W6.プライベート飛行船
それから、お義祖父様との話し合いが続いて、交換した貨幣の処理方法が決まった。
当面飛行船の運航試験や工兵さん達の飛行船の操縦訓練を実施して、安全に運航できるのを確認したら、回収した通貨は飛行船でノアール川の中流にある砦に運ぶ。
そうやって、回収した通貨が一定量溜ったら、私が魔法で金と銀、銅のインゴットを作る。
同じサイズを沢山作るんだろうな。アイルに手伝ってもらった方が良いな。
私が作ると不揃いになるからなぁ。
とりあえず、それは大分先の事だ。
お義祖父様としては基本的に貨幣や紙幣の運搬は飛行船が使えるのであれば使いたいのだそうだ。
一旦空中に浮いてしまえば、お金を奪おうとしても簡単には行かない。この世界の人だったら、無理だろう。
警備がかなり楽になるというのが大きな理由だ。
鉄道にしても、大型船にしても、積み込むまで警備、移動している最中も警備しなきゃならない。
それは理解出来るんだけど……何だか、何でも彼でも飛行船になりそうな雰囲気だ。
一体何隻の飛行船が必要になるんだ……?
飛行船の製造数は、一応チタンの量を見ながらという事になった。
だけど、チタンを含んでいる鉱石って結構あるんだよね。
鉱石さえ手に入れば、魔法で飛行船を作るためのチタンを得るのはスグだ。
それに、飛行船の気嚢は紙装甲だからね。大きさの割にチタンの量はそれほど必要な訳でもない。
そもそも厚い装甲にしたら空中に浮かばなくなる。
肝心な部分の強度は鋼線で保っているとアイルが言っていた。
済し崩しに何隻も飛行船を造ることになりそうな予感だけはするな……。
まあ、それも、お祖母様の指導で、後日、頭を冷してから話し合うことになっているので、それほど無理な事は言われないだろう。
しかし……先月からの1ヶ月ちょっとで、1年分以上働いているような気もする……。
それにしても、明日、財務省の長官の人が来て、私は何の話をする事になるんだ?
もう、私は要らないんじゃない?
お義祖父様が説明すれば良いだけだよね。あとは砦については義父様と相談すれば良いんだからね。
「お義祖父様。明日の財務省の長官という方が来られた時に、私が会う必要は無いと思うんですけど?どうなんでしょうか?」
「そういう訳には行くまい。ニケに会いに来るのだろう?」
「そうなんですけど、その財務省の長官の人が相談される話はあらかた決まってしまいましたよね?
でも私が魔法で貴金属の精錬することにしたんですから、私に相談する事はもう無いですよね。
御会いするのは良いですけど。」
「まあ、訪ねてきたら顔だけ出しておけば良い。説明は私達がする。」
お義祖父様達が出てくれるんなら良いか。私は大人しく座ってれば良いんだろう。
夕食に近くなってから、アイルが顔を出した。
何をしていたのかと思ったら、領主館まで移動するときに話をしていた私達のプライベート飛行船の設計をしていたんだそうだ。
3枚の外観図を見せられた。3枚どれも宇宙船にしか見えないね……。
どれが良いって聞かれてもねぇ。
私に空気抵抗がどうとか、言われても。
一応基本性能を教えてもらったけど、積載量がそこそこあって、速くて後続距離が大きければ、それで良いんじゃない?
あまり大きくない方が良いのかな?
アイルが今回考えた新しい仕組みの説明をしてくれた。
「それじゃ、気嚢の部分を上空に浮ばせておいて、キャビンだけ下に降りる事ができる訳?」
「そうだよ。そうすれば、地上にあまり空間が無くっても乗り降りが出来るだろ?当然、分離でききる距離には制限かかかるけどね。大体d1,000デシ(=100m)ぐらいを考えているんだ。
当然天候の影響は受けるよ。あまり風が強い時にはキャビンを切り離すと危いからね。」
「ふーん。制御装置も下に降りるの?制御はリモートなのね。
あれ?発電装置もキャビンに載ってるんだよね?ん?電力線は?」
アイルの目が少し泳いだ。
「ふーん。超伝導線を使うんだね。
まあ、良いけど……。
どうせ、電力線だけじゃなくって、駆動用のモーターや発電装置でも使ってるんでしょ。」
結局、アイルが最後に考えたという飛行船になった。
アイルに言わせると、空気抵抗の面で一番良いらしい。
はっきり言って、どれでも良いよ。
なんか、昔アニメで見た宇宙船みたいなヤツだな。
人員も含めた積載重量がd18.Nサンドキロ(=36トン)、想定される最高速度がd1.Wミロデシ/時(=286km/h)。まだ燃費がどのぐらいになるのかデータが無いらしいけれど、試験飛行した時の燃料の消費量を考えるとdN0ミロデシ(=35千km)ぐらいらしい。
ちなみに、この惑星ガイアを一周しようと思えばひょっとすると可能かもしれないと言っていた。どれだけ省エネ飛行できるかと天候次第だそうだ。
少なくともガラリア王国内なら、燃料を供給しないで往復できる。
まあ、それなら良いんじゃないかな。
そう言えば、海の上は東から西に強い風が吹いていると聞いたことがある。ただ浮いているだけでも惑星ガイアを一周できるのかもしれないな。
あっ、でも海の上をただ一周しても退屈なだけか。
早速、明日、アイルはこれを造ると言っている。
私は明日の朝、お客さんが来るから一緒に行くという訳に行かない。
ヘリウムもチタンも十分有るから大丈夫だろう。
夕食時。騎士団のお祖父様とお父さんは、昇降装置に食いついていた。
前世でも新しい技術に軍関係の人が食い付いてくるのは良く見たけど……。
命が掛っているから、真剣になるんだろうね。
アイルにお義祖父様達と話をしていたことを伝えた。
「それで、貨幣がある程度集まったら、ノアール川の砦まで貴金属インゴットを作りに行くんだけど、アイルにも一緒に行って欲しいのよ。」
「ん?何で?」
「大量のインゴットを全て同じサイズに作るのは、私にはムリだから。」
「相変らず変形の魔法は苦手なんだね。行くのは良いよ。飛行船があれば直ぐに行けるだろ?それで、どのぐらいの量あるんだ?それ?」
「お義祖父様は、d5ミロキロ(≒14千トン)ぐらいって言っていたわ。」
「また、凄い量だな。でも銅だから、それほど容積は……いや、かなりの量だな。まあ、それでも、それほど時間は掛らないかな?で?いつ頃になるんだ?」
「さあ?お義祖父様の計画では1年後ぐらいかしら?」
「ふーん。随分先の話だね。その時に対応すれば良いんだね。」
「ええ。お願いね。」
アイルも一緒に行ってくれるんだったら、私は精製だけすれば良い。何となくモヤモヤしていたのは一つ片付いた。
あとは、明日の財務省の長官の人の訪問だけか……あれっ?名前は何だったっけ?
翌日。
アイルは朝食もそこそこに、メーテスへ移動して行った。
自分の飛行船を作るんだからね。そりゃ嬉しいだろう。
今日は、午後からコンビナートの打合せをすることになった。
アイルは飛行船が出来次第、飛行船で領主館まで戻ってくると言っていた。
お祖父様やお父さんは、新しい昇降装置を見たいんだそうだ……。楽しげで良いね。
私はちょっと憂鬱だよ。
朝食を食べて少し経ったところで、ゴリムノ・アストさんが訪ねてきた。
私はお義祖父様、義父様、お祖父さん、お父さんと一緒に面会した。
「ニーケー・グラナラ様。財務省長官のゴリムノ・アストです。
本日は、面会していただきありがとうございます。
ところで……何故、宰相閣下、アトラス侯爵閣下、サンドル伯爵閣下、グラナラ子爵閣下の皆様がお揃いなのでしょう?」
「ニケは孫の婚約者だからな。」
「ニケは息子の婚約者だからな。」
「ニケは娘だからな。」
「ニケは孫娘だからな。」
妙に4人でハモって別の事を言っている。
なんだか、この長官の人オドオドしているね。
この前会った時と様子が大分違っているような気がする。私の印象の記憶も怪しいな……。
まっ、これだけの人達を前にしたら、そうなるか。
「ニーケー・グラナラです。今日、お越しになられたのは、どの様なご用件でしょうか?」
「は、はぃ……。実は、貨幣と紙幣の交換をする事になっていまして……あっ、ご存知ですよね……それで……交換した貨幣のですね……」
なんか、しどろもどろだね。
何とも分り難い説明だったけれど、内容はお義祖父様から聞いた通りだった。
別件が無ければ、私の役目は先刻の挨拶で終了だ。
あとは、お義祖父様と義父様が説明してくれる。
やれやれだね。
私はただ黙って付き合っていれば良いだけだ。
やっぱり私は居なくて良かったんじゃないかな……。
お義祖父様と義父様の説明が終った。
「然様ですか……そこまで話を進めていただいていたのですね。どうにも申し訳ありません……。
それでは、私の用件は終りましたので……これで……失礼を……」
「ところで、晩餐会の時にニケと言い争っている様にも見えたのだが、何をしていたのだ?」
「へっ……。申し訳ございません……やはり……その事でお怒りなので……?」
「一体何のことだ?」
「ニーケー様からお聞き及びかと思いますが……」
「いや、知らん。だから、何のことだ?」
お義祖父様の追求で、止せば良いのに、あの時に言っていたことを包み隠さず話始めた。
お義祖父様が言っていたように、この人は真面目なだけが取り柄の人みたいだね。
というより馬鹿なの?馬鹿でしょ?
お祖父様は知らないと言っていたのに、馬鹿正直に全部の会話を再現してるよ。
私に向って「子供は大人の言うことを聞け」とまで言ったらしい。
うん。全然覚えていない。
その時は、そう思うのも当然だと思ったのかな?私、まだ幼ない子供だしね。
何か色々言っているけど、子供の喧嘩のセリフみたいな事を言っていると思っただけだからね。
「おっ、お主は、そんな事を言ったのか?」
おおっ。お義祖父様の顔が真っ赤だ。怒っておられる……。
「も、申し訳ありません。
平に……平にご容赦を……。
宰相閣下のお話を聞いていましたので、もう成人したお孫さんだとばかり思っていまして……。
この様に幼ないお嬢様とは知らず、その上、面会を断わられてしまって……つい……」
「よくも、そんな暴言を吐いていながら、ここに来れたな。
それに、お主は、爵位授与式の時に、私の孫達二人を見たのでは無いのか?」
「あの式典ですか……その式典には参加していませんでした。例の事件の後で、予算の作成の大詰めでしたので……。」
「ねぇ。お義祖父様。私は言われた事を全然覚えていないんです。
そもそも、面会をお断りした事すら覚えてもいなかったので、何か変な事を言っていた人が居たなって記憶しか無いんです。
そのぐらいでお許しになったらどうでしょう?
実務は、その方にお願いするんでしょ。」
「ニケがそう言うなら……それでも良いが。本当に憶えていないのか?」
「そうですね。あの時はお祖父様が連れてきて下さった手助けの人達の対応が大変でしたから。会ったことも含めて全然憶えてなかったです。」
「えっ。憶えていない……。」
私の言葉が執り成しの意味でなく、本当に全く記憶していなかった事がショックだったみたい。
申し訳ないね。私、興味が無いとすぐ忘れるみたいだからなぁ。
とりあえず、その長官さんは、お義祖父様に少しの間注意勧告を受けて、領主館を去っていった。
ヤレヤレだな。
あれ?名前はゴム……ゴリラ……ん?何だった?
アイルは昼食の前に飛行船で領主館に戻ってきた。
飛行船を見て、お祖父様達が飛行船に群がっていた。
昼食時は、新しい飛行船の話題で盛り上った。
昼食の後、程なくして、ロッサ子爵の御夫婦が訊ねてきた。
ヤシネさんとリリスさんもやってきた。
ゼオンコンビナートとロッサコンビナートの現状確認の会議が始まった。
今日は、こんな事ばっかりだね。
私とアイルは発言する事も無く、ただ会議の遣り取りを見ていた。
ようやく、会議が終った。
「順調みたいで何よりですね。」とアイル。
「ねぇ。お義祖父様。私とアイルは、この会議に参加しないといけないの?」
「何を言いだすのだ。二人が作ったものなのだから、最後まで責任を持つものだろう?」
「責任はしっかり果しますけど、順調に推移しているのでしたら、私達は何もする事が無いですよ。」
「それでも、順調だという事をきちんと確認してだな……」
壊滅的な事故でも起こらなければ、私とアイルの出番は無いんだけど、毎月私達と話をする機会を失ないたくないお祖父さんズは継続させたい。
仕様が無いね。
お祖父さん孝行だと思うしかないか。
「はいはい。分りました。今後も宜くお願いいたします。」
あっ、そうだ。お義祖父様とロッサ子爵様は上下水道を見たいと言っていたな。
「ねぇ、アイル。あの飛行船で、浄水場と下水処理場を案内してあげたらどうかと思うんだけど。どうかな?」
「えっ?浄水場と下水処理場?それは良いけど。何でそんな場所に行くんだ?」
「お義祖父様、ロッサ子爵様。これから時間が在る様でしたら、飛行船で浄水場と下水処理場に行って説明することが出来ますけど、如何ですか?」
「そうだな。領主館に飛行船が在るんだから頼めるかな?」
「お二人に上下水道の施設を案内していただけるのですか?
それは有り難い。
ところで……飛行船と言うのは?」
領主館から騎士さん達の練兵広場の方を見ると巨大な風船が浮かんでいる。
アイルがそちらを指差した。
「あそこにあるのが飛行船です。あれに乗れば、馬車より大分速く移動できますよ。」
「あれは……一昨日マリムの上空を移動していたものですか?
あれは乗り物だったんですか……。
マリムという所は、何とも、不思議な場所ですな。」
ロッサ子爵夫妻と、家族で飛行船に乗って、上下水道を視察する事になった。
フランちゃんとセド君も一緒だ。
どういう訳かヤシネさんとリリスさんも視察に同行したいと言い出した。
二人とも、上下水道の設備の事は良く知ってるんじゃなかったっけ?
あっ、飛行船に乗ってみたいのか……。




