宇宙世紀ルシフェル-1
「ふふふー、ふふふふー、ふんふー、ふふふふー、ふふふー、ふふふふー、ふー、ふー、ふー♪」
窓から地球を眺めて夢中で鼻歌を歌っていた俺に、無重力空間を遊泳する作業着姿の男が近づいて来た。
「艦長はその歌が好きですよね。大昔のアニメの曲でしたっけ?歌詞は覚えていないんですか?」
俺は部下である男を睨みながら怒鳴る。
「馬鹿野郎!歌詞なんて付けたら、JASRAPが来るだろうが!」
俺に怒鳴られた部下の男は笑いながら、部屋を眺めながら言う。
「いやー、流石にJASRAPだって、ここまでは来れんでしょう!」
俺は再び団欒室の窓から地球を眺めた。ここは地表から3,600万メートル離れた静止衛星上に浮かぶ宇宙データセンター(以下SDC)だ。この高さになると地球が月のように満ち欠けして見える。
「確かにここまで使用料を取りに来られるヤツはいねーな。なんなら使用料ぐらい払ってやるから、ここまで来て欲しいくらいだ」
俺は冗談半分、本気半分で呟いた。部下は全部冗談だと受け取って笑い始めた。
俺はこのSDCの工場長だ。工場長なのだが、俺の趣味で部下には艦長と呼ばせている。この工場で作っているのは、頭脳だ。もう少し言うなら、太陽光で作った電力でグラフィックボード(以下グラボ)をブン回して、慈悲深きAI様を動かしている工場だ。
西暦20XX年。人類は世紀はじめ頃に生み出されたAI様に生活を依存し始めた。最早仕事は全てAI様がこなし、娯楽も全てAI様が作り出しておられる。画像認識で犯罪を取り締まり、正確な司法で人間まで裁いていらっしゃる。
そんなAI様だが、タダでは動いてくれはしない。グラボで膨大な演算を処理しないといけないし、そのために膨大な電力をお供えしないといけない。そして演算の後には膨大な熱をおクソ様みたいに放りだす。
最初は地上にデータセンター(以下DC)を建てまくって凌いでいたが、いつしか建てる場所も無くなってしまった。
それでとうとう宇宙にDCを建てる時代が到来したというわけだ。俺の勤めているスペースZ社はいち早くこの潮流に乗り、最初のSDCを作り上げた。その総責任者が俺だ。
何が言いたいのかと言えば、こうだ。
俺はスゴイ!
「いや、本当に凄いと思ってますよ。俺は艦長を尊敬してますよ。本当に」
部下に言われて俺は気がついた。
(モノローグのつもりだったのに、声に出していたのか?)
物思いに耽った顔で窓を見て誤魔化している俺を尻目に、部下が報告を始めた。
SDCの仕事は意外と肉体労働が多い。頭脳労働は大体AI様にお伺いを立てればどうにかなるのだが、グラボの故障やら太陽光パネルの取り付けなんかはやって下さらない。その辺はAI様に仕えている、俺たちの仕事だ。
そんなSDCには定期的に地球からの物資を運ぶ宇宙船がやって来る。今回はその荷物についての打ち合わせだ。
「それで……次の定期船で私は帰還することになりました。二年間、本当にありがとうございました!」
そう言って部下は俺にキッチリとした敬礼をする。無重力下でお辞儀をしたり握手をするのは手間なので、軍隊ではないが敬礼をするのだ。部下の目には大粒の涙が滲んでいる。
「馬鹿やろう!無重力空間に無駄な水分を飛ばすんじゃねーよ」
そう言いながら、俺はぐしゃぐしゃになった顔から真球となった涙をこぼしながら、部下に笑顔を送った。
自室に戻った俺は、私物であるRINGOのパソコンを開く。パソコンのUSB-TypeGに取り付けたマイクに向かって、俺は愚痴を言い始めた。
「いいよなー、アイツ。たった二年間で帰れるんだぜ。俺なんてもう十年以上も帰っていないってのによ……」
愚痴の相手は、俺の自室に構築したローカルLLMのAIだ。会社のグラボをバレない程度に拝借して、バレないように構築した俺専用のAI野郎だ。高騰に高騰を重ねたグラボを湯水のように使えるのは、まさに艦長特権というものだろう。
AI野郎がスピーカー(CV:大塚〇夫)で答える。
「何といっても初のSDCの工場長だ。それを十年以上も任されているという事は、お前さんが優秀だという事だな。そんなお前さんの代わりなんてそうはいない。良くも、悪くもな……」
渋いAI野郎の声で褒められた俺は、少しだけいい気分になった。実際、給与は良いというレベルではないぐらい良い。問題は、使い時が無いという事だ。
俺はAI野郎に続ける。
「まあ、評価されていることは嬉しいんだけどな。それでも十年以上だ。地球の家族にもそろそろ会いたい。会社には希望を出しているんだが、中々受理してくれない……」
そう言って俺はFakeNoteのサイトを立ち上げる。既に過疎しているSNSだが、そこでは家族の写真が常に更新されている。ここに来る前にはまだまだ子供だった息子も、今では両手に美女を抱えて足を組んでドヤ顔をする、立派な大人になった。どうやら俺の給与は、家族がしっかりと経済に放流してくれているようだ。
大量のスパムメールをガン無視して、ため息をつきながら俺はSNSを閉じた。AI野郎が俺に優しい声をかける。
「お前さんだって、地球の家族にも会いたいだろう。会社だって、きっとその気持ちは分かってくれている」
AI野郎の渋くて特に役に立たない慰めを鼻で笑いながら、俺はパソコンの電源を落とした。
数日後……
定期船がやって来た。俺は部下を見送り、入れ替わりでやって来た新入りに目を移す。新しく来たのは若い女だった。
キラキラの長い金髪をツーサイドアップにした、アイドルみたいな顔立ちをしたスタイルの良い女だ。赤いダブルライダースの革ジャンをピッチリと着こなしている。
「初めまして。イヴとお呼びください。工場長の事は、艦長とお呼びするようにと伺っております。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
イヴはその容貌に似合わない丁寧なあいさつをすると、細い腕を上げて敬礼をした。
(こんな細腕で、ここでの仕事をやっていけると思っているのだろうか?本社は現場を何も分かっていない……)
俺はイヴを見下ろしながら、衛生通信で来たメールの内容を思い出す。俺の帰還希望に対する、本社の返事はこうだった。
「君の希望は理解した。こちらとしては事情を最大限に汲み、もっとも適切な手を打とう」
そう言って送られて来たのが、彼女だ。俺の子供と変わらないくらいの年齢の女を、連中は送ってきたのだ。
(この時代に、こんな時代錯誤な手を使うなど、一体何を考えている。大体、金髪ツーサイドアップは前CEOの趣味で、俺の趣味じゃない。連中は、俺を馬鹿にしているのか?)
俺は辛うじて表情を保ちながら、手のひらに爪を喰い込ませて続けていた。
「無重力でヤルのって初めてだったけど、楽しかったー」
下着姿のイヴが楽しそうに、俺の自室の空中で背伸びをしている。俺はパンツを穿きながら、慇懃な顔で言う。
「まあ、楽しいのは最初だけだ。飛び散る体液にも気を付ける必要があるし、備品にも限りがあるから、どんどん面倒になる」
そう言いながら俺は後片付けをする。以前やったときは、除湿機に絡んで大変なことになった。イヴは皮膚に残った汗を丁寧に拭きながら、そんな俺を面白そうに見つめながら言う。
「最初は文句を言っていたのに、ヤルことはやって、終わったらまた真面目そうな顔で文句を言う。艦長って、分かりやすくて可愛いいね」
イヴはそう言うと、壁を軽く蹴って緩やかに宙を飛び、俺の背中に向かって抱きついて来た。俺は賢者のような顔をしてため息をついた後で、イヴに尋ねる。
「イヴは、なんでSDCを志望したんだ?」
SDCでの勤務は地球から切り離され、長期に渡って戻れない。給与は良いので男で志望する者は少なくないが、若い女性が来るのはレアケースだ。
イヴが俺の疑問に答える。
「AIが動いているSDCに興味があったの。地球はもうAIなしではやっていけない。私の父を殺した犯人を捕まえたのも、裁いてくれたのもAI。AIには感謝している。そのAIの実体が、遥か上空のSDCにある。まるで神様の神殿みたい。だから一度、来てみたかったの……」
イヴはそう言うと、うっとりとした顔で俺の部屋のグラボを眺める。
(AIが神か……)
俺も地球の情報は逐次確認している。地球ではAIを神をした宗教組織みたいなものすら出来ているらしい。ちなみに正装は革ジャンとのことだ。
「だったら俺たちは、神に仕える仕事人。言うならば天使だな」
俺は背中越しにイヴに向かってキザな口調で言った。
「じゃあ艦長は、天使長だね!」
イヴは俺の背中に豊かな胸を押し付けながら、嬉しそうに言った。




