97.肖像写真
少しだけ、いろいろあったけど、晩餐会は、穏かな雰囲気に包まれていた。
絵師のバールさんは、写真撮影も任されたので、スキップをしながら、会場を後にした。
本当に、絵にしか興味が無かったんだね。
明日の朝一番に、どの部分を撮影するのか打ち合わせをする事になった。
会場に来ている人は、食事もそこそこに、絵の鑑賞をしたらしい。
入室は、王宮の文官の人達が制限を掛けて、部屋の中に人が溢れないようにしていたのだそうで、長い列が出来ていたと義父様に教えてもらった。
ちょうど、その頃は、私とアイルとウィリッテさんは別室に行っていた。
私達が絵の修復をする事については、噂ではなく、義父様達があちこちで話をしたんだそうだ。
まっ、良いけどね。そのお陰で、肖像の模写に使う写真を手に入れられるから。
先刻のミレーラさんとのやりとりについては、義父様達に説明しておいた。
お祖母様達は、ガリム・サンドルとモナド・グラナラの彩色写真が欲しいと言っていた。
そのぐらいなら、問題は無いんじゃないかな。
こっそり作っておくってことも出来るかもしれない。
どうせ、バレたりしないだろう。
私とアイルは、何時もの通り、晩餐会では二人で一緒なんだけど、どういう訳だか、ウィリッテさんも一緒に居る。
「ウィリッテさんは、私達と一緒じゃなく、他の方と話をしなくて良いんですか?」
「ええ。それは大丈夫よ。他の人と話をするのは何時でもできるけど、晩餐会で何かが起こるとしたら、貴方達の周辺でしょうから。
だったら、一緒に居た方が良いわ。」
ふーん。流石、元女スパイだね。
でも、何も起こらないと思うよ。
会場で、食べ歩きをしていたら、准教授達が居たので立ち話をした。
皆、何時もと違う食事に満足していた。
絵を見たのか聞いたら、最初に鑑賞したんだそうだ。
会場はそこそこ広いので、食事をしながら歩いていると、色々な人と会う。
知らない人が大半だけど、知り合いもかなり居る。会って立ち話をしてをして過した。
そんな感じで、三人でブラブラしていたら、リリスさんと会った。
私が、様々な紙を集めていた事をリリスさんは知っていた。
流石というか、何と言うのか。
「それで、今度は、何を作るんですか?
この前みたいに、突然、ゼオンやロッサに人を送って欲しいと言われても困ります。
事前に教えておいてもらわないと。」
「その節は、お世話になりました。突然の申し入れに対応していただいて、本当に感謝しています。
今回は、そんな事は起きませんから、大丈夫です。」
「今回はって事は、やはり何か作るんですね?」
うっ。言質を取られてしまった……。
あまり丁寧に話そうとすると、そっちに気を取られるな。
まあ、でも、紙に関しては、遅かれ早かれ、気付かれるとは思っていたんだよね。
「ええ。今は言えませんが、少し研究してます。」
「あら。そうなのね。
紙になる材料もメーテスに運び込んでるらしいですけど。
それって、紙に関する研究ですか?
だったら、教えて欲しいわ。」
「えーと、本当に今は何も言えないんです。」
「それで、それは、お金になるんですか?」
「へっ?お金?」
なっ、なっ、何で、リリスさんが知っているの?
思わず、アイルとウィリッテさんの方を見る。
二人揃って、他人の振りをしている……。
リリスさんの方を見ると、リリスさんは、じっと私を見ている。
何だか、今日は、顔をマジマジと見られる事が多いな。
うぅぅ。何か怖い。
暫く、私の顔をじっと見ていたリリスさんが、微笑んだ。
「何か隠しているみたいだけど。まあ、良いわ。
国務館の館長さんと一緒だから、ひょっとしたら王国の仕事かも知れないわね。これ以上、ニケ様を困らせる事はしないわ。
でも、もし、儲かるなら、私のところでも噛ませてもらいたいわ。
何時もの様に、協力は惜しまない心算よ。
話せるようになったら、一番最初に教えてちょうだい。」
「ええ。話せるようになったらですけど……。」
リリスさんは、にっこり笑って、私達の側を離れて行った。
やっぱり、商売している人と話をするのは苦手だ。
「ふふふ。やっぱりお二人と一緒に居た方が面白いわね。」
「えぇぇ。でもウィリッテさんには助けて欲しかったですよ。」
「でも、私が口を挟むと、王国の仕事だと丸分りになってしまうわ。
それにしても、流石は、王国でも有数の大店の女店主ね。
どこまで知っているのかは、調べた方が良さそうね。」
また、その話になるのか。
まあ、私の知るところじゃない。
8時(午後8時)になったところで、フランちゃんとセド君は、寝室に下って行った。
始まったのが遅かったので、残念そうにしていたけど、幼い子供だから仕方が無いよ。
私達も、あと半時ほどで、就寝の時刻になる。
まあ、仕方が無い。私達もまだ子供だからね。
それからは、特に問題無く、知り合いの商店主や工房主と話をして、就寝の時刻になった。
翌朝。朝食を食べるために、食堂に行ったら、王宮から絵を運んできた文官の人達が朝食を食べていた。朝から、絵の警備かな。
そんな中にバールさんが居て、朝食を食べていた。
何故?
いや、何故居るのかは分るから良いんだけど、何故領主館で朝食を食べているんだ?
聞くと、バールさんは、早朝に目が覚めて、写真の機材を担いで領主館に大急ぎでやってきた。
朝食を食べていなかった事に気付いたのは、領主館の侍女さんに朝食を勧められた時。
私達が起きてくるまで、作業が出来ないと言われたので、朝食を食べていたらしい。
朝食を食べるのを忘れる程の事なのか?
バールさんにとっては、そういう事だと思うしかないな。
彩色写真の打ち合わせを行なうために、絵が設置してある場所に移動した。
写真を取って、色付けをしてもらう場所を指定していく。
全体写真と、一番肝心な顔の部分。そして、傷みが酷い場所。
序でに、裏面の木の板も写真を撮ってもらう事にした。
絵の傷み具合は、それぞれ違っている。
一番酷いのは、ガイア神の絵。
これは、ガリア王国だった頃に描かれた。かれこれ400年は前の絵らしい。
傷みの酷さから言うと、木の板が一番酷いかもしれない。
絵を壊さずに運ぶのは、大変だっただろうな。
鉄道が有ってよかったね。
まあ、高速船や鉄道が無かったら、王宮博物館から移送するなんて事は、考えなかったんだろうけど。
女神ガイアの絵は、広大な大地の上空に女神のガイア神が居て、光輝いている。
夜空なんだろうか?濃い青色の空に浮かんでいる。
ガイア神から放たれた光が大地を照していた。
大地にある様々なものや、一緒に空中に浮いている人の形をした眷属は、皆、宗教的に意味があるものらしい。
昨日、散々司教さんに教えてもらった。
全体に色がくすんで見える。絵画の表面の罅割れや絵の具の変質なんだろう。
問題は、顔料に使用している色の元になっている化合物に何を使っているかなんだけど。
顔料の欠片を貰って分析するってのは……ダメかな?
ミレーラさんに相談してみたら、やっぱりダメだった。
これ以上、絵にダメージが加わる事をどうしても避けたいらしい。
うーん。
修復の方法をどうやって考えようか……。
せめて、この当時の顔料に何を使っていたのか知らないと。
ミレーラさん達に、当時使われていた顔料に何があったのかを聞いてみた。
一番詳しかったのは、バールさんだった。
絵師だけの事はあるね。
そうは言っても、聞いた事のない鉱物の名前が出てきただけだ。
バールさん曰く、ヤシネさんが詳しいらしい。
それなら、ヤシネさんに会って相談してみることにしよう。
使われている可能性のある顔料の原料になっている鉱石の名前リストを作った。
それほど沢山は無かった。
CYMそれぞれに3種類か4種類といった感じかな。
というより、赤色、黄色、緑色、青色それぞれに2,3種類という感じだ。
白は漆喰を使っていて、黒は炭だそうだ。
様々な色は、混ぜて作っているから、そんなに沢山の種類の原料は無くても済んでいるんだろう。
当面は、バールさんの彩色写真が出来上がるのを待ってからになる。今回依頼した彩色写真が出来るのに、1週間欲しいと言っていた。それまでは、絵の修復について予備調査以外はする事がない。
やる事が山のようにあるから、そっちを片付けていかないと。
バールさんには、領主館にある研究所の現像のための設備を使っても良いと伝えておいた。
領主館の研究所から、メーテスに引っ越した所為で、昔の研究所に機材は殆ど残っていない。
ただ、天文台で撮影した写真の現像の為に、写真現像の設備だけは残ってるんだよね。
バールさんの写真館に戻って現像するよりは大分楽なはずだ。
バールさんも、喜んでいた。
その時に、こっそり、顔の部分の彩色していない写真だけは、今日中に、メーテスに届けて欲しいと頼んでおいた。
バールさんは、快諾してくれた。何に使うのかは聞かれなかった。
後の事は、侍女さんにお願いして、私とアイルはメーテスに移動した。




