003 十三人分
エリーの沈黙を、話の先を促す合図と見なし、アルフレッドが続ける。
【オレがテメエの雑魚い身体に甘んじている理由は一つ。血が足りねえからだ】
吸血鬼――胤族の身体は全て血液でできている。人間は体重の約十三分の一が血液であるため、同じ体重の胤族であれば、単純計算でも十三倍の血液が流れていることになる。
【だが、オレが目覚めたときにゃ、スズメの涙ほどしか血が残ってなかった】
そこに居合わせたのが、死にかけのテメエだ。そうアルフレッドは語る。
【まさに天の賜物って感じだったぜ。崖から落ちたテメエは、オレを封じていた像に大当たり。自由を得た上に、少ない血でも動ける肉体をゲット、それも防水機能付きっつー、願ってもねえプレゼントが降って来たんだからな】
「廃聖堂……」
エリーが目覚めた、あの廃墟。運命のいたずらに愕然とするエリーに、血の鏡像は頷く。もっとも、まさか孕んでるとは思わなかったがな。
【算盤弾きといこうや。オレが摂取した血は、テメエのを除いて二人分。ナイフの変態野郎、そしてあの鳥人】
鳥人。その名を耳にして、エリーは鳥肌が立った。亜人の血を身体に入れて大丈夫なのか。他人の血でも気持ちが悪いのに、鳥の血まで混ぜるって、どうなの。
「ねえ、今更だけど、そんな見境なく血を吸って大丈夫なものなの? 一応、私の身体なんだけど。病気になんかなりたくないわよ」
アルフレッドが怪訝そうに片眉を上げた。
【ひょっとして、敗血症を心配してんのか?】
ハイケツショウという病気が何なのか、エリーは知らない。アルフレッドが構わず説明する。
摂取した血は、抗体だか何だかにアルフレッドが手を加えて、エリーの身体に適合させているらしい。したがって敗血症は発症しない。
【よほど人間から離れてねえ限り、血の選り好みはしねえ】
正直なところ、何の説明を受けて何が解決したのやら。釈然とせず、首を傾げるエリーだったが、自分がどこに疑問を感じたかもわからないので、この話は聞かなかったことにした。
ただ、本題に戻ろうと思っても、また首を傾げる。
ナイフの殺し屋、鳥人……吸った血が足りない。
「ミキさんの分が抜けているみたいだけれど」口移しで飲んだ場面を、嫌でも思い出す。
【ほとんど吐いちまったが?】
軽い調子に思わず、ずっこけた。
「あんたが飲みたがったんでしょ! 勿体ない!」
【血管にゲロが流れても平気か?】
エリーは閉口した。
【大体、あれは血の摂取が目的じゃねえ。あの拝露教徒の真意を量る儀式だっての。……話を戻すが、ナイフの変態の血は、闘いで壊れた身体を治すのに使っちまった。で、鳥人の血は数に入れねえ。テメエの臓器に消化でもさせりゃ、栄養になんだろ。だから実質まだ血を補給できてねえことになる】
「何で鳥人だとダメなの」
【オレたちの身体や人格は、摂取した血の影響を受けやすい。身体的特徴は当然、知能や食の好みまでガラリと変わっちまう。純血の人間以外の血はリスキーなんだよ】
「……つまり、人間の血があと十三人分、欲しいってことね」
エリーは呆れた。殺し屋には五十人って言ってなかった? あんな状況でふっかけてんじゃないわよ。
ところが、アルフレッドは不服そうに口を曲げた。またもや憎まれ口を叩く。
【テメエ、それで良いとか本気で思ってんのか】
「何よ。お勘定、間違えてた?」
【十三人分補給すんのと蓄えるのとじゃあ、訳が違うだろうが。さっき言ったみてえに、怪我を治すのに血を使ったら使った分だけ減るに決まってんだろ。色々やり繰りして、最終的に血の必要量を満たさねえと意味ねえんだよ】
急に貯蓄の話に聞こえてきたわね。
「そうなると、最小限の犠牲で、早く済ませるなら、十三人まとめて一気に殺さなきゃなんない訳?」
【ミニマムに拘りやがって……ま、理屈の上じゃ、そうなるな。】
アルフレッドがにやにや頷く。
「だが、もっと現実的に考えやがれ。十三人同時に殺すだあ? あの拝露教徒が目を光らせてんだぞ。無理に決まってんだろ」
犠牲は、必然的にもっと増える。
「そう、なら――」エリーは朗らかに「断るに決まってるでしょ!」
血の鏡を叩き割る。割れる代わりに血は飛沫となって飛散し、エリーの苛立ちを嘲笑って集結する。鏡は元通り、邪悪に改ざんされたエリー、アルフレッドの化身を映す。
自分で言ってゾッとする話だ。この上まだ人を手にかけるなんて、冗談じゃない。エリーは死にたくないが、他人を犠牲にする手段を良しとするほど落ちぶれたつもりは毛頭なかった。
それに、アルフレッドはしれっとエリーの血を頭数から外しているものの、その実、運良く十二人分集まった時点で、エリーを犠牲にすれば目標量を達成できる。
それに気づかない吸血鬼ではない。
アルフレッドは、エリーを踏み台にしても構わないと考えているに違いない。
人を殺す。自分も死ぬ。こんなお粗末な提案に乗るくらいなら、別の道を探し求めた末に、願い果たせず命を落とす方が百倍マシだ。
敵意と拒絶にエリーが牙を剥いて睨んでも、アルフレッドは涼しい顔だった。
【つれねえなあ。オレの好きなとこ三つ、言ってくれた仲じゃん】
「全部あんたが言ったんでしょうが。私を生き返らせた、っていうのは……まあ、認めてあげても良いけど。でも、それだってあんたの都合で、私を守るのは血を吸う口実で、ましてや薄っぺらい愛の押し売りなんて寒気がするわ。何よりあんたはヘーゼルを殺そうとした。ゼロどころかマイナスよ。どれだけ恩を積まれたって許せないわ。私、あんたなんか、嫌いなままで結構よ」
【ひーん、泣きそ。おい胎んガキ、テメエの母ちゃん、とんでもねえ虐めっ子だぞ】
「半笑いで何言ってんの」
【だってそうだろう? 胎んガキはよ、テメエの血とオレの血から栄養吸ってよ、こうしている今もどんどん育ってんだぜ? 同じ身体にいるよしみだってのによお、何でオレだけお預け食らわにゃなんねえの】
「お腹の赤ちゃんとあんたが一緒だとでも思ってるの?」
【同じ血を吸うよしみだぜ】
「減らず口」
【闇弱】
いちいち食ってかかるの、何。エリーは歯ぎしりしたが「もう!」と苛立ちを声と共に吐き捨てた。
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