W8.騎士団用飛行船
お祖父様とお父さんは不満そうだ。
今まで大人しく順番を待っていたら、突然梯子を外されそうになったんだからね。
立ち去ろうとしていたアイルと宰相お義祖父様、ギアン管理官?長官?が席に戻った。
先刻宰相お義祖父様が長官って言ってたけど……。まだ管理官だよね?態と長官って呼んでただけだよね?
「そうであったな。騎士の装備について詰めなければならなかったのだった。輸送の方の話が付いたので、終ったものと思ってしまった。申し訳ない。
おい。リシオ。そう睨むな。
つい、うっかりだ。
それで、ギアン長官はどうする?これから騎士の装備について話をするのだ。追々絡むかもしれないが、それも先の事だ。
それより、なるべく速く飛行船というものを見ておいた方が良くは無いか?」
「騎士団でも、その飛行船というものを使用するのですか?
それは兵や武器の輸送に使うのでしょうか?」
「まあ、そういう事もあるだろう。」
なんか、お祖父様が塩対応だな。
「……そうですか……分りました。
私も騎士団に居ましたから、事情は理解できます。ここで詳細を聞くことは避けることにします。
それに、とても飛行船に興味がありますので、飛行船を見せていただければと思います。」
「ならば、騎士に案内させよう。アイル。工兵は飛行船の説明は出来るのだよな?」
「ええ。操縦方法を教えるときに、様々な説明をしていますから、一通り飛行船について説明できる筈です。」
「そうか。では、長官。見学をしてきてくれるか?」
ギアン長官?は、お祖父様達の警護の騎士さんの一人と部屋を離れた。
お祖父様がこっそり教えてくれた。
「騎士団の装備に関しては、なるべく秘匿したい事なのだ。
ギアンは元々アトラス領の騎士団に居たのから、そこら辺の事情は良く知っている。
知るべきで無い事まで知ろうとはしないのだ。」
なるほどね。
それで、ギアン長官は早々に立ち去った訳か。
早速、騎士団で欲しい飛行船の相談になった。
「それでだな。アイル。騎士団としては、あの小型飛行船の他に、プライベート飛行船と言っていた飛行船を一回りか二回りほど大きな飛行船が欲しいのだ。」
「大型の輸送船は使わないのですか?」
「あんなに大きな輸送船は、戦争にでもならなければ使うことは無いだろう。
それに、戦争になったら時には徴用という手もある。
騎士団で所有する必要は無いな。
それよりは、反乱や魔物の出現、災害が発生した場所へ騎士の小隊を送ることが出来る飛行船が欲しい。」
「その飛行船で輸送する人数はどのぐらいになるんです?」
「多い場合には、d100(=144)名ほどになると思う。
装備を含めて一人大体d100キロ(=144kg)ぐらいの重量だな。」
「それなら、d10サンドキロ(=21ton)ですから、プライベート飛行船と同じ大きさでも良いのではないですか?
あれでも、d19サンドキロ(=36ton)ぐらいまで運べますよ。」
「確かに人員だけならそうなのだ。
しかし、予備の装備を積む事になるし、人員と同じぐらいの重量の兵糧も運ぶことになる。
出来れば、その人員の1週間分の水と食料を一緒に運びたいのだ。
そうなると、少し余裕を見て、d30サンドキロ(=62ton)の輸送量が欲しい。」
「そうですか。そうすると、プライベート飛行船の倍近い積載量の飛行船になる訳ですね。」
「そうなのだ、頼めないかな。
その重量を運べるとなるなら、兵馬も一緒に移動できるんじゃないかと思っているのだ。
現地での小規模の騎士の運用も出来る。
駄馬を乗せて、荷車を乗せられたら、現場で荷運びもできないかと。
どの様に使えるのか、楽しみでならないな。」
「わかりました。その大きさの飛行船を考えてみます。」
「ところで、プライベート飛行船で見た、昇降道具は是非欲しい。
出兵先に飛行船が係留できる十分な広さの場所を確保できるとは限らないからな。」
「d30サンドキロ(=62ton)の重量の昇降装置ですか……。
昇降道具自体の重量が大分大きくなりますね。
もともと、昇降道具の重量などを考えてあのプライベート飛行船の積載重量を決めたんです。
倍の重さを昇降できる道具を積み込むとなると……。」
『なあ、ニケ。炭素繊維とかケブラーとか作れたりしないか?
昇降機の重量要因の一つは、ケーブルの重量なんだよ。』
突然アイルが日本語で私に聞いてきた。
うーん。作るの自体は魔法を使えば、問題無いけど……。
炭素繊維やケブラー線維だけ出来ればそれで良いって訳じゃないよね。
ワイヤーに加工しなきゃならないし、修復もしなきゃならない。今のこの世界の人の技術でそんな事できるとは思えない。
『作れなくは無いけど、補修とかの度に私達が関わることになるよ。
鋼で作ってあれば、今なら工兵の人達で対応できるんじゃない?』
『そうだよな。素材を特殊なものにすると、今のこの世界の人が扱えなくなっちゃうな。
チタンの船体は仕方無いとしても、他の部分までオレ達が手を出さなきゃならないのはかなり面倒な事になるか……。』
「ニケと話してみて、直ぐに対応するのは難しそうです。
ただ、プライベート飛行船と同じぐらいの重量物を昇降する道具は組込めます。
積み降ろしに手間が掛りますけど、それでも、2回か3回昇降作業を行なえば全ての積荷を積み降ろしできます。
どうしますか?」
「そうか。一度に地上に降ろせた方が楽は楽だが……。
どうせ地上に降ろした荷や人員は、適切な場所へ移動させなくてはならないからな。
二度や三度に分けて地上に降ろしても作業時間は然程増えないだろう。
それでは、その昇降する道具を付けてくれ。」
「分りました。他に要望とかは有りますか?」
「ちょっと、良いか?」
お義祖父様が話に入ってきた。
「すると、あの大型の飛行船の荷を全て積み降ろしする昇降の道具というのは無理なのか?」
「そうですね。あの重量の荷を一度に降ろしたり持ち上げたりするのは無理です。
小分けして積み降ろしするための昇降の道具を組込むことは出来ますけど。」
「そうなのだな。確かに物凄い重量だからな……。
侯爵領の様に大量の荷を扱う場所には飛行船の着陸場所を作ってもらえば良いか。
山岳地帯などでは、その小分けした積み降ろしの道具を使うという事になるのか。
やはり、運用する方法を考えなければならないのだな。
ところで、既に在るあの大型輸送船にはその道具は付いていなかったな。
組込みを頼んでも良いか?」
「わかりました。それでは、大型の飛行船にその道具を組み込んでおきます。」
「他に、何か要望とかはありますか?」
それから、色々と細かな要求があった。
飛行船の中で寝泊りする事も想定したいとか、少人数の騎士を降ろすことができるリフトが欲しいとか、結構色々あるものだね。
本格的に使う事を考えているみたいだ。
「それで、だな。必要な隻数なのだが……。」
お祖父様がお祖母様の方をチラリと見た。
お祖母様の表情は変わらないけれど、ちょっと目に力が入っている様な気がする。
「ロゼル。そう睨むな。無理な要求をする心算は無いのだ。
そもそも、実際に騎士達で訓練をしてからでなければ、上手く使えない物だ。
まずは、高速移動出来る小型飛行船1隻と、今頼んでいた兵員輸送様の飛行船1隻をお願いしたい。」
「アイル。アトラス領にも同じだけ頼めないか?」
お父さんの要求もお祖父さんと同じか。
「それでは、小型の飛行船を2隻と、二回りほど大きなプライベート飛行船を2隻ですね。あとは、大型の飛行船の改造ですか。
その程度なら直ぐに出来ると思います。」
「それでだな、王国で引き取ることになる飛行船の気嚢の側面に、王国の紋章を大きく入れてもらえないだろうか。」
「なるほど、それは必要ですな。」
宰相お義祖父様の言葉にお祖父様が同意した。
「王国の紋章ですか?」
「あの様なものが空から飛来したら、飛行船の事を知らない者は驚くであろう?」
「まあ、そうなるかもしれません。」
「飛行船の側面に大きく王国の紋章があれば、一見して王国のものだと分る。
特に、西方の領地であれば、他の王国のものでは無いと分るのは重要な事だ。」
「それは、分りますけど……。」
『ニケ。チタンに塗装ってできるか?』
『出来るとは思うけど……。基本的に雨曝しなのよね。酸化物の顔料なら表面に反応させて……。
あっ、だったら、表面に酸化皮膜を作って、着色させたらどうかしら?』
『あっ、酸化皮膜ね。大分前にアルミニウムで試してみたやつか。あれって、厚さで色が変わるんだっけ?』
「お祖父様。紋章の件はどうにか出来ると思いますけど。紋章に色の指定とかありますか?」
そうだね。色指定とかあるのか?
紙幣でも、メーテスでも王国の紋章はモノクロだったからな。
確か、特級魔術師のメダルにも紋章があったけど、色が着いてなかったからね。
「色か?まあ、再現できるのなら、正式な色にしてもらった方が良いな。」
そう言うと、お祖父様は懐から革でのカードケースの様なものを取り出して、その中から獣紙を出した。
「これは身分証の様なものだ。
ここに、王国宰相と記載されているだろう?
これが、王国の紋章で、正式な色は、この通りだ。」
青い色の剣が中央にあって、その前に赤い色の盾が描かれている。そしてその両側に緑色の蛇。
あれ?この蛇って黄色い羽が生えていたのか?赤い鶏冠もあるよ。鶏じゃないよね……尻尾が蛇だから蛇だよね?
今まで、蛇とその周辺に模様があるんだとばっかり思ってた。
これが羽や鶏冠だとはね。大体、蛇に鶏冠と羽ってそれは何なんだ。
「へぇ、これが王国の紋章の正式な色なんですか。」
「ニケは王宮に行ったときに、見てるのではないのか?」
「えぇ……。ソウデスネ……。」
うーん。色々なカラフルな旗があったからな……玉座のところにこの紋章はあったな。
細かな事は憶えてないよ。
吃驚しっぱなしだったし。
「この両脇に居る不思議な生き物は何なんです?」
「あぁ、これはココトリウスという想像上の生き物だな。神獣とも言われている。大地の神ガイアの眷属なのだよ。」
ふーん。
蛇を紋章に使うなんて不思議だと思っていたけど、不思議生物だったんだ。
まっ。紋章についてはアイルが処理するでしょ。
『じゃあ、ニケ。紋章のレリーフを気嚢に作るから、色の方は宜くな。』
『えっ?私?』
「だって、酸化皮膜部分は、ニケの魔法じゃなきゃ上手く行かないんじゃないか?』
なんと……私が色を着ける事になるの……?
ショックに頭が真っ白になっている時に、義父様がアイルに声を掛けてきた。
「アイル。ちょっと良いか?」
我に返って義父様を見ると、何だか少し困った様な表情だ。
「あのプライベート飛行船というのは、アイルとニケが使うんだよな?」
「ええ。領主館からメーテスまで、馬車だと半時ほど掛ってしまいますから、飛行船で移動しようかと思ってます。」
「そうか……それなら、アトラス家専用の飛行船も欲しいのだが……頼めないか?」
「アイルお願い。ウチにも飛行船を作ってくれない?」
義母様までお願いしている。
「それは……良いですけど……。他の家はどうします?」
お母さん、お義祖母様、お祖母様の皆が目を輝かせている。
えっ?お祖母様。男性に無理は言わせないと言っていたのでは……?




