40 愛を伝えます
今宵、旭は菫の部屋にてお泊まり会をしていた。菫の部屋は整理整頓されていて、クローゼットにはモデルをしているブランドの服が並んでいるので、2人でファッションショーを楽しんだ後に自慢のネグリジェを着て天蓋付きのベットの上で身を寄せ合いドーナツを食べながらお喋りをしていた。
「港町では毎年この時期に一輪の赤いバラを渡して愛の告白をするのが流行っているんですって」
「えー!なにそれ!」
菫の話題に旭は胸をときめかせて、夜にも関わらず声を上げて足をばたつかせた。
「ちなみに告白は男女どちらからでもいいんだって」
「じゃあ私からサクちゃんに渡してもいいんだ…どんな顔するのかな…」
「サクヤの事だから普通にお礼言って終わりでしょ?」
「…だよね。菫は?アラタさんにあげるの?」
「こっちも同じ結果だと思うよ。子供には手を出さないていうのは紳士で素敵だけど、もっと私の事見て欲しいな…」
「お互い茨の道だね…私はさ、16歳になれば許嫁だからサクちゃんと即結婚出来るけど、やっぱ恋愛感情が欲しいと思っている。ワガママだよね…」
サイドテーブルに置いてあるティーカップを手に取り旭は口の中を潤してから自嘲する。菫も同様にティーカップを手に取る。
「はあ…確かにその点は羨ましいけど、私もアラタさんの愛が欲しい。年齢とか世間の目とか一切捨てて私の事を好きになって欲しい…」
悩める恋する乙女達は溜め息を吐いて想い人に願望を抱いた。
「そうなるとさ、やっぱキッカケが欲しいから愛の告白をするイベントを開催しちゃおうよ!」
「乗った。アラタさんに私を1人の女として意識してもらう良い機会かもしれないし!バラなら中庭に沢山あるしね」
神殿の中庭にはバラ園がある。光の神子の加護により中庭は常に春の陽気のように暖かく、常に色とりどりのバラが咲き誇っている。それを活用しようという菫の意見に旭は大きく頷いた。
「あの中庭のバラ園はパパとママが初めて出会ってプロポーズをした縁起の良い場所だからご利益あると思う!それに普段神子しか手にする事が出来ないバラで愛の告白をするって特別感あると思わない?」
「確かに!なんだか実現してみせたくなった!」
こうなったらやってみようと旭と菫は2人で盛り上がり、その夜は愛の告白企画について大方の案を固めていった。
***
旭と菫による愛の告白企画は光の神子からの許可を無事得る事が出来たので、普段恋愛小説を書いている暦に協力を仰ぎ準備を進めた。
「港町で流行っているのは耳にしていたけど、村で行えば娯楽に飢えてる人達に楽しんでもらえるかもね」
理解を示した暦は楽しそうに企画書に目を通していた。
「ここのバラを無償提供は止めた方がいいわね。庭師が心を込めて栽培しているバラだし、人が集まりすぎて花が無くなってしまう可能性もあるわ」
「なるほど、そんな事考えもしなかった。暦ちゃんに協力してもらってよかった」
大人の意見は聞く物だと旭は舌を巻きながら変更点を行間に書き足した。
「バラの値段は…市場価格より少し高めにしましょう。何せ光の神子の加護を受けたバラの花だからね」
「でしたらうちの神官に港町のバラの価格調査をお願いして貰います。ちょうど午後からお使いに行くから」
そう言って菫は早速神官に言付けを託しに部屋を出た。その間、旭は暦と回覧板に挟む神殿からお知らせの内容について話し合った。
「愛の告白は片想いの相手でもいいけれど、恋人や夫婦、家族や友達に感謝の気持ちを伝えるのもアリね」
「うんうん!暦ちゃんもミナト叔父さんにプレゼントしたら?」
「それもいいわね、最近全然ときめきが無いし」
「えー!そうなの?2人とも仲良さそうなのに」
「仲はそれなりに良いけど、ミナトさん発言がおじいちゃんなのよ…今朝なんて茶柱が立っていたって喜んでいたわ」
どうやら叔父は公私共に穏やかな性格な様だ。旭は茶柱に喜ぶミナトの姿を思い浮かべて微笑ましい気持ちになった。
その後言付けをを済ませた菫と3人で恋話を交えながら愛の告白の企画の内容を詰めていった。夕方の礼拝が始まる前にはお知らせも刷り上がり、各集落に配られたので、明日には回覧板で村人に知れ渡るだろう。
開催日は来週の休日だ。旭と菫はそれまで時間を見つけては主催者としてバラ園の整備を手伝って当日に臨むことにした。
***
そして愛の告白企画当日となった。光の神子公認行事の影響か、不満を唱える者はいなかったがどれだけバラを買いに来てくれる村人がいるだろうかと心配になりながらも、旭は庭師に用意して貰った100本の赤いバラの花を1本ずつ包装紙に包みリボンで止めていた。暦と菫も同様に作業をしていた。
バラの値段は銀貨1枚と港町の2倍の値段になっている。売り上げは包装紙とリボン代を差し引いてから庭の管理費に回す予定だ。
果たして村人は現れるのか、旭達がドキドキしている内に開催時間の10時を迎えた。すると1人の少年が緊張した面持ちで中庭に姿を現した。見た所年齢は17歳位だ。
「あの、バラを一輪下さい!」
第一村人に旭は嬉しさで瞳を輝かせ、会計を済ませた少年に一輪のバラを差し出した。
「ありがとうございます。この花で彼女にプロポーズ、頑張ります!」
「頑張ってください。あなたに精霊のご加護がありますように」
少年の発言に旭は菫と跳ね上がり声を上げたかったが、神子としての建前を必死に保ち、笑顔で見送った。
最初の少年を皮切りに続々と村人がバラの花を買い求めに来た。全体的に男性の姿が多かった。水鏡族の男性は案外情熱的なのだなと思いつつ、旭はその情熱をサクヤに分けてあげて欲しいと感じた。
「あーちゃん!お花ください!」
「せっちゃん!くーちゃんも!」
1時間程してからクオンとセツナが姿を現した。手には銀貨を握っている様子だったのでバラの花を買いに来たのだろう。
「2人ともパパとママはどうしたの?」
親の顔が見当たらないので旭は心配になって尋ねた。彼らの家から神殿までは大人が歩いて30分程かかるというので、子供達だけでここまで来るのは危険である。
「今日は伯父さんとカイちゃんと来たんだ」
クオンの視線の先にいた涼しい目元の少年と彼とよく似た目をした30代位の男性が親子だという事を旭は知っていた。
クオン達の伯父は兄の剣の師匠で何度か会った事があるのだ。親子は自分の兄とはまた違うタイプの美形で印象的だし、息子の方は旭と同い年なのでよく覚えていた。
旭は親子に会釈してから甥っ子達から銀貨を受け取ると、それぞれにバラの花を手渡した。
「好きな女の子にあげるの?」
「母さんにあげるんだ」
「ぼくも!」
まだ特別な女の子がいない甥っ子達は母親にプレゼントするようだ。将来クオンとセツナはどんな人を好きになるのか、旭は楽しみに感じた。
「父さんが母さんに渡す分も買っていい?」
もう一枚銀貨を差し出してクオンが確認して来たので旭は頷くと、兄の分も手渡した。頼まれたのか、クオンの気遣いなのか分からないが、夫と子供からバラの花を受け取る義姉の姿を想像するだけで微笑ましい気持ちになった。
そして甥っ子達の伯父と従兄弟もバラの花を購入してからクオンとセツナ達は帰って行った。
「さっきの男の子、旭の知り合い?」
「うん、カイリ君。くーちゃん達の従兄弟だよ」
人が途絶えた時に興味深げに問いかけて来た菫に旭が答えると、菫がそっと耳打ちをしてきた。
「結構カッコ良かったから、サクヤにフラれたらあっちに行けば?」
「もう!私はサクちゃん一筋です!菫こそアラタさんを諦めてもっと歳の近い子にしたら?」
「お断りー」
「ほら、2人ともーおしゃべりしないの」
暦の注意されて直ぐ、旭と菫は村の少年達がやって来たので慌てて応対した。
用意したバラの花は順調に売れて行き、残りわずかとなった所で予定時間は終了となった。本当なら売り切れるまで粘りたい所だが、礼拝の時間が迫っていたので仕方がなかった。
「私に一輪売って頂けますか?」
「マイトさんは誰に渡すの?」
「以前お世話になった方に渡そうと思います」
「ふーん、そうなんだ」
直属の神官の恋話を期待していた旭はあからさまにガッカリとした顔をしてから、今日一日護衛をしてくれていたマイトの申し出に旭は銀貨を受け取ると、バラを手渡した。これでバラは残りあと3本だったので、旭と菫、そして暦が買う事にして、企画は無事終了となった。
「これなら大成功って言ってもいいよね?」
旭の確認に菫達も頷く。バラを買いに来た村人達からの評判も良かったし、バラを生産した庭師も喜んでいたので、来年も可能なら開催しようと意気込んでから中庭で解散となり、それぞれ一輪のバラを手に愛する人の元へと向かった。
「サクちゃん!」
夕方の礼拝の時間が近かったのでサクヤは闇の神子の間にいた。礼拝に臨むからか、いつもの奇抜なファッションの上から白い神子の羽織を来ている。
「風の神子か、その様子からして今日の催しは大成功だった様だな」
「うん!おかげさまで!」
「それはよかった。神殿の庭師の腕は一流だからな。多くの者の手に渡るのは喜ばしい事だ。あのバラなら愛の告白も大成功しているに違いない。
日頃から養母や旭に花を贈る際協力してくれている庭師にサクヤは感謝していたので、旭の企画は中々素晴らしいと評価していた。
「それでこれは私からサクちゃんにだよ」
少し萎れた一輪のバラを旭ははにかみながらサクヤに渡した。
「大好きだよ、サクちゃん。これからもそばにいてね」
「ありがとう、風の神子よ。これからも共に次代を担おう」
ありきたりな言葉しか出なかったけれど想いを込めたが、サクヤの恋の蕾は綻ぶことはなかった。それでも来年、そのまた来年もこうしてバラの花を許嫁に捧げて愛を育てて行こうと旭は決意を胸にした。
登場人物メモ
カイリ
13歳 髪の色 灰 目の色 赤 水属性
クオンとセツナの母方の従兄弟。兄がいる。