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出立

 ソルティコの街に着いた翌日にはもうピレイネ山に向けて出発する事になった。

 もう少しくらい休んでいってもバチは当たらないと思うのだが、結局元気の有り余ってるアンジェに押し切られた形だ。


「ほらタオくん早く早く! そんなんじゃいつまで経ってもピレイネ山にはたどり着かないぞ!」


「無茶言うなって! そんな小走りで進んでたら今にバテるぞ」


 足取り軽く前を進むアンジェにぶつくさ言われながらも川沿いを上流へと進んでいる。

 ただでさえ遠出に必要な荷物を抱えていて重いのに、足元は砂利道という事もあって進みづらい事この上なかった。


 このリベル川を上流へと進む人はほとんどいないらしく、人の手の加わった道らしき道もない。

 本当ならもう少し川から離れた地面のしっかりしている場所を歩いていきたかったのだが、この辺りはどうも葦の様に草丈の高い植物が多いらしい。

 アンジェが埋もれる様な高さの植物が生い茂る場所を歩いていくのはとてもじゃないけど無理だ。

 

 だからと言って大小の石が入り混じった河原を歩いていくのはそれこそアホのやる事だ。

 そういうわけだから仕方なく今にも流れていきそうな不安定な砂利道を選んで進むほかなかったのだ。


「いや~、正に冒険日和って感じでいいじゃないか! 今だったら何処へだって行けそうだよ」


「やけに楽しそうだな、今日もやたら早くに目が覚めてたし」


「仕方ないだろ、初めての冒険らしい冒険なんだから! じゃあ逆にタオくんはこの状況に胸躍らずにいられるのかい!?」


「確かに……そうだな。そう言えばそうだった」


「なんだよその曖昧な返事は! ここは素直に『ボクも師匠と一緒に冒険できるのが楽しみで仕方ありませんでした』って即答する所だぞ!」


「ボクモ師匠ト一緒ニ冒険デキルノガ……」


「ストップ! なんだその気持ちの入ってない棒読みは!」


「冗談だって。ちゃんと楽しみにしてたさ」


 俺だってアンジェの言っている胸の高鳴りの正体は分かっているつもりだ。

 冒険者としての初めての依頼を受けた時、それは薬草の収拾っていう簡単な雑用みたいな依頼だったけど、それでもどうしようもない位楽しかった。

 初めて魔物を倒した時、初めて冒険者ギルドから直々に依頼を受けた時。

 新しい出来事が起こる度にその胸の高鳴りは訪れた。


 その正体は『これから何かが始まるかもしれない』っていう淡い期待。

 だけどいつの間にかその感情は表に出てこなくなった。


 今だってその時の気持ちに似せた別の何かを思い出から引っ張り出してきているだけ。

 アンジェや昔の自分の様にただ純粋に冒険を楽しむ気持ちを思い出せないでいた。


「ほら、あんまり遅いと置いてくぞ~」


「だったら少しは荷物持ってくれよ!」


「自慢じゃないが、体力には自信がない! そのまま荷物を持つのと、そのうちボクが荷物になるのとどっちがいい?」


「誇らしげに言うなよ……」


 ぶかぶかのローブに隠れた今にも折れそうな手足が脳裏に浮かんだ。

 それなりの重量があるとは言え、ひとりでギルドの依頼をこなしていた経験もある。

 今背負っている程度の荷物なら大した負担にはなっていなかった。


※ ※ ※


 陽が傾き始めて、そろそろ水平線に近づき始めた頃に歩みを止めた。

 時間的に言えばもう少し先に進む事はできるが、少し早めに止まったのはワケがあった。


「ええ! もう休むのかい? まだ全然進んでないじゃないか!」


「同じ景色が続いたから感覚が狂ってるんだよ。ほら、後ろ見てみな」


「あれ、ソルティコの街が見えない……?」


「な? 結構進んだだろ?」


 下手に初日から無理してしまうと後々体力的に厳しくなってしまう。

 急を要する旅路で無ければ無理をしないのも大事になってくる。


「とは言っても早めに休む理由はそれだけじゃないんだ」


「お腹空いて動けなくなったからとか?」


「それはアンジェだけじゃないか? まあでも……完全に不正解ってわけじゃないな。馬車が使えないから旅の荷物は自分たちで持たないといけないだろ?」


「え? うん、そうだ。そうだったね」


 そういやアンジェはほとんど荷物を持っていなかったな……

 やはり明日から少しだけ荷物を持ってもらおう。

 これだとアンジェの経験にならない気がする。


「となるとなるべく荷物は減らしたい。そうなると食料も限られた量しか持てないだろ? だから余裕がある時は食糧を節約するために現地調達するんだよ」


「じゃあ何食べるのさ」


「一番お手軽なのは……虫だな」


「タオくん……? 本気で言ってるのかい?」


 アンジェが顔を真っ青にしてバケモノを見るかの様な目をしている。

 確かに抵抗はあるかもしれないが、慣れたら意外といける。

 特に火でしっかり焼くと香ばしくサクサクとした歯ごたえが中々癖になるのだ。


「さすがに冗談だよ。そんな事しなくてもほら、奥の方を見てみなよ」


「奥の方……? あ、本当だ。向こう岸の方にいるのは……」


鹿(ケルウス)だよ。ここからでもあの二本のツノが見えるだろ?」


「でも……捕まえるにはさすがに遠くない? どうやって捕まえるのさ」


「決まってるだろ? アンジェの魔法だよ」


「へ……?」


 気が抜けるほど素っ頓狂な声を上げたアンジェは目を丸くして口をパクパクとさせていた。


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