求愛性ハニーキャンディ
ついに、嘘が溢れ出した。だが……もう誤魔化すことはしない。あの夏祭りの日、そう決めたから。俺は紗奈の問いかけに答える。
「気付いて、いたんだな」
「うん」
「いつからだ?」
「……それ、聞いちゃうんだ。やっぱり気になっちゃうよね」
紗奈は弱々しく言葉を返すと、おもむろに立ち上がってぽつりぽつりと歩き出した。
空は瑠璃色から藍色に変わった。道沿いの街灯が、白線が剥げてしまったアスファルトを、そして俺が座っているベンチを明るく照らす。
紗奈はブランコに座ると、俺の疑問に答えてくれた。
「最初から気付いてたよ」
最初から……。ということは、俺が紗奈と付き合うことになった初日に既に気付いてたのか。
「ごめん。今年の初めに会った時に下手に誤魔化してしまった。紗奈と付き合うことになって、余計に覚えてないんだって告白できなくなって」
俺がそういうと、紗奈はあはは、と笑って言う。
「……違うよ、ダーリン」
紗奈は、一呼吸おいて答えを告げた。
「最初っていうのはね……丁度1年前。そう、去年のバレンタインデーだよ」
ああ……俺たちは、最初っからずれていたのか。
どこまでも鈍感な俺を置いて、紗奈は話し続ける。
「私は入学したその日に、同じ高校に『れーちゃん』がいるって知った。だからその翌日、私は会いに行ったんだ!感動の再会を迎えるはずだった」
……。
「教室のドアを開けると、お目当ての男の子は、近くの席の爽やかな男の子と談笑していた。……あの時から仁くんと仲良かったんだね。それで、いざ長年の想い人を前にすると緊張しちゃって、割り込んでいけなかった。だから私は、会話が途切れた時に行こうと思って待ってたんだ」
……。
「仁くんに好きな季節を聞かれたダーリンは、答えた。
『うーん、春かな。なんでって、そりゃあ、春休みには課題がないからな。これ結構大事だろ?それに、出会いと別れの季節って、なんかいいじゃん?』
って。……それで終わってれば良かったけど。
『いや、大した出会いも別れも無かったけどな!でも俺は過去は振り返らない。高校で、初彼女を作るのだ!』
なんて言った。……私が、ダーリンの記憶から消えてしまっていたのが分かって、すごくショックだった」
……!
「それから、あまり目立たないように過ごした。会った時に『初めまして』って言われるのが怖くって……。友達も全然居なかった私は、事務的な会話以外することなく、冬を迎えた」
……。
「そして、バレンタインデーの日がやってきた。そこでくっついたカップルは如月祭を一緒に回れる。そんな話を聞いていた私は、勇気を振り絞って、ダーリンにバレンタインデーにチョコを渡した。そしたら、ダーリンは言ったんだ。
『あー、同級生……だよね?ほぼ関わったこと無い俺にまでくれてありがとね、義理チョコ!』
って。……あはは、私は『好きです』って言えなかったんだ。それで、義理チョコだって思われちゃって……臆病な私は、それを訂正出来なかったんだ」
俺は紗奈から既にチョコを貰っていた……?そんなのおかしい。去年紗奈と会ったことがあるはずがないから。バレンタインチョコをくれた茶髪の女子なんて、印象に残るに決まってるのに。
そんな謎は、続く紗奈の言葉ですぐ解決された。
「悔しかった。寂しかった。冴えない私が嫌になった。だから、私は『私』を捨てた。……春休みイメチェンしたの。男の子が好きなタイプを調べ尽くし、黒髪を茶色に染め、ダレ下がっていた前髪を切った。シュッとした身体を手に入れる為にランニングもした。気づけば、私は明るく健康的な女の子になってた。自分でもびっくりしちゃった」
……紗奈は、別人のように生まれ変わっていたのだった。そう聞くと、納得がいった。
夢には、自分が知っているものしか現れないらしい。自分の趣味が夢に出てきやすいのは、日常的に目にして知識を蓄えているから。枕の下に写真を……なんてのも、強く意識するから理論的には正しいようだ。
香織にキスされ、悶々とした夜に見たあの夢。そこに現れた少女は、紗奈の声をしただけの別人だ。そう思った。
でも。
黒い髪。日に焼けていない真っ白な肌。寂しそうな顔。
それらを全部、俺は見たことがあったんだ。
「今年の春再会した時、私は『あの時れーちゃんが、ああ言ってくれたおかげで』変われたって言ったんだけど……半分嘘ついちゃった。今の私を作ったのは、幼稚園時代のプロポーズ、だけじゃなくって……ダーリンの『義理チョコ』って言葉もなの。次こそ、本命チョコを渡さなきゃ!って。私の心は燃えた。燃え上がったよ」
……。
「私は結婚の約束をした『れーちゃん』に縋ったまま、高校生になった。でもね……お風呂場で私を受け入れてくれた。おふざけして笑わせてくれた。水族館でデートしてくれた。パフェをいっぱいあーんしてくれた。運動会で私の手を取ってくれた。それはさ……」
紗奈はブランコから飛び出して、ふわりと茶髪を揺らしながら俺のもとに戻ってきて言った。
「全部、ダーリンなんだよ!」
紗奈は言葉を続ける。
「だから今、言いたいことがあるんだ」
「今更でごめんね。でもこれは、言いたかったけど言えなかったこと」
「本当は言わなくてもいいかもしれないけど、聞いて欲しいことなんだ」
「ダーリン」
「私と、結婚してください!」
目頭が熱くなる。
俺の幼馴染は、変わった。
変わってくれたんだ。
だったらさ、応えなきゃ!
「ああ、喜んで!」
俺は、紗奈のプロポーズを受け入れた。




