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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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041 蠢動④:嘘つきたちの暗躍

「ち、違うんだ……」


 考えるよりも先に、パティソン準男爵の口が動いた。


「あ、ありがとう……あいつを退治して……あいつに、そう! 今までずっとあの吸血鬼に脅されたんだ! ずっと! ずっとだ!」


 きっかけを掴んだ途端、言葉が胸から止めどなく溢れてきた。


 出るに任せた証言が、パティソン準男爵にとって真実にすり替わっていく。


「この辺りは人の往来も少ない! 助けを呼ぼうにもリベットが目を光らせているせいで怪しい動きはできなかった! 誰かが助けに来てくれるのをずっと祈りながら待っていたんだよ! そ、それで、自分可愛さに、私は……取り返しのつかないことを……おお、すまない。みんな、私を許してくれ……」


 活路が開いていく手応え、その喜びをくべて悲愴を演じる。


 パティソン準男爵の泣き笑いは単なる解放感を離れ、真に迫った懺悔と化す。


「ど、どどど、どうして嘘、つく?」


 だが、何故かユィユィはもらい泣きし、しゃくり上げながらも、強く疑いを向けていた。


 パティソン準男爵は図星を突かれ、しかし心から濡れ衣を訴えた。


「う、嘘なんかじゃ! 私は片腕で、こんな人里離れた小領地の隠居で! 無力で! お前もわかるはずだ! 私にはこうするしかなかった!」


 大体、もし嘘だったら何だと言いたいのだ。


 護律官の仕事は異種族間交流の仲介、露術の平和的利用、吸血鬼退治……。


 人間を裁くのはあくまで騎士団や司法である。ユィユィにパティソン準男爵をどうこうする権限はない。


 ここで白を切ってしまえば、確実に逃げ切れる。


「だて、だって、無理」


 だが、ユィユィの様子がおかしい。


「ユィユィ、来た。これ、ききき吸血鬼悪いため。っで、ででも、今日は人悪いためもある」


「お願いだからわかるように言ってくれ! 片言だと話にならない! 故郷でもどこからでも良いから通訳を連れて――」


「お前ぇ!」


 小心者と侮っていた小娘の怒号に怯む。


「い、今から護律官のユィユィ違う……クラブの青花椒(チンホアジャオ)! クラブお前殺す言った! お前悪い人! 悪いお貴族様! お……お前、お前お前お前! 嘘つき嘘つき嘘つき!」


 大人しかったはずのユィユィの激昂に、パティソン準男爵は呑まれた。


 その背後から、イェークルハウルプが圧し掛かる。


 回転刃は止まっている。圧倒的な重量が、水深を増した床にパティソン準男爵を沈める。


 すねに届く程度の深さにすぎない。だが沈んでしまえば溺れる深さだ。


 パティソン準男爵は息を継ぐに継げないなりに必死に藻掻き、喘いで許しを請う。


「お前たち貴族、嘘つく! だからユィユィ、ユィユィたちは!」


「ごぼっ、ゆ、ゆるじ……! ぶほっ! 助け……!」


 必死に鉄塊を押し退けようとするパティソン準男爵だが、イェークルハウルプは全方位が刃である。触れれば切れて傷がつく。


 健気に抵抗する準男爵を容赦せず、ユィユィは聖遺物に足を載せ、沈める。


「死ね! マイケル・スコット! 嘘つき死ね!」


「ち、違っ……ぼぼぼ、僕っマイ……スごぼッ……ド、じゃ……」


 準男爵の傷だらけの手が、掴む藁を探すように水上をさ迷う。大きな泡が一つ弾け、細かな物が続き、手が沈んでいった。


 微かな出血が、床上浸水に溶けて消えていく。


 水音が支配する屋内は、故郷の風景には似ても似つかない。


 けれども、湿り気、匂い、舌に感じる潤い……殺戮と激昂の熱を鎮める水が心地よい。


 目を閉じれば川辺と船着き場の情景が浮かび、五感からユィユィに懐かしさを抱かせる。


 電話さえ鳴っていなければ。


 受話器を取った。


『パティソン準男爵のご自宅でしょうか。こちらはハイランドパーク交換所です』


「ユィユィ、青花椒」


『コードネームだけを使ってください。一人称に本名を使うのは幼稚ですよ』


「ウェイパー酷い」


『ウィスパーです。そもそも符丁も抜けて……』


「あ! ひそひそ美味しいお酒飲む!」


 受話器の向こうでズッコケるような物音がした。


 慌てて付け加えても遅い。それに正しくは“囁くように美酒を酌もう”だ。


『……はあ。まあ、あなたが電話に出たのですから、符丁も何もない状況なのでしょうけど』


「目的果たした。護律協会本部戻る。報告する」


『いえ、報告書は最寄りの支部で代筆、または電話で済ませてくださって結構です。クラブへの報告も私にお任せください』


「助かる。けど……嘘、つく?」


『パティソン準男爵は()()()()()()()()()()()()()()()()あえなく殉死なされました。公式記録は当初の規定通りになります。人界の守護者であろうと、我々の蛮行は闇に葬られるべきなのです。主義に反することかとは存じますが、ご容赦を』


「……わかっている。ユィユィたち、語られない誉れある。でも、どうしてウェイパー代わる?」


『ウィスパーです。お疲れのところ恐れ入りますが、急ぎ対処に当たっていただきたい任務があります』


「ユィユィに?」


『ええ。ある任務に八名を向かわせ、その内六名が犠牲になりました』


 ユィユィが息を呑む。


 八名中六名――クラブにしては珍しく大掛かりだ。本気で狙われたらユィユィでさえ逃れる自信がない。


 それだけの人数を投じて、不意打ち上等なクラブが失敗した。


 信じ難いことだった。


『その任務のリカバー役として、スノー・クレインがあなたを推挙しています。この意味がわかりますね』


「吸血鬼出た、違う?」


『その通りです。標的が追跡中のイレギュラーで吸血鬼化しました。その後、現地の護律協会支部員に発見されたようです』


「……? なら、もう心配ない」


『それがですね、理解に苦しみますが、標的は保護されたらしく、駆除されていません』


 ユィユィが困ったような顔をしかめる。今際の際のパティソン準男爵の醜態を思い起こす。


 むせ返るような嘘の臭いがした。


「おかしい。護律協会、吸血鬼許さない。見逃す、どうして?」


『詳細は不明です。確かなことは一つ、想定外の事態に発展しています。現地に赴き、真相を解明しつつ事に当たってもらう他ありません。以上のことから総合的に判断すると、露術を使える同志(エージェント)の中でも突出した実力をお持ちのあなたが適任です』


「スノー・クレインそう言った?」


『ええ。ですが、私も同感です。本件に関しては、あなたが適任者だと考えます』


「承知した。どうする良い?」


『護律協会へ報告なさったら、まずはロブ・ロイと合流してください。負傷して、お近くの宿泊施設に滞在中です。彼の治療と並行し、情報提供を受けてください。準備が整い次第出立、目的地は旧ラムシンケ伯爵領ラムシング村。パティソン男爵領からは目と鼻の先にあります』


「承知した」


『かなり厄介な案件です。ご武運を』


 通話が切れる。


 受話器を戻すと同時に、ユィユィは強い動悸を感じて胸を押さえ、電話機に頭からもたれかかった。


 息が苦しい。強烈な飢餓感に目眩を覚える。


(限界……また、短く……?)


 ふらつきながらユィユィは準男爵の遺体を水揚げし、大魚のように食卓の上に揚げた。


 禁断症状で震える手で銀の短剣を抜き、強引にその頸動脈に刺す、刺す、刺す。


 心臓が止まったせいか、血の出が悪い。逸る衝動に呑まれる前に、急いで傷を広げた。


 充分に開いた傷に歯を立てて、断食明けのように一心不乱に貪った。


 ユィユィの虹彩には、鮮血色の輪が淡く浮かぶ。


 胤術を使う際の、エリーと同じ目。


 輪が消えるまで血を啜ると、ユィユィは傷口から弾かれるように仰け反り、うずくまり、喉を指で犯して爛れた血を嘔吐した。


 血反吐がボタタタ……と水面を叩く。血は金切り声を上げ、水に溶けて消えていった。


「どうして……どうして嘘ついた、伯爵……」


 苦酸っぱい粘液が口から糸を引き、水面に降りている。反射的に流した涙が、粘液の糸を伝い落ちる。

【4章終了】

努力が呪いとなり、計画が水の泡になる。

ままならない現実にちょっとめげることはあっても、エリーは止まりません。

心強い仲間の助けを借りて、眠っていた記憶を掘り起こし、新しい力に目覚めた彼女は、英雄から聖女の道を歩み始めます。

アルフレッドも少しずつ本心を見せ始め、村に春の気配が感じられるようになりました。


しかし、過去はエリーを常に追いかけています。

護律官にしてクラブの一員である新キャラクター、ユィユィ。彼女も一筋縄ではいかなそうです。


5章に続く。


感想とポイントが執筆の励みになります! 応援よろしくお願いします!


【書き溜め期間】

色々手を回すことにしました。ご期待ください。

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