W2.小型飛行船
早朝にバールさんは、飛行船の彩色写真を領主館に持ってきたらしい。領主館の守衛をしている騎士さんに預けて帰っていったので、誰も会っていない。
写真は、立派な額に入れられていた。
前世だったら、良く知っている子供のところに写真を持っていったら総理大臣が現れた。その上、自分が何時の間にか有名人になっていて、自分の名前を総理大臣が知っていた。そんな感じかな?
控え目な性格のバールさんだから、どう対応して良いか分らなくなるほど驚いたんじゃないか?
それを知った、アイルは、最近動き始めた真空蒸着装置で無反射コーティングしたレンズを渡してあげるなんて言っていたけど……何か違うよね。
お祖父様達や両親達と相談して、後日、バールさんを領主館に呼んで、お祖父様達の彩色写真の撮影を頼むことにした。
そこで、宰相のお祖父様から感謝を伝えてもらおう。
朝食を済ませた後、アイルは急いでメーテスに向う。今日も私はアイルに付き合うことにした。
アイルは偵察用の小型飛行船を作る気満々だ。
お祖父様達には、午前中には試作してみるから、午後少し経ってからメーテスに来て欲しいと伝えていた。
午後までお預けを食らったお祖父様達は、午前中はマリムの観光をして過すらしい。
宰相のお祖父様から、時間のある時に上下水道の見学をしたいと言われた。ロッサ子爵も興味を持っていて見学を希望しているそうだ。二度手間を避けるために、一緒に頼めないかと言われた。
明日以降の都合の良い時に、浄水場と下水処理場、上水と下水の引き込みなどの解説をしながら見学という事になった。
今日はメーテスは休みの日なので、准教授達もお休みを取っていると思う。最近忙しかったからね。休みを取るのは大事だよ。
ん。私は、最近休んでないかな……。
ヘリウムの生産工場の実験のことを考えても良いけど、明日以降だな。
アイルが飛行船を作っている間に特に私がする事はない。
メーテスの倉庫に確保していたチタンがかなり減ってきているみたいなので、コンビナートの鉱滓から魔法で各種金属を取り出す作業をすることにした。
忘れていたけど、超伝導素材の在庫は今どうなっているんだろう……。
「ねぇ。アイル。超伝導素材の在庫の件なんだけど、今、どのぐらい残っているの?」
メーテスへ移動する馬車の中で、アイルに聞いてみた。
「えっ……超伝導素材の在庫……?それは……。」
アイルは目を逸らして少しの間沈黙していた。
「あの後、アトラス号を就航させたじゃないか。それに使ったかな……。」
「えっ?新たに就航させた船は、もう既に造ってあったよね?」
「あれ?そうだっけ?だったら、新しく機関車を造るのに使ったのかな……。」
確かに、鉄道の運行数は増えていると聞いている。鉄や銅などの素材を私が作る事も無くなってきているので、私はほとんどノータッチだった。
なんだか、明らかに誤魔化しているとしか見えないんだけど。
在庫は、前回超伝導素材を作った時の1/3にまで減っているらしい。どう考えても減り方が奇しい。
追求していったら、やっぱり普段使いしていたみたいだ。
モーターを軽くしたいとか、効率を上げたいとかで、最初は遠慮勝ちに使っていたみたいだけど、最近は大胆になった。
叱り飛したら、平謝りしていた。
最初から謝罪してくれたら、私もアイルを便利使いしていたりするから叱り飛したりはしないんだけど。
銅線で済むところは、銅線にするように強く言い聞かせた。
仕様が無いな……チタンと一緒に超伝導素材も作っておくか……。
無碍に超伝導材料を使うなとも言えないしね。
アイルは[王国立メーテス|メーテス]]に着いて、最初に昨日作った飛行船の操縦の仕方を、一緒に連れていった工兵さん達に教えていた。
工兵さん達には、姿勢制御装置の最適化のための実験を依頼していた。
どうやら姿勢制御装置自体は既に出来ていて、操縦自体はそれほど難しくは無いみたいだ。
工兵さん達は、姿勢制御装置のダイヤルを少し回しては飛行させるというのを繰り返すことになった。
昨日の飛行船が飛んでいる間に、アイルは偵察用の飛行船を作るんだな。
私はチタンなどの金属の分離作業を始めるために、コンビナートの鉱滓置き場に移動する。生産した金属類の運搬は騎士さん達に頼んだ。
金の精錬の為に塩酸を作れるようになったから、チタンも精錬できるようにした方が良いかもしれない。
ヘリウムの工場を作るときに一緒に造ろう。アイルも嫌とは言わないだろう。
山のような鉱滓から、チタンの他に、タングステンやモリブデン、クロム、希土類金属、アンチモン、水銀、亜鉛、錫など金属を分離していく。
1時ほど作業をして、鉱滓の大半を処理した。
メーテスに戻ると、小型の飛行船が出来上がっていた。
地球で見た大型旅客機が太くなったような形だった。大きな羽と大型の軸流ファンが付いていた。
小型とは言って良いのか判らない程の大きさだけどね。
「へぇ。『飛行機』みたいな形をしているのね。」
「色々試していたら、こんな形になったんだよ。高速で移動している時には翼で方向転換もできる。」
「いっその事、飛行機を作ったら?」
「いや、この方が良いんじゃないかな。飛行船ならその場に留まっていられるけど飛行機だとそういう訳に行かないじゃない。それに飛行機だと操縦を誤ったら墜落するかもしれない。飛行船だったら、バラバラにでもならない限り墜ちる事もないだろ。」
ふーん。そう言えばそうね。その場に留まろうと思ったらヘリコプターやドローンになっていたわね。
前世では何で飛行船にしなかったんだろ?
ヘリウムが手に入り難かったからか?大きくなるってのもあるか……。
まっ、何でかを考えても意味は無いな。
「それで、この飛行船はどのぐらいの速度が出るの?」
「まだ、これから飛行試験だけど……前世の新幹線並みの速度になるんじゃないかな……。」
「へぇ、それは凄いわね。ミネアまで余裕で日帰りできるわね。」
「王都にも日帰りできるかもしれないな。
何にしろ、アトラス領内を頻繁に移動している父さんは楽になるんじゃないかな。」
「確かにそうね。やっぱり直ぐにでもヘリウムの生産工場を造らなきゃならないわね。アイルお願いね。あと、チタンの製造工場も造るからそっちもお願いするわ。」
「えっ?」
「私これから超伝導素材を作るんだけど。何か?」
「いや……何でもない……。」
それから私は倉庫の中で一向超伝導材料を作っていた。大分慣れたとは言っても作っている間は余計な事を考えてはいけない。失敗してしまう。
何度か休みを取りながら午前中一杯作業をした。
長時間この魔法を使っていると段々頭が痛い気になってくる。脳味噌が私の頭から脱走したがっている……。
何とか、元の量ぐらいを確保した。
午後になって、アイルの飛行船も飛行試験を終えた。
結局、d2,400デシ/秒(=363km/h)まで速度を上げることが出来たみたいだ。
バラバラになっては困るので、限界まで追い込んでいないと言っていた。
機体の歪みなどを測っていたアイル曰く、常用速度はd2,000デシ/秒(=311km/h)ぐらいなのだそうだ。ここまでだったら、機体の歪みが直線的な変化に留まっていたんだとか。
それでも、前世の新幹線並の速度で飛行するよ。こんな高性能の飛行船なんて有ったんだろうか……?
午後少し経ってから、お祖父様達がメーテスにやってきた。
その時は、何度目か分らないけれど、昨日の飛行船は試験飛行で不在だった。
「これが小型の飛行船なのか?昨日のものと比べると確かにかなり小さくはなっているのだが……。」
お父さんの感想だ。まあ、大型旅客機ぐらいのサイズの物を小さいとは言えないよね。
でも必要な量のヘリウムを充填する気嚢はどうしても必要だからなぁ。大きくなるのは仕方が無いよね。
「それで、どのぐらいの速度で移動できるのだ?」
私のお祖父様が聞いてきた。アイルは速度を伝えたけれど、ピンとこない。
「お祖父様。大体、馬が全速力で走った時のd16倍ぐらいの速さですよ。」
「すると、鉄道の何倍も早いのか?」
「そうですね。大体4倍ぐらいですね。」
「すると、王都には、半日で着くのか?」
「まあ、そんな感じです。」
「これは……。」
それから騎士の二人はあれこれ話をしていた。内容は聞かなかったことにしよう。
ただ、楽しそうではあった……。
「それで、この飛行船に乗ることは出来るのか?」
お父さんが聞いてきた。乗ってみたくなるよね。私もだ。
「ええ、もう何度も試験飛行してみましたから、乗れますよ。」
定員が6人なので、昨日の様に全員では乗れない。順番に二人か三人で試乗することになった。
どの場合にもアイルが同乗する。もし何かあっても、アイルが魔法でどうにかしてくれるだろう。
一番最初は、お祖父様とお父さんだ。
試作を依頼した二人だから当然だろうな。
アイルと騎士団長の二人を乗せた飛行船が浮び上った。
移動を始めたと思ったら、あっという間に姿が小くなって見えなくなってしまった。
やっぱり速いね。
二人が戻って来たときには大興奮状態だった。
そして、飛行船を工兵の人達が操縦しているのを見て、お父さんは喜んでいた。
あの操縦方法だったら、私でも動かせるけどね。
工兵さん達はもう何度も離着陸を繰替えしていて、周遊コースを巡ってを繰り返していたから、かなり作業もスムースになっている。
「これは、何台か作ることが出来るのか?王都に置きたいのだ。」
「それは、ニケの素材次第ですけど……一番問題なのはヘリウムタンクが王都には無いという事ですね。」
「そうか、ヘリウムが必要だったのだな。」
「お祖父様、気が早すぎますよ。まだ、昨日から二日目です。そのうち、王都の近くにヘリウムの工場を造りますから、それまで待っていてください。」
「おぉ。そうだった。まだ二日だった。工場を建てる時にはニケは王都に来るのだな?」
「ええ。そうですね。そうなります。」
「それなら、それを楽しみに待っていようか。」




