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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり2
312/369

N3.試作紙幣

その日、私は少しだけ出仕が遅くなった。

前日、王都の有力な商店主と情報交換をする際に、少し飲み過ぎた。

民間の有力者は、王宮の高官に気付かってもらえているという事自体が大切なことなのだ。

これも長官としての務めの一つだ。


ただ、宰相閣下は、こういった行為をあまり快く思っていない。前財務省長官は横領で罪に問われたのだが、その前の財務省長官は賄賂で罪に問われた。

王宮内で財務省長官の権限は大きいのだが、誘惑が至る所にある。


酒が残っているのだろうか。朝から、気分が悪く、頭が痛かった。


「お早うございますアスト長官。朝一番で、宰相閣下からの呼び出しがありました。」


宰相閣下が?

まさか、昨日の交流会について問い質そうと考えているのだろうか?

私は清廉潔白だ。

交流会の費用も折半している。足を掬われる様な事は無い……筈だ……。


それとも何かあったのだろうか?

昨日、商店主達と飲んでいる時に、何かが起こったという話は聞かなかった。

朝一番で声が掛かるという事はかなり重要な案件なのだろうが、一体何事だろうか?


いやな予感が全身を襲ってきた。体調の悪さは消し飛んでいった。


「無線機室にお越しいただきたいとの事です。」


無線機室だと……?

何処かと話し合いが必要な案件なのか?

一番有り得そうなのは、メーテスだが……。

グイードから試作の為の作業に取り掛かったという報告が上ってきたばかりだ。随分と早くから試作の作業を始めるものだと思っていたのだが……。

試作品が出来るのは、大分先になると思うのだが。

試作で何か問題が発生したのだろうか?


ダメだ。何で呼び出されたのか全く分らない。


「それと、業務開始前から珍しくデニスさんが来ていて、長官を待っていたのですが……彼は何処に行ったのでしょう?」


デニス・グイードがやって来た?

どういう事だ。

やはり何か問題が発生したのか?


デニスから事情を聞かなければならないのだが……。


「おい、お前。グイードを探して、見付け次第執務室に呼び戻せ。グイードが戻ったら、私の所へ使いを寄越すんだ。私は宰相閣下の元へ向う。」


不味いな。不味い。本来の出仕の時刻から、3刻(=30分)ほど経っている。

宰相閣下から呼び出しがあったのが朝一番なら、かなり遅れている。


私は、見苦しくない程度に急いで、無線機室へ向かった。

無線機室に辿り着いた時、国王陛下が部屋にお入りになろうとしているところだった。


陛下がお出ましになるとは……これは、重大事ではないか。

陛下が部屋にお入りになるのを妨げる事は出来ない。

近くまで寄ってから、礼をして控えた。


陛下は私に気付いたようで、こちらを向いた。


「おや。財務省長官ではないか。この打合せに呼ばれたのであろう?

一緒に中に入ろうではないか。」


そうは言われても、陛下より先に部屋に入る訳には行かない。

開けた扉を押えて先に陛下に部屋に入ってもらい、私は後に続いた。


部屋の中には、無線機の担当文官が居るだけだった。

奥にある小部屋の中に宰相閣下が居た。

陛下とその小部屋の中に入った。


部屋の中には、宰相閣下の他に二人居た。談笑していた。


「しかし、得難い経験をされていますな。羨しいですな。」


貨幣管理庁のミネオ長官がこちらに背を向けている男に話掛けている。


「いえ、そんなに良い事でもありませんよ。何しろ、見たことが無いような道具を使えるように指導されている身です。今は、体の何倍もある道具の動作確認の指導をされています。」


声を聞いて、グイードだと判った。ここに居たのか。


「陛下。」


陛下が部屋に入ったのに気付いたミネオ長官が立ち上がる。

全員が席から立ち上って陛下に礼をする。


「ああ、良い良い。それより、早く見たいものだ。」


陛下が皆を席に戻る様に言う。私は空いている席に着いた。


「これで、全員揃ったな。では、グイード。例の物を見せてもらおうか。」


「はい。」


グイードは抱えていた布袋から四角いものを取り出して、陛下と宰相閣下の前に並べていった。


あれは何だ?

ひょっとして紙幣の試作品なのか?

もう出来たのか?

試作準備をすると聞いてから何日も経っていない。


「これが、紙幣という物なのか?随分と美しいものだな。」


「はい。それぞれ、d100(=144)枚ずつ束ねてあります。金種毎にd1,000(=1,728)枚試作して持ってきました。これが1ガリオン(≒2万円)紙幣、順にd100ガント(≒1667円)紙幣、d10ガント(≒139円)紙幣、1ガント(≒12円)紙幣です。」


確かに、紙の束がd40(=48)個ある。


「紙で束ねてありますので、束ねている紙を破いて一枚ずつご覧ください。

全てが同じ絵柄になっている事がお分りいただけると思います。

ただ、一点だけ。表面おもてめんの右下に赤い記号と数字の並んでいる部分があります。

この記号と数字は全て異なっています。

今回の紙幣は試作品という事で赤い文字で描かれていますが、正式なものは黒い色で描くことにしています。」


グイードはそう言うと、私達4人に、各金種の束を渡した。


束ねてある状態で、紙幣という物を見る。

随分と精細な図柄が描かれてある。

表と裏で絵柄が違う。

束ねていた紙を破って、見比べてみる。

同じ金種の紙幣は、どう比べて見ても完全に同じに見える。

唯一、赤い文字で描かれている文字と数字の組み合わせ部分だけが全て異なっている。

絵画の部分は、金種によって色が違っているのか。

精細な絵だな。

どうやって、こんなに細かな絵を描いたのだ?

使っている紙は、これまで触ったことのある紙とは違って、薄い割りには張りのある紙だった。


「随分と腕の良い絵師が描いたのだな。王宮博物館にある絵画とそっくりではないか。」


陛下が感嘆して話された。


「それは、メーテスで准教授をしている女性が描いたものです。」


「ほう。メーテスにはその様な技量を持った者も居るのか。」


「その女性はニケ様のところで、化学を研究している者です。」


「そうなのか?多才な者なのだな。」


「メーテスで准教授をしている者達はおしなべて優秀です。今私達は紙を作る道具や印刷をする道具を教えてもらっていますが、何を質問しても的確な答が返ってきます。」


「そうか。宰相。今、王国の若者がメーテスで学んでいるのだろう?」


「はい。今月から教育が始まっておりますな。」


「そういった者達から教えを受けるのだ。王国の将来に期待が持てるな。」


「仰る通りかと思います。」


「しかし、アイル君とニケさんには随分と負担を掛けたのではないか?大丈夫だったのだろうか?」


「一応無線機で確認しておりますが、大丈夫そうでした。」


「鉄道の件と言い、まだ幼ない二人に負担ばかり掛けているな。労ってやってもらえないか?」


「はい。承りました。」


「よろしく頼んだぞ。

ところで、この紙幣というものは、全て同じに見える。印刷と言ったかな?それはどういったものなのだ?」


「私も完全に理解できているか心許無いのですが……私が知っている限りですが説明させていただきます。」


それから、デニスの説明が始まったのだが……全然理解が出来ない。


幾つか分ったことがある。この紙幣の元になった絵は、遥かに大きく描いたもので、それを何かの道具で小さく写し取るらしい。

それがどういう仕組みなのか解らないのだが、紙に同じものが写される。


紙幣に使用する紙を印刷する道具に設置すると、ほんの短かな時間で、大量の紙幣が出来上がる。


まるで魔法の様だ。


「それは、魔法のたぐいでは無いのか?」


陛下も説明を聞いて、魔法の様に思ったのだろう。私も同じだ。


「いえ。作業している者達は、私同様、魔法を使える者は居りません。ですから魔法では無いと思います。」


「しかし、アイル君とニケさんは、大魔法使いではないか?」


「陛下。アイルはともかく、ニケは魔法で自分にしか出来ない事を広めるのを嫌います。魔法では無いと思います。」


陛下の疑問に、宰相閣下も魔法では無いだろうと予想を伝えた。


しばらく、私達4人は、各金種の紙幣を手に取って、子細に視ていた。


これは美しい。

1ガントの紙幣が、1ガントの価値しか無いというのは何かの間違いでは無いかと思うほどだ。

どれも1ガリオンだと言われても納得するような美しさだ。

大きさは掌ほどだが、額に入れて部屋に飾っておいても良いかもしれない。


そして、どれも寸分違わず同じに見える。


この話を聞いたのは、今月の始め頃だったのだが……。一月と経たずに、この様なものを大量に作ったのか?

鉄道や大型船を作ってしまうのだから、さもありなんという事なのだろうが。


d100ガント紙幣の裏に描かれているマリム大橋は威容を見せている。壮大な橋の下の船が地を這う虫のようだ。

素晴らしいものだな。

私は未だ見た事が無いが、一度は見てみたいものだ。


紙幣に見入ってしまっていたところに、宰相閣下から声を掛けられた。


「それでは、この紙幣というものを貨幣として使用するのに、懸念される事を聞きたいと思う。

隣国の動向もあるので、この紙幣を実際に流通させるか否かについては、多くの者の意見を事前に聞く訳にはいかない。

陛下と私、ここに居るアスト財務省長官、ミネオ貨幣管理庁長官、グイード造幣局長の5人で検討する。

忌憚の無い意見を出していこうではないか。」


最初に意見を述べられたのは、陛下だった。


「先程の話では、この紙幣を作るのに魔法は不要なのであろう?それならば、誰かが同じものを作るのではないか?」


「それについては、ご説明致します。この紙幣を作る道具は魔法が使えなくとも電気があれば動かすことができます。

しかし、その道具は、アイル様の魔法によって作られたものです。

とても、同じ道具が作れるとは思えません。」


「しかし、仕組みが分れば、その道具も作れるようになるのではないか?」


「いえ。あのように複雑極まりない道具が容易に作れるとは思えません。この紙幣は4種類のインクで描いてありますが、個別の色がズレることなく描けるのは、その精巧な道具によるものです。

常人に道具を真似て作ることなど……」


「グイード、まあ良い。ここでは紙幣の偽物を作る方法が有るかを考える必要がある。

確かに、鉄道の機関車を小間物師、細工師に見せた時も同じような事を言っていた。だが、時間とともに、こういったものは作れるようになってくるのではないかと思っている。

実際、マリムでは、ソロバンを作る道具を作れるようになったと聞いている。

道具の仕組みが分らなければ、紙幣は作れないという事で良いのか?」


「はい。そういう事になります。」


「それでは、造幣局の警備を厳重にしておくべきだろうな。

まだ試作段階と思い、然程警備に人を掛けていなかったが、王都から騎士を送って厳重に警備する事にしよう。」


「紙幣を作る道具が無くとも、同じ様に絵柄を紙に描く事は出来ないのか?」


陛下が疑問を呈したのだが、誰かがこんなものを描けるとは思えない。


「陛下が不安に感じられるのも尤もな事であると思う。これほどまで精細な絵柄を容易に真似ることができるとも思えない。卿らはどう思う?」


「そう思います。この紙幣の絵はとても沢山の細い線で描かれています。紙の上に描かれている事を別にしても、これほどまで精細に描かれたものを見たことがありません。同じ様に描くことは無理ではないですか?」


アスト長官が宰相閣下の質問に応えた。

私もそう思う。


「紙幣では、紙に絵を描くと聞いていましたが、想像の遥かに上でしたな。この様な絵柄を真似る事など出来ないでしょう。」


アストが私の後に言葉を続けた。


「背景にある模様が気になって見ていたのですが、同じ形が繰り返される事無く、背景を埋め尽しています。しかも、4色の線で描かれてますね。この文様一つ取っても、完全に真似るのは、かなり大変な労力が要りそうです。」


それは気付かなかった。確かに複雑な文様となっているな。これは5角形のようにも見えるが、確かに同じ並び方をしている場所が無いな。


「この紙幣が非常に精細な絵が描かれていて容易に複製できたいという事で良いのかな?

この会議は、ここにある試作された紙幣を、偽造する事が可能なのかどうかの判断をする為のものだ。

ここで判断を誤れば、後々多大な損害を被るかもしれない。

善く善く、考えてもらいたい。」


その通りなのだろうが。これほど精細な絵は見た事が無い。

そもそも、こんな細い線で同じ絵を描くことが出来るとは思えない。


「私は、非常に難しい、いえ、不可能だと判断します。仮にこの絵を写し取ることを目論んだ者が居たとしても、非常に時間が掛る作業となるでしょう。その作業が終る前に、新しい絵柄の紙幣を作って、置き換えていけば、偽造の企みを挫くことも出来るのではないかと思います。」


ミネオ長官が意見を述べた。


「なるほど。定期的に紙幣の絵柄を変えて、古い紙幣は回収するという事か。

それも良い案であるな。偽物を作ろうと企てた者が苦労して紙幣を仕上げた時には流通していないという事になるのか。

グイード。この紙幣の絵柄を変える事は出来るのだろうか?

今回、一月掛らずに作成したことを考えれば然程時間は掛からないと思うが?」


「この紙幣の絵柄を印刷するために写真という手法を使っています。

その手法で使用する物の中に、アイル様とニケ様の魔法を必要とするものがあります。

こればかりは、お二人と相談してみないと分りかねます。」


「そうか。急ぐ話ではないので、その件は相談しておいてくれ。

あっ、この絵柄を採用する前提として話しをしてしまっているな。私はこの絵柄を気に入っているのだが、この絵柄を採用するという事についてはどう思われるかな?」


「私もこの紙幣の絵柄の採用に賛成いたします。」


私は賛意を表明した。


「美しい上、王国の良きところを示せています。非の打ちどころがありません。」


「陛下は、どう思われますか?」


「私も良いと思う。」


然様さようですか。私としては、陛下のご尊顔を描くのも捨て難いのですが。」


「また言うか。良いのだ。これで。」


「そうですか。また次の機会もある様ですので、その時に致しましょう。」

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