第4話 驕り
一度成功すると人間は調子に乗る。ただし調子に乗っても安全確認はする。
それから三十分ほど入口付近でフワリンを相手にリサイズ戦法を試し続けた。
分かったことがいくつかある。
まず、リサイズの発動はかなり速い。
意識した瞬間には大きさが変わる。声に出す必要もない。これは大きい。戦闘中に「リサイズ!」などと叫んでいたら、相手に警戒される。まあフワリンが警戒するかどうかは分からないが。
次にリサイズ中の物体が何かに接触している場合でも、ある程度は問題なくサイズ変更できる。
ただし壁や地面にめり込むような変化は起こらない。伸びる先に障害物がある場合、そこで止まるか、少し押し返される感覚があった。
つまり敵の体内で武器を巨大化させて破裂させる、みたいな危険な使い方はできない可能性が高い。
そして。
「……俺、けっこう当てるの下手だな」
フワリン相手に空振りした。
それも一回ではない。
伸びる武器というアドバンテージがあるにも関わらず、狙いがずれて草を突いたり、タイミングが早すぎて手前で止まったりする。フワリンが弱いから助かっているだけだ。素早いモンスター相手なら、普通に詰められるだろう。
身体能力補正以前に俺自身の戦闘経験がゼロなのだ。スキルが便利でも、使い手が未熟なら限界がある。これは訓練が必要だ。地道な反復練習。
「はあ……やるしかないか」
俺はショートスピアを短くしてから、少し休憩することにした。入口が見える位置に腰を下ろし、水を飲む。携帯食のゼリーを吸うと、思ったより少量で満たされる感覚があった。女の姿だと胃の容量も違うのだろうか。燃費がいいと言えば聞こえはいいが、その分、筋力も落ちている気がするので一長一短だ。
休憩中、少し離れた場所で別の探索者パーティが戦っているのが見えた。若い男女三人組。一人が盾を構え、一人が槍で突き、もう一人が後方で火の魔法を放つ。連携が取れている。
俺のように一人で槍を伸ばしたり縮めたりしているのとは違う。少し羨ましい。
ただ、パーティを組めば、収入配分や役割分担、スケジュール調整に装備費用、危険時の判断、感情のもつれなどが発生する。
もちろん、すべてのパーティがそうだと言うつもりはない。しっかりした調整役のいる良いパーティもあるのだろう。
信頼できる仲間と助け合いながら探索する。それはそれで、きっと楽しい。
まだ俺はそれを築く気力はない。変身士♀なんていう戦闘に不向きなジョブだ。良いパーティに巡り会える確率も低い。
まずは一人でやれる範囲を知る。自分のスキルで、どこまで安全に稼げるのかを見極める。話はそれからだ。
そのためには俺一人でできる戦い方を確立する必要がある。
「もう少しだけ、奥を見てみるか」
端末の地図を見る。
入口から百メートルほど先に小さな岩場がある。地図上では緑と黄色の境界付近。
黄色は注意区域。
ただし一層の浅い場所なら初心者でも入れる範囲らしい。
フワリン以外のモンスターが出る可能性もある。
本来なら今日は入口付近だけにする予定だった。予定だったのだが。人は成功すると、少しだけ欲が出る。これが危ない。危ないと分かっている。
分かっているのに俺の足は岩場へ向かっていた。
「見るだけ。危なそうならすぐ戻る」
自分に言い訳しながら進む。草原の空気は心地いい。
遠くで鳥のような鳴き声が聞こえるが、あれが鳥なのかモンスターなのかは分からない。いや、普通の動物がいるわけないか。
数分歩くと地面に小石が増え始めた。目的の岩場だ。
大きな岩が点在し、視界が少し悪い。隠れる場所があるというのは人間にとってもモンスターにとっても都合がいい。
俺はすぐに後悔した。入口付近に戻ろう。
そう思った瞬間、岩陰から何かが飛び出してきた。
「ッ! ……なんだあれは」
反射的に後ろへ下がる。
現れたのは膝ほどの高さしかない灰色のウサギだった。
ただし額に短い角がある。可愛くは……ない。
顔だけ見れば少し可愛いかもしれないが、こちらへ向ける敵意が全然可愛くない。むしろ怖いまである。
端末が小さく震え、モンスター名が表示される。
【ツノラビ】。
フワリンの次に弱い一層モンスター。ただし突進による打撲、刺傷に注意。
「突進……!」
ツノラビが地面を蹴った。速い。フワリンとはまるで違う。
俺は慌ててショートスピアを構え、リサイズする。槍が伸びる。
しかし、狙いが甘い。
穂先はツノラビの横を通り過ぎ、空を切った。
「やばっ」
ツノラビが足元まで迫る。角が脛に向かってくる。避けきれない。
俺は咄嗟に槍を短くした。
重さと長さが変わり、体勢が崩れかける。勢いを殺せずそのまま横へ転がってしまう。
角がズボンを掠める。痛みはない。心臓が跳ねる。
「怖っ……!」
普通に怖い。フワリン相手に少し調子に乗っていた自分を殴りたい。
ツノラビはすぐに方向転換し、またこちらを向いた。
どうする。逃げるか。
……いや、背を向けたら突進される。入口までは距離がある。逃げ切れる自信はない。やるしかない。
俺は短くしたショートスピアを構え直す。ツノラビの突進は直線的だ。速いが曲がりは甘い。
ならば真正面から当てようとせず、横から引っかける。
槍を低く構えた。ツノラビが地面を蹴る。
来るぎりぎりまで待つ。身体を半歩だけ横へずらす。
そしてツノラビの進行方向へ穂先を置くように突き出した。
――【リサイズ】。
伸びたショートスピアがツノラビの横腹を捉えた。
ツノラビの身体が軽く浮き、地面を転がる。
消えない。
フワリンと違い一撃では倒せない。
「マジかよ!」
起き上がろうとするツノラビに俺は慌てて近づいた。
ここで距離を取ればまた突進される。
槍を短くし、取り回しを優先する。
俺は両手で柄を握り、上から振り下ろした。
一回。
二回。
三回目でツノラビは紫色のモヤになって消えた。
後には小さな灰色の石が残る。
「……はあ、はあ……倒せた」
膝から力が抜けそうになる。座り込むのは危ない。
周囲を確認し、他のモンスターがいないことを確かめてから、ようやく息を吐いた。
怖かった。一層でこれか。
探索者の収入が高めに見える理由が少し分かった気がする。
命の危険が少ないと言っても、痛いものは痛いし、怖いものは怖い。しかも相手は人間ではなくモンスターだ。話し合いも謝罪も通じない。
俺は落ちていた灰色の石を拾った。これが魔石だろうか。
フワリンは何も落とさなかったが、ツノラビは落とすらしい。
端末を見ると討伐履歴が更新されていた。
フワリン、八体。
ツノラビ、一体。
そして脳内にあの平面的な映像イメージが浮かんだ。
【レベル】:2
【ジョブ】:変身士♀
【スキル】
・変身2
・リサイズ2
「お……おお!」
レベルが上がった。しかも変身とリサイズのレベルも上がってる。
胸の奥からじわじわと喜びが湧いてきた。
「……今日は帰ろう」
ここでさらに奥へ行くほど俺は若くない。成功した時こそ撤退。今回の危険は俺の驕りが原因だ。教訓として胸に刻む。
俺は魔石を回収袋に入れ、ショートスピアを折り畳み、さらにリサイズで小さくしてからケースに戻した。入口へ向かって歩き出す。
その途中で、ふと気になってショートスピアをもう一度取り出した。
周囲に誰もいないことを確認してからリサイズを試す。
半分。二倍。
問題なく切り変わる。
ただ、今までと少しだけ感覚が違った。
「……限界が広がってる?」
試しにさらに小さくするよう意識する。
半分より、ほんの少しだけ短くなった。
次に大きくする。
二倍より、ほんの少しだけ長い。
劇的な変化ではないが確かにリサイズの幅が広がっている。
思わず口元が緩んだ。
このスキル、やっぱり使えるな。
うまく育てればたぶん化ける。
俺は誰も見ていないことを確認してから、小さくガッツポーズをした。
「光明が見えてきたかもしれないな」
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