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炎鎖のアシェイラ ~剣の輪舞  作者: なりちかてる
碧と灰色の章      
8/21

真紅色の街道

 アシェイラはひとりで街道を、北に向かっていた。

 二日だ。スタンドヒル村を出てから、既に二日がたっていた。背中の背負い袋も少し、軽くなっている。

 二日の間、アシェイラは歩きづめだったけど、まったく苦ではなかった。戦士として行動していた時はこのくらい、よくあることだったし、今のアシェイラには一刻も早く前へ、進まなければならない理由があるのだから。

 歩きながらふと、アシェイラは考えた。数十年、いや、もっと前にも彼女と同じような思いを抱えて、この街道を歩いていた人がいたのだろうか.そして、アシェイラの後にもこの街道を歩く人がいるのだろうか。

『だが今後、エボニーウォール市にいる連中が絶対に腐敗しないとは、言い切れまい。その時は数十年後――いや、もしかすると数年後にやって来るのかもしれん。そうすればまた、大きな戦いが起きることになる。同じことの繰り返しではないか』

 アシェイラはガーウィンが言っていたことを思い出した。

 ――くり返し、ね。

 アシェイラは声に出さず、口のなかでつぶやいてみた。

 あたしたちはくり返しのなかで、ひとつだけじゃない人生を生きているのかもしれない。

 あたしの前に、同じような人生を生きた人もいるし、これから同じ人生を生きていく人もいるのだろう。

 アシェイラは足を止めた。目を閉ざし、ちょっと想像してみた。彼女の前にも後ろにも何十人、何百人と連なる人の群れを。

 それでも、あたしは――あたしだ。

 何十回、何百回と同じ人生を送る人がいるとしても、あたしはひとりしかいない。

 ――そう、この剣でリースヴェルトにとどめをさすのは、あたしだけだ。

 アシェイラは腰に差した剣を叩くと、目を開けた。

 道がまっすぐに続いていた。右手はウーフ山の斜面で、左手は立てば腰くらいまでの高さのある段差になっている。その向こうは森になっており、耳をすますと河のせせらぎが聞こえててきた。

 夕刻が迫り、道の上は真紅に染まっていた。アシェイラの目にはまるでそれが、大地の下から血がにじみだしているように写った。

 と、アシェイラは目を細めた。アシェイラから少し離れたところに、何かがいるのに気づいた。

 ――あれは……。

 アシェイラは目を見開いた。その場から、駆け出した。

「グレイ!」

 間違いなかった。道の上に座っていたのは、灰色狼のグレイだった。

 グレイもアシェイラに向かって、駆け出してきた。はッ、はッ、と舌を出しながら、息を弾ませている。

 が――。

 アシェイラの目に、とある場面が浮かんだ。

 ……あれは五年以上、前のことだ。揺りかごに入れられていた、小犬みたいに小さいグレイを、アシェイラが抱き上げていた。顔をぺろぺろとなめてくるのを、くすぐったそうに笑い声をあげている。

 ――これ、あたしが飼ってもいいの?

 ――ええ。狩人に母親を殺されてしまったらしくて、森の中を鼻を鳴らしながら、歩き回っていたんですよ。

 ――母親を? ふぅん、そう。

 ――飼うんだったら、大切の育てないとね。

 ――そんなこと、言われなくてもわかってるよぉ。ありがとう、リースヴェルト。あたしの弟と思って、大切にするよ。

 アシェイラは足を止めた。

 ――リースヴェルト!

 アシェイラは剣に手をかけた。抜く。

 グレイも駆けるのをやめていた。数歩の距離をおいて、黙ってアシェイラの顔を見上げている。

 アシェイラは剣を振り上げた。グレイを見つめる。

 ――ありがとう、リースヴェルト。あたしの弟と思って、大切にするよ。

 ――今、ここにいるのは、復讐のためならばどんなことでもする獣だ。血を吸い、肉を食らい、骨を噛み砕く獣。

 ――グレイ。これであなたに助けられたのは、何度目なのかしらね。

 ――あたしの弟と思って、大切にするよ。

 グレイの銀色の毛は夕方の日の光を浴びて、血に濡れているみたいだった。

 あと一歩、前に踏み出して、剣を振り下ろせば、グレイを殺すことができる。だけど――どうしても、それができなかった。

 アシェイラの手から、力が抜けた。剣が落ちる。

「グレイ!」

 アシェイラはひざをついた。両手を広げると、グレイが胸に飛び込んできた。

「グレイ……グレイ。あぁ、ごめんね。本当に――ごめんね」

 グレイははじめて出会った時のように、アシェイラの顔をただ、なめつづけていた。


     ◆   ◆   ◆


 木の扉を開けると、熱気を感じた。たくさんの人々の声や歌声、食器をぶつける音などが聞こえてきた。

 黒馬亭は入って右手の壁がカウンターになっており、正面には舞台が作られていた。床の上には椅子とテーブルがあって、そこには様々な客たちがいた。が、ろうそくの明かりで照らされた酒場内は薄暗く、それぞれの顔を見分けることはできなかった。

 アシェイラはまっすぐ、カウンターに近づいていった。

「部屋は、あるかしら?」

 高めの、透明感のある声で聞いた。

 酒場の主人が近づいてきた。じろりと、ぶしつけとも言える視線を向けた。

「おひとりで?」

「ひとりよ。あなたが言っているのが、目で見える相手という意味ならね」

 アシェイラは肩からすっぽりとかぶっているフードに、手をかけた。後ろにはねのける。黒髪と焦げ茶色の瞳をさらした。

 と、酒場内が急に静かになった。視線が集中するのを、アシェイラは意識した。

 ――おい、女だ。

 ――若い女か。でも、珍しいな。

 ――本当に女か? 腰に剣を吊ってるぜ。

 ――だって、声は確かに女だったじゃないか。

 ――そんなこと言うんなら、おまえが話しかけてみろよ。

 そんな声が酒場のあちこちから、聞こえてきた。アシェイラは横目で酒場のなかをちらりと見ると、

「夕食はいいわ。部屋に案内して」と、言った。

「へい」

 アシェイラは主人について、酒場の奥にある階段を昇っていった。



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