002 女と血の境界線 2/4:一蓮托生
エリーが本当に助かる道。
それは、お腹の赤ちゃんが生まれる前に、アルフレッドをこの身体から追い出すこと。
それしかないと、この吸血鬼が言いたいことなど、エリーはお見通しだ。
ただし、肝心な前提に実感が伴っていないのだけれども。
(いきなり妊娠と言われても……ねえ。身に覚えがないのに)
エリーはそっと、中に呼びかけるようにして、自分の下腹部を撫でた。
「……そもそも、本当なの? 私が、その、妊娠……って」
女の身体に起こる変化でも、妊娠は一大事だ。
けれども、こうして撫でていても、何の兆候も、膨らみも感じない。
本当に妊娠しているなら、父親は誰なのだろう。
記憶の断片で、エリーを助けてくれたあの人、アルデンスだったら良いなと思う。
嫌いなものでも好きになれるおまじないを教えてくれたあの人。崖から落ちるエリーを庇って、死んでしまったあの人。
命を懸けた献身は、父親としてこの上ない資質で、愛情深さの証明だ。そんな人と結ばれていたのなら、どれだけ素晴らしいことか。
血で鏡合わせの顔が、底意地悪く笑う。
【そうか。テメエも、奴も、信じるしかねえもんなあ。マジで孕んでっかなんて、オレでもなけりゃ調べらんねえもんなあ】
「いちいち意地が悪いわね! 私が信じた方があんたの得でしょ! だったら記憶を直しなさいよ! 私を生き返らせたみたいに!」
【無茶言うな。偉っそうに。麻痺を残さなかった腕を褒めてもらいてえくらいだってのによ。元の脳神経網の形なんざ知るかボケ】
「もっとわかるように言いなさいよ!」
【……ま、時間が経ちゃ、身体から出るもんが出るだろうよ。乳でも、腹でも、妊娠の証拠がな】
「真面目に言って! 認めたくないけど、あんたと私は一蓮托生なんだから! 足並みを揃えなかったせいで、私がドジしても知らないからね!」
にわかに鏡像の顔が色めき立ち、前のめりに近づいた。
【一蓮托生! 足並みを揃える! 良いねえ! テメエの口から聞けるたあな! 話し合いの場を設けた甲斐があるぜ!】
「どうなのよ! 妊娠してるの、してないの!?」
【本当も本当。マジのご懐妊だよ、尻軽女】
「一言余計なのよ! 誰が尻軽よ、この殺人鬼!」
【“鬼”のつく呼び方をすんじゃねえ! 胤族だっつってんだろうが!】
「いや繊細か! あんたが人間でも殺人鬼って呼んでたわよ!」
【そうか? なら良い】
「い、良いの……? あ良いんだ?」
一発で冷めちゃったんだけどこいつ。どこかずれてるわね。
慣れない言い争いに疲れて、エリーは肩で息をつき、椅子の背にもたれた。
閑話休題。
【質問はそれだけか? じゃ早速、足並みを揃えていこうや。見返りの話と洒落こもうぜ】
「それなんだけど……」
口から出任せに思わせぶりなことを呟いた。時間稼ぎ、悪足掻きにもならない。
時間が惜しい。エリーは考えを整理した。
妊娠が事実と言われても、エリーには確かめようがない。忌々しいことに、アルフレッドの言う通り、見た目と体調の変化からしか判別できないのだ。
裏を返せば、見た目に変化が現れるまでなら、ほぼ猶予が残されていると見なして良い。
たとえアルフレッドが嘘をついていたとしても、ミキが吸血鬼の駆除に動くなら、相応の決め手が必要だからだ。
だから、このままではいけない。
ミキは職務への忠実さを最後まで崩さなかった。この猶予を利用して、アルフレッドを身体から追い出さなければ、いずれ殺されてしまう。
疑念に目をすがめて、むすっとエリーが振り返る。
「見返りだなんて勿体ぶって、どうせ血でしょ」
【話がわかるな】
私欲のため、イヌに芸を覚えさせたときのような、下卑た目つきだった。




