W4.財務省
少しゴタゴタしたけれど、私達は領主館まで戻ってきた。
馬車でゴトゴトと戻ったんだけど、飛行船を使ったらあっという間に戻れそうだな、なんて思ってしまった。
プライベートジェットならぬプライベート飛行船なんて良いよね。大富豪になったみたいだ。
アイルに日本語でこっそり相談したら、アイルも乗り気になっていた。20人乗りぐらいの飛行船を作ることになった。
領主館とメーテスに停泊する場所を作らないとならないね。
あとは、ヘリウムタンクか。
毎回魔法で分離しても良いけど、疲れるんだよね。ダウンフローに晒されながら魔法を使わなきゃならない。
領主館に戻ったら、家令のバルトロさんが私宛ての手紙を持ってきた。
お昼頃、遣いの人が置いていったのだそうだ。
内容を読むと、明日の朝訪問するとだけ書いてある。
ゴリムノ・アストと署名があった。誰?これ?
アスト家ってことは、侯爵家の人なのかな?
記憶も、身に憶えもない。
うーん。何だろう?
お父さんやお母さんは、こういった事には役に立たないし……。
とりあえず、グルムおじさんに聞いてみた。
「見覚えのある名前なんですが……王宮の財務省長官がその様な名前だったかもしれません。
はっきりお答えできなくて申し訳無いです。各領地の担当をしている人でしたらよく存じ上げているのですが……。長官の名前となると、お会いした事もありませんので。
宰相閣下にお訊ねになられたら?ご存じかも知れません。」
財務省の長官かもしれない?そんな人が私に何の用があるのだ?
違うんじゃない?
あっ、そう言えば、デニスさんって、元は財務省とか言っていなかったっけ?違ったかな?今は宰相府だって言っていたけど。
ひょっとして、財務省から異動した事の文句を言いにきた?
私、関係無いよね。人事権なんか無いんだから……。
分らん。ダメだ。
宰相のお祖父様を居間で見付けた。
先刻までメーテスで飛行船に乗った面々で飛行船について話をして盛り上がっている。
フランちゃんとセド君がお母さん達に纏わりついて、頻りに飛行船の話を聞いている。
そう言えば、この二人には飛行船を見せてないね。
乗せたら喜びそうだな。今度乗せてあげようかね。
義父様、お父さん、私のお祖父様と宰相のお祖父様の男性4人は飛行船の将来についての話に花を咲かせていた。
好きだよね、男性は、こういった話。しきりに「将来は」なんて言っている。アイルがあんな事言ったからなぁ。チタンが豊富な鉱石を集めてもらわなきゃならないかも。
アイルは居ないわね。逃げたな。
話に割り込んでしまう事になるのだけど、宰相のお祖父様に声を掛けた。
「お義祖父様。ゴリムノ・アストって方が明日来られるらしいんですけど、ご存じですか?」
「ゴリムノ・アスト?ああ、財務省の長官をやっている男だな。」
当りだ。グルムおじさん流石だね。
「そうなんですね。そんな人が私に何の用なんでしょう?」
「彼奴の用事は察しが付くのだが。ニケはアスト長官と会っていたんじゃないか?」
「えっ?私その人に会っているんですか?以前王都に行ったときにでも会いましたか?」
「いや、一昨日の晩餐会で話をしていたぞ。何だかアストが声を荒げていた様子だったので、近寄って行ったら、去っていったな。
何か言い争いでもしていたのか?」
言い争い?
私はよほどの事が無いと言い争ったりしないわよね。
あぁ。何となく思い出してきた。
晩餐会の時に子どもの喧嘩みたいな事を言っていた人が居たな。
用件は聞かなかったけど、何か無理矢理時間を作れと言っていたような……。
丁寧にお断りしていたら、先方が勝手にヒートアップしてたね。
そんな事が在った事自体、全く記憶に残ってなかったよ。
なるほど、あの人が来るっていうのか……。何か憂鬱だな。
「お義祖父様は、その人が何を話に来るのかご存知なんですよね?」
「何だ、彼奴は用件を言ってなかったのか?まったく何をしているんだか。
アウドは、財務省長官から相談を受けていないか?」
「いえ。相談を受けてはいませんね。」
「何だ。アウドにも相談をしていないのか?」
「お義父さん。晩餐会の後、私達は外出ばかりしてましたから、その所為じゃないですか?」
「確かにそうかもしれないが……。ニケには会いに来ると連絡が有ったのだな?」
そう言われたので手紙と言っても一言だけしか書いてないものをお義祖父様に見せた。
「文面は、たったのこれだけか?
まったく。彼奴は生真面目なだけで、いろいろ抜けるんだ。
晩餐会の時はどうだったのだ?」
そう言われたので、あの時の応対の説明をした。直ぐに時間を作って欲しいと言われたけれど、飛行船の件があったので、二日ほど待って欲しいと丁寧に伝えたこと。
何だかそれに怒っていたことを伝えた。
流石に子供の喧嘩みたいなセリフは伝えなかった。
それに、あんまり覚えてないんだよね。何を言っていたのか。
「そんな事が有ったのか。ニケの対応はそれで良い。
彼奴は官吏としては、真面目なので良いのだが、応用が効かないと言うか、頭が堅いと言うか。
彼奴の性格からすると、アイルやニケがあまりに幼ないので、どう対応したら良いか分らなくなったのか?
まったく。あんな事が無かったら、部門の長を任せられる様な者では無いんだが。」
「あんな事と言いますと?」
「ニケが居る前では、あまり話をしたくは無いのだが、2年程前の横領事件だ。」
「それは聞いた事がありますね。アトラス領の博覧会で通貨管理部門の長官が不在の時を狙って監査を実施したことで、大規模な横領が発覚したというやつですね。」
「そうだ。あの時に横領を行なった主犯は、財務省の長官だった。前年のノルドル王国との戦争のために、大量に通貨を発行したのだが、その時に通貨を掠め取ったようだ。関わった者もそれなりに居て、財務省の上層部のかなりの人員が罪に問われるか、解雇された。残った者で最上位だったのが、今財務省の長官をしているゴリムノ・アストなのだよ。」
それから、王宮の財務省の推移を教えてもらった。
もともと、財務省は予算の作成と管理、王国の事業の執行、貨幣の発行、王宮の財産の管理など、王国の支出に関わる事全てに対応していた大きな組織だったのだそうだ。
ところが、5年程前に、財務省の長官による収賄事件が起った。
そのため、王国の事業を執行する部門を予算管理する部門と分離。内務省の事業管理部門になった。
2年ほど前、ちょうどアトラス領で博覧会を実施している時に貨幣管理部門の貨幣の発行部門の長官が王都に不在の時に査察が入って、多くの横領の証拠が発見さた。内部告発があったらしい。
それで、貨幣管理部門は、流通量の管理だけをする組織だけ分離して内務省に移して存続させ、貨幣の鋳造は暫定的に税務省が管轄することになった。
なんだかなぁ。
収賄とか横領とか、この世界でも存在するんだね。
技術的に青銅文明レベルだとしても、貨幣経済なんだから当然在るのか。
「それで合点が行きました。いや、先日財務省からこちらに来られたデニス・グイード殿と話をする機会があったのです。私が王都に居た頃と比べると財務省は扱っている業務も、人員も随分と縮小したのだなと思っていたんです。」
宰相のお祖父様が現在の王宮の組織として紙に書き出した組織図を見て、義父様が呟いた。
私もその組織図を見せてもらった。前世の日本と似ているところもあるけど、違っているのもあるね。前世で大分やりあった文科省なんて無いしね。
「いや、現状の組織は暫定で設置してあるものも多い上、実態と合わなくなってきている。まだまだ変わると思っている。」
「そうなのですか?財務省が変わったのは分りますが、他にも手を入れるということなのですか?」
「おいおい、何を言っている。何処の領地の所為で王宮の組織が実態と合わなくなっているのだと思っているのだ?」
「えっ、アトラス領の所為とか言うんですか?」
「まさに、そうではないか。新設している組織は全てアトラス領が関係している。というより、アイルとニケが関係していると言った方が正しいのだろうが。
シアオは、既に第四騎士団、いや飛行船団を作る気でいるぞ。
今回は、もともと工兵団を新設する心算で来たのだが、飛行船を見てしまった後では、それも霞んでしまうな。
シアオ。そうだろう?」
「そうですな。陛下に上奏してからになりますが、あの飛行船というものは、兵の運用を大きく変えることになるでしょう。
先の戦争の時には装甲車の運用はアトラス領頼みでしたが、次は王宮騎士団が飛行船と共にそれを担わなければなりませんな。」
「斯様に新しいものが現われている状況で、これまでの王宮組織では対応しきれん。新設の部門を宰相府に置いているのはそういった理由からだ。
今後の動向を見ながらになるが、従来の組織では対応しきれないという事だけは、はっきりしている。
何しろ、この二日で飛行船などというものが突然現われたのだからな。
顕著なのは、内務省の街道港湾管理部門だろう。
もともとこの部門は交通管理部門という名前で、王国領の街道整備や港湾設備の保守をしていたのだ。
新たに交通管理部門を設置して元の組織は実態に合わせて名前を変えた。
今後飛行船を運航する事になれば、ますます新規の組織の仕事が増えるだろうな。」
なんか、話を聞いていたら、私のお祖父様が物騒な事を言っていた様な気がする。
「ねえ。お祖父様。飛行船が手に入ったら、他国を攻めたりするの?」
「それは無いな。兵の無駄だ。ガラリア王国は東部大戦で隣国に攻め込まれて多くの兵を失なった。魔物も多い土地柄だ。
兵は王国民の生活を守るために或るのだ。そんな事に兵を使ったりするのは無駄でしかない。
先の戦争は、あくまで、ノルドル王国の侵攻に対しての反攻だった。
兵を損耗しない範囲で反攻して、ガラリア王国へ兵を向ける事が如何に危険な行為なのかを思い知らせてやろうとしたのだ。
兵を損耗する事無く、ノルドル王国が滅んでしまったのは想定外の事だ。」
お祖父様の言葉を受けて宰相のお祖父様が言葉を続けた。
「ニケの心配も分らなくは無いが、他の王国に侵攻する事に何の利が有る?
大陸の東端にあるガラリア国王は他の大国と比べて人口が遥かに少ないのだ。
戦争などして、人口を減らすなど以ての外だな。
それに、今は王国が豊かになる道が見えてきている。
今日の午前中に、マリムの街を見てきたが、同じ王国にある街とは思えないほど発展しているではないか。
これを王国中に広げて行くことが最重要だ。
戦争なんかに人的資源を使うなど有り得んな。」
人命第一なんだ。少し安心だな。
あれ?元々の話は何処に行ったんだ?
「あのーそれで、お義祖父様。何か話が逸れてしまいましたけど、財務省の長官の人は何をしに来るのですか?」
王宮の組織の概要「惑星ガイアのものがたり【資料】 ガラリア王国 王宮組織(神歴3200年)ep.20」に投稿しました。URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/20/
本文でニケが見ていた組織図です。




