122.火薬
「すみません。話が逸れてしまったみたいで。
ただ、『弓』あっ弓でしたっけ、それが無い事が不思議だったんですよね。
弓で、例えば鉄で作った重い矢を飛ばせば気球に穴を空けることができるかもしれません。
ただ、その矢も魔法で逸らされてしまうかもしれないんですよね?」
「さて、それも分からない事だな。誰もそんな事を試してみたことは無いだろう。
ただ、重い鉄の棒であれば簡単には魔法で逸らされる事も無いと思うが。陶石や土魔法の塊が武器になっているからな。
しかし、重い鉄の棒を弓で飛ばすのか?そんな事が出来るのか?」
「その弓の大きさ次第だと思います。それに空気銃の仕組みを使っても良いかもしれないですね。あれ、レールガンなんて方法もあるのか?超伝導素材があるから……。」
アイルがトリップしかかっている。
「アイル。説明が先でしょ。」
「あっ。すみません。レールガンはちょっと置いておきましょう。弓でも空気銃でも多少重い矢を飛ばすことは出来ますよ。」
「先の戦争で使用した空気銃が使えるのか。なるほど、あの仕組みで矢を飛ばすのか。
すると、連続して何本もの矢を飛ばせたりするのか?」
「ええ。少し工夫が必要になりますけれど、必要な電力はありますから何とかなると思います。」
お祖父様は少し納得したみたいだった。
「ところで、そのレールガンというのは何なのだ?」
「あっ、それですか。それは……」
アイルが説明を始めたけど、ムリだろ。ローレンツ力なんて言っても誰も付いていけないよ。
カオスになりかかった。
「アイル。もう、無理だから。誰も理解してないよ。」
「えっ、でも、ロマンが……。」
「また、訳の分からない事を言って。
もう、良いから。そんなに気になるんだったらメーテスに帰ってから試作なりなんなりしたら?現物を見せでもしなきゃ誰にも分からないよ。」
「そうか……まあ、そうかも知れないな。」
「あー良いかな。話を戻したいのだが。
纏めると、我が王国にある飛行船と同じ仕組みで空を浮遊するものを隣国が作る事は無理で、熱い空気を溜めた熱気球は作れるかもしれない。
そして、その気球に穴を空けることが出来れば脅威にはならないという事なのだな。
不明な点は、魔法でその熱気球というものが移動できるかという事と、鉄の矢を魔法で逸らせるかどうかという事か。
これは、騎士団で検討してもらうのが良いかな。少しアイル達にも手伝ってもらう必要はありそうだが。」
宰相お義祖父様がこれまでの話を纏めた。
「そうですな。アイルとニケに全面的に手伝ってもらうと、隣国で作ることが出来るものから懸け離れたものになりそうです。知識だけもらって騎士団で検討した方が良さそうですな。」
「では、シアオ。そのようにしてくれ。
次の相談なのだが、隣国と戦闘の際に飛行船にどの様な攻撃に注意する必要があるかという事だったのだが……もう、答のようなものは出てきているな。
こちらの飛行船も、同じ様に攻撃されたら墜ちしてしまうのではないか?」
「いえ、同じにはならないと思います。」
気を取り直したアイルが応えた。
「そうなのか?それは如何してだ?」
アイルは、飛行船の構造の説明を始めた。
単純な気球とは違って、飛行船の気嚢は沢山の区画がある。それらの内幾つかに穴が空いても墜ちることは無い。
「そんな構造になっていたのか。ヘリウムの入っている場所に沢山ゴムの袋が在るとは思っていたがそういう理由だったのか。」
「ええ。そうです。これは、攻撃されるのに対応するためにそんな構造にしたのでは無いんですけれどね。
何か不測の事態が起こって、気嚢に穴が空いてヘリウムが抜けてしまっても浮遊していられるようにするための仕組みなんです。
あの飛行船を墜落させるには、相当大量の矢を射掛けるか、巨大な矢を射掛けるしかないと思います。」
「なるほど。あれは、安全を担保するための構造ということか。
それが、万一攻撃を受けたときの対応にもなっているのか。」
「それに、飛行船は高速で移動できますから、そう簡単に矢が中るとは思えないんですよね。
魔法で気球がどのぐらいの速度で移動出来るものか分かりませんけれども、気球の移動する速度は飛行船ほどでは無いでしょう。それだけで、随分とこちらが有利ですね。」
「すると、隣国が飛行船を攻撃してきたとしても、大丈夫だと考えて良いという事なのだろうか?」
「さあ、どうでしょうか。ニケはどう思う?」
「うーん。万一隣国と戦争になったとして起こりそうなことを聞かれているのよね。
あっ、火薬があったわ。」
「あっ、そうだ。火薬を使われると色々問題だな。」
「カヤク?それは何なのだ?」
近衛騎士団長のお祖父様が聞いてきた。
「火薬というのは、例の花火というので使ったものか?」
お父さんが重ねて私達に聞いてきた。
私が頷くと、即座にお義祖父様が質問した。
「何だ、その花火というのは?」
ありゃりゃ。アイルが問題だなんて言うから質問だらけになってきた。
これは、私が応えなきゃダメなやつか?
そんな風に思っていたらお父さんが代りに応えてくれた。
「それは、私から説明しましょう。」
お父さんが陛下、宰相お義祖父様、お祖父様に花火とその後の対応について説明した。
2年前の博覧会の時に私達が花火を作ってマリムで打ち上げたことや、混ぜるだけでも危険な物があるという事が判って、そういった物質の管理を始めたことなどだ。
王国にもそういった危険物については管理を依頼してた筈なんだけど。どうやら、個別の原料の危険性だけで、実際の火薬の危険性までの話まではしていなかったみたいだ。
「そんなものが在るのか。」
陛下が呟いた。
「今、ソドがその火薬というものは破裂すると言っていたが、それはどれ程のものなのだ?」
宰相お義祖父様の質問に、お父さんが私を見た。
ここらへんからは私が説明しなきゃダメなんだろう。
「使う火薬の量に依りますけれど。沢山の火薬に火を点けると大きな岩がバラバラになるかもしれないですね。」
「それは……また……とんでもない物ではないか。」
私は黒色火薬の説明をした。
他にも爆薬として有名なものにニトログリセリンとかトリニトロトルエンとかのニトロエステルや、前世で高性能爆薬と言われていたニトラミン系のトリメチレントリニトロアミン等といった物質があるんだけど、かなり高度な有機合成が必要だ。
説明がかなり厄介だし、そんなもの、メーテス以外のこの世界で作ろうと思ってもムリだからね。
あれ?そう言えばキキさんニトロセルロースを作ってなかったっけ。
可塑剤が欲しいと言っていたから、丁度見付かった樟脳を勧めた記憶があるな……。
まっ、そこらへんを説明すると話がややこしくなるだけだね。
それに、黒色火薬なら原料となる硝石や硫黄、炭があれば誰でも作れちゃう。
隣国がどの程度の技術を持っているか分からないけど、可能性があるとしてもこっちだろう。
「すると、そのショウセキというものと硫黄、炭があれば作れてしまうのか?」
「そうです。硝石と炭と硫黄を一定の比率で混ぜるだけですから、原料さえ手に入れば誰でも作れます。
ただ、硝石はかなり特殊な鉱物で水に溶けます。洞窟の中みたいに水が直接当たらない場所や常に乾燥している場所でなれば地表に存在はしていないと思います。
今のところ、王国の領地で硝石は見付かってません。地中に埋まっているかもしれませんがそれは何とも言えません。
隣国については全く判らないですね。」
「それなら、火薬を作る原料を確保するのは難しいのではないのか?」
「そう思いますが、確証は無いですね。
それに、硝石の様なものをマリムでは大量に作ってますし。」
「それは、ひょっとすると肥料の事か?」
「ええ。そうです。肥料に使っている硝酸が硝石の代りになります。」
「それでなのか。アトラス領から危険なので管理する様にと言われた項目の中に肥料があったのは。」
「そんな理由から、肥料も危険な物として伝えています。
硝石も硝酸から出来ている肥料もそれだけだと燃えたりしないんですけど、炭などの可燃物が一緒だと、かなり危ないことになります。
ただ、肥料の生産も使用も止める訳には行かないので、監視をしてもらう他ありませんね。」
「今、肥料と言ったか?
肥料が流通する様になって、大分食料事情が改善したと聞いていたが、それにそんな問題があるとは聞いていなかったな。肥料は国を支えているとても重要なものだ。
宰相、肥料に関してはどうしてるのだ。」
「陛下。肥料については、ニケやアトラス領から聞いて流通や用途に関して監視しています。
ただ、今後隣国からの間者が増えることが予想されるので、注意しないとならないでしょうな。
当面、隣国への肥料の流出を禁止した方が良いかも知れません。」
「メーテスで学んでいる学生は火薬を作れるようになるのか?」
「ええ。知識は与えるようにしてます。知らないとどんな危険な事が起こるか分かりません。混ぜて危険なものは他にも沢山あります。
知らずに危険な物を作ってしまうのは避けなければなりません。
それに、知識がある事と危険な行為をする事は全く別ですから。」
「しかし、知識が無ければ危険な行為も出来ないのではないか?」
「そうでしょうか?
放っておいても誰かが気付くかもしれません。
危険なものが在っても誰も気付かないというのが一番危険です。
それなら、知識は知識として伝えて、危険な行為に関して制限を加えた方が良いと思います。」
「ふむ。危険なものが出来てしまうからと言って、肥料を使うのを止める訳にもいかない。そうだと言って、その知識を隠蔽しておいても、それを作る者が出ないとは限らないということか……。
ふーむ。難しいものだな。」
国王陛下は微妙に納得できていない感じだけど。
知らずに奇しなことになるぐらいだったら、知って危険を理解していた方が良いとは思うんだよね。
「一番は戦争なんて起こらない事ですよね。
火薬はともかく、その原料になるものは色々なものを作るために必要な物です。それを戦争なんかの為に使って欲くはないです。」
「結局のところ、何を考えているのか分らない隣国の存在が問題なのだ。」
結局はそういう事なんだろう。
隣国は何故戦争なんかしようと思うんだろう。
「ニケが言うことは理解できる。」
陛下に続いて、宰相のお義祖父様が応えてくれた。
「ただ、それも暫くは大丈夫ではないかな。
ジュペト。今は、ガラリア王国の方が絶対優位だろう?」
「その通りです。
テーベ王国の王宮の協力者が伝えてきたところに依ると、王国の飛行船は王宮でも問題視している模様です。
飛行船の存在を脅威に感じていて、今の状況でこちらに侵攻する事は危険だと思っているみたいですね。
このまま思い留まってくれる事を期待してるんですがね。
ただ、あの国の考えることは予測困難なので、どうなるかは分からないというのが正直なところです。」
「隣国にその硝石というものが在るか、こちらから入手した肥料がどう使われているかを確認でないか?」
「えっ、また、無茶な事を。硝石なんて見た事も聞いた事もないですよ。」
「ならば、メーテスに行って、学んできたら良いのではないか?
王国でも危険なものについて知識を得た上でどう監視するのかを考え直した方が良さそうだな。」
それから、危険物について質問を受けて会議は終了した。
ジュペトさんのところへは、派遣されてくる人に情報を渡してもらえれば良いということになった。
その日、私とアイルはお祖父様の家に泊る。
お祖父様の屋敷に向かう馬車の中で、先刻まで使っていた場所についてお祖父様に訊いてみた。
何だか不思議な建物だった。
お祖父様が言うには、先程まで会議をしていた所は、遠耳の魔法で話の内容を聞かれないようにする特殊な構造をしている建物なのだそうだ。
騎士に間者が紛れている可能性もあるために、会談している間は騎士さんと言えども建物の外で待機することになっていて、建物の中には入ってはいけない。
建物の周辺や建物の屋上に人が居ないことを見張るため、周辺にあった建物から見張ることが出来るようになっている場所だそうだ。
翌日からゼオンコンビナートとロッサコンビナートの視察をしていった。
私達の移動は飛行船で行なうように指示された。
コンビナートの工場は、リリスさんのところとヤシネさんのところできちんと保守をしてくれているみたいで問題は無かった。
色々な情勢から、これからの会議は2ヶ月に一度の頻度にして、私達は王宮まで出向かず無線で会議をすることになった。
私にはその方が助かるし、そもそも何か問題があっても、リリスさんやヤシネさんのところで対応してくれる。私達が出て行かなきゃならないのは、よっぽどの事があった時だからね。
一週間、王都とゼオンに滞在して、リリスさんとヤシネさん待ち合わせて飛行船で一緒にマリムに戻った。




