NN.飛行船製造
翌朝、私達はお祖父様達とメーテスに馬車で向う。
私達の両親も付いて来た。
そうだろうね。実の父親が嫁ぎ先を訪ねてきたんだから、娘としては一緒に居たいよね。
ただ、何故か、義父様やお父さんも一緒だ。
やっぱり婿としては舅と嫁が一緒のところに居るべきだと思ったのかな?
どうだろ?
メーテスが開校してから義父様とお父さんがメーテスに来たのは紙幣の試作の時だけだったな。
相変らず義父様は忙しくて、領地内を巡っている。
土魔法を使って、農地の開拓をしているらしい。
お父さんは義父様に付いて行く事も多い。
「お父さんは、なんで今日は一緒なの?何時も忙しくてメーテスに行ったりしないじゃない?」
「いや、それはだな、昨日舅殿と話をしてんだが。騎士団にとって、空に浮ぶ道具というのはだな、特別な役割を持ちそうだということになってな……。」
何だ、飛行船を見たかっただけか。
お祖父様達には、メーテスや造幣局の見学をしてもらう事にした。
私とアイルは、飛行船の製造のために別行動をすると伝えた。
お祖父様達は、少し残念がっていたが了承してくれた。お祖父様達は飛行船の製造も進めて欲しいようで、メーテスの見学が終ったら見に来ると言っていた。
メーテスに着いて、バンビーナさんにお祖父様達の案内をお願いした。講堂や研究所を案内してもらった後は造幣局に連れていってもらう。造幣局の案内は、昨日の晩餐会の時にデニスさんにお願いしてある。
全て見学すると、午前中いっぱいは掛りそうだ。
私達の両親もお祖父様達とメーテスの見学をすることになった。両親は開校してからメーテスの見学はしていない。それに私達が飛行船を作るための準備をしているところを見ていてもらっても、対応に困ると伝えたからだ。
昨日紹介してもらった手助けをしてもらう文官の人達の事は准教授達に頼んである。
今日は、各研究室の説明をしてもらって、実際の授業の様子も見てもらう。
明日はメーテスの休日なので、実際に働いてもらうのは明後日からにした。
お祖父様達と分かれて、私とアイルは飛行船の製造だ。
製造場所は、倉庫が並んでいる奥にある広大な未使用地の一角にした。
最初にアイルが作ったのは、直径d400デシ(=57.6m)ほどのな大きな耐圧ガスタンクを4基と、ヘリウムを導入するための直径d100デシ(=14m )長さd1N68デシ(=324.8m)の巨大なピストンだ。
ピストンを押す為の巨大な油圧装置とかあれこれ私には良く解らないものがいろいろ付いている。
タンクは10気圧の内圧に耐える設計になっている。
もっと大きなものを作ることも出来るんだけど、この大きさになった。
やっかいなのは、中に入れるガスがヘリウムってことだ。
ちょうど1気圧分のヘリウムガスをタンクに溜めたときにタンクの浮力が最大になる。
あまり大きくすると、浮力を抑えるために本体や土台を物凄く重くしなきゃならなくなってしまう。
浮力はタンクの半径の3乗で増え、タンクの重さはタンクの表面積の2乗で増える。
その分肉厚にして重くするというのもありだが単純にムダだ。
この大きさのタンクで最大の浮力はd4Nサンドキロ(≒ 100トン)もある。
タンク内のヘリウムの圧力が大きくなっていけば、浮力は小さくなっていくのだけど、ヘリウムを溜めていけば一度は1気圧で満杯の状態になる。
どうやって、高圧のヘリウムだけをタンクに充填するかについて、昨日の晩餐会の後でアイルと実験しながら議論した。
イメージで魔法が実施できるって言っても、容器の中に高圧のヘリウムが充填しているイメージを思い描いても上手くはいかなかった。
タンクには最初は空気が入っている。ヘリウムは大気中に1.4%しかないので、タンクからヘリウム以外の成分ガスを取り除いたらタンクの中は減圧状態になる。
そこに、ヘリウムだけ入れていこうとすると、ガスの導入口あたりの広い空間の大気をヘリウムだけにしなきゃならない。
出来ない話じゃないんだけど、万が一そんなガスを吸い込んだりしたら、間違い無く気絶するか、命が危険になる。
結局、ガスタンクの中にはガスタンクの内側のサイズと一致する空のゴム風船を入れておいて、風船の中にガスを入れていくことにした。風船が膨らんでいってガスタンク一杯に広がったら、ガスタンクの中のガスはヘリウムだけになる。
だったら、風船の中にヘリウムを入れれば良いんじゃないかというと、そういう訳にはいかない。
ヘリウムは単原子分子で分子サイズが小さい為、ゴムなどの高分子の分子同士の隙間から漏れていく。そして、大量のヘリウムは大きな浮力をを持つ。
ガス漏れしない、圧力に耐える重い容器で囲ってしまうのが一番楽そうだった。
大気からヘリウムを集めてタンクに導入するところには巨大なピストンを作ることにした。
ピストンの先端には、大気をシリンダーに導入する口が一つ、ヘリウム以外のガスをシリンダーから外に出す口が一つ、タンクに繋がる口が一つの三つのガスの出入口がある。
シリンダーの中の空気からヘリウム以外のガスを口の一つから外に流し出すと、もう一つの口から大気が入っていく。
それを連続して繰り返すとシリンダーの中にヘリウムだけが溜る。
ガスの導入口周辺のヘリウムが不足しない様に、魔法で上空からダウンフローする空気の流れを作って作業する。
シリンダーの中がヘリウムだけになったら、大気を出入りする口を閉じてピストンを押し込んでタンクの中にヘリウムを導入する。
昨晩考えた中ではこれが一番安全で確実な方法だった。
しかし……昨日、晩餐会が終った後で、アイルは嬉しそうに宇宙船の様な形の飛行船の絵を何枚も描いていた。
絵を描きながら、私の要求に合わせて、即座に小型のタンクとかピストンとか確認の為の器具を色々と作ってくれる。簡単なモノを作るのは片手間でできるみたいだ。
それ自体は凄いと思うけど……楽しそうに絵を描いていたな……妄想がダダ漏れ状態だった。
結局、何枚も描いていた飛行船の絵のどれを採用したのかは不明だ。
あっという間にタンクや装置が出来上がってしまったので、後は私はヘリウムを溜めるための単調作業だ。
目標は各タンクに8気圧のヘリウムを溜める事。ピストンを2回動かすとタンクの中にヘリウムがちょうど1気圧分貯まる。
一つのタンクで16回ピストンを動かせば目標達成になる。
ピストンに付いている油圧装置とかは、圧力が高くなった時に、魔法でピストンが動かせなかった場合の補助だとアイルは言っていた。ただ、その機械の大きさが半端無い。タンクと同じぐらいの大きさがある。
それに、使うかどうか分らないので、今は油も入っていない。実際に使わなきゃならなくなったら、私がコークスと水から油を作って装置の中に入れることになる。
アイルが倉庫から騎士さん達の手を借りてチタンを運び出しているのを横目で見ながら、私は一向ヘリウムを溜めていった。
2回ピストンを動かしてタンクにヘリウムを入れたところで、タンクから軋むような音がした。
タンクが浮び上ろうとしている所為だね。
それから、14回ピストンを動かして目標のヘリウム8気圧のタンクが完成した。
結局超巨大な油圧装置は使わなかった。
まっ、この巨大な油圧装置に使った材料は魔法で元に戻すだけだから別に良いんだけどね。
一つのタンクの作業に大体半時ほど掛った。
ずっとダウンフローの風の中で作業をしていて、少し疲れたので一休みだ。
アイルが作業している方を見ると気嚢が出来上がっていた。
かなり大きいな。
高さがガスタンクとあまり変わらない。
長さは……ガスタンク4つ分よりずっと長いよな……。
流線型をしている本体の前と後に翼が付いている。水平翼のところにジェットエンジンみたいなものがある。
あれは、どっちが前でどっちが後ろなんだろう。
一休みの私は作業しているアイルのところに行ってみることにした。
近付いてみると、ジェットエンジンみたいなものは、前後に2つずつ4つ付いていた。
気嚢はチタンを使って作ったみたいだな。
気嚢の脇で大きなキャビンが組み立てられている。こっちは鋼を使ったみたいだ。
アイルはキャビンで発電機を設置する作業をしていた。
「ねえ、アイル。この飛行船、どっちが前なの?」
「あっ、ニケか。一応、先が丸い方を前にしようと思っているんだけど。実際にどんな形が良いか判らないから、送風機は前後上下好きな方向に向けられるようになっているんだ。
実際に浮かべてみて実験しようと思ってるんだ。」
「だったら、最初からこんな大きなもの作らないで、小型のもので実験してみるんじゃないの?」
「まあ、それも考えたんだけど。ヘリウムで浮いていて、ガス漏れしなければ落ちる事も無いじゃない。だから、最初から大きなもので実験した方が早いかなって思ったんだよね。どうせ外観部分は魔法で直ぐに変更できるから。」
それもそうか。どうせアイルの魔法で、形を変えるのは一瞬でできちゃうんだろうしね。
最終的に大量に人や物を運ぼうと思ったら大きな飛行船が必要になる。だったら最初から大きな飛行船にしていた方が手っ取り早いか。
それに、材料さえあれば、アイルにとって大きさは何の障害にもならないからな。
「それで、ニケの方は順調か?」
「ええ。一つのタンクは満タンになったわ。結局油圧装置は使わなかったけど。」
「そうなんだ。じゃあ、昼過ぎには終りそうだね。オレの方もその頃には完成しているかも知れない。」
ふーん。二日は掛らずに半日ほどで終るか。
しかし、単純作業している私より、絶対アイルの作業の方が楽しそうだな。まあ、仕方が無いんだけどね。私にはこんな物作れないからな。
それから私はヘリウムタンクの作業に戻った。だんだん魔法が効率的に使えるようになった所為で、昼前に4つのタンクを全て高圧ヘリウムで充填させる事が出来た。
お昼の時間になって、見学を終えたお祖父様達が私達のところにやってきた。
その時には、別々に組み立てられていた気嚢とキャビンは既に組合されていた。外観上は飛行船は出来上がって見える。
私の手は空いていたけど、アイルは電装系の設置を行なっていた。




