Stand by
香織がマッサージをしてくれるらしい。嬉しい心遣いだ。
「本当か?ありがとな、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「えへへっ、じゃあこちらにどうぞ!」
俺は香織が座っているソファ前の床に座る。香織の柔らかい手がゆっくりと俺の肩に触れ、揉みほぐし始めた。
あー、いい。回すように揉んだり、グイグイ押し込んでみたり。結構真剣にやってくれる。ちょっと弱いけど気持ちいいなあ。
快感に身を任せていると、香織がぽつりぽつりと話し出した。
「ねえ、お兄ちゃん。すぐ居なくなったりしないよね?」
「急にどうした?うーん、大学に行く時になったら一人暮らしになるかもしれないから、案外すぐだなあ」
「そっかぁ……そうだよね。あと二年ぐらいで、しばらくさよならなんだよね」
「そうだな……寂しいか?」
「うん、寂しい」
紗奈が言った結婚を前提に~の所で、俺が居なくなってしまうことを想像したのだろうか。確かに大学を卒業したらその地域で就職を目指す可能性は十分あるから、また今の家に帰ってきて住むかどうかは分からない。でも時々帰ってくることは出来るんだから、実際に一生会えないわけじゃない。
……いや、そういう話をしてるんじゃないか。ただしばらく会えないってだけで、寂しいんだ。
しばらく会えないのは確かだろう。……でも、本当に香織は寂しがったりするだろうか?別にそんなことはないんじゃないか?とも思う。俺たちは今まで一人っ子だったんだから。俺は、今まで特に寂しいと思ったことはなかった。暇な日にはゲームにのめりこんだり友達の家に遊びに行ったりしたが、そこに寂しいという感情はなかった。
香織だって友達と遊んだり、母さんとショッピングに行ったり。することがないわけじゃない。そもそも俺が居なくなった翌年は大学受験を控えているのだから、勉強に集中しなくてはならない。寂しいなんて思う暇もないんじゃないか?
逆に、俺はどうだろう。
香織と知り合って、まだ数日だ。居なくなったって、元に戻るだけだ。でも、まるで最初から兄妹だったかのように、俺たちは一緒にお菓子を食べたり映画を見たりした。ちょっとしたことだ。それでも、本当に楽しかった。妹って特別な存在なんだと思った。
こうやってマッサージされることも無くなる。
変な作戦を立てて起こしに行くことも無くなる。
行ってらっしゃいとも言われなくなる。
オレンジジュースを置いておく必要がなくなる。
香織に居てほしい。本気でそう思う。
そうか。これが、寂しいってことなんだ。
「……俺も寂しい。香織がいなかったら寂しいよ」
「お兄ちゃんも寂しいんだね。……そっか♡」
「だから、香織のそばにいる今を楽しみたいな」
「えへへ、そう?じゃ、お楽しみくださいっ!ハイパワー!」
香織が肘を使って俺の肩をほぐし始めた。めっちゃ刺さる。そこ刺さっていいのか?ってとこまで刺さってる。大丈夫かこれ!
「いてててててててて!ちょっ、タンマ!」
「えー?まだまだ硬いよ~お兄ちゃん!」
「うおおおおおおおおおおおおああああああ……」
ハイパワーマッサージが10分ぐらい続いた後、ようやく解放された。……いや長っ!お店のマッサージって60分とか書いてあるから10分って言うと短いように聞こえるが、リアルに死ぬかと思った。最後の方はヒューヒュー言ってた気がする。いや、言ってなかったかな?ま、記憶が定かでないぐらいには追い詰められてたな。香織にぎゅーっとされると記憶が飛ぶ体質かなんかなんだな、俺は。今回はパワー型記憶喪失だったが。
でも、肩がすごく楽になった。効果テキメンだ。香織にはマッサージの才能があるかも。
そうこうしているうちに紗奈が風呂から出てきて、そそくさと帰っていった。
「香織ちゃんによろしくねっ」
と一言言って。急いでいるのか。門限が厳しかったりするのかな。
「ただいま~」
「あ、お帰りお母さん!」
「お帰り」
夕日が沈み始めたころ、母さんが帰ってきた。
「今日は焼肉よ~香織ちゃんの入学祝いと蓮君の進級祝い!」
「やったー!お兄ちゃん、焼肉だよ焼肉!」
やったー!焼肉だ!
焼肉って最高だよな。肉を焼くというシンプルが過ぎる名前でありながら、皆に大人気。俺も大好きだ。ハラミが食べたい。あーハラミが食べたい。ハラミあるかな?皆はロースがやっぱりおいしいって言うけど、俺はハラミが好きだ。なのに『週末焼肉ファミリーパック』みたいなヤツにはあんまり入っていない!……ハラミが評価されていないのはおかしい!と思うよ!
はぐはぐ……美味いっ!それ以外の言葉はいらない。焼肉ってご飯が進むよなー。いくらでも食べれてしまう。別腹だ。別腹といっても「スイーツは別腹」の概念とは少し異なる。メイン腹に入れつつ別腹に入れるのだ。メイン腹が埋まったらどうするかって?そりゃ別腹に入れるのみだ。なんてったって別腹だからね。四次元空間だ。それで、いざというときエネルギーを吸収するのだ。そう、別腹はリカバリータンクだったのだ!
閑話休題。
食器を片付けて、さあ風呂に……今日はもう入ったんだった。明日に備えてとっとと寝るか。
「お兄ちゃん、もう寝るの?」
「ああ、色々あって今日は疲れたからな」
「ふふ、そうだね。うーん、今日は私も早く寝ようかな~?お兄ちゃん、一緒に寝よ♡」
「う、分かったよ」
「何~『う』って?嫌なの?」
「そんなことない!嬉しいよ」
「えへへ、今は一緒だからね♡」
今日も香織と寝ることに。まだ恥ずかしいけど……今日はよく眠れそうだ。




