70章Side:海音 Fin そして、殻谷海音へ
「な、何だっ!?」
「艦内で戦闘!?」
王室を出て、後ろに下がって逃げるみおんを攻めるグゲンダルとソルワデス。みおんは何とか二人の攻撃を避け続ける。二人もみおんを攻撃する事に躊躇いが見える。ソルワデスが右手の長い爪を前に出し、みおんは貝殻の盾を出現させて防ぐ。
「…ミオン、イジャネラ様はお前を始末しろと言っているが、お前はせっかくできた貴重な兵器だ…!失うのは惜しい…!まだ使い道はある…!だから、考え直せ!」
「…そうですか、あなたも私を兵器としての私としてでしか見ていなかったのですね…!残念です、ソルワデス…!」
みおんは盾でソルワデスの爪を弾いた後、そのまま盾を構えて前進。ソルワデスを壁にぶつけた。
「ぐっ、ミオン…!」
みおんはすぐにソルワデスから離れ、走り去る。
「ソルワデス姉様、後はオレが!逃すかよぉっ、ミオン!」
グゲンダルが走り去ったみおんを追う。
「とりあえず、取り押さえれば…!」
グゲンダルが壁に手を当てると壁の四隅についていたボルトが回転し出し、外れる。外した板をみおんに向かって投げた。みおんは横道に逃げ、板は壁に激突した。
「待て、ミオン!考え直せ!さっきのは間違いだったと謝れば、きっとイジャネラ様も許してくれる…!理解しろ…!オレも一緒に謝ってやるから!な?」
「グゲンダル…。申し訳ありませんが、私はもうキャルベンのやり方についていけない…。」
「何故だっ!?何がそんなに気に入らない!?」
「イジャネラは地球の人間たちを根絶やしにしようとしています…!私はもう、そんな行いには加担できない…!」
「別に地球の全人類を根絶やしにする訳じゃない!捕獲して、改造を施して仲間にもしている…!」
「キャルベンの都合で捕獲して改造するのが仲間…?この星にただ生きる生命を軽んじているキャルベンのやり方を私は憎悪する…!」
「ミオン…。」
みおんは巻き貝の槍を出現させ、手に持つ。隙だらけのグゲンダルの腹に槍を突き、壁まで吹っ飛ばした。
「ぐあっ…!?ミ、ミオン…!」
「ごめんなさい、グゲンダル…。我が友…。」
艦内に警報が鳴り響く。
「緊急報告!緊急報告!人魚騎士ミオンはイジャネラ様に反逆した!見つけ次第、始末せよ!繰り返す!」
「…急がねばなりませんね…!」
みおんは襲い来る兵たちを蹴散らしながら、何とか自室に辿り着き、データブックを持ち出した。その後、艦内のガラスを割って宇宙に出た。
「確か、実験兵器を地球に送り込んだと言っていましたね…。」
みおんはイジャネラが送っておくと言っていたデータに目を通す。
「海底都市…。十糸姫のいた洞窟の近く…?そんな近くにクラーケンがいたなんて…?もう四日経ってる…!急がないと…!」
みおんは隕石形態となって地球に落下した。そのまま海に落ち、海底都市まで落下し続ける。
「見つけました…!あれが、クラーケン…!」
みおんは人型に戻り、クラーケンに戦いを挑んだ。
「クラーケン、やめなさい!あなたはキャルベンに改造されて、命令によってこの街を破壊しろと強要されているだけのはずです!」
クラーケンはみおんに襲い掛かる。大量の触手をみおんに向かって伸ばすが、みおんは軽々と避ける。クラーケンの興味がみおんに向いたからか、建物内に隠れていた魚人が走って逃げ出す。クラーケンはその魚人に気づき、触手を伸ばした。
「いけない…!くっ、ごめんなさい!クラーケン!」
みおんはクラーケンのデコに巻き貝の槍を刺し、ドリルのように回転させ、切り裂いた。一撃で仕留め、クラーケンはどんどん化石になっていき、地面に落ちた。
「…私は結果として、あなたをキャルベンへの決別の証としてしまいました…。ごめんなさい、クラーケン…。私に他の道が選べたら…。」
みおんは今助けた魚人を連れ、海底都市に向かった。魚や魚人たちがみおんを歓迎した。
「ありがとう、人魚様!ありがとう!」
「あなたたちは…?」
みおんはお礼を言う魚たちに見覚えがあった。いつも十糸姫の洞窟に向かう際に遊んでいた魚たちだ。
「助けて頂き、ありがとうございます…!水縹色の人魚殿…!あのクラーケンには大変困らされていたのです…!是非、お礼の品物を…!」
「いえ、私はただ困っていた魚たちを助けたかっただけで、お礼なんていりません。」
「何という謙虚さ…!あなたは大変素晴らしい方だ、人魚騎士殿…!」
みおんはその後、この海底都市とは少し離れた場所で暮らす事にした。イジャネラが事前に送っていたデータによるとこの街の地下にアトランティスへの入口が存在する事がわかったからだ。みおんはそれをキャルベンから守らねばならないと思った。
「この海底都市の魚たちには指一本触れさせませんよ、イジャネラ…!」
その後、キャルベンは何度か刺客を送ってきたが、みおんはその度に返り討ちにしていた。ある日、イジャネラは痺れを切らしたのか、宇宙船ごと地球にやって来た。みおんは海底都市へ被害が及ぶ前に宇宙船へ潜入し、かつての同胞たちを次々と倒していった。
「ミオン、てめぇっ…!?ぐっ…!?」
みおんはグゲンダルを赤子の手を捻るように容易く倒した。ソルワデスの姿が見えないのが気掛かりだったが、王室へと進む。
「…しばらく会いませんでしたが、相変わらずの一本調子でしたね、グゲンダル。」
「けっ、お前の先生面も変わんねぇな…。不理解だ…。」
「さよなら、グゲンダル…。」
みおんは王室に着き、怒りに満ちていたあの日と同じように押し扉を力強く開く。
「…? 誰も、いない…?」
そこにイジャネラの姿はなかった。床を見ると血が飛び散っている。血の跡を追おうとしたが、途中で途切れていた。
「一体何が…?私が来る前に誰かが…?」
とりあえず、長居は無用と考えて退室しようとする。
「緊急警報。緊急警報。この艦はこれより艦内ごとコールドスリープに入ります。コールドスリープ完了後、航行ワープ装置を起動します。繰り返す。」
「コールドスリープ…?艦内ごと…?ワープ…?どうして…?」
みおんは状況が理解できなかったが、このままではコールドスリープに巻き込まれる。近くのガラスを割って外に出る。割れたガラスの後はジェル状の物体で塞がれた。みおんは海に飛び込み、海上からワープして去った宇宙船を眺めた。
「これで終わったの…?」
いや、あのイジャネラがそう簡単に地球を諦めるとは思えない。みおんは今後もこの海底都市を守る事を決める。
「結局、力を行使する事でしか、解決できなかった…。」
もっと良い手段があったかもしれない。みおんの胸中は罪悪感で苛まれた。
「もし、みんながコールドスリープから目覚めて、また会えるのなら…。その時はきっと、別のやり方で…。」
みおんは海に潜り、海底都市に帰還した。その後、海底都市を攻めてくる敵は現れなかった。
みおんは魚たちからアトランティスのデュラハンの頭の話を聞き、自分から進んで管理を申し出た。喜んだ魚や魚人たちは人魚騎士への感謝を込めて地上にみおんが住むための神殿を作った。
玄関には海底都市に伝わる伝説の魚人のデュラハンの置き物も置かれる。
「頑丈ですね、この置き物…。大事にしましょう。」
まさか現代までこの置き物が大事に置かれるとはこの時のみおんも思わなかった。
みおんはアトランティスのデュラハンの頭には清めの音が必要という話を聞いたため、暇があればハーモニカの練習をしていた。
鎧を常に身に纏う必要はないと考え、着物を着た。こうしてみおんの新たな日常は始まった。だが、それも長くは続かなかった。
長い時が経ち、海底都市の魚たちの数はどんどん減っていき、滅んでしまったのだ。戦争で海が汚れてしまった影響かもしれない。
「大丈夫、私が今後も守り続けますからね…。」
みおんはその後、行く当てのなくなった人たちを助けて、大勢で共に暮らすようになった。その時からみおんは「殻谷海音」を名乗るようになる。
海音は長く生きていく内に多くの戦争を、多くの戦死者を見てきた。自分よりも早く死んでいく人間たちを見て苦しい思いもした。でも、辛い事ばかりじゃなかった。
「まさか、子供たちを寝かせつけるために自作した絵本がこんなに広まるとは思いませんでしたね…。」
戦争から助けた子供たちを喜ばせるために自分の経験談を御伽噺風に語ったのが、知らぬ間に『人魚騎士伝説』と広まっていた。街の名前も『水縹星海岸』と自分がモチーフになってしまっている。
「何だか、気恥ずかしいですね…。一体誰が広めたのだか…。」
でも、海音は嬉しかった。兵器として作られた自分が今や色んな場所で、自分がこの世界にいた証として残っている。自分はいてはいけない存在ではないんだ、と勇気づけられる。
「長生きするものですね。ふふっ…。」
思い出に浸りながら夜、禊の場所に向かっている最中、友達の鯱たちが何か騒いでいた。
「どうしましたか、鯱さんたち?」
海音の目に飛び込んできたのは砂浜にずぶ濡れで倒れている男と浅瀬の水中に浮かぶボロボロの首無しロボットだった。男は右手に石を握っている。海音は急いでずぶ濡れの男の元へ駆け寄った。男は呼吸はしていて、脈拍もあるが呼びかけても反応はない。
「大変ね…。早く運び出さないと。」
海音は今日も新たな運命と出会う。




