125.ミネア半島
アイル、お父さん、カイロスさんと一緒に飛行船に乗って、北へ移動している。
騎士さん達は居るけど、侍女さん達は乗っていない。
騎士さんもお父さんが厳選した人達になっている。
完全に隠密行動なんだよね。
一応建前は、カイロスさんがミネアで代官をしているお兄さんのグロスさんを訪ねに行くということになっている。私達はそれに便乗して飛行船を出しているという態だ。
勿論ミネアには滞在しない。
この前王都に行った時に陛下や宰相のお義祖父様、近衛騎士団長のお祖父様に火薬の話をした。
あの時は、火薬を作る原料を規制しましょうという風に仕向けた。
ある意味、誤魔化した。
一番の理由は、火薬で何が出来るのかをはっきりと説明できなかったからなんだけどね。
空を飛んでいる飛行船をどうにかしようと思ったら、何か質量のあるものを飛ばさなきゃならない。
話を聞いていたら、どうやら弓は知られてはいても使われてはいないみたいだった。多分、弩なんてものは無いだろう。在れば話題ぐらいにはなった筈だ。
あとは投石機ぐらいかな。
アイルの電磁砲なんて論外だけど。
あの後で 投石機をお祖父様やお父さんに聞いてみたけれど、何だか分からなかったみたいだ。
あれって、前世だと古代から使われてなかったんじゃなかったっけ。
物理現象の理解が全然無いから無いのかな。
結局、脅威になりそうなのは火薬ぐらいだった。
現状で、硝酸の原料になる肥料の生産を止める訳には行かない。
そして、肥料の流通には、王国が関与して見張っている。
他所の国からしてみれば何故だって話になる。
まあ、肥料も戦略的に重要な資材だと言えば、その通りなので、それを額面通りに信じてくれればあまり問題は無い。
でも、こちらの意図通りにいくかどうか分からない。
これまで、この世界で知られていない物質を抽出、合成したときには安全性を第一に考えていた。
結局のところ安全性の知識というのは危険性の知識だ。
前世では、硝酸塩そのもののが希少な物質だった。多分この世界でもそうだろう。
硝酸塩鉱物なんて、鉱物が豊富なアトラス領ですらほとんど存在していない。
私達が居なければ、火薬なんてものを発明するのは容易なことじゃなかった筈だ。
だけど、今この世界には肥料という形で硝酸塩がある。
物があって、知識があったら、火薬に辿り着く可能性は低くない。
硝酸塩の危険性、強力な酸化剤だということを知識として知れば、火薬に辿り着くのは時間の問題じゃないかな。
実際に、テーベ王国で火薬が作られるようになるかどうかは分からない。
ただ、火薬を使った大砲なんてものを作られてしまったら、威力に依るけど攻撃を防ぐのは難しいのだろうと思う。
矢は風魔法で進路を変えられるような事を言っていたけど、質量が大きいものの進路って魔法で変えられるんだろうか?
アイルの魔法だったら簡単かも知れないけど、騎士団に居る魔法使いに出来るのか分からないんだよね。
金属製の矢の進路を妨害できるかどうかを、王宮の騎士団で確認するらしいから結果待ちかな。
中らなきゃ良いんだけど、私もアイルもこの方面の知識は無いので、そもそもどのぐらいの威力のものが飛ぶのか解らない。
普通の化学者や物理学者は火薬の爆発力のことなんて、かなり特殊な高圧現象を追いかけてるんじゃなきゃ注目したりしないからね。
花火の時には、砲弾と比べれば随分と軽い火薬玉が打ち上げられれば良かっただけだった。
逆に打ち上げの威力が高いと打ち上げ段階で暴発しそうだった。かなり打ち上げの火薬を抑えた。
だから黒色火薬の威力が本当はどのぐらいあるか分かってない。
アイルと相談してみたんだけど単純じゃなかった。
火薬の燃焼エネルギーがそのまま砲弾の運動エネルギーになる訳ではない。
砲弾の威力というのは運動量で、燃焼速度なんかが関与するから、エネルギー計算じゃ意味が無い。
そんな理由で火薬の威力がどの程度あるのかの確認実験をすることにしたんだ。
ただ、音がデカいんだよね。
実際に砲弾を飛ばしてみたいとも思うのでメーテスでやる訳に行かない。
火薬の確認は人の居ない場所で行なう事にした。
この話にはお父さんも乗ってきた。
騎士さん達の努力で、アトラス領の地図は正確だ。お父さんと地図を頼りに砲弾の試射場所を探した。
飛行船で移動できるんだったら、本当に人が居ない場所が良いだろうということになって、アトラス山脈の東側に行くことにした。
ミネアの北には全く人が居ない。人が居ないから、当然人が移動するための街道すら無い。
一方、アトラス山脈の西側はそれなりに人が居る。鉄道の所為で人が居住している場所が点在するようになった。
砲弾の飛距離を確認するのに、海に向かって砲撃して、水柱が立った場所を測量して距離を測ることにした。
砲弾が大量に地面に転がっているのも後々マズそうだしね。
そんな話をしているところにカイロスさんが居合せた。
「今度は何をするんですか?その大砲というのは何です?」
「火薬が爆発する力で金属の玉を飛ばすんだよ。」
カイロスさんへの説明はアイルに任せよう。こういう話は男の子同士の方が向いてるよね。
「火薬って、あの花火で使ったものですよね。
へぇ。面白そうですね。金属の玉はどのぐらい遠くまで飛ぶんですか?」
「それが分からないから実験してみようと思ってるんだ。」
「何処でその実験をするんです?」
「アトラス領の東岸の人が居ないところが良いんだよな。」
「花火の時もそうでしたね。じゃあ、ミネア街道沿いですか?」
「いや、完全に人の目が無いところが良いだろうと思っているんだ。」
それからカイロスさんに、そもそも大砲の実験をする理由を説明した。隣国に気付かれないように、完全に秘密裏に実施しないとならない。
「それなら、ミネアの北ってことになるんですね。飛行船でも結構時間が掛かりますよね。アイルさん達は工場を造ったばかりなのに、メーテスを離れても大丈夫なんですか?」
「ああ、それは多分大丈夫だよ。今のところ工場は問題無く動いているみたいだからね。ただ、何日か不在になったら、何処で何をしていたか聞かれるかも知れないな。」
「あっ、それなら良い考えがありますよ。」
それは、カイロスさんが、久々にミネアに居るお兄さんのグロスさんのところを訪問するという案だった。
無論、ミネアには滞在しない。
もともと日帰りは無理だろうと思っていたので、カイロスさんがお兄さんのところに訪問するのに同行するという口実は都合が良かった。
「だけど、カイロスさんこそ大丈夫なのか?何日かメーテスの授業を休むことになるよ。」
「ボクは大丈夫ですよ。何日か休んだからと言って問題はありません。どうせ大半は知っている内容ですからね。
あっ、同居人達は困るかな?
でも、ボクが不在になる事って多いから大丈夫じゃないかな。」
私達4人は騎士さん達を伴なって、飛行船でアトラス山脈の東にある海に向かった。目的地は、ミネア半島の東岸で半島の付け根のところだ。
ここまで北の場所だと人は全く居ない筈だ。
ミネアの漁師さん達はミネア湾の中で漁をしている。外洋に出ることはない。
このあたりの外洋は北に向って海流が流れている。
今でも、漁に使う船は帆船で、風か手漕ぎで移動する。外洋になんか出たら戻れなくなる。
ミネア湾はそれなりに良い漁場らしくって、外洋に出る必要も無いらしい。
そんな事らしいので、海も含めて目的地周辺には人が居たりはしないだろう。
ミネアの街を造るまでは、この場所に大きな半島があるというのは知られていなかった。
そもそも、旧アトラス子爵領には北部の領地を開拓していく余力なんてなかったからどうでも良かったんだ。
領地の北部は、拝領した時に調査の為に出向いたことがあっただけだった。その時の調査も、国境の確認が主な目的だったのだそうだ。
だから、私の要請で北部の鉱物資源を探索するまで、北の方の領地に関する情報は僅かに残っていた古い木簡の記述があっただけだった。
当然ながら大陸東岸にある巨大な半島にも名前なんか付いてなかった。
ミネアの街を造ったときに、半島の名前を付けた。かなり安直な名前になった。
ちなみに、ミネアの奥に広がっている湾は、ミネア湾だ。
うーん。安直が過ぎるんじゃないか?
紡績工場を建築した週は、工場の様子見をしていた。工場の操業に問題が無さそうだったので、その週末に移動することにした。
飛行船には、大砲を現地で作るための銅や亜鉛、錫、鉛、火薬の原料になる硝酸カリウム、硫黄など、あとは鉄など使いそうな素材を積み込んだ。
炭は燃料のコークスから抽出する。かなり多めの燃料を準備した。
行き先をカモフラージュするために、一旦ミネアの代官屋敷に停泊させてから、飛行船だけマリムに戻ると見せ掛けて迂回して目的地に向かった。
一応、代官をしているグロスさんとは口裏を合わせる事を無線で相談してある。
実験が終って、再度ミネアに戻るまで、私達は代官屋敷に居ることになっている。
そんな事をしていたので、領主館から3時(6時間)ほど飛行して目的地に辿り着いた。
海岸から少し離れた場所に飛行船は停泊する。
最初に行なったのは、辺りの石や砂で停泊のための土台を作るのと、飛行船を囲うように高い壁を作ることだ。
一番の目的は、強風で飛行船が流されるのを防ぐことなんだけど、大砲を作る作業はその壁の内側で行なう。
試射も壁に空いた穴から海に向かって行なう。
誰も見てないと思うけど念のためだ。
騎士さんたちの話では、このあたりだと、魔獣が出てくる可能性があるんだそうだ。
そういった意味でも壁が必要なんだよね。
目的地で囲い作りの作業が終わったところで今日の作業は終わりだ。
私達の飛行船には寝室が4つあったんだけど、初めてじゃないかなその部屋を使うのは。
私、アイル、お父さん、カイロスさんがその部屋を使った。
騎士さんたちは、夜間の見張りもあるので、飛行船の周辺に野営していた。
申し訳ないね。
まあ、食事だけは、食材を沢山持ち込んでいて普通の食事だったから許してもらおう。
翌日から作業を開始した。
私は、最大強度になる砲金と、この世界で通常に作られている青銅と黄銅を混ぜた金属材料を量産していった。
多分、今の世界で大砲を作るんだったら衝撃に強い青銅を使うはずなんだよね。
ただ、強度を考えると若干黄銅を混ぜたた方が良いかもしれない。
鉄を作ったときに、余った騎士さん達の剣の成分を調べた。この世界の青銅や黄銅は一定割合で鉛や他の金属が含まれている。
純銅や純錫、純亜鉛で合金を作るのじゃないから、どうしてもそうなる。
何もかも混ぜる訳には行かないから、この世界の青銅と黄銅の主成分の銅、錫、亜鉛、鉛を適度に混ぜた金属を準備した。
アイルは、そうやって作った金属と、純粋な砲金で、大砲を試作した。
ここからは、試行錯誤だ。
アイルは、中世を舞台にした有名な海賊映画に出てたのとそっくりな大砲を作った。
『また、良くこんな形を再現したわね。』
『えっ、だって、昔の大砲ってこんな形だったじゃなかったか?』
『まあ、そうなんだろうけど、これって、構造として合理的なのかしら。』
『いや、砲身はもっと長くて、砲弾と隙間が無い方が良いんだけど、この世界だと、精度が取れないと思うんだよね。
精度が悪い状況で砲身を長くすると、砲弾と砲身の間の摩擦で砲弾の速度が落ちちゃうと思うんだよな。
それに熱の問題も出てくるし。
出来れば、砲弾は球形じゃなくって紡錘型で、砲身の内部にライフルを刻んだ方が良いんだけど、そんなのこの世界だと誰も考え付かないんじゃないかな。
まあ、適当に精度を落して試行錯誤するしかないよ。』
最初は火薬の量の最適化をする。
最初から大量の火薬を詰めて砲身が破裂したりすると大変だからね。
砲弾の重さはd20キロにした。
あまり重いと大砲に砲弾を設置するのも、運搬するのも大変だ。
準備が終わって、火薬の量を少なめにして試射してみる。
ドン……ポト。
d40デシぐらい(約5m)飛んだかな?
お父さんは呆れ顔だ。
「おい。二人の話だとかなり遠くまで飛ぶんじゃなかったのか?」
「お父さん。まだ始めたばかりだよ。火薬の量が少ないだけだと思うよ。」
それから、少しずつ火薬の量を増やして実験を続けた。
火薬の組成比率も変えて試験した。
ドン……ヒュン……バシャ。
飛距離が伸びて、海面に着弾するようになってきた。
飛距離がd1,000デシ(170m)に近づいたあたりからお父さんの顔色が変わってきた。
「おい。何だ、これは。こんなものが飛んできたら、ひとたまりも無いじゃないか。」
「だから、危険だって言ってたじゃない。」
飛距離がd1,000デシを越えたところで、普通に青銅と黄銅を混ぜた金属で作った大砲が破裂した。
破裂する可能性があったので、大砲は魔法で作った石壁に囲んだある。そのため誰も破裂の所為で怪我をすることはなかった。
「肉厚が足りなかったかな。大体様子が解ってきたな。」
それからアイルは大砲を何門も作って、条件んを変えた試験を何人もの騎士さん達に試射してもらった。
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
うーん。音が酷い。
連射して砲身の温度がどの位上昇するかとか、歪みが生じるかといった事も調べていった。
砲身が歪んでもアイルが魔法で即座に修正してしまう。
これ、アイルみたいな魔法が使えなかったら、どれぐらい検討に時間が掛かるか分かったもんじゃないね。
飛距離を測定している騎士さん達は大変そうだった。距離を測っている騎士さん達は、それぞれ担当している大砲は1門なんだけど、水柱が上がった場所を測量した直ぐ後で次の水柱が上がる。
私はと言えば、適切な黒色火薬の配合比率が決まってからは、ひたすら黒色火薬を調合していた。
火薬の消費量が多いよ。
魔法で作るんじゃなければ、とても対応できない。
こんな試射を2日続けた。
試行錯誤して、精度が無い大砲だとd2,000デシ(=346m)が限界だった。
アイルが悪乗りして紡錘型の砲弾で、ライフルを切った砲身の長い高精度の大砲を作ったのだけど、d4,000デシぐらいだった。
黒色火薬だとこんなものなんだろう。
「大体必要なデータは取れたな。実験はこれで終わりで良いな。」
ようやく終ったよ。しかし、ウルサい実験だったな。
「じゃあ、最後に一番やりたかった実験をするね。」
そう言うと、アイルはなにやら巨大なものを飛行船の裏から空中に浮かべて移動させた。
巨大な発電機と二本のレールが長く伸びている構造物。
「ふっふっふ。本邦初公開のレールガンだ!」
何時の間にこんなもの作ったんだ。
多分、大電流を流すために超伝導素材を使っている筈だ。基調な超伝導素材をこんな玩具に使って欲くないんだけどな。
暫く調整をしていたアイルが発電機のスイッチを入れた。
ウィーン。
巨大なローターが高速で回り始める。
「じゃあ。発射!」
ヒュ!ドッカーン!
物凄い音がした。
私は電磁砲から大分離れたところに居たのだけど、その瞬間猛烈な突風が吹いてきた。
砲弾は、あっという間に遠方に飛んでいく。
どうやら着弾したのは水平線の向こうだったみたいだ。着弾場所は見えなくて、遥か彼方で水柱が立ったのだけが見えた。
「音速を越えたな。」
「だから。こんな玩具に貴重な超伝導素材を使わないでよ。」
「……何だったんだ、今のは……。」
お父さんは目を剥いていた。
「すっ、凄い。」
カイロスさんが一言だけ呟いた。




