第5話:私の世界は、あなただけで満ちていく
病院を退院し、学園生活に戻ってから、明らかな「異変」が起きていた。
「おはよう、タカシくん。今日の朝食、栄養バランスを考えてお弁当を作ってきたの。一緒に食べましょう?」
朝、教室に入るなり、不知火怜奈が俺の席に駆け寄ってきた。
手には丁寧にラッピングされた三段重のお弁当箱。学校中が静まり返った。あの「氷の女王」が、一人の平凡な男子生徒に対して、満面の笑みで手料理を振る舞っているのだから当然だ。
「あ、ありがとう、不知火さん……。でも、教室でこれはちょっと目立つというか……」
「いいのよ。周りの雑音なんて、私には一切聞こえないから。私に見えるのは、タカシくんだけよ」
彼女は俺の隣の席(小春の席だが、今はまだ登校前だ)に座り、熱い視線を隠そうともしない。
それだけではなかった。
彼女の「愛」の行動は、日ごとにエスカレートしていった。
ある日の放課後、俺がスマホを見ると、見知らぬアプリがバックグラウンドで起動していることに気づいた。位置情報共有アプリ――それも、こちらが承認した覚えのない、強制的に同期されているタイプのものだ。
「これ……何だ?」
「あ、気づいちゃった?」
背後から音もなく現れた怜奈が、俺の肩に顎を乗せるようにしてスマホを覗き込んできた。
「タカシくんがまた私の見えないところで怪我をしたら困るでしょう? だから、私とお揃いのアプリを入れたの。これでタカシくんが今どこで何をしているか、24時間いつでも私に分かるわ。嬉しいでしょう?」
「嬉しくないっていうか、これ、立派なプライバシー侵害じゃ――」
「侵害だなんて悲しいことを言わないで。私たちは、命を分け合った仲じゃない」
彼女の目は、全く笑っていなかった。
さらに、俺のSNSのアカウント、果ては大学進学のための進路希望調査の結果まで、彼女はどこからか情報を仕入れて把握していた。俺が少しでも他の女子生徒と話そうものなら、その日の夜には「あの女は誰? 理由を教えて」という長文のメッセージが、スマホの画面を埋め尽くす。
「(おかしい……こんなの、ゲームのハッピーエンドじゃない……!)」
俺は自室のベッドで、頭を抱えて震えていた。
原作の怜奈は、主人公を信頼しつつも、自立したプロの歌手として羽ばたいていく、凛としたヒロインだったはずだ。
なぜ、俺が救った結果、重度のストーカー被害者だった彼女自身が、「最強のヤンデレストーカー」へと変貌してしまったのか。
理由は明白だった。
相馬優斗のような完璧な主人公なら、彼女の愛を正しく受け止め、導くことができた。しかし、俺はただの必死なモブだ。彼女のトラウマをへし折るために、「命をかける」という一番極端で、一番重い手段しか取れなかった。
その結果、彼女の歪んだ心に、一生消えない強烈な「依存の楔」を打ち込んでしまったのだ。
「でも……まあ、不知火の命が助かったんだ。声も失わずに済んだ。ヤンデレ化は誤算だけど、世界の崩壊を防ぐためだ、これくらい耐えてみせる!」
俺は自分にそう言い聞かせ、次のターゲットへと意識を向けた。
まだ、一人目を救ったに過ぎない。この学園には、あと二人、絶対に救わなければならないヒロインがいるのだ。
「次は……生徒会長、如月一花。あの方の『檻』を壊しに行かないと」
俺はスマホに届く、怜奈からの「今何してるの?(5分ぶり12回目)」の通知を無視しながら、次の作戦計画を練り始めた。
この時、俺はまだ知らなかった。
一人目のヤンデレだけでも手に負えないというのに、二人目のヒロインを救うことで、その狂気が倍乗で膨れ上がっていくという地獄の法則を。
【不知火怜奈の現在のステータス】
• 依存度: 測定不能(タカシが世界のすべて)。
• 行動: GPSによる24時間監視、手作り弁当の強制、タイムラインの検閲。
• 危険度: タカシが自分から離れようとした場合、自傷、または監禁に走る可能性大。




