99.ウラニウム
アイルの説明は分かり難かったけど、要するに、
・時間を進める魔法というのは聞いた事が無いけれど、無いとは言えない。
・これまで使える人が居たとしても有用性が無いので伝わっていないだけかもしれない。
・魔法が熱力学第二法則に反している様に見えるのは、時間が関与している所為かもしれない。
・最初に私達が水を大量に出した魔法みたいに、それと気付かずに、時間を操作している魔法を使っているかもしれない。
そんな話だったみたいだ。
要するに、そんな魔法が有るか無いか解らないってことだね。
相変わらず、分かり難い説明をするな。
アイルの頭の中では、イメージが整然としているのかもしれないけど、私はともかく、あの話じゃ誰も分らないと思うよ。
ただ、アイルは有ると半分以上信じているみたいだ。単に有ったら面白いと思っているだけかもしれないけど……。
それに、魔法の事を本格的に調査したいアイルとしては興味を引く内容の様だ。かなり調査に乗り気になっている。
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ウラニウムは、見付かった時から、ずっと鉛の容器に入れて保管している。
今は、化学研究所の資材置き場にある。
扱いに困っているんだよね。
前の研究所でも、倉庫の奥に置いてあったんだけど、私の目が届かないところに置いておく訳に行かないから、メーテスに引っ越した時に一緒に持ってきた。
何かに使う予定は全く無い。
前世では、放射性同位体は、色々な用途に使っていた。癌の治療なんかにも使っていたな。
化学の分野では、反応状態を調べるためのトレーサーとして使ったりしていた。
あとは、センサーかな。
鉄板の厚さを測ったり、ガスクロマトグラフの検出器で使っていた例があるらしい。
感度が良くて便利だったみたいだけど、管理区域を設定したり、管理台帳を作ったり、かなりメンドウなしろものだ。
私は使ったことが無いから、先輩の化学者に聞いた話だ。
この世界では、今のところ使う気は全くないんだよね。
大体、放射線量を計測する測定器も作ってないし、どのぐらいの放射線でこの世界の人体に影響が出るのかなんて分らない。
どの位の放射線を浴びたら危険なのかって知識は、体に悪いと知らずに使っていた科学者、事故や戦争で放射線を浴びてしまった人達、沢山の人達の犠牲が有って判明した事だ。
ここで、そんな事をする気にはなれないからね。
ちなみに、ウラニウムの鉱石が見付かったのは、アトラス山脈の南寄りの山の中だ。
義父様達に場所を伝えて、念の為、立ち入り禁止にしてもらっている。
周辺は人口が少ないと言うか、誰も住んでいないから、立ち入り禁止にしても誰も困らない。
近くには農地すら無い、本当に辺鄙な山奥らしい。
周辺を囲うように柵を作ってもらった。
そして、「近付くだけで猛毒の鉱石があるので立ち入り禁止」と書いた看板を随所に立てた。
この世界、字が読めない人が多いから、看板にはドクロマークを描いてもらってある。
これでも、柵の中に入る勇者が居るかもしれないれど、それは、自己責任だよ。
でも、立ち入ったところで、何も無いとは思うんだよな。
周辺より、多少放射線量が多いだけだろう。
とんでもない高濃度の鉱床でも無ければ、問題は無い筈だ。
だから、念の為だよ。
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ウラニウムの核分裂反応は、周辺の環境の影響は殆ど受けない。
そうは言っても、前世でアイルが研究していたみたいに、光速に近い速度の粒子をぶつけたりしたら、どうなるか分らないけど。
まあ、普通の環境では核反応には全く影響はなく、その原子核が分裂するかどうかは、単に確率だけに従う。
どれだけ長い間分裂しなかったとしても、次の一定時間の間に分裂するかどうかは、同じ確率で起こる。
一定時間毎にサイコロを振って、当りが出たら分裂するという感じだ。
サイコロの確率は、核種で決まっていて、当りの確率が高いサイコロなら半減期が短かくなり、当りの確率が低いサイコロなら半減期が長くなる。ただ、それだけだ。
サイコロの目の調整や、当りの確率を変えることは出来ない。
前世で例の大地震の後、福島にあった原子力発電所がメルトダウンした。
バラバラになった放射性燃料を冷却する際に使用した水の一部がトリチウム水になった。
それを処分する為に大量の水で薄めて、トリチウム水を海洋に放出した。
私の事を化学者だと知っている、近所の酒屋のオジサンから、どうにかして無害にする方法が無いのかと聞かれた事がある。
無いんだよね。無害化する方法なんて。
人が出来る事は、希釈するか、濃縮するか。あとは、化合物を作る事ぐらい。
放射能を持った原子を消滅させる事なんて出来ない。
どんな化合物を作ったところで、放射能を持った原子は放射能を持ったままだ。
放射性物質が完全に無害になるのは、半減期の何倍かの時間が過ぎて放射能が無視できるのを待つしか方法が無い。
つまり、トリチウム水が水になるのを待つしかない。それって、結局、水で薄めるのと違いが無い。
結局のところ、総量の問題でしかないんだよね。
問題無い程度に薄めることが出来るんだったら、何も問題は無い。
なにしろ、地球は太陽から大量の放射線を浴びている。大半は、大気圏の上層部で吸収されてしまうけど、地表にも降ってくる。そして、大気の上層部では毎日大量のトリチウムが発生している。
結局、放射能を持った物質の核分裂の確率を変える事なんてできない。
もし、時間を変える事が出来る魔法があるのなら、分裂を進めたり、遅らせることが出来る。
逆に考えて、何かの魔法で、分裂が進んだり、遅れたりしたら、時間に影響を与えた魔法だと考えても良いかもしれない。
ただ、他の要因で、核分裂の確率が変化する可能性もあるけど。
それは、簡単に思い付きそうも無い。
まずは、そんな事象が起こるのかどうかだろうね。
食堂から研究所に向う間にも、アイルは、直ぐに確認したい様な事を言う。
でもね。放射線量を計れなければ実験なんて出来ないだろ。
「アイル。気持は解るけど、放射線量を測る計測器を作らないとダメなんじゃないの?」
「ん?有るよ。」
「えっ?有るの?いつの間にそんなもの作ったの?」
「うーん何時だっただろう?
電力線をどうにかしたいと思った頃だと思うな。
その頃、色々な方法を考えていて、ヘリウムを集めたり、高電圧を発生させる装置を作ったりしていたんだ。
超伝導の電線があったら良いなと思った時に、液体ヘリウムが必要かなと思ったんだ。
結局、ニケの魔法が優秀過ぎて、液体ヘリウムは必要無かったんだけどね。」
「必要なら言ってくれれば、良かったのに。」
「いや、使うかどうか分らないものをニケに頼むのもどうかと思って。
それに、ヘリウムだったら、オレの魔法でも集められるから、少しずつ集めてたんだ。
ただ、大分時間が掛ったけど……。
それでも、大気には結構な量のヘリウムが有ったんだ。」
「えっ。そうなの?それは知らなかったわ。」
「何故かってのは良く判らないけど。これも、メクシートの所為かもしれないな。」
「ノバ君の所為で、ヘリウムが多いのか。どのぐらいの量があるんだろ。今度調べてみようかしら。
それで、それが何で放射線の測定器になるの?」
「結局ヘリウムも高電圧装置も要らなくなった時に、少し気になって、ガイガー管を作ってみたんだ。
確か、ウラニウムを見付けたのって、その少し前だったんじゃなかったかな?
鉛の容器の中に有っても放射線が漏れているんじゃないかと思って。
結局、放射線漏れの問題は無かったんだよね。
問題無い事を確認して、それっきり忘れていたな。」
アイルは、そのガイガーカウンターを物理研究所に取りに行った。
私は、警備している騎士さんにお願いして、鉛の容器を空いている実験室への移動をお願いした。
化学研究所の居室に着くと、領主館から荷物が届いていた。
送られてきた荷物は、王宮博物館の絵の顔部分を撮影した写真だった。
おっ。バールさん。ちゃんと仕事してくれているな。
「ヨーランダさん。肖像画に使う絵の写真が届いたわ。
これを手本にして、線画で似せた絵を書いてもらえないかしら?」
ヨーランダさんは、じっとのガラス板を見ていた。
「やはり、写真にすると、少し雰囲気が変わりますね。なんとか頑張ってみます。」
そう言うと、ヨーランダさんは、無機化学研究室の自分の部屋に向って行った。
「ニケ。これ。どこに運べば良いんだろう?」
ちょうどその時に、アイルが、大きな金属の塊を騎士さんに運ばせて、化学研究所にやって来た。
「何だか、凄く大きな装置ね。
昔、大学生だった時に物理実験で使った装置はもっとずっと小さかった記憶があるんだけど。」
「仕方無いだろ。これを作った当時は半導体も無かったし、電力用のトランスをそのまま流用したんだから。それに、一回しか使ってないから、そのままだったんだよ。
今は、作り直せるけど、時間が勿体無いから、そのまま持ってきたんだ。
それで、何処に運べば良いんだ?」
ウラニウムが入っている鉛の容器を運んでくれた騎士さんにお願いして、アイルが持ち込んできた重そうな装置の移動の手伝いをお願いした。
 




