103.グループ
領主館には沢山の人が居た。
事情が分らないオレ達文官は、大勢の人が居る大広間の端の方で固まっていた。
オレ達が大広間に着いてから少し経ったところで、一人の偉丈夫が前の方の一段高い場所に立った。
声を伝える魔法の所為か大きな開場の後ろの方に居るオレ達のところまで声が届いてきた。
話の内容から、あの方がアトラス侯爵様らしい。
我々を含めて王都からの客を歓迎すると仰っていた。
アトラス侯爵様の話が終って、宰相閣下が歓迎に対しての謝辞を述べた。それから船旅が快適だったとか、マリムの街がとても美しいとか、王国としてマリムの発展に期待をしているとかの話が続いた。
宰相閣下の言葉が終わって晩餐会が始まった。
この晩餐会では、部屋の壁際に調理する場所が並んでいて、そこで料理が提供されていた。何とも言えない良い匂いが漂っていた。
肉をソースのようなものに浸けて焼いたものが美味そうな匂いだったので最初にそれを食べた。パンに挟んでもらった。美味かった。
次にトロっとしているスープみたいなものを食べた。シチューと言っていたけど聞いた事のない料理名だ。茶色のスープみたいなものの中には牛肉や野菜が入っていた。これも何とも言えない美味さだった。
他にも様々なものが出されているんだが、全てを食べ尽すことはムリそうだ。
この二つを食べただけで、腹は落ち着いてしまった。
アンゲルとは国務館で意気投合してから一緒に居た。アンゲルもここの料理は美味いなと言いながら食事を堪能していた。
少し経ったところで、若い文官の集団がオレ達の方に向ってくるのが見えた。
集団の真ん中に幼ない子供が二人いた。
先頭には、先程国務館で説明をしてくれたバンビーナ事務長が居た。
「王宮から来られた皆さん。少しお待たせしてしまいましたが、メーテスの教授と准教授の紹介をします。
全員ここには居ないようですので、申し訳ありませんが、呼び集めていただけませんか?
以前の省庁の同僚の方が全員いるか確認して、不在の方が居たら呼んできてください。
炭鉱で働いていた方は私の方で呼んできます。」
そう言われて、皆が周りを見渡し始めた。何人かがこの場所を離れた。
アンゲルもしばらく周りを見ていた。
「何人か居ないな。オレもちょっと探してくるよ。ミケルは大丈夫か?」
「ああ。オレは法務省に居たんだが、法務省から異動してきたのはオレだけだったみたいだ。」
「えっ。お前法務省だったのか?
確かに法務省の同期でこっちに異動してきたヤツは居なかったな。
とりあえず、オレは同僚を探してくるよ。」
それほど待たずに、全員揃ったみたいだ。会場が広いと言っても見付けるのにそれほど手間が掛るとも思えないしな。
アンゲルもオレの側に戻ってきた。
「それでは、改めまして、皆さんにメーテスの教授と准教授を紹介します。」
バンビーナ事務長の言葉が終ると幼い男の子が前に出てきた。
「皆さん初めまして。メーテスで教授をしていますアイテール・アトラスです。今回は王宮や鉱山から集っていただきありがとうございます。
私は物理研究所と国務館研究所を担当しています。
これから皆さんには様々な助力をお願いすることになると思いますので宜しくお願いいたします。」
「皆さん初めまして。私はニーケー・グラナラです。化学研究所と国務館研究所の教授をしています。
鉱山から来ていただいた方々は、化学研究所の鉱物研究室に配属していただきます。後程鉱物研究室の准教授がご挨拶します。その者から職務の内容を聞いてくださいね。
あとは……私の事はニケとお呼びください。まだ幼ない身ですので、様付けは不要です。アイルは?」
「あっ。私の事もアイルと呼んでください。私も様付けは不要です。精々「さん」付け程度にしてもらえれば有り難いです。」
何だか、子供の挨拶じゃないな。
どう見ても見掛けは可愛らしい子供なんだが……しかし本当に可愛い子供だ。ニケさんは可愛いというよりは美人の類だろう。
しかし……随分前から聞いていた名前の人物がこんなに幼ない子供だったとはな……。
それから、順番に准教授が自己紹介をしていった。その後で、王宮の文官が順に名前を告げていった。
アイルさんは終始ニコニコしていたが、ニケさんは微笑んでいるけど目が虚ろだ。
まあ、オレでもこれだけの人数の名前を告げられても憶えられないしな。
その後は、鉱山から来た人が名前を告げていた。
一通り挨拶が終ったところで、アイルさんとニケさんが何やら会話を始めた。
何を話しているのか全く分らない。
二人は何を話しているのだろう?
文官の一人が近くに居た准教授に話し掛けている声が聞こえてきた。
「お二人は何を話されているんですか?」
「ああ、アレですか?私達は神の国の言葉と言ってます。私達にも何を話されているのか全く分りません。ただ、鉄とかコークスとかは、その神の国の言葉らしいです。」
そうだったんだ。最初に鉄という金属があると聞いたときにテツという名称をそれまで聞いたことが無かったのはその所為だったのか。
しかし……二人は別の国の言葉を話せるのか?
吃驚だ。
遥か昔、神々の戦いが起こる前には、様々な国の言葉があったらしいが、今では誰もそんな言葉を知らない。
そんな時代の言葉が残っているのは、せいぜいテーベ王国ぐらいだろうか。
テーベ王国でも儀式の時に使われるだけらしいが……。
何にしても、あの年齢で様々なモノを作っただけでも大概なんだよな……。
二人は少し会話してそれが終ったみたいだ。
アイルさんが前に出てきた。
「えーと。鉱山から来られた方々は、ニケのところの鉱物研究室に配属されるんですけど、他の王宮から来られた文官の方々の配属は決まっていません。
出来れば希望を聞いて配属先を決めたいのですが、皆さん各研究室でどのような業務をしているかご存じでは無いと思います。
そこで、今ニケと相談して、皆さんには半月の仮配属で順番に研究室の業務内容を知ってもらってから配属希望を聞こうと思います。
物理研究所と化学研究所には、11の研究所がありますが、配属される方が決まっている鉱物研究室を除くと10になります。
文官の方の人数がd50人ですから、6人ずつの10のグループに分れてもらって、順番に各研究室に仮配属してもらいます。
それで、グループ分けですが、これから籤を作りますので、籤を引いて同じ数字になった人でグループになってもらいます。」
アイルさんはそう言うと、側に置いてあった陶器の皿を持った。
次の瞬間には、それが形を変えて壺になった。壺からは細い棒が何本も出ている。
一瞬の事で何が起こったのか分らなかった。
これが特級魔法使いの魔法なのか?
オレの周りも一瞬息を飲んだのか静寂になった。
そのあとザワ付きが起った。
「それじゃ、これを順番に1本ずつ取ってください。
同じ数字が描いてある人同士が同じグループです。
籤の先には1からNまで数字が描かれてあります。
あっ。失敗したな。0から9に……まあ良いか。
えーと、数字は籤を縦にして読んでください。
2とNを間違えないで下さいね。
バンビーナさん。あとはお願いできますか?
あっそうそう。明日は各准教授から業務内容の説明をしてもらいます。
その翌日は休みですから、実際の業務は来週からしてもらいますね。」
バンビーナ事務長がアイルさんから籤の壺を受け取った。アイルさんとニケさんは宰相閣下達が居る方へ戻っていった。
端に居た文官から順に籤を引いていった。
オレの番になって引いた棒の先には3という数字が描いてあった。
「おっ、ミケルも3だったのか?オレも3だよ。」
「何だ、アンゲルと同じグループか。」
「ねぇ、ねぇ。二人は知り合いなの?私も3だったよ。」
背後から女性の声がしたので振り返ると女性が居た。
「いや、先刻国務館で知り合っただけかな?」
「そうだな。王宮で会ったことは無いな。」
「えっ?そうなの。随分仲良くしてたみたいじゃない。
えーと、あなたは、ボルドニさんでしょ?一番最初に名前を呼ばれていた人だよね?
それで貴方はモンタニさんだよね。
あっ。私はマラッカ・シルヴァ。マラッカって呼んで。」
「最初に呼ばれてたのはその通りだ。何故オレが最初に呼ばれたのか、理由は分らないんだけどな。オレは、アンゲル・ボルドニだ。アンゲルと呼んでくれ。」
「オレはミケル・モンタニ。ミケルと呼んでくれ。アンゲルとは国務館で席が隣だっただけだよ。」
「へぇ?そうなの?それにしては随分親し気に話し込んでいたわね。」
「なあ、ミケル。オレ達そこまで注目される事をしていたか?」
「いや、記憶に無いな。マラッカお嬢さん。オレ達に何か気になる事があったのか?」
「えっ、えっ、えっ、そっ、そんな事は無い……わ。あっ、そうそう。最初に名前を呼ばれる人って目立つじゃない。それでちょっと見てただけよ。」
何故か顔を赤くしてマラッカが応えた。
何か聞いてはいけないことだったんだろうか?
「ここに居る人って3の籤を引いた人達かな?」
声のした方を見ると小柄な男性が立っていた。
「ああ。そうだぞ。オレ達は籤で3のメンバーだ。」
「そうなんですね。私は……。」
「自己紹介はメンバーが全員集った後で良いんじゃないかな。毎回自己紹介するより効率的だろ?」
「確かにそうですね。」
アンゲルの言葉にその男性は従った。
それから直ぐに、長身の女性がやってきて彼女も3の籤を引いたと言っていた。
そしてその後ろに女性が一人。
これで6人か?
長身の女性は美人なんだが少し表情がキツめの人で、後ろに居た女性は大人しく気弱そうな雰囲気の人だった。
「これで6人集まったな。じゃあ、あそこの空いているテーブルで自己紹介と今後の事の話をしないか?」
アンゲルの提案に皆合意した。
「じゃあ、適当に食い物と飲み物を持って、あのテーブルに集合しよう。」
何を取ってこようかと思って周りを見ると、同じグループになった人達が集まってテーブルに着いて話をしているのが見えた。
どこも同じみたいだな。
准教授の人がそんなテーブルを回って声を掛けていた。
鉱山から来た人達は、鉱物研究室のジオニギ准教授を囲んで歓談していた。
話している内容は魔物のことみたいだ。
最近ジオニギ准教授が出向いたところは魔物が大発生して大変だった様だ。その時の武勇伝に集った人達が沸いていた。
鉱物研究室ってところは、魔物が出るような場所に行かなきゃ仕事にならないのか。結構危険な部署なのだな。
料理の選択に悩んだ挙句、串焼きをパンに挟んだものにした。今回は肉じゃなく海産物を焼いたものだ。あと飲み物は冷えたエールだ。これは来る時の船の中で飲んで気に入ったものの一つだ。
皆が思い思いの料理と酒を持ってテーブルに集って席に着いた。
オレの右隣りはアンゲル。左隣はマラッカだ。先刻簡単に自己紹介した三人が並んで座っていることになる。
「それじゃ、自己紹介をしようか。
名前と入庁年と以前の所属、なにか一言って感じでどうかな?
入庁順ってことでどうだろう?」
アンゲルの提案に皆頷いた。
「えーとオレの入庁年はd20年(神歴d1A20(=3192)年の事。入庁年は下二桁で通例表わす)なんだけど、オレより先に入庁したヤツは居るか?」
皆首を横に振った。
「じゃあ、オレが入庁年が一番早いみたいだかから。オレから自己紹介するな。
オレの名前はアンゲル・ボルドニ。アンゲルって呼んでくれ。多分俺が一番年上かもしれないけれどあまり年齢差も無いし、ここメーテスでは全員新人だからな。「さん」付けは無しで。
入庁は先刻言ったとおりd20年、以前の所属は税務省徴税管理部門だ。
あとは……。最近王国の徴税金額はどんどん増えているんだ。その理由はアトラス領にある。王国で昨年最高の納税額だった領地はアトラス領だ。以前は王都近郊の男爵領よりも少なかったのが、ここ数年で激増した。それに王国東部の徴税金額がのきなみ増えている。これまで金の動きだけ見てたけれど、ここに来ればその原因になっているものが見れると思って楽しみに思っていた。
えーと以上かな。
あっ、質問とかは全員自己紹介してからにしよう。
次は誰になるんだ?」
向かいに座っていた長身の少し冷たい感じの女性が手を挙げた。
「アンゲルの翌年のd21年入庁のモンナ・セスカです。これまで知人にはモンと呼ばれていたのでそう呼んでください。
前職は内務省教育管理部門でした。
メーテスに異動と聞いて、てっきり学生の管理部門に配属されるんだと思っていたんですけれど、どうやらそうじゃないみたいで困惑しています。ただ、与えられた仕事を全力で行なうのを信条としてますので、心機一転頑張ろうと思ってます。あと、メーテスを設立する時に、王宮側の連絡係をしてましたからメーテスの組織とかに関しては多分皆さんより詳しいです。何か疑問な点があったら聞いてもらえれば応えられるかもしれません。」
話をしている時は冷たい感じの表情では無かった。この人は色々戸惑っているのかもしれない。
「次は誰になる?」
アンゲルの問いに手を挙げたのはオレだけだった。
「オレはミケル・モンタニ。ミケルと呼んで欲しい。d22年に入庁。前職は法務省王国法執行部門だ。
今回の異動で法務省からはオレ一人だけだった。そういうこともあって、何故メーテスに異動になったのか良く分らない。アトラス領の事もマリムの事もメーテスの事も異動前に配布された文書で読んだ内容以上の事は知らない。色々分らない事があると思うのだけれど宜しくお願いする。」
「次は?」
マラッカと向いに座っている男性が手を挙げた。マラッカに促されて向かいの男性が先に自己紹介を始めた。
「オレの名前はハムザ・アレッサンドです。d23年に入庁しています。向かいに座っているマラッカと同期です。前職は財務省予算管理部門でした。あっ、オレの事を友人はハムと呼ぶのでそう呼んで欲しいです。
えーと。あとは……先刻、アンゲルさん……あっ、アンゲルが話していた様に、ここ数年で王国の予算は増えてます。大型船のための港湾設備などの支出は増えてますが、それを遥かに上回っている状況です。これはアトラス領からの税の増加が主要因ですね。様々な商品がアトラス領で生み出されたことが要因だと聞いています。そういった商品を作るための知識が得られる機会なので楽しみにしています。」
「私はマラッカ・シルヴァです。マラッカと呼んでください。今ハムが言っていた様にハムの同期でd23年入庁です。前職は商務省商店管理部門でした。
ハムが言っていた様に、最近の王国の発展は、鉄、ガラス、紙、アトラス布、高純度の貴金属といった新しい商品が取引されていることが大きいです。そして、それらの商品が鉄道、定期大型船などでマリムから大量に王国の各地に送られるようになっています。私もそういった商品を生み出した知識を学べることを楽しみにしてます。」
「えーと最後は貴方ですね。」
アンゲルが向かいに座っている女性を促した。
「はい。私はイルデ・ミセーリと言います。入庁はd24年です。前職は農務省農作物管理部でした。
えーと。私はアトラス領で作られている砂糖やゴムに興味があります。砂糖は誰もが知っている豚飼草を成熟するまで育てる事で得られる様になったのだそうです。ちょっと前まで全く知られていない事でした。ゴムもこれまであった樹脂とは違っていますが、昔から良く知られている木から取れるのだそうです。私はそういった知られていないけれど役に立つものを発見できたらと思ってここにやって来ました。」
一通り自己紹介が終った。
「こうやって聞いていると、皆アトラス領やメーテスについて詳しいみたいだな。オレは鉄道や船を見たことがあるぐらいで殆ど知らないんだよ。」
皆の言葉を聞いてついボヤいてしまった。
「法務省だったらそんなものかも知れませんね。予算や産業に関わっていないとあまりアトラス領の凄さを実感できないかもしれませんからね。」
マラッカさんが慰めるように話し掛けてくれた。
「だけど、法務省から異動したのは本当に一人だけなのか?法務省と言えば優秀な人材が集まっているって話だけどな。
まさか厄介払いされたとかか?」
なんかアンゲルが酷い事を言っている。そんな事は無いと思うんだが。
「ミケルさんは優秀なんです。」
突然マラッカが声を上げた。
えっ。唐突に何を言い出すんだ?




