12N.妹
天文台勤務の二日目にアイルさんとニケさんが天文台にやってきた。
昨日、ピソロ准教授がメクシートが爆発した時期が判ったと言っていた。二人はそれを確認しに来たらしい。
今日は、ピソロ准教授の他にダビス准教授も天文台に来ている。アイルさんとニケさんが訪問することが事前に分かっていたんだろうな。
アイルさんとニケさんと一緒に小さな子供が二人付いてきた。その子供の世話をするためなのか侍女さんや騎士も同行していた。
アイルさんは天文台の来るなり二人の准教授と話し始めた。よっぽど気になる結果なんだろうか?
結果の信憑性や誤差の度合いを議論していた。
ハムは興味津々な様子だ。三人の議論を熱心に聞いていた。
そんなに重要な事なんだろうか?
もの凄く昔に起こったことだろうに。
暫くそんな様子を見ていたんだが、オレ達が入り込む余地はどこにも無さそうだ。
今日は天文台に来たばかりで、今日の作業の指示も受けていない。オレ達は議論の様子を見ている以外にする事もない。
そんなオレ達にニケさんが声を掛けてきた。
「ご苦労さまです。今は夜勤なんですか?」
親し気に話し掛けられた。
オレ達の事を覚えているんだろうか。天然物研究室で会っただけなんだが。
普通に会話をしているところを見ると、覚えてもらっていたみたいだな。
ニケさんの話に依ると、どうやらメクシートはヘリオと同じ様な恒星でスーパーノバとか言う大爆発をした。
その時に、このガイアも大厄災に見舞われたらしい。
ニケさんの話は分かり易かった。大爆発そのものではなく、それによって発生した事の説明がある。
マラッカはその説明に驚いてあれこれ質問しているのだが……これって、遥か昔のことだよな。
聞けば聞くほど、何がそんなに重要なのか理解できない。
「その事の何が重要なんですか?」
失礼にも思わずそんな事を訊いてしまった。
ニケさんは気を悪くすることもなく丁寧に応えてくれた。
なるほどな。原因や理由が明確になれば予測も可能になるのか。
天候の予測には現状の気象状態の原因や理由が重要になるとウテント准教授もそんな事を言っていたな。
ニケさんはそれからも、オレ達の質問に応えてくれた。
アイルさんと二人の准教授との議論が終って、アイルさん達の一団は領主館に戻っていった。
「一緒に来たのは二人の弟と妹だって言っていたよな。なんだか兄妹、姉弟で様子が全然違うよな。」
アンゲルがオレ達に話し掛けた。
「そうそう。えーとフランちゃんとセドちゃんって言うんだっけ?二人共子供らしく駆け回ってたけど、アイルさんとニケさんとは全然違うわよね。」
マラッカがそれに応えた。
「あの二人が普通じゃないってことだろ。あの時分のオレは、あの妹や弟とあまり変わらなかったんじゃないか?」
まあ、確かに異常だな。大人達がこぞってあの幼ない二人の子供から様々な事を教えてもらっている。
掛け値なしに、神々の国の知識を持っているということなんだろう。
その週は天文台で様々な星の観測の補助をしながら、天文台で観測した結果を纏める作業をしていた。
翌週は通常勤務に戻って、やはり計算の毎日だった。
毎日毎日、こんなに大量の複雑な計算をしなきゃならないというのも困ったものだな。
そのお陰で計算する技術は向上した気はするが……。
計算ってのは結果を出すための単純作業で、重要なのは計算結果だ。
結果を自動的に算出する方法を検討していると聞いていたが、それはどうなっているんだろう?
天文研究室の仮配属は無事終了した。
ハムは名残惜しそうにしていたけれど、あんな計算まみれの職場に興味を持つのはハムぐらいじゃないか?
先週と先々週の休日は夜勤との切り替えに備えたため、グループメンバーでマリムに出ることは無かった。
久々にグループメンバーでマリムの街に出た。
「えっ、ジーナも来るのか?」
久々の街歩きを楽しんで、夕食兼飲み会になるときに何故か皆がマリム駅に向かった。
不思議に思ったオレがアンゲルに聞いたら、ジーナも合流するのだと初めて教えられた。
なんだかメンバーが意味あり気にオレを見てる。
オレだけ知らなかったみたいだな。
「だって、一応そういう約束になってたからね。」
マラッカがそんな事を言う。どういう約束をしているんだ?
何だかそれもオレだけ知らないのかもしれない。
マリム駅前でジーナと合流して、早速女性達はガールズトークに花を咲かせていた。
役職は別にしても同世代だからな。仲が良いのは悪いことじゃない。
皆で連れ立って、食事が出来て酒の飲める店に入った。
トンカツを出す店だった。
偶にメーテスの食堂でも似たものが出ることがあるのだが、専門の店は肉の厚みも味も違う。全然別の料理だった。
衣に包まれた豚肉が柔らかく揚げられていて、加熱された小麦の粉が良い香りがする。
店内にあった説明を見ると、この料理はニケさん考案らしい。そんな話は良く聞く。
マリム特有の料理は、領主館でニケさんが料理指導をして提供されたものが街中に広まったものが多いらしい。
食事が済んで皆で飲みながら色々な話をした。
そんな中で、オレは妹の話をした。
天文台の夜勤をしている最中に、来月マリムに来ると妹から手紙が来ていた。
来てもらうのは全然構わないが、対応は出来ないと返事をしておいた。
そんな話にジーナとマラッカさんが乗ってきた。
「分かるわぁ。」
ジーナがそんな事を言う。一体何が分かるんだ?対応できないというオレの話じゃなさそうだな。
「そうよね。親戚がマリムに居たら遊びに行ってみたいと思うわよね。それが実の兄だったら、遠慮なく行きたいところに案内してもらえたりするだろうし。」
「ミケルは妹さんに冷たいんじゃないの?」
「いや、平日は仕事があるんだぞ。」
「休みを取ったら良いじゃない。有給休暇って制度があるわよ。」
「そうそう。それもマリムの不思議制度よね。休んでも給料が出るんだから。」
マリムは慢性的に人手不足のままらしい。
商店が始めた有給休暇という制度はまたたく間にマリム中に広まった。
オレ達が赴任してくる前年の事だと聞いた。
教育が盛んなマリムでも、読み書きが出来てソロバンが使える人材は子供達に多いが、成人ではまだまだ貴重だ。
ただでさえ少ない人材を他の商店や工房に盗られるぐらいなら、年間d10日やd20日の休みを保証することなど大したことじゃないという事らしい。
慌てたのは、領主館や国務館だ。
領主館の文官で商店に移籍する者が出始めたことから、領主館では有給休暇の制度を採用せざるを得なくなった。
国務館と王宮との間では相当に揉めたらしい。前代未聞の制度だからな。
マリムの店主からすれば、国務館の文官は王宮とも繋りがあるので、かなり高額の給与を提示するなんてことが頻発した。
王宮文官の給与を上げるというのは規定があって簡単な話ではない。宰相府では派遣手当の増額で対応していたらしいが、それにも限界がある。
最終的に宰相府も勤務形態の譲歩せざるを得なかったみたいだ。
そんな訳で、今ではマリムに赴任している者に限って文官も騎士も有給休暇の制度が使える。
王都や他の領地では有り得ない制度だ。
今では、週5日勤務で1日休み、年間の有給休暇d20日というのが標準的な勤務条件になっている。
王都で文官仕事をしていた時に休みなんて無かったよな……。
「じゃあ、妹さんが来る日が確定したら教えてね。私、休みを取るから。」
ジーナがそんな事を言い出した。おいおい、管理官が休んでも良いのか?
「お前、管理官だろ。」
「そうよ。でも管理官も有給休暇は取れるのよね。ウィリッテさんに報告は必要だけど、申請を受理して承認するのは私だから何も問題はないわ。」
それって、職権乱用じゃないのか?
「私も休んで良いかしら?」
今度は、マラッカさんがそんな事をメンバーに訊いた。
「良いんじゃないかしら。どうせ私達は仮配属なんだから2人抜けたって多分問題は無いわよ。」
モンさんが即答している。
「ああ、頑張れ。」
アンゲル。お前、何を言ってるんだ?
 




