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黄泉送りタクシー、鹿沼の出勤簿④ 【全4話完結】〜きさらぎ駅へようこそ〜  作者: 鬼喜怪快


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きさらぎ駅へようこそ④


 

 この駅の名前はなんだったのだろう。


 降りる時に看板を見たはずなのに

 記憶がない。


 きさらぎ駅を出発して、

 最初に電車が停まった駅——

 

 無我夢中で乗客たちを掻き分けて

 東雲は降りた。


 

 そして彼女は、

 きさらぎ駅とこのあたり一帯の怪異に

 ようやく——



 恐怖した。



 東雲は身を隠す場所を探した。


 ホームに隠れる場所はなかった。

 一旦改札まで向かった。


 誰もいない。

 そこには誰もいないのに——


 見られている。


 覗かれている。


 監視されている。



 その恐怖が彼女を襲った。


 真っ暗な構内。


 ベンチシートとゴミ箱の隙間に、

 彼女1人くらいなら隠れることが

 できそうだった。


 東雲は、

 とりあえずその場に身を隠すことにした。


 荒れる息を必死で抑える。


 それでも漏れる息。

 溢れる汗。

 脈打つ鼓動。


 全身が震えて涙が流れた。



「どうして……

 どうしてこんなことになったの……」



 数分前に鹿沼と出会った。

 

 あの世逝きの駅に

 連れていかれそうになり、

 拒絶したらきさらぎ駅に到着した。



「大スクープだって

 喜んだばかりなのに……。

 おかしいよ、ここ」



 東雲は、きさらぎ駅に着いてから

 撮った写真を確認した。



「なに……これ!?」



 駅やホーム、

 電車や風景を撮ったはずの写真。


 しかし写っているものは、

 異様な表情をしてこちらを向いている

 無数の人間たち。


 

 いや——これは人間なのか?

 


 これからどうするかを考えた。

 でも、どうしようもなかった。


 助けを待つしかない。

 

 そう——


 鹿沼の助けを……。



 ——カツッカツッカツッカツッ



 その時——

 足早に革靴が床を蹴る

 足音が聞こえた。


 外から構内に入ってきて、

 こちらに向かって走ってくる。


 辺りが暗くはっきりと見えないが、


 ——鹿沼だ。


 鹿沼が迎えにきたのだ。



「お客様。

 そのようなところで

 なにをなさっているのですか?」


「なにをじゃないわよ!

 どれだけ怖かったか!

 あなた助けに来るのが遅いのよ!」



 東雲が、

 隠れていたベンチシートとゴミ箱の間から

 姿を現した。

 


「えっ?」



 鹿沼だと思っていた者は、

 駅員。


 この駅の住人だった。


 土気色の肌で、

 意思の通っていない目の駅員が

 彼女を捉えている。



 逃げないとダメだ——



 東雲は立ち上がって、

 駅員の立っている反対方向へ逃げた。



 ——あっ!


 ガシャン!



 カメラを落としてしまった。

 

 慌てて取りに戻る——



「あれっ?」



 東雲の足が動かない。


 いや、

 動かないのではない。

 足が床に溶け込んでいる。



「キャァアァーッ!」



 バランスを崩した彼女は床に倒れ込んだ。



「!?」



 今度は身体が床に溶け込んでいくのがわかる。



「いやぁ!

 なによこれ!

 怖い怖い怖い!

 助けて鹿沼さん!

 誰か助けてよぉ!」



 ——メリメリバキンッ!



 カメラが、


 東雲の命とも言うべきカメラが

 踏み潰された。



「ああぁぁ!」



 生前スクープをともに追った相棒。


 週刊誌に載るほどのスクープを

 たくさん撮ってきた。


 死んでからも15年間。


 毎日そばにいてくれた家族。



 それを踏み潰したそれは、

 真っ直ぐに東雲に向かって来た。



 近づく足音。

 近づく影。

 近づく身体。


 そして、それは東雲の顔を目の前で

 覗き込んだ。



「!」



 無表情だと思ったその顔は、

 少し笑っていた。


 駅員は顔を耳元に寄せて

 ぽつりと呟いた。



「きさらぎ駅へ……ようこそ」



 ——————



 その頃、

 鹿沼はタクシーを走らせていた。



 東雲の降りた駅。


 ではなく、

 夜霧のトンネルがある橋に向かって。



 祭囃子の音がすぐそこにまで来ていた。



「春畑さん。

 おっしゃる通りに進んでいるのですが

 橋が見えません」


「距離はあると聞いています。

 先ほど源さんにお願いをして

 ヘルプに向かってもらいました」


「ヘルプ?」


「はい。

 夜霧のトンネルの内側から、

 ヘッドライトを当ててもらいます。

 光が漏れるはずですので、

 そこに向かって進んでください」


「……お客様のことは」


「残念ですが……

 きさらぎ駅から乗車した魂は

 2度と帰ってこないと聞きました」


「……」



 きさらぎ駅に迷い込んだ者は、

 たまに現れる。


 数年、

 数十年に1人程度……。


 決まって、

 きさらぎ駅にいる者が、

 現世の者とやり取りした内容ばかりだ。


  帰ってきた者自身の話は、

 ひとつも聞かされていない。


 なぜだろうか?


 受付の春畑が得た情報も、

 YOタクシー東日本第2支部が保管していた

 情報に過ぎない。


 誰1人として、

 実体験として経験した者がいない。


 

 それなのにどうして、

 きさらぎ駅からの脱出方法を知っている?


 そしてどうして、

 電車に乗った者が

 2度と戻って来られないって

 知っている?



 おそらく……

 YO本社は何かを知っている。

 

 知っているからこそ、

 立ち入り禁止にしたのだ。



「残酷ですが、

 弊社としましてはお客様より、

 弊社従業員の安全を第一に考えることに

 なっております」


「……」


「お客様の暴走に

 弊社ドライバーが巻き込まれた。

 従業員にも弊社にも責任はありません」


「ずいぶんと手際がいいですねぇ」


「鹿沼ドライバーは、

 あなたの身の安全だけを考えて

 お戻りくださればいいとのことです。

 それが……

 YO本社からの指示です」


「……それはどうも」



 タクシーのスピードよりも速く、

 祭囃子が近づいて来る。



「なにも見えませんが、

 祭囃子が、もう真横で鳴っています……

 私……どうなるのでしょう?」


「バックミラーもサイドミラーも

 見てはいけません。

 ただ前だけを見てください。

 そして——」



 延々と広がる山道の先に、

 明かりが灯った。



 ——その明かりに向かって

 フルスロットルで突っ込んでください。



 ——ズオンッ!



 何かを突き破った音と感覚。


 そして目の前に、

 いつもの夜霧のトンネルが現れた。



「おやおや。

 戻ってきましたか」


 

 バックミラーを見ると、

 源さんのタクシーが、

 トンネルの窪みに停車して

 ヘッドライトを照らしていた。


 鹿沼もタクシーを停車し、

 源さんのタクシーに向かって歩いて行った。



「源さん。

 ありがとうございます。

 助かりました」


「……きさらぎ駅とは、

 また物騒なとこ行ったなお前」


「きさらぎ駅をご存知ですか?」


「やべーって

 ことくらいな。

 何十年も前の話だぜ。

 第2支部の被害が凄すぎてな。

 立ち入り禁止にした上で、

 YO本社が完全に見捨てた地帯よ」


「お客様を……置き去りにしています」


「……悪くねぇって」


「?」


「お前は悪くねぇよ。

 ただ、その客の運が悪かっただけよ」




 ——————



 どうして15年前に

 あの世に行かなかったのだろう?


 どうして案内人の声に

 耳を傾けなかったのだろう?


 死んでから追いかけていた

 ロマンとはなんだったのだろう?


 そして、

 どうしてわたしは——

 

 どうしてわたしの身体は

 床に溶け込んでいっているのだろう?


 沈み逝く東雲を、

 大勢のきさらぎ駅の住人が見下ろしていた。



 彼らの顔は、

 いっそう笑って見えた。




「……たす……け——」






 ——————




 勤務中ではあるが、

 鹿沼は一度支部に戻ることにした。


 報告を上げるためだ。



 とにかく、

 春畑のいる受付へ向かった。



「鹿沼ドライバー」


「これはこれは春畑さん。

 先ほどはありがとうございました」


「先ほど?」


「えぇ」


「さっき、わたし何かしましたっけ?」


「おやおや……びっくりですねぇ。

 先ほど散々……

 おやっ?」


「どうしたんです。

 真剣な顔して……」


「私……。

 なにをしに戻ってきたのでしょう?」


「あははっ。

 お疲れですね——。

 今日は早上がりで休まれた方が

 いいんじゃないですか?」


「……。

 ですかねぇ」



 鹿沼は、

 何か不思議な思いが胸につかえたまま、

 タクシーに戻った。



「私……。

 出勤から2時間。

 なにをしていたのでしょう?」


「!?」



 鹿沼は後部座席に落とし物を見つけた。



 ——カメラのレンズカバー。



「おやおや。

 どなたの物でしょうねぇ」


「……」


「まぁ、

 すでにお亡くなりになった方の

 物ですから……

 落とし物にもなりませんか」




 この日——

  

 きさらぎ駅での鹿沼の走行記録なし。


 春畑との通信記録なし。


 源さんのヘルプ記録なし。

 

 乗客の送迎記録なし。


 

 あの時間のすべての記録と記憶が、

 消されていた。



 誰もが、

 消されたことすら

 知ることがなかった。





 なにより東雲翠——


 彼女はその存在までも、

 すべての記憶から消されていた。


 

 


 


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