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本命チョコレート

 香織がドアを開けて、俺の部屋に入ってきた。二人してベッドに腰かけ、向かい合う。


「それで、言いたいことってなんだ?」

「お兄ちゃんはさ、紗奈さんのこと好き?」


 ん?どうしてそんなことを?……もしかして、好きって気持ちが分からないのかなっ?今まで告白は全て断ってきたって言ってたが、告白されなくなってきて思うところがあったのだろう。それで、好きってどんな感情か聞いてきたという訳だ。


 ピュアすぎて偶に忘れそうになるが、香織は立派な高校生で、思春期真っただ中だ。俺も紗奈と付き合うまでは彼女が欲しくてたまらなかったし、付き合うってことがどういうことなのかピンと来なかった。知ることが出来ないから、分からなかった。


 香織は付き合うチャンスはいくらでもあったはずだけど、避けてきたんだから仕方ない。だけど今、大人になろうとしているんだ。だったら、支えてあげるのが兄の役目じゃないかっ。……やっぱり寂しいけどねっ!仕方ないねっ!


「ああ、好きだよ。とっても」

「ラブラブだよね~。この前さ、紗奈さんに昔の話してもらったんだ。結婚の約束したんだって聞いたよ」

「ははっ、ちょっと恥ずかしいけどな。事実だよ。しかし懐かしい話をするなあ紗奈は」

「お兄ちゃん。……昔のこと、本当に覚えてるの?」

「えっ……」


 香織は甘く、明るい声で話し続ける。


「最初紗奈さんと話した時、なんだか一方的だなって思ったの。紗奈さんがダーリンとか結婚なんて言ったり、私が嘘ついても無駄だよなんて言うのを聞く度、お兄ちゃんはすっごく動揺してた。照れるんなら分かるけど、『動揺』ってそんなにしないと思うの。今日彼女ができたって言ってたってことは、浮気してるってわけじゃない。じゃあ、なんで動揺してるんだろうと思ったんだ~」


 う、良く見てるな。


「それで、家に着いてお兄ちゃんは紗奈さんと自分の部屋に、私は自分の部屋に行ったよね。でも、隣のお兄ちゃんの部屋のドアが開く音が『2回』したの。少しドアを開けてみると紗奈さんが階段を下りていくのが見えて、何しに下りたんだろうと思ってこっそりついて行ったんだ。そしたら、紗奈さんがシャワーの音がするお風呂場に入っていくのでびっくりした。一体何を話すか気になって、ドアにコップを当てて、声を聴いてみた」


 な……。


「沈んだ様子の紗奈さんに対して、お兄ちゃんは『また会えて嬉しい』って言った。けど、どこか嘘っぽかった。誤魔化してるんだなって分かった。……お兄ちゃん、演技下手だよね。しばらくするとお風呂場のドアが開く音がしたから、私は慌てて持っていたコップにオレンジジュースを注いで、ソファに座った。ちょっとドキドキしちゃった」


 ……。


「3人でお祭りに行った日、私は席を外した。トイレに行きたかったのは本当だけど、2人が何をするのか見たくって、我慢した。ねえ、お兄ちゃん。お祭りの日はトイレも道も混んでてそんなに早く帰ってこれないよ。だから……キスする瞬間なんて、見られないはずだったんだよ」


 ……。


「お兄ちゃんは紗奈さんを傷つけないように付き合ってるんだって思ってた。でも、キスしちゃった。紗奈さんとぎゅっと抱き合っていた。その時、本当に紗奈さんのことを好きになっちゃったって分かったんだ~。……その時は、泣いちゃった」


 ……。


「お兄ちゃんはお祭りの時、最初にキスしたって思ってるよね。……えへへ、違うよ。最初にキスしたのは私。いつだと思う?お兄ちゃんと初めて会った、次の日だよ」


 ……!


「お兄ちゃんと初めて出会ったあの春の日、私は『妹』になったんだって気がしなかった。お兄ちゃんのことを、突然現れたひとつ屋根の下で暮らす一人の男の子だとしか思えなかったんだ~。……一目惚れしたの、私。そう、お兄ちゃんに」


 ……。


「この愛しさは、どこから生まれるんだろうって考えてみたの。……生まれるまでもなく消えた、家族という意識。空間を共有することに対する高揚。顕在した愛情。ただ一人特別な存在になることへの執着。……すぐ分かった。そして、私の心を突き動かしていった」


 ……。


「お兄ちゃん。種明かし、しようか?……時計のアラームって、隣の部屋にも普通に聞こえるの。それで、その時私も起きたんだ~。しばらくして私の部屋のドアがゆっくり開いていくのが見えた。階段を上る音はしなかったからお兄ちゃんだって分かったよ。私は悪戯されちゃうのかと思ったけど、それでもいいと思って、寝ているフリをすることにしたの」


 ……。


「お兄ちゃんは、起こしに来てくれただけだった。その時ひらめいたんだ~。寝ぼけたふりをすれば、お兄ちゃんを引きずり込めるかもしれないって。私は『自作自演』の作戦を実行したの。……結果、作戦は大成功だった。私の隣で眠るお兄ちゃんが愛しかった。だから……眠っているお兄ちゃんにキスをしたんだ」


 ……。


「ハグも、添い寝も、そしてキスも。お兄ちゃんの初めては私がもらっちゃった。……えへへ、奪っちゃった、かな?……お兄ちゃんは、紗奈さんのことが好きなんだよね。でも、私どうしても諦められなくて......」


 ……。



「ねえ、お兄ちゃん。私はお兄ちゃんの妹だけど、本当の妹じゃないんだよ。結婚だってしようと思えば出来るの」



「妹だって義理の関係で、結婚の約束だって義理なんだよ」



「私は義理なんて、嫌だよ……」



「お兄ちゃんは、私の本命。だから……」



「私を甘やかしてほしいの。甘えたいの。……これが、言いたかったこと」



 そう告げて、香織は俺の部屋から出ていった。……嘘だろ。香織が一目惚れ?俺に?それで、紗奈との結婚の約束を覚えていないってことも気づかれていた?


 可愛い妹を甘やかす。それだけだった。何もおかしくない。おかしくないはずなのに……俺の心は揺れ始めていた。


 こんなこと、紗奈には言えない。言えるわけがない。


 香織は可愛い妹で、紗奈は大切な彼女。


 その日常を、まだ生きていたいんだ。


 だから、俺は……





 自分を誤魔化すことにした。





タイトル&伏線回収回。ですが、まだ話は続きます。

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