104.晩餐会にて
「ミケルさんって、コグリー商店殺人事件を解決した人ですよね?」
「えっ。解決って……普通に仕事をしただけですよ。」
「でも、最初は凶器を持って現場に居た番頭が犯人だっていう事になってたけど、それは冤罪で、実は真犯人が居て、それを見事な推理で突き止めたって話でしたよ。」
「あっ。その事件オレも知っている。確か最初に掴まった人は犯人じゃなくって真犯人は共同経営者の人だったんじゃないか。」
ハムも会話に加わってきた。
「私も知ってますわ。王都で大分話題になってましたよね。危うく冤罪を生むところだったって話でしたね。」
モンさんまで……。
この話って、メーテスと何の関係も無いじゃないか。
「その時私はその商店の担当をしていたんです。その商店には色々悪い噂があって、証拠を探していた最中にあの事件があったんです。
それに、ミケルさん、他にも難事件をいくつも解決したじゃないですか。」
「ふーん。ミケルって優秀だったんじゃないか。
……なるほどな。謎が解けたな。」
アンゲルはニヤニヤしながら俺の方を見ている。
何だ?謎なんて有ったか?
「そうです。だから法務省からは一人だけなんですよ。ミケルさんを異動させるんだったら、他の人を出す協力は出来無いって法務省は抵抗したのかも知れないですね。」
「いや、その謎じゃないんだ……。」
今度は、アンゲルはマラッカをじっと見ている。
それに気付いたマラッカの顔が段々赤くなってきて真っ赤になった。
えっ。一体どうなってるんだ?
「なあ、ミケル。マラッカが国務館でのオレとミケルの様子にやたらに詳しかったじゃないか。あれって、最初に名前を呼ばれたオレを見てたんじゃなくって、お前を見てたんだろ。
まっ、これ以上話すとヤボになるな。」
「えっ、ヤボって……?」
「えっ。いえ。そんな……事は……。」
消え入りそうな声でマラッカが何やら言っている。
周りのメンバーが、オレとマラッカをやたら優し気な目で見てる。
「ふーん。そうなのね。」
「なるほど。」
「そういうことがあったんですね。」
えっ。一体何なんだ。
その時、オレ達が話をしているテーブルにバンビーナ事務長がやってきた。
「この集まりは同じ籤の番号の人ですか?」
「ええ。オレ達皆3の籤を引いたんです。」
アンゲルが代表して応えた。
「そうですか。3番のグループの方達なんですね。それでは順に名前を教えていただけますか。」
オレ達はバンビーナ事務長に名前を告げていった。
バンビーナ事務長は名前のリストが書かれている紙に記録をしている。
「ありがとうございます。明日の朝に皆さんには今後の予定の書類を配布します。3の籤の方ですと、来週から気象研究室に仮配属です。
その後は天然物研究室で、天文研究室と半月で別の研究室に異動になりますね。
これは、明日文書でお伝えします。
明日の研究所の説明は2時(午前8時)からです。
お部屋に案内の書類が置いてありますから、食堂で朝食を摂ってその時間に指定された場所に出仕してください。」
そう言うとバンビーナ事務長は別なテーブルへ向って行った。
まだ皆はニヤニヤ、ニコニコしながらオレを見ている。
一つだけ言えることは、どうやらオレだけこの状況が分っていないってことだ。
話題を変えたい。
「なあ、気象研究室ってのは、何をするんだ?なんか天気を記録しているって書いてあっただろ。他の話も載っていたんだがどうにも理解できてるとは思えないんだ。」
「あら?貴方気象に興味があるの?」
とつぜん後ろから声を掛けられた。
「えっ?」
振り向くと女性の准教授の人が立っていた。
「いえ。いや。えーと。興味が在ると言えばそうなんですが……。来週からオレ達気象研究室に仮配属と言われたんで……。」
「あら、そうなのね。えーとそうすると籤が3番ってことね。あら、その次は私のところじゃない。私、天然物研究室で准教授をやっているキキです。よろしくね。
ウテント!来週からあんたのところに仮配属される人達がココに居るわよ!」
何だかとても元気な准教授さんだ。
間髪を入れずに、イルデが口を開いた。
「キキ准教授。天然物研究室は、砂糖とかゴムとかを扱っている研究室ですよね?
私、それにとても興味があるんです。」
「あら。嬉しいわね。貴方名前は何て言うの?」
「イルデ・ミセーリです。農業省農作物管理部に居ました。」
「その部門は農作物を管理するところですね?」
「そうです。そして、最近発見された砂糖とゴム。それらは昔から私達の目の前にありました。でも誰も発見しなかった。そんな物が他にも屹度ある筈なんです。私はそれを発見する人に成りたいんです。」
「あら。素敵な夢ね。その夢は私の夢でもあるわ。
私達は気が合いそうね。
ただ、これから暫くの間は私達准教授は特定の人に自分の研究室に来て欲しいと勧誘するのは止められてるの。
飽く迄、貴方方の自主判断の希望を優先させなきゃならないからね。
でも、貴方には自主的に私の研究室に来て話をする自由はあるわ。
もし何か聞きたい事があれば、何時でも私の研究室に来てちょうだい。貴方の為に時間を作るようにしましょう。」
「えっ。本当ですか?訪ねても良いんですか?」
「もちろんよ。歓迎するわ。」
「ありがとうございます。」
イルデは喜んでいるな。満面の笑みだ。
目標を持って来たヤツは強いな。
オレはここで何をしたら良いんだろう。
「なあ。キキ。お前が言っていた人達ってここに居る人達で合っているのか?」
「なんだウテント。やっと来たか。」
「いや、ちょっと前からここに居たぞ。でも天然物の話をしていたから違うのかなと思ったんだけど。」
「違ってないよ。
ただ、このグループには天然物化学に造形の深い人が居たのでな。素晴しい夢の話をしてたのだ。」
「なるほどね。それは良いけど。それじゃ、貴方達は来週ボクの研究室に仮配属されるのかな?
事前に何か聞きたい事があれば何でも聞いてくれ。
まあ、仮配属されてからでも十分時間は有るんだけどな。」
「天気を記録しているのが仕事の様な感じでしたけど、天気を記録してどうするんですか?」
モンさんが婉曲も何もなく聞いた。
「やはり、そう来るか。どうも化学の研究と違って、物理の研究は何の為と言われやすいんだよな。何かを作ってる訳じゃないからな。
電気研究室と機械研究室は別かもしれないが……。
実際に嵐の前兆を見付けて大勢の人の命が助かった事例があるんだ。
あの時は、ものすごい暴風雨になって、マリムの街の海岸沿いは高潮の所為で壊滅したんだ。」
「ああ、あれね。あの時は大騒ぎだったな。領主様が低い土地の住民を神殿に避難させて、多少怪我した人が出た程度で死者は居なかったんだよな。」
「そうなんだ。前もって嵐が来ることを知れたから手を打つことができた。何もしないで嵐になっていたらどれだけの人が波に攫われたか分らない。
嵐の後、海岸にあった家屋は完全に倒壊していた。波に攫われなくても建物の下敷になっていたかもしれなかった。
家の中に避難していただけじゃ命は守れなかったんだ。」
「それが毎日天気を記録していくこととどう繋がるんです?」
再度モンさんが聞く。なんか容赦無い感じだ。
「ああ、少し話を端折ってしまったな。
その嵐が起きる大分前にアイルさんが気象観測する道具を作ったんだ。
嵐が起きた頃には、その道具がマリム周辺に設置されていたんだ。
無線でその場所の状況が分るようになった。」
「ムセンって何です?」
「うーん。ちょっと説明が難しいけど、遠く離れた場所の事が分る仕組みだな。
これは、仮配属になったら実際の道具を見せてあげられる。
実際の道具を見てもらった方が早いから、まあそんなものが在るんだと思ってくれ。
それで、その日の朝、普段通りに観測すると気圧が急に下ってきているのに気付いたんだ。
その観測結果をアイルさんに見せたら、マリム周辺の観測値を見たいと言われて観測結果を纏めてみた。
気圧が下がったり、風向きが急に変わったりしている結果を見て、アイルさんとニケさんが颱風が来ると言いだしたんだ。
颱風というのは神の国の言葉でとてつもない暴風雨のことらしい。
二人の提案で騎士団が動いて避難が始まったんだ。夕刻ぐらいから風が強くなって夜間はものすごい雨と風だった。」
「それって未来を予知できるって事ですか?」
「予知じゃないな。予測できるかもしれないってとこだろう。」
「でも嵐だけなんですよね?」
とことん容赦無い感じだな。罪人に犯行理由を聞く時でももう少し遠慮するぞ。
「まあ、今のところはそうなんだが。目的は他にもあるんだ。例えば今から今年の夏の天気が予測できたらどうなると思う?」
皆が顔を見合わせた。天気の予測?それで何ができるんだ?
「あっ、農作物の収穫量が予測できるってことですか?」
「そう。その通り。君良いね。ウチに来ない?」
「おい。ウテント。勧誘は御法度だろ。
それにその人はダメだ。その人は私と夢を語り合える友人だ。」
「えっ?それって勧誘じゃないのか?」
「いや。勧誘などしていない。ともに夢を語り合うだけだ。」
「……何が違うんだ……良く分らないんだが……。」
「それって、穀物価格の変化が事前に判るってことですか?」
今度はマラッカが質問した。
「そう。その通り。事前に収穫量や農産物の価格変動が判れば、嵐の時と同じように備えることができる。
他にも、今は鉄道や大型船が動いている。遠隔地の天候やその変化を予測できると事故を未然に防げる。
大雨が続いたところでは土砂崩れが起きるかもしれない。
ただ、まだまだ観測できる場所は限られている。それでも鉄道が西に伸びたり船が運航した事でかなり広範囲になってはきてるんだ。
それで、王国の気象がどうなっているのか少しずつ解るようになってきた。
アイルさんの話では、恒星ヘリオが地面や海面を温めて、気温が上がったり水が蒸発したりして、それが風になり、雲になり広範囲に影響が及ぶ。
広い範囲の気象状態を観測することで、より正確に予測できるようになっていくんだ。」
「ただ天気を記録していたんじゃないんですね。」
「そりゃそうだ。ただそれだけだったら研究室を作って研究したりしないよ。」
それから、色々な准教授がオレ達の所を訪ねて来ては自分の研究室で行なっている事の概略を説明してくれた。
なかなか興味深かった。
オレは一体どんな選択をすれば良いのか。
まあ、時間は沢山ある。ゆっくり考えれば良いんだろう。
オレ達がメーテスに移動する時間になったと告げられて、オレ達はまだまだ続きそうな晩餐会の会場を後にした。メーテスには馬車で移動した。
街道のあちこちに光を出す道具が設置されていて、メーテスまでの道は明るかった。
メーテスで割り当てられた宿舎には居間と寝室の二部屋があった。他にトイレと浴室、簡単な料理が作れる場所もあった。
王都で借りていた部屋は一部屋でこの宿舎の寝室ほどの広さしかなかった。その上台所もシャワーしか使えない浴室もトイレも共同だった。それと比べると至れり尽せりだ。
居間のテーブルの上に宿舎の利用案内と明日の予定について記載されている文書が置かれてあった。
宿舎の利用案内は良いのだが……明日の予定は晩餐会で決まったんじゃなかったか?事前に決っていた……訳がないか……。
あの感じだとあの時に突然決ったんだろう。
それなのに、どうしてこの文書が部屋に置いてあるんだ?
晩餐会で予定が決まってからメーテスに着くまで大体2時(=4時間)。晩餐会の会場からこのメーテスまで情報を伝えるのにも時間が必要だと考えると、概ね1時ほどの時間で何人分もの書類を用意して各部屋に配布したのか……。
有り得無いな。無理だろ、そんな短時間で大量の書類を書き上げるなんて。
まあ、ここはマリムでメーテスだ。今日聞いた様々な話は全て有り得無い事だらけだったし、オレの常識が通用しない場所なんだろう。
これ以上考えるのを止めた。
今日は慣れないことだらけで疲れた。
浴室でシャワーを浴びて、明日着る服を荷物から発掘した。
早々に寝ることにした。
寝室の時計を見ると警告音というボタンがあった。
これは何だ?
宿舎の利用案内に使い方が記載されていた。どうやら設定した時刻に警告音が鳴るらしい。
今の時刻に設定して試してみたら、大きな音が寝室に鳴り響いた。
なるほど、起きる時刻に合せておいて、この音がした時に起きれば良いのか。
なかなか便利な道具だな。
明日、グループの人達との待合時刻に間に合うように時計の設定をして寝た。




