106.建造物
「あんなもの朝に在ったか?」
アンゲルがオレ達に聞いたけど、記憶は無いな。
そもそもそちらの方を見たかどうかの記憶が無いのだから……要するに分らない。
周辺にいた准教授の人達は一様に驚いているみたいだ。
「ねえ、准教授の人達も驚いているみたい。突然あんなものが現われたって事じゃない?」
マラッカが周りを見て言った。
そんな様子を見ている内に、准教授の何人かがその建造物の方へ駆けていった。
「あれが何なのか見に行ったほうが良くないか?」
アンゲルがそんな事を言い出した。
「それはメシを食ってからの方が良いぞ。あんなものを見に行ったら確実にメシを食いそびれる。」
「なんだ?ミケルはそんなに腹が減ってるのか?」
「いや、そうじゃない。ただ単にメシは食えるときに食っといた方が良いって話をしてるだけだ。
オレは、過去、メシの前にちょっと調べてみるかと思って動いて、そのまま丸1日メシを食えなかったなんてことが度々有ったからな。
それに、オレ達があれを見に行ったところで何だか分らないんじゃないか?」
「でも、危険かも知れないだろ?」
「だったら尚更だ。あのあたりでウロウロしていて危険だから避難なんて事になったら確実にメシを食いそびれる。
そのまま長い時間メシにありつけなかったら腹が減ってくるだろ?
あのときメシを食っておけば良かったって思うことになる。
だったら先にメシを食っておいた方が良いじゃないか。
それに、あれを見に行ったところで危険かどうかなんてオレ達に判断なんてできない。
そんな事はここの准教授達に任せておけば良いんだ。
だから、まずはメシを食ってそれから動けば良いんだよ。」
「なるほどな。その通りかもしれない。じゃあメシを食うか。」
食堂に入ると人がほとんど居ない。
オレ達と一緒にガイダンスを聞いていた文官の姿は無かった。
メシは後回しにしてあの建造物を見に行ったんだろう。
オレはこれから何が有るのか分らないので、かなり多めの昼食にした。
オレの様子を見て、メンバーも多めの昼食にしていた。
テーブルに着いてメシを食っているときにハムが聞いてきた。
「ミケルさんの話、説得力がありましたけど、そんな事が何回もあったんですか?」
普通に文官の仕事をしているだけだったら、そんな目に会うことはないんだろうが。
「ああ、犯罪現場で調査する事は良くあって、時々やっかいなものを見付けたり、なにかに巻き込まれたりした。そんな時は食事どころじゃなくなったりしていたな。」
「そんな事があったんですね。それで食事が出来る時には食事をしてからって話をしてたんですか。」
ハムが返事をすると思ったら、マラッカが応えてきた。
えーと。どう応えれば良いんだ?
何かマラッカって、凄く真面な時と変な時が有るな。
「ああ。時々そんな事があったんだ。1食、2食抜く程度だったら、まあ何とかなるんだけど、4食、5食ともなると、頭が廻らなくなってくる。あの時食べておけば良かったと思ったことは何度もあったんだ。」
かなり多めの昼食をゆっくり食べた後、グループの皆と不思議な建造物がある場所へ向かった。
そろそろ、午後の業務時刻になる頃なんだが、メーテスの見学はどうなるんだろう。
准教授の人達は、建造物の側に集まっていた。
先刻まで一緒にガイダンスを聞いていた文官連中は建造物を遠巻きにして見ている。
その建造物から離れた先にもの凄く巨大で見た事の無い形をしている塊があった。金属で出来ているんだろうか?光が当たって輝いている様に見える。
アイルさんとニケさん、宰相閣下や近衛騎士団長、アトラス子爵様達はその正体不明の塊のところに居た。
アイルさんはその塊の中に入ったり出たりしている。
ニケさんは、その場に居る人たちと話をしているみたいだ。
そのあたりでは、沢山の騎士が作業をしている。
オレ達は、丸い形の建造物、正体不明の塊が見える場所で様子を見ることにした。近くには准教授達が居る。
「ミケル。これ何だと思う?」
アンゲルがオレに聞いてきた。
「何でオレに聞くんだ?分る訳無いだろ。」
「いや、お前は普通の文官より色々知ってそうな気がしてな。」
「それを言うならマラッカさんの方が色々な商品を見ていて知ってるんじゃないか?」
「えっ、私?あんなもの見たこと無いわ。」
マラッカさんはそう言って首を振る。
ハム、モンさん、イルデさんの方を見たら同様に首を横に振っていた。
准教授達は集まって話をしている。
……
「それは、何か言われた後で良いと思うぞ。」
「でも、結局、後で対応する事には成るんじゃないの。」
「もし、対応する事があったら、連絡があるだろ。」
「だけど、何か素材が必要だったら私達は直ぐにでも対応することになるわ。」
「それだって、必要になったらだろ。今何も言われてないって事は大丈夫なんじゃないか?」
「あんた、何を作っているのか気にならないの?」
「いや、そんな事は無いさ。気にならなかったら此処には居ないよ。」
「だったら、何を作ってるのかぐらいはっきりさせた方が良いじゃない。」
……
なにやら二手に分かれて話し合いが行なわれているみたいだ。
准教授達の集団から少し離れたところにウテント准教授が居た。
「ウテント准教授は話し合いに参加しないのですか?」
アンゲルがウテント准教授に声を掛けた。
「まあ、ウチの研究室はあまり関係しないんじゃないかな。駆り出される事にはなるんだろうけど。」
「化学研究所の准教授と物理研究所の准教授で何となく主張が違っているみたいですね。どうしてですか?」
モンさんが准教授達の様子を見てウテント准教授に質問した。
「ああ、それは仕方が無いというか……アイルさん、ニケさんの二人が新しいものを作る時には、先にニケさんのところで素材を準備して、アイルさんが作る道具は後になるんだ。
だから、どうしてもニケさんの助手……今は化学研究所の准教授達が先に動くことになる。
アイルさんの助手だった私達は、アイルさんが魔法であらかた作った後で組み立てたり配線したりすることが多かった。
だから私達物理研究所の准教授は色々が決まった後で動くことになる。
そんな過去の経緯があるから化学研究所の准教授達はあれが何か事前に知っておきたいと思っていて、物理研究所の准教授達は説明があるまで待っていたら良いって思っているんだ。」
なるほどね。そんな経緯があって、意見が分かれるのか。
ここに在るものが何なのかは准教授達全員が気になるんだろう。
それで集まって彼処にあるものが何なのか議論しているのか。
あれが何かって事は、別に関わりが無いオレ達でもすら知りたいと思うからな。
「なんか議論が堂々巡りしているみたいですけど。」
「それも仕方の無い事なんだ。先刻まで、准教授総出で外観から何か分らないか調べてたんだ。だけど結局分らなかった。
直接アイルさんやニケさんに聞ければ良いんだけど、宰相閣下達がいらっしゃるところに興味本位で「これは何ですか?」って聞く訳にも行かないだろ。
現時点ではこのガスタンクに入っている気体が何かってのも分らないんだ。」
ガスタンク?キタイ?何だ?それは。
ウテント准教授に聞いたら丁寧に教えてくれた。
気体というのは、オレ達が息をしているときに吸ったり吐いたりしているものなんかの総称らしい。他に土や石、金属などの固体、水や油などの液体といった種類がある。
目の前にある球状の巨大な建造物は容器で、中に大量の空気の様な「何か」が入っているらしい。
そして、先にある得体の知れない巨大な塊に筒状のものが繋がっている。あの巨大な塊でその「何か」が使われているんだろうとという事までは分っているんだそうだ。
「これからメーテスの見学ってことになってましたけど、それはどうなるでしょう?」
アンゲルが准教授に聞いた。
「あっそうだな。それがあったな。ちょっと待っていてくれないか。」
ウテント准教授は准教授が集まっているところに歩み寄って相談を始めた。
少ししてこちらに戻ってきた。
「准教授がメーテスを案内するのは中止になった。もし見学をしたければ事務棟の職員に依頼するが、どうする?このままアレの様子を見ていても構わないが。」
ウテント准教授はそう言って、顎で先にある巨大な塊の方を差した。
「どうする?メーテスの見学をするか?」
アンゲルが皆の意見を聞いた。
どうしようか。興味深いことが目の前にあるのだが……。
多分、バンビーナ事務長が言っていたアイルさんとニケさんが何かを作り始めたという状況なんだろうな。
「ウテント准教授。こんな事は頻発するんですか?」
准教授に聞いてみた。
「いや、そんなにある事じゃない。これの前と言うと……コンビナートで新しい工場を建てたときかな?ダムを作ったのは何時だったっけ……。いずれにしても1年以上前の事だな。」
どうやら、そんなに頻繁に発生する訳では無さそうだ。
「じゃあ、このままどうなるのか見てないか?メーテスの見学は何時でも出来るだろ。」
「そうね。その方が良いかもしれない。」
「ああ。それで良いよ。」
オレの提案にグループ全員が賛成して、ここで様子を見る事になった。
ここに居た他の文官達も同じ結論になったみたいだ。
見学の為に他所に行かずこの場に留まっている。
あいつらメシは抜くつもりなのかな?
そんな事を考えていたらハムが
「ミケルさんの言う通り、先に食事しておいて良かったですね。」
と言った。
メンバーを見ると皆微笑みながら頷いていた。
それから、ウテント准教授から鉄道の動力車を作ったときはどうだったかとか、大型船を作ったときはどうだったとか、色々な話を聞いた。中々興味深いものがあった。
話の最中に、隣に居たモンさんが突然声を上げた。
「あれ……見て。浮いているわ……よね?」




