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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり2
310/369

N1.絵画修復

紙の製法が固まったので、造幣局で試作機の使い方を学んでいる王都の財務省の人達に試作してもらうことにした。

財務省の人達は、装置の動かし方は学び終えていた。


当面は、化学研究所の准教授達にサポートしてもらいながらだ。

実際に製品を流すと色々トラブルが発生する。

その対処が上手くできないと、事故になるかもしれない。


試作装置は自由度が高くなっていて、工場の機械ほど自動化されていからなおさらだ。工場だったら何か有ったらライン全体が止まるんだけど、試作装置は個別に装置が動かせたりするからね。


色々なトラブルが起きて対処方法を学んでもらえれば良いと思うよ。


試作の開始と同時に危険予知訓練も毎日行なってもらう。

化学研究所やコンビナートでは、当たり前に実施している事だ。


事故は、思わぬ事で起こったりしない。

何気無い処理や動作で発生する。

その何気無い処理や動作を潰していくのが大切だ。

そして、作業する人が、この行為は危険かもしれないと気付けるようにする事だ。


怪我なんかしたら大変。

機械が壊れても、アイルならあっという間に元に戻せるけど、怪我をしたら簡単には治らない。

命を失なったら元に戻る事は無い。

時間を戻す魔法があんな感じだから、本当に元には戻らない。


少しだけ私の手が空いたので、ヤシネさんのところに、古い絵画で使用していた顔料を教えてもらいに行った。


ヤシネさんは、ここd 600(=864)年近い間、顔料に使われる素材は変わっていないと言う。

そういう意味で、ガラスの赤色を出すために金を使うというのは、画期的な事だったらしい。

そんなものなんだろうか?

ともかく世の中は停滞していたってことなんだろう。


まあ、お陰で助かったのは事実だ。

正体不明の顔料で絵が描かれていたりしたら手の打ち様が無くなってしまう。


ヤシネさんの好意で、様々な色の顔料の原料を聞いて、実際に分解して組成を確認していった。

これは、ヤシネさんの好意というより、ヤシネさんが単に知りたかったんじゃないかと思うんだけどね。


ヤシネさんのところは、今や大陸随一で最大の化学工業工房だ。多種多様な顔料があるのも分る。


調査を始めて、愕然とした。

私は良く使われる顔料は金属酸化物か精々硫化物 だろうと高を括ってたんだよね。だけど、そう単純なものでは無かった。

いや、違う。そんな単純な化合物だけだったら楽で良いなと思っていただけでした。

希望的観測ってやつだ。


金属硫酸化物とか、硫化物、塩化物、臭化物、水酸基を持っているものもあった。

そしてかなり複雑な成分の物が多かった。

膨大な顔料の化合物のリストが出来上がった。

まあ、調べるのは一瞬で終るから、大した手間じゃなかったけど。


修復なんて出来るんだろうか。

かなり不安になった。


「いやぁ。流石ニケ様です。こんな短い時間で調べるのが終りましたね。

これで顔料の成分が全て判明した訳です。

あまりお目にかからないエレメントもありましたね。」


確かに、作成したリストの中には、かなりレアな希土類元素も多数あった。

顔料に含まれている元素を集めると安定な金属元素の大半が有りそうだ。


ヤシネさんの店の中の目立つところには周期表が掲げられている。

私の助手をしていたビアさんやキキさんから聞き出して、ヤシネさん自身が描いたんだそうだ。

カラフルに色分けされたその周期表は、前世の地球にあったものだと言っても奇しくない出来だ。

違いと言えば、第7周期の記載がないことぐらい。

このあたりの元素は、安定同位体が無くなる。

ノバ君の影響が有ったとしても、ウラニウム鉱石を調べたり、原子炉や粒子加速装置でも作らなければ、殆ど発見される事のない元素だ。

記載されてなくても全然問題無い。


テクネチウムは記載されてあるんだな……。


この世界で、大衆の目に触れるところに周期表が存在しているだけでも不思議な事かな。

まっ、私の所為なんだけどね。


まじまじと私が周期表を見ていたら説明してくれた。


「これを書き上げた当初は、嬉しくてお客さんに説明したりしてました。

なんか変な目で見られたりして、説明するのはめてしまいました。

今では不思議な模様が描かれた絵としか思われてませんね。」


それはそうだろう。元素記号は地球のままだ。この世界の文字じゃないからね。


「それにしても、随分と顔料ってあるんですね。」


「そうでしょう。この店には、王国で入手可能な顔料は全てありますからね。」


ヤシネさんは嬉しそうにそんな事を言う。


「えーと。全て……ですか?」


「ええ。全てです。」


「えーと。全部売り物なんですよね。全て何かに使われているんですよね?」


「さぁ、どうでしょう。これなんかは、物凄く高価で、金の何クアト(=d100=144)倍もの金額ですから、余程の事が無いと使わないんじゃないでしょうか。」


私に、綺麗な青い顔料を見せてくれた。


「それじゃ、殆んど使われない顔料もこのリストの中にあるんですか?」


「そうですね。金額が高いものは、まず使われる事はないでしょうね。

でも、絵画に使われている顔料は、ここにある顔料のどれかというのは確かです。

ただ……」


「ただ?」


ヤシネさんは、古い王国の絵画なら、高価な顔料は使っていないんじゃないかと言った。


ガリア王国だった頃は、新興国故に財の蓄積が乏しかった。そのため高価な顔料を使って絵を描いてもらうことなんて出来なかったんじゃないかと。


それじゃぁ、今回調べた顔料の中には高価で使われたと思えない物も有るってことなのか?


「それなら、今回修復する絵画に使われている可能性が高い顔料ってどんな物になるんですか?」


「そうですね。どちらかと言うと、使われていないものの方が判断しやすいかも知れませんね。先刻のこの青い顔料は使われているとは思えないですし、えーと、昔から価格が高い顔料は、これや、これや……、これは外国から来る顔料だから……」


膨大なリストから、次々と顔料が除外されていく。

私はそれを呆然と見ていた。


最終的に残ったのは、d30(=36)種類ほどだった。

先刻のリストにあった項目の大半は除外されてしまっていた。1割も残ってないよ。


……やられたね。


やっぱり、ヤシネさんの興味本位だったみたいだ。

まあ、でも、様々な元素がこの店にあるってことが分っただけでも良かったのかな?

何時も私が無理難題を持ち掛けているのに比べたら大したことじゃない。


顔料で複雑な構成やレアアースを含んでいるようなものは残らなかった。


それも当然かもしれない。


安価に手に入れられる顔料の原料は、地表近くに大量に存在する元素の安定な化合物の筈だ。

どこかの鉱山の奥で見付かるような特殊な物質の訳が無い。


それから残っている顔料のリストと睨めっこをして、傾向が見えてきた。

多くは酸化物だったけど、残りは硫酸化合物と硫化物が多い。硫酸イオンが有ったら、硫酸化合物と考えて良さそうだ。硫黄だけだったら硫化物だと考えて良さそう。

金属との組み合わせで考える事で、何とかなりそうに思えてきた。


「残ったこれらの顔料を使っているんだったら、どうにか修復できるかもしれないですね。

最初のリストを見たときは、ちょっと絶望的になりましたけど。」


「ははは。申し訳ない。そのお詫びに、ここにある顔料を全て小分けにして差し上げますよ。」


「でも、物凄く高価なものもありましたよね?」


「まあ、そうですが……。

もともとこの店は顔料を扱ってはいましたけど、最後にリストに残った顔料より少ない種類の顔料を扱っているだけだったんです。

ニケ様のお陰で、今では、王国にある全ての顔料を扱えるほどになりましたからね。

その御礼も兼ねてですよ。

それに、ニケ様が最初に鉄やステンレスを作ったときに、大量に顔料をお買い上げいただきましたし。

少し特殊なエレメントを含んでいる顔料が、また何かに使えるかもしれませんでしょう?

私の所に置いておいても、何かの役に立つ訳でも無いですからね。」


そんな話をされたら、有り難く頂くしかないんだけど……。

知らなかったな。

ヤシネさんには、5年前からお世話になっていたんだ……。


「ヤシネさんのところには、5年前からお世話になっていたんですね。

突然、大量のベンガラや黄色の顔料をお願いして、迷惑を掛けてしまったんじゃないですか?」


「いえいえ、そんな事はありません。私は単に商売をしただけですよ。

その頃、マリムで顔料を扱っている工房は何軒かありました。その頃もウチが一番大きかったから、ウチに注文が来たのだと思います。

ただ、生まれたばかりの赤ん坊が赤色と黄色の顔料を欲がっていると聞いた時には、何かの間違いじゃないかと思いましたけれどもね。

あの顔料が鉄やステンレスになったという話は随分後になって知りましたが、その時はビックリしました。

あっ、それより、いよいよあの絵の修復に取り掛かられるのですか?」


「いえ。まだ、バールさんの彩色写真が出来ていませんから。それが出来次第だと思います。」


「そうですか。しかし、王宮博物館の人たちは、修復の為とはいえ、よくもこんな遠くまで絵を運んで来ましたね。

私は若い頃、王都に旅行に行ったことがあるんです。私の家は代々こんな商売をしていましたから絵に興味がありましてね。王宮博物館であの絵を見た事があるんです。

ただ、あんな色合いの絵だとは思っていませんでした。」


あの絵は本当は修復の為に運んできたんじゃないんだけどね。

その話は誰にも話せないからな。


「司教様もそんな事を仰ってました。ヤシネさんはどう感じたんですか?」


「そうですね。王宮博物館では、蝋燭だけの暗がりで見ましたので、厳粛な気分にはなりましたが、絵については特に何の印象も抱きませんでした。

今回、明るいところで見て、始めてあの絵の良さが分りました。

構図といい、色使いといい、流石王国の宝になっているだけのことは有ると思います。

ニケ様の修復が終ったら、絵は王宮博物館に戻るんですよね?

修復した後は、王宮博物館では、明い場所で公開するのでしょうか?」


「さあ。それを決めるのは私達じゃないので、何とも言えません。」


「まあ、そうですね。変な質問をしてしまいました。

修復が終った絵を、王宮博物館に見に行こうと思っていたんです。

昔は王都に行くには大きな決心が必要でしたけれど、今は日程を調整しさえすれば行けますからね。

これもアイル様とニケ様のお二人が鉄道や定期運航船を作ってくれたお陰ですよ。」


「あっ。それなら、義父おとう様が修復が終ったところで、お広めすると言っていました。また晩餐会を催すのだと思います。」


「えっ。そうなんですか。それは見に行かないとなりませんね。」


ヤシネさんに、小分けにした顔料は、メーテスの化学研究所に運んで欲しいとお願いした。持ち帰るには種類が多すぎた。

絵の修復を応援している、頑張って欲しいと言われて、ヤシネさんの元を離れた。


今回、ヤシネさんのところに来て、なんとかなりそうな感触を得たのは有り難かった。

ただ、あの古い絵画が厄介な顔料を使っていないという事は判らないんだよね。


まあ、完璧なのはそもそもムリなんだから、どうしたら良いか判らなかったら手を出さなきゃ良いだけだろう。


バール絵師は、作業を始めて1週間ほどで彩色写真を完成させた。

出来上がった彩色写真を見せてもらったけど、現状の絵画の色合いを完璧に再現していた。


直にでも修復して欲しいとボナリーアさんから要請が来た。

どんな修復をするのかについて説明するために、ボナリーアさんにはメーテスに来てもらった。


ボナリーアさんに補修の説明をするのに、時間魔法……劣化魔法かな……は役に立った。

残っていた流木を見せて、絵の土台になっている木材の状況と似ている事を確認してもらう。その流木の一部を切り取って、アイルが一気に劣化魔法で風化させる。


アイルに言わせると、d200(=288)年ぐらい経過させたらしい。

魔法を掛けられた流木は、触っただけで崩れた。

それを見たボナリーアさんは蒼褪めた。絵が崩壊するのを予感したんだろうね。


例の木みたいに硬くなった紙の処方で、紙を作る前の懸濁液を作った。それを流木の隙間という隙間にアイルが魔法で含浸させた。

流木と、処理をした流木を同時に、時間魔法で劣化させて見せる。

流木はボロボロになっていったけど処理をしたものは形を保っている。


ちなみに、この木みたいに硬くなった紙は紫外線の所為で硬くなっている訳ではなかった。複雑な樹脂が相互に反応して時間と共に硬くなっているだけだ。

そういった反応には、劣化魔法……時間魔法かな……は反応を促進して反応時間を短縮できる。

限定した用途には、役に立つこともあるんだね。この魔法。


この、劣化した木材の修復を見たボナリーアさんは狂喜した。

マリムから王都まで持ち帰る時に絵が壊れないかを一番気にしていたんだろう。


その後、劣化した漆喰の修復や、劣化した顔料の修復も実演して見せた。予め、劣化魔法で漆喰や顔料を劣化させておいたものを、分離魔法を使って、価数が変化した金属イオンや置き換わってしまったアニオンを元に戻しただけだ。

ただ、この作業には僅かながら硫黄が必要になる。どうやら硫化物は長い年月で硫黄を手放してしまうみたいだ。

劇的に漆喰の強度や顔料の色調が戻るのを見たボナリーアさんは喜んだ。


「この魔法で、絵は描いた頃の輝きを取り戻せるんですね?」


「まあ、それに近い状態になったら良いかと思います。ただ、前にもお伝えした通り、欠落した部分は戻りません。

それと、成分が不明の絵の具の場合にはそのまま何もしない事になるかも知れません。」


私の話は尤もなことだと思ってくれたみたいだ。どうやらそれ以上に感じたらしい。誠実な対応だと。


「それでは、明日、必要な物を領主館に運んで、修繕作業を実施しますね。」


「こんな事をお願いして良いか判らないんですが……。王宮博物館には、他にも修復をした方が良い絵画が多数あるんです。

修復をせずに失なってしまうのが惜しい絵画が。

そういった絵画を修復していただく事は出来ないものでしょうか?」


思わず、アイルと顔を見合わせてしまった。


「えーと。今、それをお応えするのは……。まずは、今回の絵の修復が上手くいってからじゃないかと思います。

それと、そんな重要な話は領主様とご相談していただければと思います。」


「あっ。そうですね。その通りです。もう、上手く行くものと思って先走ってしまいました。申し訳ないです。」


とりあえず、この話は、義父おとう様に振った。あとは、そっちで考えてもらおう。

今、そんな事を言われても、紙幣の件で手一杯だよ。


翌日、朝から領主館で絵の修復作業をする。

アイルの作業は、ほとんど一瞬という感じで完了した。ううぅぅ……狡いな……。

最初に漆喰を最初の状態に戻す。これはあまり難しくないから、私もほぼ一瞬で作業を終えた。


問題は顔料なんだよね。

私は、それぞれの絵に塗られた顔料と睨めっこだ。

慎重に、顔料を元々の状態に魔法で戻していく。

細心の注意をしながら時間が掛る作業をしていく。幸いだったのは、厄介な顔料が見あたらなかった事だった。そのため作業は順調に進んでいった。


絵師のバールさんが、部屋の隅の方で、ボナリーアさんと話し込んでいた。

今度は何だろう。

前回の様な言い合いになっている訳じゃないから放っておいても大丈夫かな。


私の作業は2とき(=4時間)程で完了した。

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