N9.手助けの文官
その日の夕刻前から、晩餐会が催された。
領主館には、商店主、工房主を始めとして、沢山の人が居る。
神殿からは、司教様だけじゃなく、大司祭様や司祭様まで出席していた。
アイルのお祖父様って、宰相閣下というだけじゃなくて王位継承権を持った侯爵様でしたね。
私のお祖父様は、近衛騎士団長だけじゃなく伯爵様でした。
晩餐会の開始の時に義父様が紹介していたのを聞いて思い出した。
まあ、ビッグゲストですな。
これ以上のゲストとなると国王陛下ぐらいか?
人も集まる訳だよ。
メーテスから准教授さん達が晩餐会に集まっので、准教授さん達と一緒にアイルのお祖父様が連れてきたという人達と会った。
私やアイルの手助けをしてくれるという文官の人達は、20代の男女がd50(=60)人。
紹介の時に、各々自分の名前を言っていたけど……早々に覚えるのは諦めた。というか、覚えようとするのを止めた。
こんな人数に名前を告げられて、覚えられる訳が無いんだから。
この人達は、メーテスの研究室で働いてもらう。
とは言っても、研究室沢山あるからね。振り分けはどうしよう……。
配属は一通り研修をしてもらってから、というより、研究内容を知ってもらってから希望を聞いてから考えるのが良いかもしれない。
各人の得手不得手、好き嫌いが有るだろうしね。
前世では往々にして、物理が得意な人は化学はそれほどでも無かったり、化学を選択した人は物理は皆目分らないなんて事が有った。
グループになってもらって、順番に各研究室の作業を経験してもらうのが良いかも知れないな……。
最終的な振り分けはどうしようか……。
希望を出してもらうのも良いんだけど、誰も希望しない研究室が出来ると困るな……。
まっ。それは後だ。
引き続いて、鉱石の探索に従事してもらえる人達を紹介してもらった。
こちらは全員男性だった。どうしても魔物が棲息している山の中に入っていくのだから、そんなものなんだろう。年齢は10代から50代ぐらいまで見事にバラバラだった。
この人達は、ジオニギさんの鉱物研究室に所属してもらう。
もう、その場で名前を覚える気には全くならなかった。
後で、少しずつジオニギさんに教えてもらおう。
一通り自己紹介をしてもらったんだけど、この人数なので時間が掛かった。
今後の事を伝える前にアイルと相談した。
目の前に沢山の紹介を受けた人達が居るので、日本語で内緒話だ。
『ねえ。アイル。この人達の振り分けなんだけど、どうする?』
『どうするって言われても、適性とか色々あるんじゃないか?っていうより、何で日本語なんだ?』
『だって、みんな目の前に居るから、こういう事って相談しにくいじゃない。それで、アイルのところに研究室が5つで、私のところに6つあるじゃない。私のところの鉱物研究室には鉱石の知識が有る人を配属することになるから、実質私のところは5つになるんだけど、60人を6人ずつ10のグループにして、それぞれ順番に研究室で研究内容の実習をしてもらったらどうかと思うんだけど。』
『随分具体的だな。自己紹介の時、聞いてないでそんな事考えてたのか?』
『でも、この人数だよ。どうするのか気になるじゃない。』
『まあ、そうだな。オレもどうしたら良いかなとは思ったけど。
大体はニケの考えた通りで良いかな。直ぐに何かしてもらうとしてもムリだろうし。
実習期間はどうするんだ?』
『うーん。どうしよう。各研究室に1週間じゃ短いよね。半月だと長いかな。』
『多分、経験した事の無い事をすることになるんだから、自分の適正を知って考えるためにも長めの方が良いんじゃないか?流石に1ヶ月は長いから、半月で良いと思うけど。』
『じゃあ、そう伝えようか。』
手助けの文官さん達には、一通り全ての研究室を知ってもらうために、6人グループで、順次研究室で補助作業をを通して研修をしてもらうと伝えた。
一つの研究室で半月の研修をする。
全部の研究室を廻った後で、希望を考慮して配属先を決める。
一通り経験した後になるから、正式配属は5ヶ月後だ。
グループ分けは、その場で籤引きしてもらった。
個々人の相性とかは考慮しない。そんな事を考慮しているほどヒマじゃないからね。
同じ籤を引き当てた者同士で仲良くやってくれ。
因に、物理研究所には、物理研究室、気象研究室、天文研究室、電気研究室、機械研究室の5研究室がある。
化学研究所には、鉱物研究室、無機化学研究室、天然物研究室、石炭化学研究室、分析化学研究室、薬剤研究室の6研究室がある。
このうち、鉱物研究室には、鉱石を探索、調査してくれる人たちが配属される。
研修で廻る順番は、物理研究所の研究室の次は化学研究所の研究室、そしてその次は物理研究所の研究室という風に物理研究所と化学研究所で代わり番この順番にした。
各グループで何処から始まるかはこれも籤でグループの代表の人に引いてもらって決めた。
あとは、准教授達にお任せだな。自分の研究室の優位性を主張してもらって、助手の獲得に務めてもらおう。
10研究室で60人だから、単純計算で1研究室あたり6人の助手さんということになる。これまで、准教授と研究所に居る事務をしてくれる文官の人だけだったから、かなりの戦力アップになる。
これまでは工場を建てたりする場合に准教授総出で掛っていたけど、これからは余裕が出来るかもしれない。
ちなみに、研究所の中での役職は文官の役職に準じているんだそうだ。
ここらへんは、王宮で決めてくれた。
助手はヒラの文官と同じ。
助教授は文官だと主任。
准教授は管理官。
教授は長官相当なんだそうだ。
今回、手助け文官として来てくれた人達は主任になる前の人達だそうで、メーテスでは助手という役職になる。
そもそも、メーテスは王国立の学究施設なので、必要な経費は宰相府から出ている。今回の手伝いの文官さん達の給金も宰相府が出してくれるらしい。
私とアイルも給金を貰っているらしいんだけど、どうなっているか知らない。
多分、私達の両親達がどこかにプールしているんだろう。
そもそも、これまで出入りの業者の支払いもどうやっていたのか知らない。
だから、お金を使ってはいるけど、お金を手渡しで支払うという経験をした事が無い。
初めてのお買い物というイベントも無かったな……。
良く考えてみると、そんな私達が紙幣を作ったなんて変な事だね。
グループ分けと明日からの仮配属先が決まった手助けの文官さん達と准教授達が集まって話をしていた。
ジオニギさんのところだけは、助手さんが確定している。
ジオニギさんは、ちょっと前にノアール川沿岸の金鉱山から戻ったばかりだ。その時の武勇伝を鉱石調査の人達の前で話していた。
私とアイルは、会場に来ている人達から離れて、明日からの飛行船の試作をどうするか打合せることにした。
アイルがお祖父様達に2日で作ると言っていたから、その準備をしないとならない。素材を用意するのは私だ。
『それで、飛行船を作るのに必要な素材は何なの?』
『そうだな、ヘリウムと軽金属が必要だな。ジュラルミンみたいなやつ。』
『ヘリウムは良いけど、ジュラルミンはちょっと難しいかな。』
『えっ、何で?確かジュラルミンってアルミニウムと銅やマグネシウムの合金じゃなかったっけ?
どれも原料は有るんじゃなかった?』
『そうなんだけど、ジュラルミンがアルミより強度があるのは特殊な焼入れをしているからなのよ。時効硬化っていうんだけど。焼き入れの後で時間と共にアルミニウムの中に添加物の多い微小結晶が析出した状態になっていって強度が出るの。
魔法で合金を作った場合にその焼入れと同じになるかどうかは解らないわ。
仮に私がその特殊な状態を魔法で作れたとしても、アイルは魔法で加工するんでしょ?
上手くその状態を保ったまま魔法で構造物が出来るかどうか解らないのよ。』
『そうなのか……知らなかったな。
それじゃ2日で出来るって言っちゃったのは不味かったのか?
いや、鉄鋼で枠組みを作って、ゴム風船を並べたら出来るか……。
しかし、少し不細工なものになっちゃうな。
強度を考えると重くなりそうだし……うーん、どうしようか……?』
『そうね。作ると話す時に相談して欲かったけど。今更だからね。』
『そうだったな。悪かったゴメン。』
『まあ、良いわ。これからは、相談してからにしてね。
それで、金属チタンだったら用意できるわよ。』
『えっ?チタン?それってアルミニウムと比べるととんでもなく高価な金属じゃなかった?それに加工しにくいって話だったと思うけど……。』
『それは前世での話でしょ。金属チタンを作ろうと思ったら、塩化物を作ったり特殊な還元操作が必要で高価になってたのよ。
魔法で作るんだったら、鉄もアルミニウムもチタンも変わらないわ。
それに魔法で加工するんだったら、問題無いと思うけど。』
『それで、そのチタンは簡単に手に入るのか?』
『ええ。チタンそのものは、アルミニウムなんかと同じでありきたりの元素よ。
コンビナートの鉄残滓の中に大量に含まれているの。
時々コンビナートの残滓を魔法で純物質に変えてメーテスの倉庫に運び込んでいたから、既にそれなりの量のチタンがメーテスの倉庫に格納されてるわ。
飛行船を作るのに足りなければ、溜っている残滓から取り出せば良いだけよ。』
『へぇ。チタンか。チタンの飛行船って……うーんロマンだ。』
アイルの顔が笑み崩れている。
またオタッキーな妄想を描いているんだろうな。
『じゃあ、明日はお祖父様や手助けの文官さん達をメーテスに案内して、准教授や造幣局の人に案内や説明をしてもらっている間に素材を準備するから。
最初にヘリウムを格納するガスタンクを作ってもらえるかしら。
ガスタンクの構造については要相談だけど。
私がそのタンクにヘリウムを充填している間にチタンの在庫を調べてちょうだい。
足りなかったら、コンビナートでチタンを作って運んでもらうから。』
『分った。あっ、それで、チタンの機械強度に関わる定数とか、大気の組成や分子量を教えてくれないか?』
設計のデータが欲しいんだね。
『良いけど、今、ここで伝える?』
『いや。晩餐会が終ってからで良いよ。』
それから、私達はお祖父様達と国務館の人達や、ロッサ子爵、大店の店主や工房長と話をして過した。
王宮から来た財務省長官のアスト長官という人が、私に至急時間を作って欲しいって言ってきた。だけど、これからやる事が一杯で、簡単に時間なんか作れないよ。
申し訳ないけど、明々後日以降に申し入れをして欲しいと丁寧に伝えた。
何故か物凄く不満だったみたいだった。怒りの形相をして「これは王国の重要事項だ」とか「宰相閣下からのご下命だ」とか意味不明な事を言い出した。
王国の重要事項なら、お祖父様達が伝えてくる筈なんだけど……財務省の話は全く出てこなかったね。何なんだろう。
最後には「子どもは大人の言う事を聞いていれば良いのだ」なんて事を言いだした。
子どもの喧嘩かよ。
私は子どもだけど喧嘩を売っているのは大人だよね。
結局、側に居たアイルのお祖父様がやってきたら、慌てて私のところから離れていった。
一体何だったんだ?




