電子書籍配信記念SS・後編
三十分前後だったので、ゲームの決着が付いているかと思ったのだが、まだのようだった。しかもエル様は床に突っ伏して倒れているし、エドモンドは黒焦げで失神している。
生き残ったギルとアリスの一騎打ち状態という「え、なにこれ?」状態。
《歌姫の終幕の夜が明けるまで》通称のシリーズ3のヒロインアリスと、ラスボスのギル。その二人がゲーム上で戦っている。しかもかなりガチなのだ。
張り詰めた空気に、思わず身が竦んでしまった。
「ええっと……?」
「エルヴィスの裏をかくなんて、やるわね」
「いえ。それも全ては、ギルフォード様の合図があったからです。ここで彼を勝たせる訳には、いきませんでしたから」
(共闘してる!?)
「でも、残念ね。ここで貴女と決着を付けなければならないなんて。……ねえ、私に勝ちを譲ってくれるのなら、私からエステルに褒美を貰えないか、口利きをしてあげるわよ」
「有り難い申し出ですが、欲しいものは強請るものではなく、勝ち取るものだと思っています」
(なんかこのやりとり、『世界の半分をやるから~』の流れっぽい。……と言うかここでも私の意見は無視ですか、そうですか)
なんか傍目からみると、ラスボス戦みたいなセリフが飛び交っている。
当人たちは真剣なのだろうが、何ともシュールだ。
「それじゃあ、決着を付けましょう。愚かにも私を敵にしたことを後悔させて上げるわ」
「くっ……、それでも、絶対に負けられない」
(何か本当に、ラスボス戦のセリフっぽいことを言っているし!)
「絶対にエステルからのご褒美特権は、譲れないわ!」
「絶対にエステル様のご褒美特典を、もぎ取ってみせる!」
(と言うか、二人からのお願いだったら別段、ある程度は応えるので二人勝者でいいのでは? いや、ここまで来たら勝敗を決したい……のかも?)
白熱している二人は、勝負に出た。
その横でリュビが新しいテーブルを出してくれたので、お茶やフィナンシェを置いて、食べながら二人の勝負の行方を見守ることにした。完全に観客気分である。
「《終焉の四騎士》と、《黙示録の塔》により特殊空間、《魔界の王》を顕現」
「《歌姫の聖書》を燃やすことで特殊空間を無効化、《女神の槍》と《理の鎖》によって空間の封殺」
「甘いわね。《眩惑の鏡》によって《理の鎖》を相殺。こちらは《迷宮の画廊》を使い《女神の槍》を絵に封印。最後に《魔界の王》の出現により、《深淵の騎士団》の攻撃」
「──っ!」
「……ふふっ、チェックメイトかしら?」
「ギルが格好いい(ナチュラルにチェックメイトって言うのが似合っている!)」
素晴らしい恋人兼婚約者の姿を歴史に残すべく、私はポラロイドのシャッターを押した。いい絵が撮れた。
その横でリュビは、菓子の感想を分厚い手帳に書き殴っており、「美味、濃厚な味」と復活したエル様が、私たちのテーブルにちゃっかり座っていた。相変わらず自由な人だ。
ロイヤルミルクティーを淹れて差し出すと、上機嫌である。誰もゲームに興味ないようだ。リュビはそれで良いのだろうか。
(エドモンドは……、あ、竜人の姿に戻って寝てる。こっちも自由だな)
「エステルゥ~、私が勝ったわよ! 世界の半分を滅ぼしてかなり危なかったけれど、何とか勝てたわ!」
「(元魔王様が言うとリアル感が……)お、おめでとう! あ、見て見て格好いいギルの雄姿を撮ったの!」
「(もう、エステルが可愛すぎる! 駆け寄って弾んでいるのも可愛いわ!)あらそうなの?」
「うん。ギルとアリスの分のフィナンシェとロイヤルミルクティーがあるから、お茶にしましょう!」
「ふふっ、そうね。エステルの手作りフィナンシェは、とっても美味しいものね」
ギルはグッと体を屈めて私に顔を差し出す。これは、ギルがご褒美を要求する時の姿勢だ。二人きりの時なら、唇にキスをするのも吝かではないのだが、人前だと思うと羞恥心が強まり、頬にキスをするのが精一杯だった。
「(恥じらっている姿も可愛いわ。でもちょっと意地悪したいかも)まぁ、唇にキスしてくれないの?」
「ううっ……」
人前では恥ずかしいので、ギルの耳元で「後でなら好きなだけいいですよ?」と囁く。
言った後で、好きなだけって──と自分の迂闊な発言に気付き、急激に顔が熱くなる。これは完全に自損事故だ。
「エステル……ホント貴女ってば、私の理性をごっそり奪うのが得意よね!?」
「えっ、あー、うっ、うん……?」
前にも似たことを言われたので、こくりと頷いたら、ギルは両手で顔を覆ったまま固まっている。
「(ああああああーーーーー、私の恋人兼婚約者尊いっ!!! 何よ、迷いながらも頷いちゃって!!!)……後で覚えてなさいよ?」
「(ギルが後でいっぱいギュッてしてくれるってことかな? それともキス? それ以上も……?)うん……」
なんだか照れるが、好きだと言う気持ちは、どんどんアピールしていこうと、二人で話したのだ。そのぐらい惚気てもいいだろう。
なんだか幸せすぎて、胸が苦しい。
そこで屍の如くテーブルに突っ伏しているアリスが、視界に入る。
「あ……アリス?」
「ぐすん、もうちょっとで、勝てると思ったんです。そしたら、エステル様とお茶会……貴族令嬢ではアフタノーンティー? なるのが流行しているとか」
「アフタヌーンティーね。……そうね、お茶会ぐらいなら一緒にしてもいいけれど?」
「本当ですか!?」
私の一言にアリスは瞬時に復活した。立ち直りが早い。流石シーズン3のヒロインである。
「うん。スケジュール調整は必要だけれど」
そんな話をしていると、ギルが後ろから私を抱きしめてきた。こっちも復活したようなので、フィナンシェを食べようと提案することで、話をまとめたのだった。
アリスは二位だったのもあり、お茶会が褒美になった。優勝したギルはと言うと、二泊三日の旅行に付き合ってほしいという──それは私へのご褒美なのでは? というものだった。
ギル的には私を死守できたことと、かっこいい姿を見せられたので、満足らしい。
穏やかな日常がこれからも続いていくのだと思うと、口元が緩んだのだった。
***
リュビの店から屋敷の玄関前に戻ると、帰ってきたという気がする。
いつの間にか自分たちの帰る居場所だと思えるようになったことが嬉しくて、ふふっ、と口元が緩んだ。
「エステル?」
「なんだかギルと一緒にお家に帰って来て、ホッとしたのが嬉しくなったの」
「あら、私も同じことを思っていたわ」
ギルは私を抱き寄せる。あっという間に腕の中に捕まってしまう。
「ギル? お家に入ってからにしよう? まだ雪も降っているし寒いし」
「そうね。……後で好きなだけ、って言ってくれたものね」
「──っ!?」
自分の言った言葉を思い出し、慌てて逃げようとしたがもう遅い。すでに彼の腕の中にいるのだから。
「えっと、ギル。夕飯の準備は?」
「今日は遅くなるかもしれないから、カレーを用意していたでしょう」
(そ・う・で・し・た!)
ギルはご機嫌で鼻歌交じりに、私を抱きかかえたまま家に入った。
とりあえず、明日の分まで作り置きをしていた自分を褒め称えるしかないと、思ったのは内緒だ。
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