178.助手
それから直ぐにエスエリーナさんが領主館に呼ばれた。
全ての指の指紋を取られて、私の名前が記載された通帳が作られた。
通帳には金額がd1,199,5W0,348ガント(=5,940,594,920ガント=約687億5689万円)と記載されていた……。
既に聞いてはいたけれど凄い金額だ。
こんな金額が記載されている通帳なんて、前世ではお目に掛かることなんて全く無かったな。宝くじに当ったみたいなもんだよ。
あっ、宝くじでも無理だな……。
この金額は、先日の考案税の打ち合わせの後で、グルムおじさんが蔵の中の貨幣の数を確認した金額だそうだ。
硬貨を数えるのは大変だったんじゃないかな……。
通帳はエスエリーナさんの責任で商業ギルドで預かってくれる。
今月末にアトラス領に引き取り飛行船が遣って来てアトラス領が所有している貨幣を受け渡して造幣局に保管されている紙幣と交換される。
私達の預金分の紙幣は商業ギルドに引き渡されて、それ以降は私の預金通帳が有効になるという手筈らしい。
ということは、私達がやることはこれで御仕舞いってことだ。
あとは、残金の問い合わせに応えてくれるだけみたいだね。
今後、考案税の税収は直接この預金通帳に積立てられていく。
振込や引き出しは私達の場合には申請書を商業ギルドに提出すれば手形として受け取れる。
通帳を預けたままにするか、自分で所有して管理するかは、成人した後に考えて欲しいと言われた。
アイルは清々しい顔をしていた。
うーん。押し付けられたってことか?これは。
急な引き出しの場合の処理は私がしなきゃならないらしいんだけど……何か負けたような気がする。
グルムおじさんに頼んでマリムに告示をしてもらった。バンビーナさんに事務棟の応接室の一つを借りて応募者の面接を行なうことになった。
メーテスの助手の公示をして1週間程経った。
初日にd40(=48)人近い応募があったらしいんだけど、どういう訳だか中々面接をすることが出来ない。
そもそも、d40人近い応募があったってこと自体が信じられないことだったんだけどね。
そんなにメーテスって人気があったのかな?
「ねぇ。メリッサさん。何時になったら面接することになるの?」
「あと1、2日お待ち頂きたいそうです。」
「そうですって、それは誰かが言っているんですか?」
「ウィリッテ館長です。」
「ウィリッテさん?
どうして?」
「こういう話には蠅が群がってくるものなんですよ。」
「蠅?」
「そうです。中には虻や蜂も居ますね。長官は都合が良いって言ってました。」
長官ってあの軽い感じのジュペトさんの事かな?
何だか意味が分からない。
「でも、かなりの人数が応募してきたってグルムおじさんが言っていたわ。面接しないと採用出来ないよ。」
「そうですね。ただ、今蠅を叩き潰してます。もう終わると思いますから、直ぐに面接できますよ。」
蠅を叩き潰す?追い払うんじゃなくって?
不思議な表現をするんだな。
だけど、そもそも蠅や虻や蜂って何なの?
取り敢えずは待ってれば良いのかな?
ジュペトさんはともかくウィリッテさんが関わっているんだったら何か理由があるんだろう。
そんな会話があってから程無くして、その週の終わりに面接を実施することになった。
明日はジーナさんの結婚式なんだよね。ふふふ。楽しみだ。
最終的にd44(=52)人の応募があったらしいんだけど、結局面接する人数は5人だけだった。
何次かの選考をして最後の社長面接みたいなものかな?
あっ、私達は社長みたいなものか……。
面接をする事務棟の応接室にはウィリッテさんが居た。
「ウィリッテさんが面接に立ち会うんですか?」
「そうよ。」
アイルが事務棟の応接室にやってきたウィリッテさんに訊いた。
「かなりの人が応募してくれたらしいんですけれど、実際に面接する人が5人だけってどういう事なんです?」
続けてアイルがウィリッテさんに訊いた。
「不都合な人が多かったってことね。」
「不都合な人?ですか。」
「ええ。どうせ分かることになるから言うけれど、貴方達二人が募集を掛けてくれたので、隣国と繋がっていた商店を何件も潰すことが出来たの。長官が御礼を言いたいと言ってたわ。」
その言葉で何となく分かった。
「それって、応募してきた人達はスパイだったって事ですか?」
確認の為にウィリッテさんに訊いた。
「スパイ?
ああ、そうね。ニケさんは時々その言葉を使うんだったわね。
そうよ。マリムは慢性的に人手不足ですからね。貴方達が提示した条件で応募するなんて人はよほどメーテスに思い入れが大きい人か、あとはその手の人ってことね。」
募集を掛ける前にグルムおじさんと雇い入れる人の給金を相談したんだ。
その時にあまり給金を高額にするのは止めておいた方が良いと言われたんだよね。
役職の無い文官の給金ぐらいが適当だってことだった。
言われて尤もだと思ったんだ。
給金には多分魅力が無い。マリムの標準的な給金と比較すると見劣りがする程安い。
だから、それなのに沢山の人が応募してくるってのがちょっと不思議だったんだよな。
スパイが集まってきたってことか。
するってぇと、思い入れが大きい人は5人だけだったってことか……そんなもんかも知れない。
そんなにメーテスで働きたいなんて人は居ないだろうな。
マリムには働く場所が沢山あるし、給金も良い。
腕を上げれば独立して事業を始めることも出来る。
「それで、今日面接する人は、その隣国とは関係無い人なんですか?」
「隣国との関係は何も出てこなかったわ。でも万一があるかも知れないでしょう?だから私が面接に参加することにしたのよ。」
「だけど、ウィリッテさんはお忙しいんじゃないですか?」
ウィリッテさんは呆れ顔で溜息を吐いた。
「何を言ってるの?
ガラリア王国で最重要なのは貴方達二人を護ることなのよ。少しは自覚を持って欲しいわね。
本当なら国務館5階の連中を何人か連れて来たかったのよ。まだゴタゴタしていたから私が来たの。」
おぉ!まだスパイが暗躍している最中なのか?
ドアがノックされてバンビーナさんが顔を出した。
「準備はよろしいですか?」
「ええ。大丈夫です。」
「それでは面接する人を順に入室させます。」
私は慌てて椅子にきちんと座り直した。
面接の為に、私とアイルとウィリッテさんが長机の奥にある椅子に座って入口の方を向いている。
真ん中は人を雇いたいと言い出したアイルだ。
面接する人は部屋の中央にある椅子に座ってもらう。
面接する人の椅子が3つあるんだけど……何故だ?
30代ぐらいのオジさんがバンビーナさんと一緒に入ってきた。
私としては若い人の方が良いんだけどな。
その人は3つある椅子のうち真ん中の椅子にこちらに向いて座った。
「それでは名前と出身地、年齢、現在の職業、応募した理由を話してください。」
ウィリッテさんがオジさんに問い掛けた。
ウィリッテさんが仕切ってくれるんだな。楽で良いかも。
このオジさん、名前はトラビルと言うのだそうだ。
年齢は32歳。
うん。年齢は予想通りだな。
トラビルさんは王都で生まれて、マリムに来る以前は王都で日雇い仕事をしながら求導師をしていた。
今はマリムの眼鏡の工房で働いている。
数字を扱えるので、眼鏡のレンズの設計をしているという話だ。
志望の理由は私達のところで学びたいからだと言う。
飛行船には本当に驚いたこと。
このマリムには自分の知らない事があまりにも多いこと。
私とアイルのところで新しいものが生み出されていること。
何か手助け出来ることがあるんじゃないか、新しいことが学べるんじゃないかと思って応募してきた。
ちなみに昨年の募集にも応募したらしい。
再度の募集があったので応募してきた。
アイルと顔を見合わせた。
「憶えてる?」
私は小声で隣りのアイルに訊いてみた。
「いや、全然。あの時は最初は意気込んで会ってたけど、後半は話を聞いただけで帰ってもらってたからな。」
アイルも小声で応えた。
「昨年の応募の時にはどの様な話をしたんです?」
アイルがトラビルさんに問い掛けた。
「あの時には素数の不思議さから、万物は素数で成り立っているという稚拙な考えを話しました。
今にして思えば全くもって恥しい限りです。」
ダメだ。憶えてない。
そんな人も居たかも知れないけど……。
アイルも微妙な表情をしている。私と同じで憶えてないんだろうな。
昨年の応募の時に沢山来ていた求導師の人達の事を知らないかと訊いてみた。
求導師の交流は殆ど無いんだそうだ。
求導師同士はそもそも考えが違っていて、仮に知り合いになっても議論から喧嘩になる事が多いと言っていた。
よっぽど有名な求導師でなければ名前も知らないのだそうだ。
何となく納得してしまった。そもそも根拠の無い思い付きみたいな事で世の中を説明しようとしていたら、互いに理解し合えるなんてことは無いんだろうね。
今の職場の同僚の求導師が一緒に応募していると言っていた。
その人とは仲が良いらしい。
手先が器用な求導師はどこかの工房で働いているんじゃないかとも言っていた。
このトラビルさんは数字の扱いには慣れているだけで手先には少し自信が無くって数字を扱う仕事に就いた。
一通り質疑応答を終えて、採用の可否を伝えるまで待っていてもらうことを伝えるとトラビルさんは部屋を出て行った。
「ウィリッテさん。どう思います?」
アイルがウィリッテさんに問い掛けた。
「嘘や誤魔化しは無いみたいですね。」
「嘘って、ひょっとして?」
「ええ、全て調べてありますよ。あとはメーテスで使えるかどうか、お二人の判断だけです。」
「なあ、数字の扱いに長けているんだったらプログラミングなんかに向いてるんじゃないかと思うんだよな。」
今度はアイルは私の方を向いて話した。
「そうかも知れないわね。」
「じゃあ、採用するって事で良いのかな?」
ウィリッテさんが頷いたので採用することにした。
採否の結果は全ての人と面接してから伝えることにしてたので、部屋に残っているバンビーナさんに次の人を連れてきてもらう様にお願いした。
バンビーナさんに連れられて入ってきた今度の人は、先刻の人とほぼ同年代か少し年上の感じの、やはりオジさんだった。
応募してきた人に、若い人って居ないのか?
あと3人居るんだったな。
残りに期待しよう。
同じ様に名前や年齢、出身地、現在の仕事、志望動機を訊いていった。
このオジさんの名前はガビイというらしい。
年齢は33歳。
元は求導師だったと言っていた。今は工房で仕事をしているけれど、世界がどうなっているのかをどうしても知りたいんだそうだ。
このガビイさんは、旧オルシ領で生まれて、以前は漁師をしながら求導師をしていた。
漁師をしていたので海に出る事が多くて、一面に広がる海を見ている内にこの世界がどうなっているのかを考える様になった。
オルシ領ではそれなりに名の知れた求導師だったらしい。
オルシ領が無くなって、王国直轄領になったあたりから漁師としては生活が出来なくなって、漁師を辞めてマリムに来た。
当初は求導師として身を立てたいと思っていたんだそうだ。
マリム大橋が出来て、鉄道が出来て、これは絶対に求導師として役に立てることが出来ると思って昨年の募集に応募した。
そこで、アイルに言い負かされて自分の考えが足りないことに思い至り、マリムの工房に勤めることにした。
そうは言っても歳が歳だったので、自分の得意な事を生かせる工房を探して、今は眼鏡工房に勤めている。
得意な事を訊いたら、数に強いと言う。眼鏡のレンズを人に合わせるのに数を使うんだと説明していた。
そんな感じで志望動機というよりは身の上話の様なものを聞いた。
でも……この人。何だか記憶がある感じなんだよな……。
アイルも何となく記憶があるんだろう。頻りに首を捻っている。
うーん。思い出せない……。あれ?ひょっとすると無限の事を話してたんじゃなかったかな。一番最初に会った人だと思う。
「ねえ。アイル。この人無限のオジさんじゃない?」
「無限?無限って?ああ一番最初に会った人かな?でも随分と小綺麗になってないか?」
あの時は見窄らしい格好をしていた記憶があるな。髭も伸びてたと思う。
全体に草臥れていて何だかかなり年配の人の様に思ってたけど……。
先刻まで聞いていた身の上話の感じだと、昨年の応募の頃は工房で働いていなくって金が無かったのかな?
昨年の面接の時にどんな話をしたのか訊いてみたら、やっぱり無限オジさんだった。
「あの時は色々と失礼な事をしてしまいました。
それに、自分の考えが足らないという事を嫌というほど教えていただきました。」
あの時のアイルは容赦が無かったからな。
気落ちしても真面目に働いているってのはエラいね。
それから質疑応答を続けた。質疑が終ったところで退室してもらった。
「この人もプログラムを作ってもらうのかしら?」
私はアイルに訊いた。
「そうだな。数字に強いんだったらそれが良いかな。
それに先刻の人と一緒に半導体の設計方法を教えたらやってくれるかも知れない。
何しろ、半導体のパターンを作るのも、プログラムを作るのも魔法じゃどうにもならないからな。」
「ふーん。そう。それじゃぁ採用ってことで良いのかしら。ウィリッテさんはどう思います?」
「ええ。使えるんでしたら良いと思いますよ。」
ウィリッテさんも同意してくれた。
「あと3人ですね?」
私はバンビーナさんに声を掛けた。
「アイルさん、ニケさん。残りの3人は一緒にお会いになった方が良いかと思います。」
不思議な事をバンビーナさんが言った。
「三人と一緒に面接するの?」
「そうですね。その方が良いかも知れません。」
ウィリッテさんもそんな事を言い出した。
一遍で済むのは楽で良いけど。何故だ?
「それは構わないけど。」
「では連れてまいりますね。」
そう言ってバンビーナさんは部屋を出て行った。
バンビーナさんと一緒に部屋の中に若い女性が3人で入ってきた。
えっ?ドッペルゲンガー?
思わずそんな事を思ってしまったけど……あれ?何だったっけドッペルゲンガーって。
3人とも全く同じ容姿をしていた。
髪は赤毛で目の色は茶色。
目が大きくて整った顔立ちをしている。
細身で背丈も同じ。
ここまで似ている人が3人って……どゆこと?
その瞬間、リカルドさんが私達の上を飛び越えて前に出た。
メリッサさんも私の前に立ち塞がった。
「えっ?」
突然のことで吃驚して声が出た。
何?
「貴方達!魔法使いね!」
メリッサさんの声が部屋に響いた。




