秘め事
「さてと……何から話そうか」
普段は考えてる事をそのままペラペラと話す様なアンジェが珍しく言葉を選んでいた。
きっとそれなりにアンジェの中でセンシティブな話題なのだろう。
やけに丸い頬を指でこねくり回しながら、ゆっくりと口を開いた。
「ボクの母上は元々冒険者をやっていたんだ。自分ではそんな大した事してないよなんて言ってたけど、街を歩けば声を掛けられるし、やけに顔が広かったから幼いながらに実は結構有名な冒険者だったんじゃないかなって思ってたんだ」
「実際どうだったんだ?」
「分かんない。結局最期まで教えてくれなかったんだ。でもボクの中では物語の英雄より尊敬できる人だよ」
「そうか……」
その口ぶりからも分かる通りアンジェの母親は既に亡くなっているのだろう。
それも割と早くに。
そのショックの程は俺には到底理解が及ばなかったが、それを経験してなおこの明るい振る舞いができるのは素直にすごいと思えた。
「じゃあ魔法はその母親から教わったのか?」
「いや違うよ。母上が亡くなってから数年経った頃に家に呼ばれた流れの吟遊詩人から教えてもらったんだ」
「そういう事か……だから魔導士の格言を知らなかったりしたのか」
「そうなのかな? 実際教えてもらったのは10日程だったし」
「10日だって!? それであそこまで魔法が使える様になったのか?」
「まさか! ちゃんと魔法を教わってからは自分で勉強したりはしたさ!」
普通であれば、魔法を0から使える様になるまでに50日はかかると言われている。
それは体内を流れる魔力、即ち魔法の源を知覚しなければならないからだ。
何が難しいのかと言えば魔力は普通に生きていても基本的には知覚する事はできない事に尽きる。
『在るを知る』という言葉がある。
例えばそこら中を埋め尽くしているはずの空気が在る。
当然だが空気というのは目には見えない。
だけど俺たち人間はそこに空気がある事を理解している。
何故なら人間は『空気』が存在する事を知っているからだ。
魔力もそれと同じで確かに体内に流れているのだが、魔力という存在を知らなければ一生知覚する事はできない。
なら何故そんなに時間がかかるんだと言うと、人間は体内の魔力を無意識的に知覚しているからだ。
無意識的に体内を流れる魔力をこれこそが魔力だ、と見つけ出して意識するのは容易な事ではない。
そしてそれができても、魔力を制御するのもそれはそれで難しい。
そういうわけだから10日で魔法が使える様になるというのは異常だと言わざるを得ない。
──ひょっとするとアンジェはとんでもない才能の持ち主なのでは……?
「どうしたんだいタオくん? 眉間に皺なんか寄せちゃって」
「ああ、悪い。ちょっとびっくりしただけさ」
「まあいいや。そんなわけだからボクは誰かに魔法を専門的に教えてもらってないってわけ」
「そういう事だったんだな」
「それで魔法がちゃんと使える様になった最近になって家を出たってわけさ。ちょうど去年の大地震で庭の壁の一部が壊れててね、そこからひょいっと逃げてきたって具合さ」
「それは……親父さん心配してるんじゃないのか?」
「書き置きしてあるし、大丈夫じゃないかな……」
アンジェは嘘をつくのが、表情を隠すのがとても下手だ。
普段はこれでもかと人の目を見て話すのに、さっきからずっと目が合わない。
何を秘密にしたいのかは大方検討がついている。
だけどそれを言及する資格は俺にはない。
それはこっちも同じだから。
「ん~なんか空気が沈んじゃったね。ほらタオくん、お互いに秘密を打ち明けた事だし次は美味しい物でも食べて親睦を深めようじゃないか! ここはひとつ師匠として弟子に御馳走してあげよう!」
「それは単にアンジェが腹が減っただけだろ? それにお金はどうするんだ……?」
「それは~、その。護衛の報酬分からで……」
「アンジェは絶対に無駄遣いするタイプだな」
「ぐぬぬ……痛いところを突いてくるじゃないか」
「そうだな……じゃあこうしよう。護衛の報酬分はちゃんと払うけど、そのお金の管理は俺がしよう。師匠の金回りの管理をするのは弟子の役目だからな」
「相変わらず都合のいい時だけ弟子面するな! でも無駄遣いの事は言い返せない……ああクソ!」
怒りのぶつけどころがないのか足をジタバタさせながら、青みがかった銀髪を両手でくしゃくしゃにしている。
やはり14歳には見えない。
アンジェの隠してる事の中のひとつに年齢詐称があったとしても全く驚ける気がしなかった。
「タオくん、さてはまた失礼な事を考えてるだろ?」
「いやいや、まさかまさか」
「覚えとけよ! いつかギャフンと言わせてやる……」
アンジェが憎らし気な目で俺の目をハッキリと見つめてきた。