絶叫
『ケンタロウ君!
しっかりしてください!』
そうだ、シスターシャ……彼女は大丈夫だろうか。
俺の事なんかどうだっていい。俺の心の問題なんて些末な事だ。その辺に、ほっぽっておけばいい。
聖女ちゃんの姉が言った事は、シスターシャにとっても衝撃の事実だった筈。
「……シスターシャ。
君は大丈夫かい?」
『……私は……
ぁなたが…いえ、
私は気にしません。
其れよりも今はこの状況の方が問題です。
彼らが何故此処に居るのか……』
そう言われて初めて周囲の状況に目を向ける。
すると、何故【思考加速】を発動したのか理由が解った。
俺は、素頓狂な顔をシスターシャに晒してしまったかもしれない。
振り返ってみれば其処には、ダンゴゥ、リンゴゥ、マンゴゥの浮浪者トリオが居たのだ。
其れも鬼気迫る…と言っても無表情ではあるが、無表情に各々の得物を聖女ちゃんと俺に向かって振り下ろさんとする様は、無性に彼らの辿って来た足跡を如実に想起させ、彼らの後背に鬼気を宿らせている。
まぁ、何にせよ【思考加速】一万倍が発動している現状においては、一人一人無力化する簡単なお仕事です。
だから、この場合は、この場を整えてくれた張本人に対してお礼を言うのが危急の案件である。
軽く目元に触れ、仮面が無い事を確認しながら
「シスターシャ。
やっぱり君は凄いよ。
君の心配りには何時も舌を巻く。
だから、余計な事は言わない。
ありがとう。シスターシャ。」
感謝の意を伝えるが、何時もの様に俺の感情が上手く乗っているかどうかわからない。
『……はい。
私はケンタロウ君が無事であれば
それ以上は望みませんから。
…ところで、彼らは如何しますか?』
気持ちを抑えろ。
折角、悠揚迫らない己心の情況なのに暴力に任せてしてはいけない。現在、静けさを保っている炉心に火を入れかねない。
それに、一応冗談でも仲間とまで思った輩達でもある。出来れば俺の八つ当たりの様な暴力に曝したくはない。
「そうだなぁ……
俺としては、
前後関係とか、聖女ちゃんの此れからに関わるだろうし
気絶する程度の当て身だけで済ましたいのだけれど。
うーん、上手く行くかなぁ。」
『私は、ケンタロウ君なら出来ると思いますけどね。
そうですねぇ…』
「うん、今の俺は全力で君の気持ちに応えたい気分なんだ。
だから、君が信じてくれているならば、
俺は全力を以って応えるよ。」
そう己に言い聞かせながらも彼女の返答を待たずに、まずは俺に向かってきたダンゴゥに相対する。
「ふうぅぅ…」
息を吐き切り、構えをとろうとした刹那。不意に思い浮かんだ。
息を吹き掛けてやればいいんじゃね?
息なら致命的な傷にはならないだろうし、イメージもし易い。
其れに今、息を吐いたと俺は勝手に思っていたが、恐らく実際には吐いていないのだろう。しかも現在において呼吸もしていないと思われる。まぁ、これ以上は余り考えないようにしないと、此方の思考経路で致命的な事に繋がりかねない。大切なのは、彼女に声が届いてさえいればいいのだから。
要するに、吹き飛ばすイメージで息を吹き掛けるだけなのだ。
そうと決まれば、早速試してみよう。
ダンゴゥを部屋の壁際へと弾き飛ばすイメージで息を思いっきり吹き掛けた。
すると、ダンゴゥの身体が体勢を崩し吹き飛びそうな恰好に変化していく。だが、その変化も緩やか過ぎて成功しているかどうか判り辛い。
一応成功したと仮定して、他の二人も吹き飛ばす方向を考えながらダンゴゥと同様に、息を吹き掛けてやった。
「シスターシャ。
多分大丈夫だと思うけど、
もし気絶していなかったら、
また【思考加速】をお願いしてもいいかな?」
『フフッ
勿論ですよ。
其れよりも、
ケンタロウ君が息で彼らを倒すなんて考えませんでしたから…
可笑しくて……
フフフッ』
シスターシャは笑いを噛み殺す様に笑っているので、若干お腹を押さえて笑っている。
だが、己の役割を果たそうと、俺の目元に手を翳し、仮面を取り付けてくれた。
俺は先程会話していたソファーに座る。
嗚呼 シスターシャは笑顔が似合っている。この笑顔を失いたくはない。
だけど俺は……
もう、彼女の過去を…生前の事を知りたい、と浅ましくも思ってしまっている。
想いが表層まで昇って来てしまっている。
もはや、その気持ちに抗う術は無い。
如何しようも無い。
救いが無い。
皆無。
「…それじゃあ、お願いするね。
【思考加速】オフ」
世界が時を取り戻した瞬間、浮浪者トリオは俺の予想通りに一箇所へ吹き飛んだ。その際に縺れ合い、互いにぶつかり合って更には部屋の壁際に激突する。
俺は【思考加速】を解除した時から直ぐ様、片手を頭上に翳しポーズなども決めているので、当然のように聖女ちゃんやその姉に当たる人には、この光景を齎したのが俺だと判断するであろう。
一応、彼らの安否と気絶の確認の為近づいて調べてみるが、大丈夫なようだった。
「聖女ちゃん。
この悪漢たちを連行したいのだけど…」
「……はい!
扉の前には姉様の護衛達が居た筈ですが…
彼らが入り込んでいるという事は…まさか!」
言いながらも、彼女は扉を開けて外を確認した。
「えっ!
如何して?」
其処には、何事も無かったかのように、護衛達が佇んでいたのである。
「ホホホッ
私が説明致しましょう。」
彼女はそう言いながらも護衛達に浮浪者トリオを捕縛させた。
「まず初めに否定しておきますけど、
この卑劣漢たちは私の手勢ではありませんよ。
…と言っても、
私は見て見ぬふりをしていただけですけどね。
ホホホッ」
「姉様!?
何故、見過ごされたのですか?」
「聖女ちゃん。
やはり、貴女には現実というモノが
見えていないようですね。
私にも立場というモノがあります。
是は高度な政治的判断故の結果です。」
「そんな……」
政治的判断とか言ってるけど、恣意的な判断だろうに。大方、後宮での権力闘争の具にでもこの件を利用されたのだろうな。
要は、端から聖女ちゃんに協力する気は無かったのか、それが問題なのだが……
「少々、発言をお許し頂けるでしょうか?」
「……ええ、許しましょう。」
「有難うございます。
僭越ながら差し出口を申し上げます。
貴女様におかれましては、
此度の一件、
聖女ちゃんに御協力頂くという
約定そのものの是非に関して
如何様にお取り計らい頂けるのでしょうか?」
「ホホホッ
貴方の様な殿方からその様に言われてしまっては
私も考えないではありません。
聖女ちゃん、貴女は運が良いですね。
此度にこの様な殿方を雇っているのですから。
……ですけどね。
其れは其れ、此れは此れ。
約定通りに私を納得させて下さらなければ、
如何様にもなりませんよ。」
「寛大な御処置、痛み入ります。
私の具申を御聞き頂き感無量に存じます。」
さて、これで彼女からは言質を取れた。ここからは、どう展開するか最早わからない。彼女の気性次第なのであろうが……
「…では、姉様。
一体如何すれば姉様は納得なさるのですか?」
「…そうですね。
其方の殿方の仮面をとって下さいますか?
それで、私が見るに堪えないお顔立ちだと判断すれば
貴女の良い様に取り計らいましょう。」
「ケントさんが付けている仮面をとるだけで良いと?
其れだけでこの様な大事を判断なさるのですか?」
「其れだけ、と言いますけどね、
寧ろ難しいのではないでしょうかね?
如何に醜くても何処か顔付きは凛々しくて精悍な筈です。
其れとも、酷い火傷の痕や痣などがあって
見るに忍びない顔なのでしょうか?
色々とミステリアスな予想は尽きませんが、
其れ等全てが好印象に繋がっていますよ。
今述べた程度のお顔立ちであれば、
私、先程の摩訶不思議な強さと相俟って魅了されております。
つきましては、一夜の閨を共にしても好いとも考えておりますわ。
但し、ゴブリンとだけは死んでも嫌です。
まぁ、あれ程の御業を為した御仁が
卑しくも醜いゴブリンの顔とは到底思えませんけどね。
ホホホッ」
何かエライ言われようだが、寧ろ墓穴を掘ってくれてると言っても過言ではないだろう。
俺は半ば勝ちを確信しながらも、仮面をとった際に強烈な印象を与えるべく、手段を講ずる事にした。講ずると言っても、俺の得意とする微笑みであるが。
「貴女様との閨ですか。
其れこそ夢の様なお誘いです。
私の様な醜男が、お誘い頂けるのは初めての事なので、
望外の事態に興奮を禁じ得ません。
本当に私で宜しいのでしょうか?」
「ホホホッ
ゴチャゴチャ言ってないで、
早う、仮面をとって魅せて頂戴。」
御客人がそう催促して煩いので、通報モノのニヤけ顔を意識しながら、仮面をとる。
すると如何だろうか、彼女は張り付いていた嘘クサイ微笑が凍り付いてしまったかのように微動だにしない。そうなっても笑みを絶やさないのは之まで歩んできた研鑽の賜物か。
暫く沈黙が場を支配したが、彼女の息を吸い込む音と同時に場が決壊した。
「……すぅ――――
アハハハハハハハハッ!!」
彼女は、先程までの嘘クサイ微笑みでは無く、何か己の感情をひた隠す様に…絶叫する様に、礼儀を何処かに打っ遣って呵々大笑している。甚だ余談だが、此方の笑顔の方が好みではある。
「あー可笑しい。
是ほどまでに醜いゴブリン顔だとは……
……私の敗けです。
聖女ちゃん、貴女は反対勢力の刺客を退け、
尚且つ私の想像を悠に超える殿方を引き連れて来ました。
貴女の計画には如何やら運命の助けがあるようですね。」
「……運命ですか。
私もケントさんと出会って運命を感じました。
其れこそ、彼との出会いで高次元に至れる程に。
其れほどまでに彼は、
現在の私に必要な彼是を総てその身に内包して
私の前に現れて下さいましたから。」
「貴女も其処まで感じていますか……
そういう事であれば、
私もこの機運に乗り遅れる訳には参りません。
約定通り、貴女の後ろ楯になりましょう。
次回からは、何かあれば私に上申を図る事です。
そうすれば、出来る限りの手助けは致します。
では、此れにて失礼しますわ。」
去り際に彼女の表情を盗み見ると、彼女は笑い過ぎて瞳を潤ませているようだった。
それが本当の笑いに依る涙であったか如何か。
彼女の素顔は普段から覆い隠している笑顔という名の仮面の所為で、終ぞ窺い知る事は出来無かった。
「ケントさん。
今回は本当に有難うございました。
ケントさんには刺客からも助けて頂いたようで、
先程の姉様を打ち負かした事もそうですが、
……その、素敵で格好好かったですよ。
では、私も姉様を見送らねばいけませんので
失礼しますね。」
聖女ちゃんは、そう言い切って、足早に部屋から出て行った。
何やら、褒められてしまったが、嬉しいと思いながらも、其れどころでは無いという想いの方が勝ってしまい、上手く感謝の意を噛み締められない。
俺の現在の感情はシスターシャにしか向いていない。
「シスターシャ。
俺は此れから君に対して最低な事をやろうと思う。
言ってみれば、君に対しての裏切りだ。
君は――――」
『ケンタロウ君。
それ以上の言葉は必要ありません。
以前に私の生前の行いについて
興味が無いと言った事に関してならば、
私は裏切りなんてこれっぽっちも思いませんから。
それに、私も私の生前の行いは気に掛かってましたから
ケンタロウ君の思う様に行動してください。』
「……シスターシャ。
情けなくてごめん。
君の優しさが痛い程胸に沁みる。
だから、ありがとう。」
そう言い終わって、聖女ちゃんの後を追う。
聖女ちゃんは、入り口付近で彼女の姉を見送った所だったらしく、像の前で鉢合わせた。
シスターシャの過去…生前の事柄を訊くには御誂え向きな場所であろう。ひじょーにグッドなシチュエーションだ!…うん、空元気だよ。
「聖女ちゃん。
君に訊きたい事があるんだけど、
今、時間はいいかな?」
「……シスターシャ様の事ですね。
勿論、構いません。
其れに、姉様が大変無礼な言葉を発しましたから。
その点につきましては、
私が姉に替わりお詫び申し上げます。」
俺は、シスターシャの代理として、聖女ちゃんの詫びを形式的に受け取りながら、彼女が話し始めるのを待った。
「この街は今でこそ、魔晶石の需要が伸びていますが、
十年ほど前から鉱山資源が先細り、存続の危機に陥っていました。
ここ三年で、漸く魔晶石を採集するに至り、
他の都市からも注目を浴びるようになったので、
国も本格的にこの街を作り替えようと
国の主要機関を移転させて街が整然と栄えてきました。
翻って三十年ほど前までは、
この街は鉱山街として栄えましたが、
庶民にとっては生き辛い街でもありました。
彼女はこの街が隆盛を誇った時期に
両親不明の孤児として産まれ、
成人してから点々と職場を移った後に、
騙されて娼婦になったと本人から聞いています。」
聖女ちゃんは一息つき、俺の反応を窺っているようである。
此処までは予想の範囲内だ。先程、姉が口走った言葉から予想が出来ていた事実である。しかし、事実は事実。聖女ちゃんの口から改めてシスターシャの生前の来歴を聴かされて、己の内で何か蠢いているのがわかる。
だから俺は黙る事に依って、話の続きを聖女ちゃんに促した。
「……彼女は、この街で指折りの娼婦になったみたいです。
容姿端麗で、沢山の殿方の目を引いていたらしいです。
その……性技…というのでしょうか、
そういった技術面や肉体の過度の接触を嫌っても居たようで
事務的に行為をしていたらしく、
容姿だけで客が付いた素人以下の女、と
同業者からは蔑まされても居たみたいです。
其れに、ケントさんは街の噂で聞き及んでいるかもしれませんが、
誰も愛する事が無かった故に
氷結の女郎などと揶揄されてもいました。」
此処まで聴いて俺は、居ても立っても居られずに、気になる事を訊いてしまう。
「……その、らしいとか、みたいだとか、ようだとかの
信憑性に関しては何処までが信頼できる情報なのかな?」
「ごめんなさい。
曖昧に表現するつもりは無かったのですが、
私自身が話に聴いただけだったものですから。
全て、二年半前に大往生なさったご本人からのお言葉です。」
暫し、その事実に愕然としてしまった。
そんなに最近の事だったのか……
いや、大往生と態々言うって事は、そこそこ年齢が行ってから身罷っていると考えるべきだろう。…そうか、言われてみればこの像は彼女が年齢を重ねた姿に近いのかもしれない。まぁ、其処はどうでもいい。
しかし、彼女の性格を考えれば、聖女ちゃんが言った話は何も可笑しい事では無い。
しかも、聖女ちゃんの姉が言う限りにおいて、
高次元に至るには、一人の人を愛しながらも貞操、純潔を守り生涯を終える場合、又は、貞操、純潔を守らなかったとしても、生涯に渡って愛する人を一人も作らなかった場合、の二通りあるらしい。
これ以外にも存在するかもしれないが、シスターシャは…生前の彼女は後者の方法で至った可能性が高い。
つまりこの生前の女性は、赤ちゃんを産んでいる可能性は低い。何故なら、赤ん坊を産んでいるなら、その子を愛してしまうのは当たり前だから。
シスターシャであれば、絶対。
そう思いたい。そう願いたい。そうじゃなきゃいやだ。確実にそうじゃないと…
あああああ
……最早、理性においてこれ以上、己の内に巻き起こる激情を留め置く事が出来ない 無謀 無策にもこの状況を作ってしまった己の浅はかさ 浅慮で愚挙 蒙昧
ダメだ……考えるな…いや、理性を伴いながらの思考は続けながらも、シスターシャの…彼女の生前の行いについて考えちゃダメだ……
爆発してしまう…彼女が…俺以外の…他の…おとこ…ナド…と…ハダを…ふれあ…っている…なんて
あ……………もうダメだ
思考が其方側に傾いてしまった――――
クソが!捻り殺してやる!!軛殺して、ギタギタに八つ裂いて溝という溝に撒き散らしてやる!!出てこい!!彼女と一度でも肌を重ねた野郎ども!!地獄以上の苦しみを与えぬいて撃滅に激殺して滅殺してやるから!!隠れてないで俺の前に出てこい!!クソが!!ぶっ殺してヤルッ!!
――――ハァハァハァ
「ケントさん…
ご気分が悪いようでしたら、
一旦落ち着くためにお座りになられた方が良いですよ?」
言いながらも、黙って俺の様子を健気に見据えているようだ。
……そうだ、聖女ちゃんの気遣いで我に返る。
そうだ。こんな激情に流されては駄目だ。嫉妬に狂ってしまっては駄目なんだ。
だって、彼女は…シスターシャが一番俺の感情に反応する事を…
俺は…俺だけは知って居なきゃいけなかった筈なのに。
そう思ってシスターシャを顧みれば、彼女は俺の怒りの感情に反応してしまったようで、出会ってから一度も見せた事の無い悲痛染みた…泣き笑いの…何かを必死で耐えるように微笑みながら、俺を見守ってくれていた。
その彼女の表情を見た途端に、俺は総てを悟った。
彼女は俺の怒りの感情だけに反応してしまっている。俺の怒りを違う意図のもとに解釈している。俺の激情が彼女自身に対しての事だと勘違いしている。俺が生前の彼女を知ってしまい、彼女に対して憤りを覚えている、と邪推なんてものをしてしまっている事を。
確かに今の彼女は微笑んでいる。
だが、如何しようも無くその笑顔は上っ面だとしか思えない。
悲しみを湛えている。
俺との心の距離を感じずにはいられない。
その事実に焦燥感を覚える。
焦りを…切なさを…彼女が…シスターシャが…遠くへ行って終う。
俺にとっても彼女にとっても此処が分水嶺。彼女との心の距離が離れ過ぎている現在の情況。容易な言葉では彼女の心に響かないだろう。
だからこそ俺は慎重かつ迅速にこの場を収めるべく、冷静にならなければならない。
俺は、今一度冷静に自分自身を振り返る。
俺は史上最低な事に情けなくも爆発してしまった。それも彼女が勘違いする最悪のタイミングで。
ゴブ子が危惧していた通りに、シスターシャをも巻き込んで、感情が漏れ出すどころか、勢いよく己の内から妬みや嫉みでドス黒く濁ったマグマが噴出してしまった。
俺は、嫉妬に狂うべきでは無かったと思わない。ただ、タイミングが最悪だっただけだ。
嫉妬に狂わずして如何するのか。好きな人が自分とは違う誰かと肌を触れ合わせるなどと考えただけで悍ましい。俺は寝取られを趣味にしているヤツが考えられない。寝取られは互いの愛の確認行為だと本気で信じているヤツの気が知れない。その行為に興奮するのも本能的に他のオスより優位に立ちたいだけの衝動であって、其処に愛を絡めさせるのは低俗に過ぎる。興奮するというのは本能的な事であるからして、真に大切に想うのなら理性的に大切にすべきなのだ。
そう冷静に思考しているようで居ても、シスターシャを窺うと彼女の無理をしている笑顔が見えてしまい、如何しようも無くなってしまう。
しかもまだ、己の内から嫉妬心は消えてはいない。先程、己の心の内側で爆発して尚も未だに何かが燻り続けている。
俺はこの燻り続けている感情の正体を知って居る。
此処まで溜め込んで来てしまっていた、この燻りながらも焦がれている…この感情の…衝動の名を。
この激情は今開放するべきなんだ。
想いの丈総てを言葉に乗せて彼女に伝えるんだ!
今開放しなければ、何時開放するんだよ!?健太郎!!
であればこそ俺は!!……
オレは!……おれは……健太郎は!……幟旗健太郎は!!……
「シスターシャ!!!!」
俺は絶叫する
彼女に向かって 絶叫する
何故なら 彼女に この想いを 溢れ出る想いを
絶対に届く様に 伝わる様に
叫んで届く様なら伝わる様なら
幾らでも叫ぼう
幾らでも声を嗄らそう
叫ぶだけでこの気持ちが今の彼女に響くなら
何度だって叫んでやる
「俺は君の事が!!
好きだ!!!!
大好きなんだ!!!!
誰よりも況してや君自身よりも!!
他の誰でもない!!
ナターシャ=シスターマ!!
君を!!
愛してる!!!!」
彼女は、俺の言葉を聴いて暫し茫然としている。
其れも無理はないだろう。
こんな場所で…
しかも俺たち以外に人がいる状況で…
こんな恥ずかしい言葉を羅列されたのだから。
俺は、己の想いを総て出し切った満足感の様な…脱力感めいた気力になりながらも彼女の表情を再度窺った。
彼女は、未だ茫然と立ち尽くしており、先程の憂いを帯びた泣き笑いの表情では無い。だが、何かを必死に噛み締めているようで…反芻しているようで、未だ動く気配はない。
俺は、半ば諦観染みた想いが湧き上がって来るのを感じた。
もし、これで彼女が呆れた表情をしてしまったら?馬鹿にしたように俺の事を蔑んでしまったら?いや、蔑みはしないだろうが、気まずく思って態度が余所余所しくなってしまったら?
そんな、ネガティブな想いに支配されそうになった頃合い…
『私も!!
貴方の事が!!
好きです!!!!
大好きです!!!!
…うっぅぅ
わだしも!!
ノボリバタケンタロウぐん!!
アナだのゴドを!!
ダレよりも!!
愛じでいまず!!!!』
そう叫んだ彼女…シスターシャは号泣しながらも言い切ってくれた。
俺なんかの事を…いや、俺の為に涙を流してまでも伝えてくれたのだ。
俺は、焦燥からの安堵からか、恋が成就したからか、其れ等を含んで景色が…彼女の泣き顔が歪んだ。
その事に俺は若干の安心を覚える。何故なら、俺は彼女の泣き腫らした顔は見たくないのだ。それが如何に嬉し泣きであったとしても。
彼女には笑顔が一番似合う。なのに、泣き顔なんて、こんな嬉しい時に余りにも無粋の極みではないか。
だからこそ、彼女の顔を見ていたい心境ではあるが、歪んでしまっているならば見えぬのは無理からぬ事であろうよ。
さて、此処からは、俺たち二人の時間。
互いに慰め合おう。
慰め合うと言っても、言葉は不要。
不幸なすれ違いは生じてしまったが、其れも過ぎれば一瞬の事。
直に気付いて、俺の気持ちを伝えることが出来たお蔭で、最悪な結末には至らなかった、詰まらなくも最高なイベント。
そのイベントに華を添えてくれていた聖女ちゃんには悪いが、何処まで行っても彼女は部外者だ。
というか俺達の小っ恥ずかしい告白合戦を間近で見物出来た――彼女にとっては俺だけが絶叫しただけだが――ので、良しとしてくださいな。
だから、躊躇いなく除外させてもらおう。
「【思考加速】オン」
俺とシスターシャは
触れられない肩を それでも寄せ愛て
心の滾りを悉く消し鎮める様に
心の淀みを総て押し流す様に
心の迷いを瓦解させる様に
心の嫉妬を洗浄する様に
傍目からは幼子の様に
声をあげ
二人一緒に 泣きじゃくる
触れられずとも ふたりの心は
響き愛 振れ愛 解け愛 交ざり愛て
いつしか ひとつとなりにけり




