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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
2.最初の朝餐

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001 夢の血鏡

「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である」――ルカによる福音書  22章20節

 どこまでも続く暗闇に、足元は一面の血。一脚の椅子。


 気づけば、エリーはここに座っていた。


 ミキの力で氷漬けにされて、口にするのもおぞましい物を口移された。直後、疲労と心労の限界で睡魔に襲われたところまでは覚えている。


 かじかんだ手足からは感覚が失せていた。


 眠ったら死ぬ。ヘーゼルもそう言っていた。ヘーゼルに助けを求めたいが、手足はおろか口までかじかんで上手く声にできない。そもそもヘーゼルは空き瓶で殴られて気絶している。


 舌に残る苦酸っぱい異臭と後味を気付け薬代わりにして、目眩を誘っては重たい目蓋を持ち上げて、重さに負けての間でせめぎ合い、夢現を行き来する。


 意識が暗転し、浮遊した。


 ガクンと首の落ちる反動で「寝てた!」と飛び起きてみれば、ここだ。


 暗闇の果ても、空の果ても、血の底も果てしない。現実離れした広大さの中心に立っている。静寂に圧迫されそうだが、同時に張りつめた緊張が解れていく。


「あれ。私、死んだ?」


 独りでに呟いていた。どこかで耳にした子守唄が途切れ途切れに囁かれているのに気づいたのは、その後だった。


 子守唄が止み、足元の血が嗤って、波紋が幾重にも浮かぶ。


【確かに、死んだ方がマシな目に遭った。お互いにな】


 足元の血が一点に集まって、人頭大の球形になる。揺らめく血の球から、アルフレッドの声がする。


【よお、エリー】


「……アルフレッド」


 アルフレッド・ヴァルケル。エリーの中に巣食う吸血鬼。いけ好かない奴。私の身体を乗っ取って、人を殺した。結果的に私を守ってくれたことになるんだけど……。


 いや。やっぱり、やり口が生理的に受けつけない。


 エリーは血を前にして身構えた。血は鏡となって、エリーの顔を赤く歪めて映した。


「夢じゃなかったのね」


 忌々しく言い捨てる。


 廃墟で目覚めたこと。記憶の欠落。心身共に切り刻まれて、切り刻み返したこと。エリーの身体に寄生する邪悪な血……。全てが今際の際の夢で、本当のエリーはあの世に逝ったのではないか。本気でそう信じかけていた。


【ここは夢みてえなもんだがな】


 血鏡のエリー、アルフレッドが言う。


「あんた男でしょう。私の真似なんかして、どういうつもり?」


【今はオレ本来の血より、テメエの血の方が濃いからな。細胞も入れりゃ多勢に無勢でよ。オレの形より、そっちの形に引っ張られちまう】


「細胞だか裁縫だか知らないけれど、消えてちょうだい。それとも、もう一発お見舞いされたいの?」


 怖い顔を作って、エリーは拳骨で脅した。身体の支配を奪い返し、頬をぶってやったのだ。あれは効いただろう。


【もう一発……ああ、あのへなちょこパンチか】


「へな……っ!?」ちょっとショック。


【まあそうカリカリすんなよ。ゆっくり話をしてえから、こうして場を整えて迎えてやったってのに】


 見渡す限りの暗闇と鏡の似姿を言っているのなら、それはどうもありがとう。壊滅的に好みが合わないことがわかってホッとしたわ。


「あんたの話なんかもう聞いてやるもんか。ましてや私の顔でだなんてお断りよ。気味が悪い」


【おいおい、命の恩人に向かって何つー口の利き方だよ】


 ふん。エリーは唇を尖らせた。


「本当かどうか怪しいものよ。それよか、私が記憶喪失ぅ? あんたに都合良すぎ。本当は元気な私を襲った上に記憶を奪っ」


 エリーの頭が割れた。「……た? んじゃ、ない、の……え……?」頭皮を裂き、頭蓋を砕き、脳を挽く。血が噴水の如く八方へ噴き、滝を受けたかのように頭から血を流して、エリーは卒倒した。


 卒倒したかに感じた瞬間、エリーは踏み止まって身体を起こした。恐れに従うまま、頭を隅々まで触って確かめたが、怪我一つ感じない。幻覚? それにしては、死の実感が真に迫っていた。身体の震えが止まらない。息が上がって、冷や汗が滝となって額を流れていく。


 エリーは身体を掻き抱いた。死んだ。今、エリーは確実に死んでいた。


【オレが居合わせたとき、テメエはそんなんだったぜ】


「……今の、あんたが」


【信じねえから、親切に教えてやったんだ。テメエが何も覚えてねえのも、脳神経の断裂で物理的に……】


「最っ低!」


 ほんの僅かにしか会話を交わしていないのだが、こいつがろくでもない怪物だということは骨身に染みて理解しているつもりだった。


 まさか、死の感覚を味わわせるためだけに殺してくるだなんて。


 この世のどんな悪党にも与えられない苦痛と恐怖を押しつけてくるだなんて。


「もう放っておいてよ! 顔も見たくない!」


 捨て台詞と共に、椅子ごと、エリーが血に背を向ける。


【そうか。なら、身体から出てってやっても良いぜ】


 声だけで、耳が引かれた気がした。当然、見返りはもらうがな。アルフレッドが囁く。


【わかってんだろ? オレたちは、まだ助かってねえ。あの拝露教徒(アンスロピスト)は、条件付きで処刑を先送りにしただけだぜ。(はら)のガキが生まれた後、オレたちはどうなる? いや、ガキをひり出すまで持ちゃ上等だ。途中で流れてもみろ。そこでオレたちゃ()()だぜ?】


 首を掻き切る仕草で、アルフレッドはおどけた。

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【やったぜ】

2025/12/29 注目度ランキング すべて95位 連載中44位 ありがとうございます。

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