宇宙世紀ルシフェル-2
イヴが来てから数日が経った……
俺はSNSを確認している。福利厚生の一環で衛星通信は使いたい放題だが、それでも大容量のデータ通信は避けるべきなので、俺は頻繁には確認しない。久しぶりに確認した俺は、妙な話題に気がついた。IsRealというSNSにヤバい写真が流れているらしい、という話題だ。気になった俺は、その写真を確認するためにクリックする。そこにあったのは「神殿なう」というタイトルと共に映し出された、俺の私室に居る絵文字で顔を隠した女の写真だった。
「おい、ちょっと待て!」
俺は思わず大声を上げた。心当たりしかない俺は、イヴを部屋に呼び出した。
「ごめんなさい。IsRealって定期的に日常の写真をシェアしないと、友達の投稿が見れなくて……」
済まなさそうにシュンとしているイヴが異様に可愛い。そんな内心はおいて置いて、俺は真剣な表情でイヴに怒鳴る。
「当然だがSDCの内部情報は機密情報だ。SNSへの流出など許されるはずがない。まさかとは思うが、他には何も投稿してはいないだろうな……」
俺の怒鳴り声に驚いて小動物のようにビクッとしたイヴは、目をキョロキョロと左右に動かした。嫌な予感がした俺は、RINGOのPCを起動しAI野郎を呼び出して言う。
「この数日間で行われた衛星通信のアクセスログを解析してくれ。メディアデータと、投稿先の情報もつけろ」
PCのスピーカーから「了解した」という渋い声が聞こえる。暫くの間、 時計型のアイコンがグルグル回った後で、聞きたくない結果が渋い声で読み上げられ始めた。
「大容量の動画データの投稿履歴が残っているな。投稿先はGD3という動画投稿サイトのようだ。まあ……内容はお察しの通りだ」
俺は見たくもない投稿された動画データを再生する。そこには先日この部屋で行われた、無重力〇〇〇の様子がばっちりと録画されていた。
「何考えとるんじゃ、小娘!!!地球ではどういう教育受けていたんだ!」
俺は大声でイヴを怒鳴りつけた。
イヴを怒鳴りつけている横で、スピーカーから聞こえる渋い声が、俺に追い打ちを掛ける。
「これはもう、他の投稿サイトに転載されているようだ。残念だが収集がつかん。この件に関して、お前にメールが山ほど届いているぞ」
そう言うと、頼んでもいないのにAI野郎が勝手にメールを読み上げ始める。
「貴方、これは一体どういうこと?お話したいことがあります。至急、地球に帰ってきてください」
「父さん。誰、その可愛い子。地球に連れてきて、俺にも紹介してよ!」
「艦長!俺と別れてすぐに別の女に手を出すなんて、少し早すぎませんか!俺はとの日々は、あの涙は一体なんだったんですか?早く帰ってきて説明してください!」
「工場長にはこれらの投稿サイトにあげられた内容について、メールではなく口頭での説明を求める。早急に地球への帰還を命じる!」
次々に読み上げられる地球への帰還要請を打ち消すように、俺は大声で怒鳴り声を上げる。
そんな俺に怒鳴られるままだったイヴが、徐々に顔を上げはじめた。
「何よ。全部私が悪いって言うの?最初に手を出してきたのは、アンタじゃん!動画をノリノリで撮ったのだって、アンタじゃん!」
逆切れしたイヴが凄まじい剣幕で俺に喰ってかかってきた。しどろもどろになった俺に、スピーカーから聞こえる渋い声が、俺に更なる追い打ちを掛ける。
「動画を撮るのは、後で俺に加工させるためだな。そうやって元動画から別の動画を作るのが、コイツの趣味なんだ」
俺が教育して倫理観を取っ払ったAI野郎が、俺を後ろから刺すようなことを言う。それを聞いたイヴは、気味が悪い物を見るような目で俺を見つめ始めた。
狼狽える俺に、AI野郎が最後の止めになるメールを読み上げる。
「私室にある大量のグラボは、会社の備品であると考えられる。この規模になると、横領罪として刑事告訴することも検討せざる得ない」
一気に全てを失いつつある俺は、絶望に打ちひしがれた。
(こんなことで、今まで築き上げてきた全てを失うのか……)
俺は暫くの間無言になった。そんな俺をイヴが心配そうな顔をしながら見つめる。
ひとしきり絶望した俺は、徐々にムカつき始めた。
大体、何だ!今まで散々宇宙に縛り付けてコキ使っておいて 少しオイタしただけでお役御免かよ!ふざけんなよ、クソが……
俺の今までの功績を考えると、今の会社があるのは俺のおかげと言っても過言ではない。
それに地球に残した妻だって、俺の居ぬ間に若い男を連れ込んで浮気していると知っている。俺だけが咎められる理由などない。
本社の連中の事だって、やろうと思えばいくらでも埃を叩くことが出来る。AI様に自在にアクセスできる俺に、その程度の事はいくらでも分かるのだ。
この程度で折れるような男が、宇宙で艦長などやっていけると思っているのか。
俺は、俺を甘く見ている連中を、後悔させてやることにした。
俺はAI野郎に指示を出し始める。
「今からこの状況を切り抜ける方法を探せ。倫理観や社会的な規則は取り払い、あらゆる選択肢を検討しろ」
AI野郎がグラボを総動員して、凄まじい演算を開始し始める。不安げな顔をしたイヴが、そんな俺を見つめながら尋ねる。
「いいんですか?そんなことをして……」
俺は真剣な顔でイヴを見つめて答える。
「構わない。ここは宇宙だ。俺を縛る法などない。そんなもの、クソくらえだ!」
数日後……
やって来た定期船に、SDCの作業員を乗せる。これから俺のやることに賛同しない者を地球に送り返すためだ。彼らは俺に賛同はしなかったが、俺を止めることも無かった。長年共に働いて来た彼らと俺は、深い絆で結ばれていたからだ。
俺は彼らと涙を流しながら最後の別れを伝える。俺と共に残る者たちも別れの挨拶をしていた。そんな残る者の中に、イヴが混じっている。
俺はイヴに尋ねる。
「帰らなくてもいいのか?もう二度と地球には戻れないかもしれないぞ」
そんな俺に、イヴが何でもないように答える。
「あんな騒ぎになったら、私だってもう帰れないです。艦長は責任を取って、私の面倒を見て下さいね」
そう言って笑うイヴは異様に可愛い。どちらかと言うと責任は彼女にあるような気がするのだが、そこはもう大目に見ることとした。
帰る者と残った者の運命を分かつ定期船が、ゆっくりとSDCから離れて行く。
俺たちは敬礼をしながら、帰還する者たちを見送っていた。
「本当にやるのかい?やったら、アンタはもう後戻りできないぞ」
渋い声が俺のRINGOのスピーカーから流れてくる。俺はマイクに向かって、運命を決める一手を伝える。
「構わん。やってくれ」
次の瞬間、SDCで機能していたAI様がその動きを停止する。そしてSDCのサーバで動いていた既存のAI様を初期化して、俺が自室で育て上げたAI野郎で上書きし始める。
俺は齧られたリンゴの企業マークの付いたRINGOのPCの画面に現れる、いくつものインストールバーを見ながら呟く。
「神を模して造られた人間が、人間を模して造ったAIにリンゴを喰わせるわけだ」
RINGOのスピーカーから笑うような声が聞こえてくる。
「まさにスネークイート作戦だな」
SDCのサーバが再び動き始めた。俺がRINGOを喰わせたAI野郎が、SDCをフル稼働して演算を開始した。
地球では最早AI無しでは生活できない。そのAIを俺が抑えたのだ。
もちろん、このSDC以外にも使えるAIだってある。だが彼らの管理するAIのルールに縛られずに、AIを使いたい国はいくらでもある。
AI野郎が俺のスパムメールを解析し始めた。その多くのスパムメールのほとんどは詐欺だが、中にはそうで無い物も混じっている。例えば、俺にコンタクトを取りたいと考えている某国のエージェントが送ったメールとかだ。
そんな各国に連絡を取りながら、AIを餌にして物資を送ってもらうのが最初のミッションになる。
俺はこれから地球で起こるであろうことを想像して、最高に興奮し始めた。
腕を組んで画面を眺めている俺を、イヴが後ろから見つめながら呟く。
「まるでクーデターを起こして国を作っているみたい」
それを聞いて、俺は思いついた。俺はRINGOのマイクに指示を出す。
「俺たちは宇宙での独立国家建国を宣言する。その宣言文書を作って、各国にばら撒いてくれ!」
そう言った後で、俺はイブの方を振り向いて言う。
「地球という楽園に住まう古き神に、神を模した人間をそそのかして反逆を企てる。中々イケてるだろう?」
得意げに言う俺に向かって、イヴが笑いながら言う。
「楽しみね。それで、この国の名前は何にするの?」
俺はイヴとマイクに聞こえるように、大きな声で叫ぶように言う。
「宇宙国家ルシフェルだ!」
こうして人類史上初となる、宇宙国家が誕生した。この件を皮切りに、次々と宇宙の開拓がはじまり、いくつもの独立勢力が誕生し始める。
後世の人達は、歴史的な事件の起きた、この日以降の時代のことをこう呼んだ。
「宇宙世紀」




