W1.飛行船改造
飛行船は領主館を過ぎたところで西に進路を変えて、無事にメーテスの元の場所に戻った。
ゆっくり高度を下げていく。
操縦していたアイルはかなりジタバタしていたけれど、何とか出発した場所に着陸できた。
操縦はかなり大変そうに見える。
私達は、飛行船から降りた。
お父さんは、現場に居た騎士さんに、領主館からこちらにやってくる騎士達へ伝令を向わせていた。
そうだよね。放っておいたら、大挙してメーテスに騎士さん達が雪崩れ込んできちゃうよ。
早速、アイルは飛行船をバラし始めた。
「アイルは、何をしているのだ?」
宰相のお祖父様が聞いてきた。
「飛行してみて、色々気付いたんじゃないですか?改造しているんですね。」
「それにしても、見る間に形が変わっていっているぞ。」
「まあ、何時もの事です。」
「アイルは作業があるのだろうが、ニケはこれからどうするのだ?」
「アイルの作業で素材が足りなくなったら手伝わなきゃならないので、一段落するまで、私はここに居ます。」
「そうか。」
お祖父様達はこれからどうするか相談して、一旦領主館に戻ることにしみたいだ。
口々に貴重な体験が出来たと感謝の言葉を私に言っていた。
特にお父さんとお祖父さんの騎士二人はホクホク顔だ。
お礼なら、アイルに言えば良いと思うんだけどね。
今のアイルには、話し掛けても耳に入らないだろうからな……。
両親とお祖父様達が私の元を離れたところで、遠巻きにして見ていた准教授達が私のところに集まってきた。
「これは、何なんですか?」
「空中に浮んでましたよね?」
「このガスタンクは何のためにあるんですか? 」
「海の方に行って戻ってきたんですか?」
「どうして、浮ぶんですか?魔法ですか?」
「上から見た景色はどうだったんですか?」
質問責めに遭った。
一斉に質問をされたので、聞き取れない。質問したいのも、聞きたい事があるのも解るんだけどね……。
「ちょっと待って。一斉に質問されても応えられないわ。順に説明するから。」
皆が口を閉じてくれたので、王国の西の方の人やモノの流通を行うための運送用途で飛行船を作ってみることにしたこと。
飛行船は大気中に有るヘリウムを充填して浮上していること。
今はまだ飛行船は飛行試験などを実施している最中だということ。
上空で風に流されたので、そのままマリムの街を一周して帰ってきたこと。
今回は魔法でヘリウムを集めてタンクの中に入れているけれど、コンビナートに工場を作ることになること。
そんな話を伝えた。
「空を飛んでいたんですよね?どうでした?」
キキさんが聞いてきた。
「そうね。遠くまで良く見えたわね。地上では見られない眺望だったわ。」
「えぇぇ。良いなぁ。私達も乗れませんか?」
「そうね。あと何日かしたら、完成するだろうから、乗れると思うけど……。
暫くはムリそうね。」
背後を見ると、アイルが飛行船をバラバラにしていた。
完全に作り直しているみたいだね。
物理研究所の准教授達は飛行船のある場所に呼ばれてアイルの作業を手伝わされていた。
鍛えられているというのか、短い指示でテキパキと動いている。
准教授たちの周りには、昨日やってきた手助け隊の人たちも居た。
今日は、研究所の説明をしてもらう予定だったんだけど、それはどうなったんだろう?
「それで、周りに居る王宮から来た人達への説明は終わったの?」
「ええ。研究所の概要の説明は午前中に終って、各研究室の見学を始めたところで、それに気付いて見に来たんです。」
「研究室の見学は大丈夫なの?」
「研究室の説明は何時でも出来ますけど、こっちを見た方が何時もの状況が解るかなと思って。」
「えっ?何時もの状況?」
「突然得体の知れないものが出来ていて、それに巻き込まれるところ……とかですかね?」
キキさんの言葉に皆が頷いている。
確かにそうかも知れない。アイルの周りには巻き込まれた物理研究所の准教授達が居るし、ウチの方もヘリウム製造工場を立ち上げなきゃならないからね。
周りの手助け隊の人達はグループ毎に集まって、アイルの作業や周りにあるガスタンクや付随する設備を見てあれこれ話をしているみたいだ。
多分、ほとんど理解できてないだろうね。
初日から吃驚だろう。嫌になって辞めちゃう人が出なきゃ良いけどな。
アイルの作業は夕刻近くまで続いた。
というより夕刻には、改造された飛行船が出来上がっていた。
気嚢は二回りぐらい大きくなっていた。
気嚢の中央には一組の翼と、それに埋め込まれた送風機が新たに加わっている。
元からあった前方と後方の二組の送風機は尾翼の根本あたりから先端部分に移されていた。
幸い新たな素材の調達は必要無かった。メーテスの素材倉庫には大量に素材が保管されているからね。
改造作業で、大量にヘリウムを消費してしまったみたいなので、空になったタンクにヘリウムを充填しておいた。
作業が終了したので、私とアイルは領主館に帰った。
居間に行くと、お祖父様達と両親が話をしている。
「おっ。帰ってきたのか。改造とやらはどうなった?」
私達が部屋に入ると、宰相お祖父様が声を掛けてきた。
それにアイルが応えた。
「一応、出来上がりました。最終形態になったと思います。飛行試験や荷物の積み込み試験をして問題が無ければ完成です。」
「そうか。もう出来上がったのか……。驚くほど速いな。それで、貨物はどのぐらい積み込めそうなんだ?」
「気嚢を大きくしましたから、d100ミロキロ(=430トン)ぐらいは積めると思いますけど、これは実際に積み込んでみてからですね。」
「ほう。それは随分と積載量が多くなったな。それならば、侯爵達も納得することだろう。
しかし、貨物を空中で運ぶのか……実現するとは思えなかったのだが、見事なものだな。」
「ソドとも相談したのだが、明日から王宮騎士団の工兵候補とアトラス領の工兵を立会わせて欲しいのだ。」
私のお祖父様が宰相お祖父様に続けて話掛けてきた。
「えぇと。それは、飛行船を操縦する人ってことですか?」
「そうだ。飛行船の操縦は、工兵に行ってもらうことになると思うのだ。頼めるか?」
「ええ。それは良いと思います。ただ、まだ姿勢制御の仕組みを試験してない……それも込みで伝えれば良いのか……分りました。それじゃ明日からその担当する人に操縦方法などを教えることにしましょう。」
「シセイセイギョ?それは何なのだ?」
「今日、飛行船に乗り込んだときに、横揺れが少し酷かったですよね。あれを手動で調整するのは少し大変なんです。そんな訳で、自動で揺れを抑える仕組みを作ってみたんです。それを施政制御と言います。
その仕組みが上手く行けば、飛行船の操縦は大分楽になります。上昇と下降、方向転換、速度調整、この三つの操作だけをすれば操縦出来るようになります。」
「何なのかの詳細は分らないが、その仕組みが上手く行けば操縦は楽になるのだな?」
「ええ。そうです。明日はその試験と調整をする予定だったんです。その操縦する工兵の人も仕組みや調整方法を知っていた方が良いでしょうね。」
「じゃあ、その件は宜く頼む。
それで、もう一つ相談なのだが、もっと小型で速度重視の飛行船を作ることは出来ないかな?」
「貨物を積まないのであれば、可能ですけど……発電機なんかはそれなりの重さがありますから、小型といっても限界がありますよ。」
「いや、今直ぐじゃなくて良いのだ。ただ、検討して欲しいのだ。
その飛行船に無線機を積み込めば、魔物の出現や災害の発生、万一敵が攻め込んできた時に地上で状況を判断する事が出来るのではないかと思うのだ。」
「偵察用の飛行船ですか。ええ。良いですよ。2、3人乗れれば良いんですよね?」
「そうだな……乗員は4人、いや6人で考えてくれ。発電機を動かすのに一人、操縦するのに一人、無線連絡をするのに一人、あとは状況観察する人員になる。」
「分りました。明日にでも作っておきます。どんな形にするかな……。」
ああ、また妄想の世界に突入してしまったよ。
今度は如何に小型化して速度を上げるか考えてるんだろうね。
妄想の世界に入り込んでしまったアイルを放置して、夕食までの時間、私達は今日の飛行船での小旅行について話をして過した。
夕食時刻の少し前に画家のバールさんが訪ねてきた。
「いやぁ、吃驚しました。アイルさんとニケさんが作ったんですよね?街中で話題になってますよ。これ?何なんですか?」
そう言って、写真を見せてくれた。
街の上に飛行船が浮いている写真だった。ご丁寧に彩色も施されている。
写真は3枚あった。
一枚はま上を通過していてるところ。マリム駅の上空を通過しているところ。最後の一枚は領主館の上を西に向っているところだった。
「へぇ、バールさん、写真を撮ってくれたんですね。」
アイルが妄想の世界から戻ってきて応答した。
「実は、本当はもう一枚撮ったんですけどね。慌てていて、乾板に光が当たちゃったみたいです。あれが撮れていれば、正面からの写真になったはずなんですけど。」
「でも、凄いです。咄嗟に写真を撮るなんて。」
「偶々ですよ。丁度、街の撮影をしようと思って、写真機材を持って大通りに出たところで見えたもので。運が良かったんです。」
写真で記録しておくなんて考えてなかった。これからは、少し考えても良いのかもしれないわね。
あれ、あんまり気にしてなかったけど、これって、この世界だと初飛行の証拠写真ってことになるのかな?
「でも、人類初飛行の場面よね?」
「そうか。そうだな。人類初飛行って事になるのか。」
「えっ?という事はお二人とも、これに乗っていたんですか?
なぜ空中に浮いているんです?魔法ですか?」
そんな遣り取りをしていたら、宰相のお祖父様が私達のところにやってきた。彩色写真を見て驚いた顔をしている。
「ほう?これは、凄いな。もう色も着いているのだな。
これを複製して貰えないか?」
「えっと。こちらは、どなた様ですか?」
突然お祖父様に声を掛けられて、バールさんは私達の方を向いて聞いてきた。
あれ?昨日の晩餐会にバールさんは来てなかったのかな?
「バールさんは、昨日の晩餐会には来てなかったんですか?」
「ええ。ちょっと急ぎの現像があって。それが……何か?」
「じゃあ、初対面なんですね。ボクのお祖父様です。ガラリア王国の宰相をしているんですよ。」
「えっ?宰相閣下?」
「これは写真なのだろう?写真は同じものを何枚も作ることが出来ると聞いている。陛下にもお見せしたいのだ。」
「へ?陛下と言うと……国王……陛下デスカ?」
あらら、バールさんの声が引っくり返っているよ。
こんなものかもしれないけど……私から見ると悪戯好きなオジサンなんだけどね。
「ああ、そうだ。こんな物を口で伝えても信じられないだろう?どう説明したものかと思っていたのだよ。良いものを写真にしてくれた。」
「えぇと……額にお入れしますか?」
「いや、このままで良いが……。そうだな、この写真を王宮博物館に展示するか。立派な額に入れてもらえればその方が有り難いな。」
「王宮博物館……展示デスカ?そんな……トンデモナイコトデ……。」
「おや?先日の王宮博物館の絵画を撮影して彩色したのはそなたではないのか?ミレーラ女史が嬉々として王宮博物館に展示していたのだが。
そなたの名前……確か……バール・コモドだったな。撮影彩色者として銘板に記載されておったぞ。」
「えっ。そんなことになっているんですか?」
「ああ。新しい芸術の開発者として、そなたの名前は王都で知れ渡っているな。」
「え?えぇ!」
バールさんは少しの間、固まっていた。
「そ、それでは、この写真の複製を作ってきます。明日お渡しいたします。」
そう言って、バールさんは慌てて帰っていった。
あれ?食事は良かったのかな?
司教様は、飛行船の事を聞きにきて、ちゃっかり食卓に着いているけど……。




