イーリャが乱暴にキッチンの扉を開けたのは、そのときだった。


 見るからに疲れた姿だった。やや乱れたシニョンの髪、徹夜明けの如く据わった目つき、やや前傾の背筋が気怠そうに、修律士の祭服を着崩している。


 無言でキッチンを睨み回すイーリャに、ミキが手を挙げて迎えた。


「や、おはおう。ご覧の通り全員無事だけれども、さっきの、演技混じりなだけで夢じゃないよ」


「ミっキさんっ!」段階刻め! こっちにも心の準備があるのに! このちゃらんぽらん!


 だが、イーリャは心ここにあらずといった風体で、デリカシーのない雑な説明にも微動だにせず、眼球だけが疑わしくキッチンを見渡していた。


「イーリャ」


 はい。とミキが気安く差し出したのは、何故かイヌの首輪とリードだった。「要るかと思って」と気を利かせたように振る舞うミキだが、そもそも何に要るのか。ふざけているのかとエリーは言葉を失った。


 ところが、首輪とリードを目にした途端、イーリャは微かに目の色を変えて、ミキの手から奪い去る。必死で、切実で、それが彼女を現実に繋ぎ留める役割を持っているかのよう。


「ヘーゼルも当然無事だから」


「……まあ、無事なら。はい」


 ぼんやりとだが、イーリャは納得したらしい。首輪が特別なのか、イーリャが大らかなのか、それともミキへの信頼が篤いのか。わからないけれど、それにしても、命の危機を前に取り乱した姿を見失ってしまいそうなほどに切り替えが速い。


「それはそうと」


 正気を取り戻したイーリャが怪訝そうにエリーへ向く。人殺しでもしないような鋭い目つきを更に凝らして、じろじろと見られている。ガンを飛ばされた、と言うべきか。


 顔が近い。カタギの距離じゃない。


「ああその子、目が悪いだけだから。そこんところ、ね?」


 ミキが手を合わせて気を配ってくれても、生きた心地がしない。何しろイーリャを最も精神的に追い詰めたのはアルフレッド、つまりイーリャから見ればエリーなのだ。


 服なんか特に念入りに品定めされている気がする。


「イーリャ、その人はエリーさん。エリーさん、こちらの方はイーリャ・コシノヴァ嬢」


「よ、よろしく、お願いします」


 やがて、イーリャは得心いったように顔を離した。


「お初にお目にかかります。ご紹介に与りました。(わたくし)、イーリャ・コシノヴァと申します。ようこそ、我がラムシング村へ」


 目つきと距離感に反して、イーリャの声音は淑やかだった。とても直前まで呆然自失だった人には見えない。


 目が悪くて助かった……? エリーの緊張が少しほぐれた。


「……それで、あなたはどうしてこちらに? まさか、お一人で森を抜けていらしたのですか?」


「は、話せばとっても長くて、その上とっても複雑なんですけれども……」


「はあ」


 積もる話に興味はないらしく、あからさまに面倒臭そうにされた。


「……えっと、あの」


「教官。無事なら、ヘーゼルはどちらに?」


 興味が失せたのを隠さず、イーリャはミキに尋ねる。


 忘れていたが、イーリャは尿のことをヘーゼルのせいだと思いこんでいたのだった。


「やっ、違っ……」とエリーが止める間もなく「テーブルの下に隠れてがたがた震えているよ」と無慈悲にミキが答えてしまった。


 食卓の下から「若隠居!」と抗議。イーリャの入室から瞬時、ヘーゼルは鮮やかに身を隠していたのに。


 当の若隠居は思い出したように「おしっこは済ませたよね?」と卓の下へ訊く。ここで漏らされたら困るとばかりに。


「左様ですか」


 無機質に呟くイーリャは、ダン! と食卓を叩き、その手を支えにしてゆらりと屈み、その下で縮こまった人狼の姿を拝む。


「見ぃつけた」


 その手には首輪と、揺れるリード。冷たい悦びに中てられたヘーゼルの悲鳴が、短く上がった――。


「ああ、やっぱりこの首輪がとても似合いますね。もう、ヘーゼルったら、悪戯三昧な上に心配ばかりかけて、いけない子なんですから。やんちゃしちゃ、めっ! ですよ。……やっぱりヘーゼルには私が手ずから躾けを施してあげないといけませんね。乱暴者でお行儀の悪い人狼娘なんか、お父様が村から追放しちゃいますもの。教官もそう思われますよね」


 ミキが生返事する。


 何を見せられているのかしら。エリーは呆然と、その光景を眺めていた。

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【新年】

あけましておめでとうございます。

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