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五章 その一

沖泉妙子は、どうして焼身自殺に至ったのか。そこに導く彼との出会いは、夢の中から現実へとなる。

――輝く緑の波が丘の頂上へと駆けあがっていく。夏風の抜けて行くどこまでも青い空の彼方には、湧き上がる白亜の雲の峰を生み続ける水平線が広がっている。太陽は無邪気であって放埓であり、眼下に広がる海原の波頭の間という間に無数の光たちを思うがままに煌めかせていた。

 沖泉妙子は、丘の頂上で風に靡く長い髪をそのままに、見遥かす海原の方に顔を向けていた。何処か不安げに寄せた眉と揺れるような瞳が強い光に晒されている。強い風が妙子の薄いベージュの制服の夏服のスカートを大きくはためかせて、白い太ももまでを露わにしようとしていた。妙子は両手でもそれを抑えきれずにいた。待ち人はまだ来ない。もうどれほど待っただろうか。妙子は諦めてしまいそうな気持と信じたい気持ちの間で揺れていた。

 海に白い軌跡を曳きながら、白地にオレンジのマークの客船が行く。

 妙子が振り返り、何度目かに丘の麓を見下ろした時、追い風に背中を押されるように此方へ歩いてくる彼が見えた。妙子は、夢の中で彼と再会した――


 彼と知り合ったのは、妙子がN高校に入学してすぐのころだった。妙子は、彼が下校時に校門の付近に佇んでいる所を見つけた。一緒に下校する級友に、

「あの人なんだろうね。」

と、声をかけたが、級友はちょうど着信したメールに気を取られていた。

 若い男だった。年齢は、妙子たちと近いようにも見えたし、またずっと年上にも見えた。ざっくりとしたTシャツとジーンズという簡単な服装が、細身でありながらしっかりとした長身に十分に似合っていた。何処か影のあるその眼差しは、校内に向けられている。誰かを探しているというよりも、校内に立ち入れないでいる風情だった。妙子は、初めて見たはずのその男を、既に知っているような気がした。

「ねえ。」

「え。なに。」

級友はついに気付かなかったようだったが、その時の妙子の胸にはある微かな波が流れていた。


――妙子はその夜、彼の夢を見た。その夢の中で思い出した。彼とはもっと以前に夢で出会っていた。

 夢の中で妙子は呼ばれていた。だからそちらへ歩いていた。

 どうやらN高校の場所にいる。しかし、そこに高校は無く、鬱蒼とした杜があった。なぜか妙子には、ここが忌の杜だと分かった。杜の中には靄が漂っている。妙子は、どこかふわふわとした足取りで奥へと導かれていく。

 杜の中心に古びた、それでも適度に手入れされている小さな社があった。その前に彼はこちらに背を向けて立っていた。まるで古代の貴人のような装束であった。

 金色の王冠を被り、光沢のある紫の典雅な刺繍の衣に白い帯を締めている。足元は白い袴のようなものが見えていて、黒の沓を履いている。左の腰には細い刀の鞘が光っていた。

 彼の存在そのものが仄かに光っていた。神気を放っている。彼は社の主であり、祀られている忌神そのものであった――

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