126.王国憲法と考案税
「それで、相談したい事って何だ?」
食事が終わって、集まった人がそれぞれ好きな酒を飲み始めたところで、ジーナに聞いた。
昨日、オレとジーナが二人で食事というのは、グループメンバーによって阻止された。
まあ、別に、ジーナと二人きりで食事をしたいという訳じゃないから良いのだが……。
ジーナはオレに相談したい事があると言っていた。
結局、6時半(=午後5時)にマリム駅で待合せることになった。
意外だったのは、オレが待合せ場所に着いたときには、オレ以外のグループのメンバーとジーナが和気藹々としていたことだった。昨日の剣呑な遣り取りは微塵も無かった。
オレは、待合せの時までグループのメンバーとは行動を別にしていた。
何となくグループの女性達と一緒というのも気まずいものがあった。
アンゲルとハムの二人と一緒に行動するのも気後れした。昨日の様子だとヤツ等は屹度何かを言い出すだろう。
どう応えて良いか分からない。かなり面倒なことだ。
どうせ、食事の時には一緒になるんだ。面倒事はその時だけで良いと思っていたのだ。
そんな訳で、オレは宿舎で一人で来週から配属される天文研究室関連の教科書を読んで過した。
何となく気鬱になっていたのは不要な事だったんだろうか?
建前は、慰労会ということになっている。キキ准教授が食事代を出してくれる。
酒代だけは銘銘持ちだ。
管理官クラスの文官が二人も居るのだが、食事会は、マリムの居酒屋が少し食事寄りになった店だった。
ジーナの紹介で「海の恵」という店だ。魚介料理とパンが美味い店だった。この店はボーナ商店のリリス店長に教えてもらったという話だ。
参加しているのは、オレ達グループメンバーの6人の他、ジーナとキキ准教授。
そして何故かイーヴィさんも参加していた。
まあ、色々お世話になったので最後に一緒に食事するのは良いのだが、イーヴィさんの参加理由が、こんな面白そうな事を逃す手は無いと言っていた。
アンゲルとハムはオレを見てニヤニヤしている。何とも鬱陶しい。
「相談っていうのは、考案税のことなんだ。
生涯に渡って考案税を支払うというのを何とかしないと、今のままだと、考案税の制度自体が破綻するわ。
法律を変えなきゃダメだと思うのよね。」
考案税の記載があるの王国憲法だ。
王国で制定されている法律は、王国憲法を基準にして、細目を定めるための様々な法律がある。
王国憲法は王国が成立した時に制定した法律だ。ある意味、王国が成り立っている根幹とも言える。
その王国憲法に、考案税についての記載がある。「考案税の対象となった者には生涯に渡りその考案によって生じた利益から一定額を支払う」となっている。
正直なところ考案税が犯罪の絡んでいた事は無かったので、オレは考案税に関する法律には詳しくない。
確か考案税法という法律があった筈だ。
そこに、考案税の料率や複数の考案があった場合の対処方法などが記載されていると思う。
他にも布告などで別途定められている事もあるかもしれないがオレは知らない。
考案税法や布告については状況によって内容を変えられるかもしれないけれど、王国憲法の記載内容を変更するのは難しいんじゃないか?
「いや、王国憲法に記載があるんだから、流石に無理じゃないか?」
「でもね。これまでと状況が明らかに変わってきたのよ。
昔は少しでも王国民の生活を向上させたいという思いがあったから、王国憲法に考案税の条文を記載したんだと思うのよね。
それに、執行されている考案税案件も多くなかったから、生涯考案税を考案した人に支払うのも問題は無かったのよ。
ただ、今は、考案税の件数が物凄い勢いで増えてるわ。
考案者がアイルさんとニケさんだけだったら、別に大した問題にはならないけれど、今は沢山の人が考案税の申請に来るのよ。
今のところはマリム特有の現象で、マリムには住民台帳があるから、まだ何とかなっているの。
だけど、これが王国中に広がったら間違い無く破綻するわ。」
確かにジーナの懸念も分からなくは無い。今回、工場を建設するのにあたり、申請した考案税申請書はd20件以上になった。
主な権利者は、ジーナ准教授とニケさんとアイルさん。お零れでオレ達メンバーも僅かな権利を貰った。
新しい糸をあの生産方法で作っている間は、オレ達にも僅かながら考案税が支払われる。それはオレ達にとっては有り難いことだが、支払う事務処理をする文官の手間がどんどん増えていく。
「まあ、懸念は分かるけれど、オレにそれを相談されても……。」
「それだけじゃないのよね。実際の考案税を支払う手続は……」
それから、ジーナは考案税の徴収方法と、支払う考案税の算定の方法を説明してくれた。
考案税は税務担当文官が商店や工房の利益を確認して徴税する際に、その中から考案税に該当する分を追加徴税する。
昔はそれほど複雑な事は無かった。
ところが、今はどう考案税案件が絡んでいるか理解できる徴税担当官は居ない。新しい製品には、一様に考案税を徴税して、後で税務部門が徴税金額から分配先を決定している。
ところが、最近は複雑さが増していて、分配比率の算出が困難を極めてきているらしい。
ジーナの考案税調査部門は考案税に該当する考案かどうかを調査、認定する部門で、支払いには関わっていなかった。ところが複雑怪奇な状況になり、税務部門からの問合せ件数が増加の一途を辿っている。
どうにか制度を変えないと税務部門が破綻しそうな状況にある。
「だけど、それって、王宮でする仕事じゃないのか?」
「ミケルは知っているかどうか分からないけど、ウチの部門って弱小部門なのよ。最近は毎年1人は配属されるようになってきたけど、私達の代以前は何年かに1人配属される程度だったのよね。
今の王宮の考案税調査部門は、私のところから申請される申請書に対応するのも滞りがちだわ。制度改革みたいな事に人手が割ける状況にないのよ。
そもそも、新しい製品の知識が乏しい税務部門が対応しているのが問題なのよね。マラッカさんが元居た商務省とかが対応した方が良いかもしれないのよ。」
おっと。ここでマラッカの名前が出てきた。
それを聞いてか、酒を片手にマラッカがオレ達の話に加わってきた。
「そうね。商務省としてはマリムの現状は注視しているから、どんどん考案を増やして欲しいと思っているわね。」
どうやらマラッカは、これまでのオレ達の話を聞いていたみたいだ。
「でしょ。でも、そのうち破綻しそうなのよね。今のままだと。」
「だけど、それを相談って、オレには何も応えられないぞ。」
「別に、ミケルにこの件の解決案を訊きたい訳じゃないわ。
法務省でこの案件を相談できる人を紹介して欲しいのよ。
それと、マラッカさんには、商務省で同じように相談できる人を紹介して欲しいわ。
私のところは税務省だから、他の省庁の人についてはあまり良く知らないのよね。」
なるほど、それなら相談に乗ることは出来るな。
しかし、昨日と打って変って、ジーナとマラッカさんが普通に話をしているのが不思議だ。
それから、オレは、王国法解釈や王国法違反案件を扱っている部門の管理官の名前を伝えた。この人には時々世話になっていたので顔見知りだ。手紙でジーナの懸念事項を伝えておくと約束した。
マラッカの情報では、商務省では国務館の産業管理部門のギウスチ管理官が産業振興に造形が深いらしい。
その人はメーテスの経済研究室で准教授もをしている。
直接、宰相閣下や国王陛下へ提言をしたこともあるのだそうだ。
この情報は、ジーナは知らなかったみたいで、ジーナはマラッカに感謝していた。
しかし、この二人は何時の間に仲良くなったんだ?
「あれ、ミケル。不思議そうな顔をしてるね。」
どうやら不思議に思っていたのが顔に出てしまっていたみたいだ。
「いや。昨日の二人の様子からはあまり想像できない状況だからな。」
「あら。そう?マラッカさんと私は別に仲違いしていた訳じゃないわよ。少し互いの気持ちにすれ違いがあっただけよ。」
「そうなのか。なら良いんだけどな。」
ジーナは悪戯っぽい笑いを浮かべながら応えた。
「ええ。二人で抜け駆け無しに同じ目的を競う事になったの。そんな訳で、これから貴方達の夕食にはお邪魔するかもしれないわ。よろしくね。」
 




